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第五章
知られざる世界征服阻止

 シャンバラ教導団長金 鋭峰(じん・るいふぉん)は、馬場正子と同じくたまたま予定が空いていたのでこの宴に参加した。
 酒は嗜むし、ハイナほどではないが強いほうだ。しかし彼は、いきなりイッキ飲み勝負をしておかしくなったハイナ・ウィルソンをなんとか落ち着かせようとなだめに入ったところ、無理矢理酒を勧められ、ウォッカを言われるがままに飲み、泥酔。ものの見事に酔い潰された。
 そしてそんな彼の身に、危機が迫ろうとしていた。

 馬場正子のエキシビジョンマッチで盛り上がっているころ、人口が半分減った本会場では、顔を真っ赤にして白衣を着た男、ドクター・ハデス(どくたー・はです)が突如名乗りを上げた。
「フハハハッハァ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターーーハデス! ひっく! くくく、今こそ、我らが世界を征服する千載一遇の好ぉぉ機だ! …ひっく」
 と、視線の先には酔い潰されて横たわる鋭鋒。対照的に真っ青な顔をしている。とても気分が悪そうだ。
「ちょ、兄さん! 何お酒なんて飲んでるんですか! いつもコップ一杯でダメになっちゃうくせに!」
「ククク、妹よ! 飲まずにいられるか! ひっく。我らが宿敵が無防備になっている今がチャンス! 世界征服のために彼奴めを社会的に抹殺してくれよう!」
 こんな飲み会の席でもしっかり制服で来た高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)が大慌てでハデスをなだめにかかる。ちなみに彼女はお酒を飲んでいない。
「い、一体何をす……なんですか、そのビデオカメラ?」
「クックック、決まっているだろう……ひっく。こい! この天才ハデスの 発明品(はですの・はつめいひん)よ! 合体するのだ! ひっく!」
 すると、ハデスのユニオンリングが光り、続いてハデスの体も光る。その光が収まると、身体の半分ほどが機械のような武装を纏い、職種のような金属製の長いアームが六本ほど生えた異様な姿へと変わっていた。
「命令、了解シマシタ。たーげっと確認。撮影ニ移リマス……ヒック」
「ああもう、兄さんたらまた変なモノ作って……ちょっと待って。今、後ろのその機械みたいなの、ヒックって言った?」
「言ッテマセン……ヒック。全然、飲ンデナンテイマセン」
 どうやらべろんべろんに酔っ払ったハデスと合体したことで、身体だけでなく酔い具合も共有しているようだ。
「フフフ、この触手アームからは衣服のみを溶かす特殊な酸が出る。これで団長鋭鋒めのあられもない姿を撮影し、全国ネットで放送してくれるわ! フハハハヒック!」
 どうやら全裸にひん剥いて名誉を踏みにじるつもりのようだ。
「もー! と、とにかく兄さんが団長にひどいことをする前に止めないと! ペルセポネちゃんは下がってて!」
 咲耶は妹分のペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)を下げさせると、精神を集中。
「天のいかづ……きゃあ!」
 しかし、なぜかアームに捕まってしまう。判断能力すらも酒で侵されて狂っているようだ。
「きゃあああ! 制服が溶けてく!」
「ど、どうしよう! 咲耶お姉ちゃんが!」
 咲耶だけでなく、周囲にいる酔いどれたちも巻き込まれ、触手の餌食となっていった。

■■■

「団長! 団長しっかり! ルカルカ・ルー(るかるか・るー)です! 連絡を受けて、助けに来ました! お気を確かに!」
「ルカ、あまり身体を揺らすな。急性アルコール中毒を引き起こすぞ」
 ルーとパートナーのダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は、鋭鋒を抱き起こし、ルーのスキル・ナーシングとダリルのスキル・潜在解放で血中のアルコールを抜こうと試みていた。
「酔いが酷いな。薬を持っている。これも使え」
「私も回復系のスキルを使います。急いで少しでも安全な所へ運ばないと、あらゆる意味で危険です」
 ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)がポケットから薬を取り出し、途中で拾ってきた水入りのペットボトルを手渡した。
 パートナーのフィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)も鋭鋒の前にしゃがむと、ヒールをかけ始めた。
「ククク、覚悟しろ、鋭鋒ぉぉん!」
 と、メカハデスとなって迫る半機械の男。
 悪酔いしてうっとうしく絡んでくるバカどもはルーの剣技やジェイコブの格闘技、フィリシアのスキル・『我は科す永劫の咎』で完膚なきまでに叩き伏せたので脅威はだいぶ減ったが、まさかこんなモンスターだか人だか分からない奴に襲われるとは予想外だった。
「くっ! 早く団長を安全な所へ!」
「分かっている。焦るな、団長の気力はパラミタでも随一。潜在能力を解放させればきっと復活する」
「そうね。信じてるわ、団長の底力……わあ! 近づくなメカ野郎!」
 しゅるっと伸びてきたハデスのアームを剣で弾いて押し返すルー。
 その隙に、ダリルら三人がが鋭鋒の身体を極力揺らさないように少しずつ運び出していった。

■■■

「ほらもっと飲めえ! 飲め飲めぇ! あーはっはっはっは!」
 ハデスたちからやや離れた場所では、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が例にもれずにべろべろに酔って大暴れしていた。哀れ宴会に参加していた若い女性を捕まえて酒をぐびぐび飲ませている。
「あー、あんた可愛いカオしてるわねえ。ちょっと脱ぎなさいよ、ねえ」
「ちょ、セレンさん! そんなに引っ張ったら服が破れちゃいます……ていうか、なんでセレンさん下着姿なんですか? 制服は?」
「暑いから脱いだに決まってるじゃない。ほらあんたも」
「ちょっとセレン。いい加減にしなさいよ」
 そんなセレンフィリティの後ろから声を荒げたパートナー、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が近づいてきた。
「私たちは団長のお供で来てるのよ。それにほら、団長が得体の知れない奴に襲われそうよ。さっさと助けに……」
「セ・レ・ア・ナ?」
 セレンフィリティは手近にあったボトルを手に取り、口に大量に含んだ。中身は、ウォッカだ。
 そのままセレアナの襟首を掴み、押し倒そうとしてくる。
「ちょ、セレン……」
 セレアナも軽くだが、酒を飲んでいる。そのアルコールが足取りを若干ふらつかせ、抵抗虚しく押し倒された。
 そのままセレンフィリティの、赤くなった顔がぐっと近づき、くっついた。
 そして口内の大量のウォッカがセレアナの口に流し込まれ、セレアナは飲み込んだ。
 アルコールで一気に熱くなる身体。抱きつかれ、押し付けられる柔らかい身体。濃厚なキス。それらが混ざり合って、セレアナの意識を次第にまどろませていく。
 セレアナはセレンフィリティの柔らかい唇の感触を味わいながら、意識を手放した。
「……ん、ふふ〜、やっぱあんたが一番よね」
 セレンフィリティはついでに先ほどの女性も同じ手口で落とすと、微かに脳裏に残った『団長』という言葉に、欲望の矛先を向けた。
「そうよ。団長どこにいんのよ。せっかくの無礼講なんだから、スキンシップしっかり取ろうじゃないのよ」
「だ・めーーー!」
 と、後ろからワイバーンウイングを広げて滑空してきた董 蓮華(ただす・れんげ)が激突。酒に完全に侵されているセレンフィリティには躱すだけの力も耐える耐久力も残っておらず、気絶して床に転がった。
「お慕いする団長にそんな、やらしいコトさせやしないわ!」
 蓮華は着地すると二丁拳銃を構え、なにやら変なコトになっているハデスに向けて射撃。ぶんぶん振り回すアームを撃ち落とす。
「ルカ少佐! 遅くなりました!」
「待っていたわ! 頼りにしてるわよ!」
 そして、ルーたちと合流した。

■■■

「くっくっく……奴らはいい囮になってくれたであります」
 酔いどれに白衣の男に軍人に、とてんやわんやしている最中、道場の床をもぞもぞと這うダンボールが一枚。その下で葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)は、意識が朦朧として無防備の金鋭鋒にテロ行為をすべく、墨汁と大きな紙を用意してゆっくり進んでいた。
 テロといっても爆弾や重火器で吹っ飛ばすような破壊的なものではなく、魚拓ならぬ人拓を作ってネットの掲示板にでも貼ってやろうという思惑である。
「…………ん?」
 と、不審な動きをするダンボールにジェイコブが気付いた。
「これも敵か!」
 振りかぶり、自慢の拳を思い切り叩き付けてみる。。
 ぷぎゃ、というくぐもった悲鳴とともに何かを殴った手ごたえ。そのままダンボールを引っぺがしてみると、なんとタコのような異形な姿を持つ何かが現れた。
「な、なんだコレは!」
「我が名はイングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)。一番の小物よ!」
 意味不明な名乗りとともに、イングラハムと名乗った何かは複数の触手を絡ませ、自爆弾を起爆させた。
 豪快な爆音とともに、慌てて振りほどいたジェイコブがのけ反って尻餅をついた。音の割には意外とダメージが少ない。ぶっ叩かれたときに火薬が漏れ出たようだ。
「ふははは! 空蝉の術、成功!」
 イングラハムを囮に吹雪は高くジャンプ。尻餅をついたジェイコブを飛び越え、鋭鋒めがけて墨汁をぶちまける。
「団長打ち取ったであります!」
 そして、紙を思い切り押し付けた。にやり。吹雪は勝利を確信し、紙を剥がしてみる。
「……おや?」
 そこにいたのは、見知らぬどこかのオジサンだった。
 ダリルとフィイシアが咄嗟に、酔い潰れて下に転がっていた男を吹雪と鋭鋒の間に挟んだ。真っ黒にされた上に顔拓まで取られた男は、特にコメントされることもなく床に再び転がされた。そしてフィリシアに剣を突き付けられた吹雪は、苦笑いとともに両手を上げて降参した。 

■■■

「うう……胸やけがする……」
 吹雪に縄が掛けられたころ、鋭鋒が意識を取り戻した。
「ん? 私はなぜこのようなところで……」
「だ、団長! 大丈夫ですか?」
「……ルカ君?」
 見回せば、ルーの他にも見慣れた顔ぶれが、自分を守るように武器を構えている。床には酔い潰れた男たちが転がっており、充満する酒の匂いが失神する直前までの記憶を呼び覚ました。
「ああ……そうだった。ハイナ君に無理矢理飲まされて倒れたのだったな……うぷ、気持ち悪い……」
「団長、無理をなさらず。水です」
「ああ、すまないダリル君。ところで……あれは何だ?」
 指差した先、メカハデスが大暴れしている。半分ほど服を失った咲耶と、そんな彼女を助けようと割って入ったはいいもののあっさりと捕まってしまったペルセポネがアームに巻かれてじたばたしている。ハデス本人は何やらカメラのようなものを構えて周囲を撮影しているようだ。
「何でも、団長を裸に剥いてあのカメラで撮影してネットに流すとか。結果として、彼の妹たちが裸にされつつあり、その様子を撮影しているというよく分からない状況です」
 蓮華も拳銃をハデスに向けて言った。
「時々捕まっている女性が光っているのは、撮影を少しでも妨害しようと何かのスキルを使っているのか……。仕方ない、彼女たちを救出する」
 鋭鋒はよろよろと立ち上がった。
「ルカ君。アレをやるぞ」
「アレって……団長、お身体がまだ……」
「無理矢理飲まされたウォッカに比べればあの程度の技の二発や三発、大したことはない。私の具合を気に掛けるのなら、さっさと障害を排除して休ませてほしいものだよ」
「は、はい! やります!」
 ルーは嬉々として鋭鋒の隣に立った。
 二人は呼吸を合わせて、うまく力を混ぜ合わせる。
 二人の連携スキル・ロイヤルドラゴン。
 鋭鋒が具現化した竜にルーが乗り、ハデスに向かって突撃。べろべろになっているハデス他酔いどれどもには避けることなどできず、直撃。アームから離れた咲耶、ペルセポネ両名をドラゴンで拾い、宙を舞うビデオカメラは自前の鞭でしっかりキャッチ。そしてハデスは発明品と分離して、暴れる酔いどれたちと仲良く道場の壁に激突すると、気絶して動かなくなった。
 そしてルーは、二人の少女とともに床に着地。見回せば、アルコールにやられた酔っ払いは誰一人立ってはいなかった。