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魔道書はアレクサンドリアの夢を見るか

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魔道書はアレクサンドリアの夢を見るか

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第4章 戦闘の予兆


「……外が、キナ臭くなってきた、かな……?」
 図書館を取り巻く書龍の「緊迫感」は、壁を通って内部に伝わってきているように、千返 かつみ(ちがえ・かつみ)には思われた。
 ここは館内でも、2つの塔のちょうど中間あたりかと思われる場所だが……
(多分、廊下じゃないだろうか……)
 本で溢れかえっているが、明らかに「部屋」ではない。
 本の山の隙間に「未分類」と走り書きされたメモが挟まれてあった。これから整理してそれぞれに応じた場所に収める、その前の臨時置き場と化しているらしかった。
「凄い量ですねー」
「見たところそれぞれの部屋にももうかなりの本が入っているのに、廊下にまでこんなに……」
 千返 ナオ(ちがえ・なお)エドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)も、その量に驚いているようだった。
 そして廊下には、もやもやと揺れ動くような、「不安」の感情の波が満ちているのが感じられた。
「ただでさえこんな緊迫した状況なのに、廊下に(一時的な処理で仕方ないとはいえ)放り出されてたんじゃあ、不安にもなるよな」

 ――というわけで、3人は蔵書の整理に精を出している。
 整頓して環境を良くすることで、書物たちを少しでも落着かせ、不安定さを解消する一助になればいいと思ったのだが、各部屋の詳細を知るクラヴァートが傍にいない以上、完璧な整理には至らない。取り敢えずジャンル別に分類して作者ごとにまとめるなどしてきちんと並べ、近くの、あまり大きくはないが特に物もないっていないのでスペースに空きのある小部屋に、分類が分かるようにして納めておくことにする。廊下に放り出されているのよりは、書物の気持ちになってみれば幾分ましだろう。
(これだけの量の分類を、あのクラヴァートって人が一人でやるのか。だいぶ手に余るんじゃないか?)
 意思を持つ書物もあるようだから、もしかしたらある程度は自発的に動くものもあるのかもしれないが、それにしてもこんな有事の際に一人で管理するのは大変だろう、と思う。
 ……に、しても。
「……エドゥ?」
「あ、うん、ちゃんとやってるよ」
 かつみに声をかけられ、エドゥアルトは止まりかけていた手を動かし、大まかな分類作業を再開する。一瞬だけ、中身を確認するために開いたページを読み耽りかけたのは内緒……だが、多分かつみには見抜かれている。かつみはそれ以上は何も言わず、分類された書物の作者を確認する作業に入る。
 一方で、ナオは、
「これ、絵が沢山ある……綺麗な絵ですね……」
 何かかなり年代ものの、奇妙な図案の載った大判の本を開いてしげしげと見入っている。かつみの視線に気づくと、
「! は、はいっ、いけない、片付け片付け……」
 慌てて、積まれた本の山を抱えて運んでいった。
(やれやれ)
 こうなることは想定内だったので、かつみは小さくため息を吐いただけで、うるさいことは言わないでおく。
(あいつを連れてこなくてよかった……さすがにこんなのが3人じゃあ見張りきれない)
 しかもあいつはこの2人の比じゃないしな、と、かつみはノーン・ノート(のーん・のーと)のことを思った。
 この図書館の話を聞いて、自分も行くぞと意気込んでいたノーンだったが、「魔道書の夢経由だから留守番して通路役になってくれ」と言われ、「自分たちだけで行くのかばかー」とぶーたれ、ふて寝した格好になっている。今頃は夢の中でもぶつくさ言っているだろうか。
 ……どうしてもとなればイルミンスールの魔道書達に頼んでノーンを通路役から外すことも出来たが、そのことは内緒にしておいたかつみだった。(ついでにいえば――イルミンスールの魔道書達が通路役に徹するべく眠り続けているのは、自分たちと契約関係にない大勢の人間を途中で間違いなく安全に通すためには眠りに没頭するべきだとエリザベートにアドバイスされたからであり、契約者の魔道書なら通路役を兼ねていても工夫して【非現実の境】に至ることも出来ないわけではない)
(今回は遊びじゃないからな)
 本への興味の強さはノーンが群を抜いているものの、彼ほどではないエドゥアルトやナオまでも興味を引かれる、バラエティに富んだ奇書珍書の山だ。かつみもこうして見ていると、ふとそんな本に何かしら感じるものを覚える。
 かつみ自身は、普段はデータで読むことが多いが、こう手に取って読み古された跡の表紙とか見てると、この本は誰かに読まれていたのだと伝わってくる。
 それは当たり前のこと、ではある。本は誰かによって生まれる、誰かに読まれるために。
 しかし、このように数奇な運命を辿って、現世を離れてここに辿りついたのがここの書物なのだった。
(考えてみたら、ノーンのやつもデータで保存されていたら、魔道書にならずに俺たちにも出会えなかったかもしれないな)
 読まれるために生まれた本は、様々な旅をして誰かの手に渡る。その旅が悲しく残酷なものだった書物たち、その終着駅が夢幻図書館。
「同じタイトルの本でも、内容が書き換えられたものもあるね。
 ……炎とは別の形で葬られたとも言えるかも」
 エドゥアルトがそう言って、奥付を確認した本をぱたんと閉じ、分類に従って分けた置き方で並べて置く。
 昔は、閉じ込められていてずっと同じ本を何度も繰り返し読むしかできなかったから、本がいっぱいあるとつい読みたくなるエドゥアルトである。

 本を好きに選んで読む自由がなかった者もいて。
 本を自由に発表することが許されなかった時代もある……

「本さーん、隠れてる本さんいませんかー?
 僕ら、助けに来ましたよー。安全な場所に案内しますから、安心して出てきてくださーい」

 ナオが呼びかけながら、書物の不安の感情の波が渦巻く廊下の一帯を走っているのが聞こえてくる。




「龍が……興奮しているようです」
 クラヴァートがうろたえたように言う。
 書龍を知らないリピカにも、状況が切実なものだということが何とはなしに伝わってくる。
「まだ、私の言葉を聞いてくれる余裕があるかどうか……
 今は契約者の皆さんも来てくださっている。特に危険があってはいけない時なのに」
 半透明の龍は、見る位置によっては姿が確認しづらいが、〈東の塔〉の入口から見上げた龍の頭は、遥かな地平を向いている。
 書龍と話をするためだろう、クラヴァートは龍の頭と真正面に向き合う、建物の正面玄関の方へ向かった。リピカも続いた。

 後にはネーブルが残った。
 空の彼方から湧き出て、むくむくと伸びてくる黒い影が彼女の目に映る。

「私は……この世界を…守りたい……」
 世界にジワリと滲み出した黒い染みにも似たそれを見据えて、ネーブルは固い意志と共に『禁杖パルマコン』を静かに構える。




「ちょっと、聞いてくれへんかな」
 地平の果てを睨んだままの書龍に向かって、泰輔は呼びかける。
 ――哲学的になってしまって、考えに詰まったら、余計に暴れて暴走してしまうかもしれない。
 だが、敵のことがよく分からないのなら、自分のことだけでも把握しなくては駄目だろう。

「思い出してみてくれんかな。――あんたらは、誰や?」

 「禁書」――その存在を、時の権力により封印・焚書されたものたち。
 だが、書き手の「思索」が存在したことは、確実なことや。

「あんたらは、誰や?
 そして、誰によって書かれた?
 その誰か、はどんな人やった?」


 人に抹殺されてもなお、彼らは彼らの言葉を内に秘めている。書き手から託され、自己を自己足らしめる言葉を。
 であれば、人から己に投げかけられた言葉もまた、無為なものとはしないと信じ。

 思い出せ。どうか。