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リアクション
一話 『賢者の石』についての二つの話
「ひどいね」
アゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)は、研究所の惨状を見て嘆いた。
空京にある小さな研究所に、どうも、賊が進入したとの知らせを受け、アゾートは足を運んでいた。
「やられたよ。長年かけて集めた資料が、ほとんどダメになってしまった」
白衣を着た初老の男は、そう言って頭を抱えた。
「つったって、バックアップくらいしてるんだろう?」
「まあ、そうなんだがな」
ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の言葉に、初老の男性は顔を上げる。
「しかしだな、文字通り積み上げた資料が崩されてしまうというのは、研究者としてはショックなのだよ」
「どれだけ積んでたの……すごい量なんだけど」
んしょ、と散らかった資料を持ち上げて、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が言う。彼女たちはアゾートから連絡を受け、調査の手伝いに来たメンバーだ。しかし、なぜか片づけを手伝う羽目になってしまっている。
「ここでは、どんな研究をしていたんだ?」
同じく手伝いに来たベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)が口を開く。
「『賢者の石』の研究だよ。ま、全うな研究ではないんだけどね」
「全うではない? どういうことなのですか」
アゾートの言葉に、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)が質問を返す。
「『賢者の石』は錬金術のためのアイテムだ。でも、それ自体にとてつもないエネルギーが内包されていて、錬金術以外にも、さまざまな用途がある」
「不老不死とか、そういうのか」
ベルクが尋ねると、アゾートはこくりと頷く。
「もともと、錬金術は不老不死を目指した学問なのだよ」
初老の男は言う。
「そもそも『金を作る』というのは錬金術においては、狭義の意味でしかない。本来は人間の肉体や魂を、完全な存在へと昇華させるのが目的なのだ」
「古来から、ヨーロッパには『神』という存在があるからね。人間というのは不完全な存在で、それを、いかに神に近づけるか。その考えが、錬金術の根本的な考え方だね」
「わたしが研究しているのは、そういった、基本的な錬金術の考えを応用し、なにか他の用途に流用できないか、というものを考えるものだよ」
「そういうことだね。教授は物質の変換だとか、臓器の移植だとか、そういったものにも錬金術の知識を応用できないか、と研究をしているんだ」
「えぇと……? マスター、ちんぷんかんぷんです」
「俺もだ」
アゾートと初老の男性――教授の説明に、フレンディスとベルクはそろって首を傾げた。
「その研究を止めさせようとした、というわけではないみたいだ」
資料を片付けながらも、犯人の痕跡を探していた涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)は口を開いた。
「いくつか盗まれたものもあるみたいだけど、残されているものも多くある。それに、パソコンとかは無事だよな?」
「そうだな。壊されてもいないし、データを盗まれた形跡もない」
ダリルは念のため【機工マスタリ】を使用してパソコンを調べるが、手をつけられた感じはなかった。
「だとしたら……なにが目的なんだろうね」
涼介の後ろからひょっこっと顔を出し、ヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)が尋ねる。
「教授さん、盗まれた資料、どんなものがあったのかは調べられないかな?」
アリアクルスイドの近くにいたジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)が言う。
「そうだな……なにせ資料が多いものだから。博士、どうだい?」
「そこで私に振らないでくれ」
白衣の男はその場にもう三人存在した。
まだ30代ほどの、「博士」と呼ばれている一人の男と、その取り巻きが二人。
「あなたも知り合いだったのね」
ルカルカは息を吐く。
「ボクも知らなかった」
アゾートも息を吐いた。
「誰かと思えばルカルカ・ルーさん」
「クリスマスはお世話になりましたね」
取り巻きの白衣二人がへこへこと頭を下げる。
「クリスマス? ケーキを売ったとか言ってたやつか」
「うん。この人たちも手伝ってて」
ルカルカはダリルに答えた。
「私が思うに……、ここに進入した目的は、あの話じゃないのかね、教授」
博士が言う。
「あの話……あぁ、なるほど、あの話か」
教授がぽん、と手を叩き、改めて積み上がった資料をあさる。「ああ、せっかく積み上げたのにっ」とルカルカが抗議の声を上げた。
「教授は、ちょっとしたとある説を提唱しているんですよ」
「『賢者の石』を無理やり作ろうと思って、思いついたらしいんですけど」
取り巻き二人が言う。
「錬金術のための、特殊な力を秘めた石を作る。なら逆に、エネルギーを無理やり集め、それを小さな石かなにかに集約させてみるのはどうかと」
いくつかの資料を手に取りながら、教授は言う。
「本来の意味で『賢者の石』とはかけ離れているものではあるが、莫大なエネルギーを秘めた石に変わりはない。つまりは、『賢者の石』であって『賢者の石』ではない、究極的なエネルギーの集合体を作り上げる。うーむ、確かに、それにまつわる資料がいくつか、なくなっておるな」
どん、と机にまた資料を積み上げ、教授は少し間を置き、口を開く。
「わたしはこれを、『賢者の石』の邪悪な姿……『賢者の邪石』と呼んでおる」
「うん? これなに?」
それからしばらく無言のまま続く片付けの中、アリアクルスイドが一枚のチケットを拾い上げた。
「映画のチケットかな?」
ジブリールがその紙を覗き込んで言う。
「映画じゃないね。劇?」
アリアクルスイドが紙を見て言う。
「ああ、来週から公開される、劇の招待券じゃよ。なんでも『賢者の石』をテーマにしているとかなんかで、いろいろと話を聞かれてね」
「ボクのところにも来たよ。なかなか面白そうな劇だから、見に行こうと思っているんだ」
アゾートも少し弾んだ声で言った。
「賢者の石をテーマにした、演劇?」
「ああ、じゃあ、つまり、それのことだな」
涼介とダリルが顔を見合わせる。
「なんのことだね?」
「あ、聞いてないですか」
教授や博士たちの視線に、ルカルカは言う。
「その劇の初日、爆弾テロを起こすって、予告状が届いてて」
「ば、爆弾テロじゃと!?」
教授が驚きの声を上げた。
「結構大々的に言われているみたいだぜ。警備のために人を集めるみたいだし。俺たちも借り出される予定だ」
ベルクは言う。
「テロといえば爆弾、か……この考えってさ、何時の時代も変わらないのがちょっと寂しいよね」
ジブリールが言う。寂しそうに言うその肩に、アリアクルスイドが手を置いた。
「俺たちが絶対に阻止するよ。当日は安心して、劇を見に来てよ」
涼介が言う。その場にいたメンバーは、皆こくりと頷いた。
「もしかしたら、少し前のスタジアムでの事件と、関係があるかもしれないですしね」
フレンディスも言う。
「問題は、ここでの事件と関わりがあるかどうか、だね」
ルカルカが言う。
「今のところはまだわからないからな。とりあえず、もう少しだけ調べさせてもらうぞ。とりあえず教授、さっきの邪石とかいうものについて、少し細かく教えてくれ」
ダリルがそう言うと、教授も頷いて、机の上の資料をあさる。バラバラと崩れる資料の山に、「だーかーらーっ!」とルカルカが声を上げた。
そして、その劇場。
開幕まで……そして、予告状にあったテロの日まで、ちょうど一週間だ。
「私たちは、これから一週間、会場の警護に当たります」
水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は、集まったメンバーの前に立ち、そう口を開いた。
「こんなに集まったとは、心強いな」
ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)は集まったメンバーを眺めてそう言う。
「准尉、油断は禁物よ。レース場のテロだって、集まったのにやられたんだから」
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)――セレンは、ジェイコブに向けて言った。
「そうね。被害は最小限に抑えたといえ、爆弾騒ぎで怪我した人も大勢いたし、なにより、私たちは主犯格を逃がしています。今回こそは必ず、犯人の確保に繋げましょう」
ジェイコブは「了解であります!」と敬礼をする。ゆかりはそれに答えるように、敬礼で返した。
「飛行艇レース場の件、今回の事件と、繋がりがあるのでしょうか」
龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)が尋ねる。
「それはわからんな。それを調べるのも、私たちの仕事だよ」
武神 雅(たけがみ・みやび)は軽く腕を組んで言う。
「当日には、もっとメンバーが集まるんだろう? 灯、前回みたいに、無線機やらなにやらの確保、頼めるかな」
「わかりました。情報網はお任せしますね」
そして、二人で頷き合う。
「そうね。通信はそちらにお任せします。他のメンバーで手分けして、セキュリティシステムのチェックや、当日の監視体制を確立させましょう」
ゆかりが言う。
「当日まで、人数はこれだけなの?」
遠野 歌菜(とおの・かな)はその場にいるメンバーを見回して言う。
「近くの研究所にダリルたちが行ってるってさ。落ち着いたら来るって言ってた」
歌菜の隣、月崎 羽純(つきざき・はすみ)が答えた。
「涼介さんたちに、ベルクさんたちも来てくれるわ。見事に、レース場にいたメンバーが集まったわけね」
セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は言う。
「わたくしたちだけが、その騒ぎを知らないのですね。一体、なにがあったのですか?」
ジェイコブの隣に立つ、フィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)が声を上げた。
「わたくしたちも、それほど具体的な話を聞いてないです」
泉 美緒(いずみ・みお)もそのように口を開き、ラナ・リゼット(らな・りぜっと)も頷く。
「そうね。大体のことを話しておきましょう」
ゆかりは、飛行艇レース場で起こった事件を簡潔に説明した。
レース場で爆発テロを起こすという脅迫があり、さまざまな場所に爆弾が仕掛けられていた。
それらの大半は解体したり爆発させたりと、大事には至らなかったのだが、そのテロの実行犯たちは、協力者と思われる女に殺されてしまい、爆弾の入手経路などは不明のまま。そして、その女は、逃げてしまったということ。
口にしているだけで悔しさがにじみ出ているような形だった。その場にいた者たちも皆、口を紡ぐ。
「それだけじゃない」
ずっと黙っていた、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)も口を開いた。
「『蜃気楼』とかいう、甲冑の騎士だ。束になって挑んでも、傷ひとつつけられなかった」
牙竜は言い、小さく息を吐いた。
「すぐ逃げられたとはいえ、足止めもできなかったからな……」
拳を握り締めて言う。
「なにせ、なんの手がかりもないんだ。爆弾テロと聞けば、もしかしたらと思うだろう。とにかく、少しでも多く、やつらの情報を引き出したい」
「ま、確かに手段が同じである以上、なんらかの関わりがある可能性はあるわね」
セレンは言う。
「しかし、前に事件を起こして警戒されている中で、わざわざ似たようなことをするか?」
羽純は誰にともなく尋ねる。
「起こさざるを得ないなにかがあった、と考えるのはどうだ?」
ジェイコブが言う。
「そのあたりも、検証が必要でしょうね。でも、今は、現実に起こりうるテロを防止するのが先よ」
ゆかりがそう言うと、皆が「そうだ」と姿勢を正す。
「マリー、ルカ少佐たちは?」
ゆかりは携帯端末をいじっているマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)に尋ねる。
「少佐は研究所の片づけが終わるまで手伝うって。涼介さんたちと、ベルクさんたちはそろそろ着くんじゃないかってさ」
言いながらも端末をいじって、なんらかの資料を眺めていた。
「それ、襲われたっていうラボの様子?」
歌菜が端末を見て尋ねる。
「うん。この件と関わりがあるかどうかも、調べる必要あるかもね」
そのように話していると、
「美緒さん、ラナさん!」
弾んだ声が聞こえ、皆の視線がそちらに向いた。
見ると、少し古風なドレスを着た一人の少女が、少し小走りにこちらに向かってきていた。
「アリスちゃん!」
「アリス」
少女は美緒とラナに飛びつくと、「来てくれたんですねっ」と嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「ええと、どちら様でしょう?」
灯が尋ねると、
「あ、ごめんなさい。私、この劇団に所属しております。アリス・スカーレットと申します」
少女――アリスはぺこりと頭を下げた。
「劇団……じゃあそれ、衣装なの?」
マリエッタはドレスを指差して言う。
「はい。えへへ、ちょっと動きづらいんですけどね」
アリスはくるりと回って言う。
「可愛い〜」
歌菜はアリスのそばまで行き、言う。
「演劇ってこんなドレスを着てやるんだね。なんか、すっごく楽しそう」
「あはは、今回は、そういう劇だから着てるだけですよ」
アリスは控えめに笑みを浮かべて言う。
「どういう知り合いなのだ?」
雅が尋ねると、
「ええ。実は以前、暴漢に襲われているところを私たちが助けたのです」
ラナはさらりと言った。
「暴漢、って言っても、酔ったおじ様でしたけどね。困っていたところを助けていただいて」
その節はお世話になりました、とアリスは頭を下げる。
「そのお礼に今回のチケットを渡したんですけど、まさか、こんなことになるなんて……」
少し沈んだ顔で言う。
「大丈夫ですよ、アリスちゃん」
美緒は彼女を軽く抱き寄せ、言う。
「爆弾テロは、わたくしたちが絶対に抑えます。アリスの立つ舞台を、台無しになんてさせませんから」
「そうです。こちらは任せて。本番まで一週間です。集中して稽古に励んでください」
美緒とラナが続けて言うと、アリスの顔がぱあっと明るくなる。
「そうだぞアリス。これだけ人が集まってくれたんだから、問題ないって」
「アリスは台詞も動きも多いんだ。しっかりしないとな」
近くにいた劇団員と思わしき人たちも、話を聞いていたのかそのように口にする。
「はい、ありがとうございますっ!」
アリスは再び頭を下げた。
「――なにのんきなこと言っているの?」
その場所に、冷たい言葉が突き刺さる。皆の視線が、声の主へと届いた。
「本番までもう時間がないのよ。まだ決まってないこともたくさんあるんだから、浮かれてないで、早く準備なさい。あなたは、今回の劇の重要な役なのよ。わかってる?」
矢継ぎ早に言葉を発し、少し大きな足音を立てて歩いてくる。アリスが「ごめんなさい」と口にすると、今度は道具を運んでいる劇団員に声を発し、女は歩いていった。
「彼女は?」
フィリシアが尋ねた。
「リーナさんです。今回の舞台の主役です」
ほんの少しだけ、アリスの笑顔が沈む。
「むー、あんな言い方しなくても」
美緒はそう口にした。言っている間にも、道具を運んでいるメンバーを叱り付けている。
「あなたたち」
そして、最後にこちらを向いて口にした。
「警護に関してはお礼を言います。でも、こっちも本番が近いの。稽古の邪魔になるようなことは、控えてください」
鋭い視線のままそれだけを言い、どこかに歩いていった。
「嫌な感じですね」
「あはは……」
ラナの言葉に、アリスは静かに笑った。
「私、そろそろ行きますね。警備のほう、お願いします」
言って、アリスは走っていった。
「でも、彼女の言うことももっともですね。稽古の邪魔は、しないようにしないと」
フィリシアが沈黙を破る。
「もちろんよ。舞台に集中してもらうためにも、あたしたちが来たんだから」
セレンもそのように同意した。
「みなさーん!」
そんな中、明るい声が届く。見ると、フレンディスがこちらに向かって手を振っていた。
その後ろにはベルク、ジブリール、それに涼介、アリアクルスイドがいる。
「ラボはもういいのか?」
「あとは片付けだけだな。これ以上の調査は必要なさそうだ」
羽純の言葉にはベルクが答えた。
「こっちもちょうど動こうとしていたとこ。ちょうどよかったわね」
セレアナが言う。
「動くって言っても、どうするんだい?」
涼介が聞く。
「警備のシステム、出入り口、そういうものを確認することが優先だな」
ジェイコブは言う。
「なら、早速取り掛かりましょう。まずは二手に分かれて出入り口、通気口に電源室、そういったターゲットになりそうな場所の確認を」
ゆかりは言い、メンバーを綺麗に二つに分けた。
そして、それぞれ散ってゆく。
残り、一週間。
テロとの戦いが、幕を開けた。
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