蒼空学園

リアクション

終章

　一月遅れの新年会。
　会場の葦原明倫館道場では、酒に呑まれて暴走した面々が、正座していた。
「よくもまあ、ウチの道場や教室をしっちゃかめっちゃかにしてくれたな。これがお前らの言う新年会か？　人様の物を破壊して病人作るのがお前らの新年会なのか？」
　紫月　唯斗（しづき・ゆいと）が、特設ステージの上で腕を組み、冷ややかな目でそこに座る約五十人ほどの男たちを見下ろしていた。
「あまり調子に乗ってると本気で怒るぞ、と俺は言ったよな？　調子に乗ってここまでやったんだから、遠慮なく怒っていいんだよな？　もちろんハイナも後でたっぷり説教だが、まずはお前らだ」
　目つきが、怖いくらい鋭くなった。
「二時間、三時間で帰れるなんて思うなよ」
　しかし、そんな睨みつけなど、唯斗の説教フルコースの前菜に過ぎなかった。
　彼も狂った新年会を収拾すべく尽力した一人だ。まずはハイナにイッキ飲み勝負を仕掛けてきた馬鹿を投げの極意で一発で沈め、オリジナルカクテルとかいって適当に色々な酒を混ぜ合わせて遊んでいた男を投げ飛ばしたり。
「そうですよ。彼らを見てください。可哀想に青い顔をしてぐったりして。何人かは急性アルコール中毒で病院に緊急搬送しました。大変だったんですから」
　正座する全員がラルウァ　朱鷺（らるうぁ・とき）の方を見た。高濃度アルコールに潰された男女が何十人も壁にもたれかかったり、床で横になっている。顔からは生気を失い、朱鷺をはじめとするたくさんの契約者たちが献身的に看病している。
「それに、ともすれば校長先生を病院送りにしたということで下手をすれば明倫館と他の学園間で抗争まで起こりかねないところだったんですから。お酒を飲むなとは言いませんが、時と場合と状況をわきまえて飲むようにしてくださいね」
　そう言って、一人の男性の汗を拭いて薬を飲ませてあげた。
「朱鷺からは以上です。心行くまで紫月さんに怒られてくださいね」
　にっこり笑うと、彼女は正座する人たちを振り返ることはなかった。

　シリウスとリーブラは用意した料理、ソリャンカをぐったりしている全員に振る舞った。東欧にて二日酔いに効くと言われている塩辛いスープだ。彼女らが率先して、ぶっ倒れた男たちを介抱したため、重病人はほとんど出なかった。救急搬送された参加者たちもそれほど長く入院せずに仕事に復帰した。

　ちなみに、今回の新年会主催者ハイナ・ウィルソンは、次の日に強烈な二日酔いに見舞われ、立つこともできなかったため、校務を病欠。その状態で唯斗の説教をたっぷりと聞かされ、もう当分酒は飲まないでありんす、宴会するときはジュースでやりんすと心に誓った。数日後、容体が回復したハイナは宴会の関係者、参加者及び救援要請を受けて駆け付けた契約者を一人一人回り、真摯に土下座で謝罪をしたという。ただし、その土下座の仕方が正しかったかどうかを謝罪された被害者に聞いてみると、皆苦笑いをしていた。

　酒が回って色んな人を殴り倒した幻のレスラー、馬場正子は次の日には意識が戻るものの、宴会の内容はほとんど覚えていなかった。とりあえずハイナに振る舞われた酒を飲んだら一気に身体が熱くなって血が騒いだとかなんとか。実際はアルコールが一気に体内に回って体温が上昇しただけなのだが。誰かを殴ったり、涼介・フォレストと富永佐那との伝説の試合の記憶は一切残っておらず、ただ拳に何かの感触が残っているだけだったという。ちなみに蒼空学園には教室の床や扉を破壊した代金の請求書が叩き付けられた。

　ハイナによってぶっ潰された金鋭鋒は被害者のため、請求書等は来なかったが、次の日の二日酔いはやはりひどかった。が、彼を慕う女性たちの献身的な看病をされていた。ルカルカ・ルーと董蓮華が、ダリルの用意したおせち料理を振る舞い、酒の代わりにお茶でお酌をしていた。立ったり歩いたりするのも苦しそうだったが、二人の看護のおかげで一日で復活した。

　その他モノを破壊した関係者に対して多額の弁償金の請求が送られ、会場となった道場は一月ほどアルコールの匂いが漂っていたという。他にもプロレス会場となった教室は床がぶち抜かれるわ、窓ガラス割れるわ、机がないわ、巨大な水槽の中になぜかリングがぶち込まれてるわで、後片付けが大変だったということで、葦原明倫館内での酒を飲む宴会開催が強く制限されることになった。

　一月遅れの新年会。
　感想を誰に聞いても、苦笑いしたり、青い顔をしたり、一部の契約者ではパートナーと顔を見合って顔を赤らめたりと、真相を話してくれなかった。
　新年会の真実は、パラミタの華々しい伝説たちの影にゆっくりと沈んでいった。