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リアクション
3
(わん! わんわん!)
ダークサイズをニルヴァーナの火山帯遺跡とフレイムタンへと誘導し、今や立派なリニアモーターカーのエンジンと化して活躍中のフレイムたん。
犬のギフトであるフレイムたんは、久しぶりにリニアモーターカーから出てきて、ダークサイズの戦いもしり目に元気に走り回っている。
「ふふふ……ふふふふ……かわいいなぁ……」
ニルヴァーナのあちこちにお店を展開し、その経営に忙しかった黒崎 天音(くろさき・あまね)だが、どうしてもフレイムたんに会いたい、フレイムたんに触れたいと、無理やり休みを取ってやってきた。
普段決して見せることのない笑顔の天音。
そのほほの緩み、目を細める具合は、すっかりフレイムたん欠乏症。立派なフレイムたん依存症だ。
「さあ、フレイムたん。取っておいで」
天音は拾った棒を投げ、フレイムたんが棒を追って元気に走る。
尻尾を全力で振りながら、フレイムたんが天音のところへ戻り、天音が抱き上げる。
「えらいね、フレイムたん賢いね。ちゃんと投げた棒を咥えて……あ、これ違うな。何かの骨だ。かわいいなぁ、ふふふふふふ……」
フレイムたんが持ってくるものが間違っていようと天音にはお構いなしのようで、彼はフレイムたんにご褒美の頬ずりをしてあげている。
「フレイムたん、最近は何をしてすごしてるんだい?」
(ボクはね、今は『亀川』と一緒にリニアを動かしてるんだよ!)
「ふぅん、構造わからないけどすごいね。炎を纏うしテレパシーで話せるし、フレイムタンへの鍵にも変化するんだ? こんなにお役立ちな上にもふもふで……こんな完璧なギフトは他にいないねぇ」
いい加減見かねたブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が、咳払いを一つする。
「……天音、そろそろ状況をわきまえたらどうだ?」
ブルーズに言われて振り返る天音の顔は、にやけきっている。
「何がだ? ブルーズ」
(我はおまえのそんな顔は見たくないぞ……)
ブルーズは気持ちを言葉にするのはぐっとこらえ、クマチャンに尋ねる。
「クマチャンよ。何やらかつてない戦いが始まっているようだが……」
「発射シマァース」
「クマチャン……?」
クマチャンがイレイザーの魂と融合して自我や記憶を失い、どうにかリニアモーターカーの運転手に落ち着いていることを知らなかったブルーズ。
外見まで四肢にアタッチメントをとりつけられ、サイボーグみたいになっているのも、ブルーズの疑問を深めていく。
さらにその近くでは、なぜか選定神 アルテミス(せんていしん・あるてみす)が膝を抱えてうずくまり、ふさぎ込んでいるように見える。
(我らが離れていた間、一体何があったのだ……?)
ブルーズは状況把握のため、とにかくアルテミスを囲む人々の下へ行ってみる。
「アルテミスさま。元気出してください」
クロス・クロノス(くろす・くろのす)は、何とかしてアルテミスを戦線復帰させるべく、やさしく肩を持って声をかける。
「……よい」
「え?」
「もうよいのだ……」
「もう、そんなこと言わないでください。あれはアナザ・ダイソウトウの言ったことでしょう?」
クロスの言う『あれ』とは、もちろんアナザ・ダイソウが向日葵を妻とする宣言のことだ。
「あれはアナザーのダイソウトウであって、ダイソウトウではないんですよ」
「でも……ダイソウトウさまなのだろう?」
「いやですから、別時間軸なんですから別のダイソウトウなんです」
「でも…………ダイソウトウさまなのだろう?」
「いや、ですから……」
そんな問答がもういつから続いているだろう。
アルテミスの言葉づかいも心なしか弱弱しく、選定神としての自分を失ったかのように瞳は乙女の潤みを含んでいる。
クロスは、せめてダイソウとアナザ・ダイソウが同じ名を名乗る別人だと認識できれば、アルテミスの気持ちは持ち直すだろうと考えている。
しかしアルテミスはなかなかその思考から抜け出せない。
クロスでも正直、
(ちょっとめんどくさい……)
という考えがよぎるが、頭を振って思い直し、
「よろしいですか? アナザがそう言ったからと言って、秋野さんがダイソウトウのお嫁さんなるとは言えませんよ。そうですね……つまり、アナザはダイソウトウのそっくりさんなんです」
「そっくり……さん?」
アルテミスが反応したのを、クロスは見逃さない。
「そうです。ライオンとネコは、どんなに似ていても別人ですよね? ライオンがおなか減ったからって、ネコもおなか減ってるとは限らないじゃないですか。ですから、ダイソウトウとネコトウソウ、じゃなかった、アナザ・ダイソウトウは別人なんです」
「別……人?」
「そうです! ですから、アナザがなんと言おうと、ダイソウトウには関係ないんです。アルテミスさまが気に病むことは何もないんですよ」
アルテミスの瞳に、冷静さが戻ってくる。
「でも……ライオンがおなか減ってるのを見て、ネコも『自分はおなか減ってるかもしれない』と思うことはないだろうか?」
「いや、ネコは例えなのでアレですが……」
「アナザがああ言うことで、ダイソウトウさまがもし『向日葵を好きなのかもしれない』などと思ったとしたら……」
「二人のダイソウトウが影響しあうと……?」
「もし、もしそうだとしたら……あぁ……」
アルテミスが自爆気味にまたふさぎ込んでゆく。
(あーふりだしに戻っちゃった……アルテミスさまったら何でこんなにネガティブに……)
どどどどどど……
遠くから振動が響いて、クロスはうなだれた頭をその方向に上げる。
モンスターが攻めてきたかと思って警戒するが、それは【DSペンギン】たちに抱えられてやってくる桐生 円(きりゅう・まどか)の姿だった。
「桐生さん、戦況はいかがでしたか?」
「うん、とりあえずダイソウトウの膝に蹴り入れてきた」
円は親指を立てて自分の功績をアピール。
「え!? どうしてそんなこと……」
「ダイソウB(アナザ・ダイソウ)までは遠くて。だから代わりに」
「とんだとばっちりじゃないですか……」
「だってー! アルテミスくんを怒らせるから悪いんだよー。あんな激おこアルテミス丸、見たことな……あれ? アルテミスくん、へこんでるの? へこなの? げきへこなの?」
そう、アナザ・ダイソウが向日葵を未来の妻だと発言したとき、アルテミスはとてつもない怒りを抱いた。
だが徐々に、自分がダイソウに愛されることはないのだと考え始め、クロスが慰める羽目になったようにふさぎ込んでしまったのだ。
クロスが、アルテミスの顔を覗き込む円の襟首をひょいとつまみあげる。
「とにかく、それじゃあ何も解決していませんよ」
「ええー、そんなあー。でもダイソウBのアルテミスBパワーで結構ピンチなんだよー。あ、いいこと考えた。アルテミスくんならアルテミスBパワーを相殺できるよね。それでダイソウトウ助けたら……」
と、円は眉間にしわを寄せ、
「『アルテミスよー、たすかったぞー。わたしにはおまえしかおらぬー』ってなるに決まってるよ」
「桐生さん、今のはもしかして……」
「ダイソウトウだけど何か? そうそう、助けるときはビキニアーマーとかビキニアーマーとか、ビキニアーマーで! 吊り橋効果とせくしー効果でいちころだよ」
円はどんどんアイデアを出すが、問題はアルテミスのモチベーションを取り戻すことである。
そこに、コツコツと【荒馬のブーツ】の響く音。
アルテミスの前に、祥子・リーブラ(さちこ・りーぶら)が立つ。
祥子は神妙に眉をよせ、アルテミスの前に膝をついていった。
「お取込み中ですがアルテミスさま……さようなら」
「……?」
「わたし、ダークサイズを、辞めます」
「な……に?」
アルテミスは顔を上げ、彼女の目がみるみる大きく見開かれる。
「やめてどうするのだ……?」
「普通の女の子に戻ります!」
突然の祥子のダークサイズ脱退宣言。
アルテミスが祥子の襟首をつかむ。
「おぬしまで……おぬしまで我を捨てるというのか!」
「捨てるんじゃないんです。春から百合園で教員として働くことになったので……それに私」
祥子は薬指にはめた【結婚指輪】を見せ、
「結婚したんです」
「結……婚……」
祥子の襟をつかむアルテミスの手が緩む。
祥子は少し名残惜しそうに言う。
「ダークサイズが光と正義の秘密結社になったのは喜ばしいことです。でも……私もいろいろ環境が変わったんです。自由な独身から、教師となり妻となり、そしていつかは母になります。いずれ生まれるその子のためにも、私は私の人生と体を大切にしなければならなくなりました」
しばらく見ない間に自分の人生を展開させていた祥子。
アルテミスは脱力し、祥子の胸に額を当てる。
「そうか……ダークサイズから巣立ってゆくというのだな。ダイソウトウさまには言ったのか?」
「ええ。いつもの無表情のまま惜しんでくれました。それから、アルテミスさまにも会ってゆけと」
「…………子が生まれたら、写真を送るのだぞ」
「……はい」
「では……ゆけ。ここは危険なのだ。おぬしに何かあっては伴侶に申し訳が立たぬゆえ」
アルテミスはそう言って、祥子から体を離した。
今度は祥子がアルテミスの肩をつかむ。
「とはいえです。このまま何もせずに帰ってゆくのもあれなんで、これを差し上げます」
祥子が手を開くと、二つの【ユニオンリング】が光る。
アルテミスは、見慣れぬ指輪を見て祥子に聞く。
「これは?」
「【ユニオンリング】と言います。これは、契約者とパートナーが合体するためのアイテムです。アナザ・ダイソウトウに対抗するため、ダイソウトウとアルテミスさまが合体するんです」
「合体……」
アルテミスのほほが少し赤らんだ。
祥子はそれを見て少し微笑む。
「肉体と精神が融合し、性格は足して2で割ったようになるんだとか。これを使えば、のらりくらりと煮え切らないダイソウトウの気持ちも分かるはずです」
アルテミスはリングを受け取り握りしめるが、乙女の恐怖心がまだ拭えぬようで、
「ダイソウトウさまの本当の気持ちを知ってしまうのか……もし我への気持ちがひとかけらもなかったら……」
すっかり後ろ向きなアルテミスに、クロスが言う。
「では、このまま何もせずに沈んだままでいるのですか? 選定神のあなたが、神のあなたが、地面に伏して泣き続けるのですか? 私はそんなアルテミスさまは見たくありません。ましてダイソウトウもそうでしょう?」
「そーそー。それにダイソウトウが誰が好きなのか、聞く手間が省けるよー? 聞くより合体したほうが絶対楽だよ。そうだそれがいい。そうしよう」
なぜかクロスの頭の上に乗った円がはやし立てる。
そして、その一部始終をずっと眺めていたブルーズ。彼はごほんと咳払いをし、
「お前の愛するダイソウトウが、誰を選ぶかはまだ分からんのだろう? まだ希望があるのに、あの男をみすみす死なせることはない。これまで話を聞いて思うに、今この瞬間こそお前の力が最も必要とされている時じゃないのか?」
「うむ、そうだ……な」
ようやくアルテミスが立ち上がった。
それにブルーズが手で制し、
「しかし、女から指輪を渡すというのに剥き身では芸がない。我からも餞別を贈ろう」
と、【高級チョコレート】を出してリングの一つと一緒に箱に包装した。
「人間の文化でバレンタインというのがあってだな、受け取れば恋は成立、受け取らない男は斬首してよいという品物だ」
「あれ、そんなルールなんてあったっけ……むぐぐ」
円の口をクロスが塞いだ。
アルテミスはブルーズにかたじけないと礼を言い、
「祥子。我のためにこのような貴重な品を買ったのか」
「え……ええ、もちろんです」
祥子の口はわずかに引きつっているが、アルテミスはそれに気づかない。
アルテミスはチョコレートの箱を持ってアナザ・ダイダル卿を見上げる。
「では行くぞ。バレンタインバトルに……!」
アルテミスはクロスと円とペンギン部隊を引き連れて走り始める。
「おまえも少しは貢献したらどうだ」
と、ブルーズは天音を引っ張る。
「解ってるよ。何せ僕は、シリアスの神に愛されているようだ。どうあってもシリアスの現場に居合わせる十字架を背負っているようだしね」
「どうでもいいが、フレイムたんも連れてゆく気か?」
「いけないのかな?」
「いや……好きにしろ」
と、二人と一匹もアルテミスを追ってゆく。
そしてニルヴァーナの風に吹かれながら、あのユニオンリングはアナザ・ダイダル卿の下に落ちていたのを拾ってきたなんて、絶対に言えない祥子であった。