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魔道書はアレクサンドリアの夢を見るか

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魔道書はアレクサンドリアの夢を見るか

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第2章 境に繋ぐ希望


 イルミンスールの魔道書達の夢を辿ってやってきた契約者たちは、続々と【非現実の境】に到着しつつあった。


「……久しぶりだね、君……『アカシャ録』」
 夢幻図書館司書クラヴァート・ヘイズルケインは、イルミンスールの一団を代表する格好で境にやって来たリピカ(リピカ著『アカシャ録』)を見て、目を細める。
「はい。……皆と同じようにリピカとお呼びください。……司書」
「クラヴァートでいいよ」
 その姿の頃は知らない、そして長い年月傍にいても意思の疎通も出来なかった。けれど、とても近しい人として、灰で出来た異形から生まれ変わって目の前にいるクラヴァートを、リピカは認識していた。
「君が来た理由は分かっている。『パレット』を案じて来たんだね」
「はい」
 固く唇を引き結んで、リピカは頷く。
 その2人の様子を、ネーブル・スノーレイン(ねーぶる・すのーれいん)は離れた所からじっと見ていた。
 そして、それからそっと目を離し、荒涼とした風景を眺めた。
「ここが……【非現実の境】…なんだぁ……」


*******



(失われたものが…現れるかもしれない、世界……?)
 そう聞いた時、率直に言って、ネーブルの脳裏に真っ先に浮かんだのは、ずっと捜している、ずっと追い続けている一つの影。
 普通なら、この世界ではもう二度と会えない、向こう岸へ渡ってしまった少年。
 ……それでも、再び会って話をしたいと望み続けて、その一心でパラミタまでやってきた。
 限りなくゼロに近い、その可能性を追いかけて――
(その世界に行っても……逢える可能性は……凄く低いって、分かってる……けど……)
 思い切ることのできない願いを胸に低すぎる可能性を追いかけることは、今に始まったことではない。

(もし、会えるなら……今すぐにでも…会いたいよ)


「だから、えっと……皆の用事のついででも…いいから…私を連れてって欲しいなぁ……
 駄目…かなぁ……?」
 イルミンスールで、ネーブルは出立準備をしているリピカにそう切り出したものだった。
 動機が不純だとは自分でも思っている。それでも嘘はつきたくなくてすべて話した。
「それに…あの人に会える可能性があるなら…私は虚無の手と戦ってこの【非実在の境】を守りたい……
 協力…させて貰えない…かなぁ……?」
 リピカは、ネーブルの控え目だが真っ直ぐな言葉を聞き、その切実な瞳を見た。
「……そうですか……あなたにも、忘れられない別れが……」
 そうして嘆息するように呟くと、ふと、遠い目になった。
「――どうして、『二度と会えない別れ』なんてものがあるのか……時々、そんな詮無いことを考えます」
 リピカはぽつりと言った。小さく零すように、呟く。
「それがなければ私たちも、長く人を恨んだりすることはなかったのかもしれない」
 人の手で生み出され、抗うことも出来ずに人の手で一方的に失われていった書物たち。
 記憶の彼方に、自分の知るその姿を見出そうというかのように一瞬、リピカは目を眇めた。
 が、すぐに現実に立ち返った。
「……ならば、お願いします。私たちと一緒に……」



 ところで、イルミンスールでは出立前、杠 鷹勢が出発に当たって、山犬の白颯を連れていくかどうか大いに迷っていた。
 この件では、以前鷹勢も白颯も世話になっているルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)をも巻き込んでちょっとした話し合いが起こっていた。
「白颯は鷹勢のために行きたいんだと思うの」
 ルカルカが言う傍らで、白颯はそれに同意するように静かに鼻を上げて彼女の方を向いている。
 もっとも、それは鷹勢も分かっているのだろうとルカルカも思う。分かっていて、でも心配だから、迷っているのだ。
 そして、身を案じているのは白颯も同じ。
「……」
 しばらく黙って渋っていた鷹勢は、言いにくそうにこう呟いた。
「今までも、白颯は危険な地にも僕についてきた。けど……
 心苦しいんだ、今回ばかりは。だって、思いっきり僕の勝手な願望だからね」
「勝手な?」
「誰かに頼まれたわけでもないのに、パレットを……契約したい相手を追いかけたいっていう、僕の勝手な願い。
 それで危険に遭遇したとしても僕自身は僕の自己責任だけど、巻き込まれては白颯があまりに可哀想だ」
 それを聞いて、ルカルカは一度まじまじと白颯を見下ろし、それからまた鷹勢を見た。
「……白颯の意志に任せてみない?」
 そう言って、ちょうど手が触れるくらいの高さにあった白颯の首の後ろを、促すようにそっと押す。
(自分がパレットを求める行動に、白颯を付き合わせる、ということに罪悪感があるのね)
 鷹勢の望みをかなえる手助けをすることが白颯の望みだと、気付いてないのかな。
 心の中でそう呟くルカルカの目の前で、鷹勢に近付いた白颯は、その袖を軽く咥えてくっと引くような素振りを見せた。まるで、自分が率先して連れていこうとでもいうような格好で、ルカルカは思わず小さく吹き出してしまう。
「それが白颯の気持ちなんだよね。うん、一緒に行こう。大丈夫、私たちがばっちりサポートするから」
 戸惑う鷹勢にルカルカがあっさり言ってみせると、横でダリルも、予想されたことだと言わんばかりに平然と頷く。
 ルカルカもまた、想定していたことだったから、万全の準備があった。
「はい、これ」
 いつかも白颯に使われた【レーヴェン擬人化液】の瓶が2本、その掌に乗せて差し出された。


*******



 パレットは『万象の諱』を捜しにすでに館内に入っており、今はどのあたりにいるのか、クラヴァートにも分からないという。


「今は、書龍がまだ現れていません。刺激しないためにも、館内に入るなら今かも知れませんね」
 挨拶もそこそこに、クラヴァートは「館内での捜索」を申し出る契約者たちにそう言って、図書館の建物の両翼にそびえる2つの塔の片方に彼らを連れていった。

「こちらは〈東の塔〉。あっちが〈西の塔〉ですが、特に反発の強い蔵書が籠っているような格好になっていて、今はそっちの出入り口は封鎖しています。
 行こうと思えばこの塔の入口から入っても、中を通って向こうの塔には行けますが、充分にお気を付けください。
 また、出来るだけ、感情の高ぶった書達を刺激しないで頂けると助かります。
 塔の上階は、比較的落ち着いた書達の集まりになっていると思います。この状況ではいつどうなるか分かりませんが……
 上階で二つの塔の間を行き来する場合は、中間にある空中庭園を通るのがいいでしょう。
 修復中で一応閉鎖していますが、ドアを障害物で塞いでいるだけなので、皆さんなら簡単にどかして通れると思います。 

 私が案内できればいいのですが、書龍にまず事情を説明した方がよさそうです。入れそうなら、後で合流します」

 契約者たちは、少し済まなそうにそう結んだクラヴァートに礼を言い、中へ入っていった。その中には、白い髪の大柄な青年――擬人化液で人化した白颯も連れた鷹勢とルカルカ、ダリルの一団もあった。
「君はどうする? リピカ」
 契約者たちが一通り館内に去った後、クラヴァートはリピカを振り返って尋ねた。
「パレットを捜します。ですが私も、先に、書龍に挨拶させてください」
 リピカはそう答えた。