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壊獣へ至る系譜:その先を夢見る者 前編

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壊獣へ至る系譜:その先を夢見る者 前編
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■ 別棟【1】 ■



 皆が奥へと消えていくのを見送って、佐野 和輝(さの・かずき)はやっと動き出した。
 シェリー・ディエーチィ(しぇりー・でぃえーちぃ)に依頼されたのでクロフォード博士の私設研究所――通称『別棟』に来たが、他の契約者と行動を共にするつもりは端からなかったのである。
 破名と組んでいた魔女の話し相手だった禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)は、その魔女が姿を消してからとんと興味を失っていたものの、研究所と聞いてその重い腰を上げ、別行動を取る和輝に、目的は別かと状況を察した。
「だからと言って何も私を……」
「アニス、この研究所、好きじゃないかも……」
 不満を漏らすダンタリオンの書の服の裾を、不安で仕方ないアニス・パラス(あにす・ぱらす)がむんずっと掴んだ。
 ぎゅっとされてダンタリオンの書は口を噤む。
「アニス」
 振り返った和輝にアニスは、むー、と引き結んだ唇を歪ませた。
「だって、なんか、変な声……声なのかな? 聞こえるんだよ?
 和輝のお願いだから仕方ないかなって思うけど、いつもと違うよぉ。感覚がおかしいっていうか、″声″が会話にならない。ずっと、あなたは誰とか聞いてくる……」
 語りかけているように見えて、その実、言葉が降り落ちていくるようで。
 混乱に、アニスはダンタリオンの書に縋る。
 アニスの訴えに、和輝とダンタリオンの書は顔を見合わせた。
「その声は多分俺も聞こえている」
「え?」
「私も同じくだ」
 和輝とダンタリオンの書を交互に見遣ってアニスは、きょとんとする。
「答えるべきか?」
「トラップ、又は、何かのキーか、どちらにしろ安易に応えてしまうのは少々リスキーかもしれんのだよ」
 言って、二人は沈黙した。
 だが、放置するにはその質問の多さは煩わしく、また、幸せの定義は曖昧である。
 考えるだけでも無数の可能性が在って面倒と思い、ダンタリオンの書は無言で和輝を促した。
 促され、数秒考えた和輝は試しにテレパシーで破名へのコンタクトを試みるが反応は無く、ならばとキリハに同じく送るもこちらも反応が無く、そう言えばそもそもキリハはテレパシーが使えるのか確認してなかったのに気づいた。
 破名と共にあれば何かしら返ってくるとも思えたが、待ってみても何も無い。意識が無いのだろうか。
 軽く肩を竦めた和輝は短く吐息した。
「リオン、リオン、アニス、お話してみるね。でね、その間、アニスの手、握っててね?」
 こういうのはアニスの分野なのだが、彼女は今、ダンタリオンの書に手を握ってもらいながら別の者とのコンタクトを取るので一杯いっぱいなので、代わりに和輝が応えようと試みる。

 ――しあわせになりたいですか?

「なりたいが、アレは自分で掴み取るものだ。与えられるものではない」
 と。



…※…※…※…




「さて、訪ね人の特徴を聞かせてもらいましょか?」
 別棟に入ってからシェリエ・ディオニウス(しぇりえ・でぃおにうす)高崎 シメ(たかさき・しめ)が問うた。
「話したくない事は、話さなくても構しまへんよ。誰にかて、なにがしかの事情はあるものですさかいなぁ」
 捜索は特技の一つと、任せてくれというシメにシェリエは、そうね、と破名の特徴を伝える。
「じゃぁ、そいつを見つければいいんだな」
 シメの隣りでウルスラーディ・シマック(うるすらーでぃ・しまっく)がシェリエの説明を復唱した。
「聞いておきたいんだが、この研究所は何をしていた所なんだ?」
 ウルスラーディの質問にシェリエは、破名から聞いたことだけど、と前置きを置いた。
「先に言ったけど、ここはクロフォード博士の私設研究所だそうよ。ここで何をしていたかだけど、内容は全部処分されてるから、此処で何をしていたか、を知ることに意味はないって断言されたわ」
「手がかりがここにあるって言ってたんだろ?」
「破名はたまに煙に巻く言い方をするのよね。過去を探っても意味が無いって事らしいわ。『自分達関連(壊獣計画)』なら、必ず此処に一度は訪れるから何かが残っているはずと、そういう意味の手がかりってことだと思うの。
 それと、内部の構造だけど、特に聞かされてないのよ。けど、危険は無いと言っていたわ。今にも崩れそうなのにおかしな話しよね。転移の能力があるせいかしらね、そこら辺の感覚がどうも私達と違うみたい」
 さぁ、捜索を始めましょうとシェリエは歩きだす。



…※…※…※…




 短くても月の半分、長くて三ヶ月強孤児院を留守にする破名はともかくとして、キリハは一週間以上の不在は有り得ないとシェリーは語る。
 同時期に縁のある各地で異変が起こりシェリエが破名と連絡を取ろうとするが、返事は無く、これは単純な不在ではないと確信し、もしもの事があれば手がかりになるだろうからと伝えられた『別棟』の場所に来たわけだが、その内部の崩壊具合に、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は奥歯を噛みしめるように周囲に気を配る。
 崩れる可能性が一見しただけわかる状況に、いい加減に振る舞うわけにはいかず、大雑把に扱うこともできず、そんな気分だからと派手な行動を控える彼女の行動は迅速だった。
「見つからないわね」
 籠手型HC弐式・Pを用いて熱源反応をモニターでチェックするのは捜索されている二人。
「そうね」
 セレンフィリティがいつものブルービキニ姿なら、それに合わせるように、彼女のパートナーたるセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)はシルバーレオタード。恥ずかしいから嫌だと思っていたのは遠い過去のように、パートナーとワンセットの組み合わせにセレアナは慣れつつある。
 慣れつつが、学校見学に来ていたシェリーが前のように制服を着ていない自分達の姿を見て、顔を真っ赤にさせてしまったことに僅かながら申し訳ない気持ちになっていた。
 実際は二人のプロモーションに、モデルさんなのかしら! と純粋にシェリーは驚き、一度は理想と夢見てしまう肢体に見惚れてしまっていただけなのだが、それ以降たまにマジマジと見られているセレアナは、教育的によくなかったのかしら、とこれを誤解した。パンツとそれを頭に被る事が力の優劣を決める異世界に巻き込まれた時にチラッとしか聞いてないが、確か、破名は教育方針なのかそれなりに煩かったはずだと思い出したせいもある。
 変な刺激を与えていなければいいのだけどと思いながら、セレンフィリティが見落としているかもしれない場所をダブルチェックトリプルチェックの要領で確認してなんらかの手がかりを得ようと集中していたセレアナは、銃型HC弐式の液晶を一度閉じた。
「……」
 先程から聞こえる、幸せを問う言葉。
 あなたは誰か、と。あなたはしあわせになりたいか、と。
 だからと、聞かれて素直に答える気はセレアナにはなかった。一切合切の無視という形で聞かなかった事にする。
 黙殺を決め込むパートナーとは逆に、セレンフィリティは捜索の手を止めていた。

――『あなた』は誰ですか?
 突然そんな事を聞かれてもピンとは来ないものの、誰かと問われたら、
「あたし? ……自分は″セレン″としか言いようがないわ」
 と、セレンフィリティ。
――『あなたは幸せ』ですか?
「……それは」
 少なくとも、今は昨日よりは。と、まだ、答えが出せる。
――あなたは、しあわせになりたいですか?
 ただ、その質問には、セレンフィリティは、思い悩みに、言葉が出なかった。



…※…※…※…




 捜索を開始してから間もなく、そわそわしている高崎 朋美(たかさき・ともみ)に、ウルスラーディは気づいた。
 人探しとは地味な仕事だなと自分が零す中、朋美が探し終わった場所をもう一度丹念に眺めているのを見て、「嗚呼、これは自分が知らない技術が目当てだな」と検討をつける。
 例え何も無くてもこの手の建物の構造を見るだけでわくわくしているんだろうと、これだから機械オタク娘は、とウルスラーディは息を吐く。
「あ、どたどた入ったらあきまへんえ。ここに、クロフォードはんが先に来てたんやったら、痕跡が残ってる筈。
 新しい足跡はないか……埃の薄くなってる個所はないか……注意深うに、見ていきまへんとなぁ。」
 シメの注意に朋美は目的を思い出してから、同意と頷く。
「うん、ここにいるかも、ってことは″ここを通った痕跡がある″可能性は高いはずだよね。焦って前進するのは控えた方がいいかもね」
 もしも訪ね人が先にここに来たのなら、足跡や何かが残っているはず。
「でも、うーん」
「確かに、不安になってしまいますなぁ」
 悩む朋美と、シメ。
 積もる砂や埃の上に残っているのは二本の平行線だった。どう見ても、歩いている足跡、ではない。し、その跡の上にも埃が被ってて、最近のではないとわかる。
「あ、でも迷いは無さそう。まっすぐ続いてる」
「誰か一度来たことがあるのかもな。かなり昔に」
 適材適所と調査は前にいる三人に任せ、警戒、警護に控えている高崎 トメ(たかさき・とめ)は先程から自分に投げかけてくる質問に、はふと肩を竦める。
「なんや鬱陶しい声が聞こえますなぁ」
 トメに、朋美が振り返った。
「うん、何か聞こえる。
 『しあわせになりたいか?』 って……それは、ボクに対してとても失礼な質問だなぁ!
 まるで、今、ボクが幸せじゃないみたいな決めつけ方じゃない?
 どこかの占い師がささやくように「あなたの幸せのカギを示しましょう」って?
 幸せは、自分で切り開いて掴むものだよ」
 そのためには、一生懸命に自分が信じた道を行くしかない。
(うん、おばあちゃん達が、そうだ、ってお手本だからね)
「先のわかってる未来だったら、これから歩いてく必要ないじゃない?」
 断言する朋美にトメは満足そうに頷いた。
「あたしはあたし。
 シメも、あたし。
 朋美をしっかり守る、優しくて強いおばあちゃん……って、そういういい方も出来ますけど、なんとまあ悠長な質問、愚問どすな。
 そんな事よりも、今、生きて行く事!
 生きた、軌跡が「あたし」を形作るんやし」
 幸せも不幸せも自分の責任。
「幸せが欲しかったら、突っ走ることですなぁ」
 誰かに与えられるものではない。
 自分の力で勝ち取るモノ。
 問いかけの言葉を同じく聞いていながら、自分の生きた人生に悔いはなかったと動じないシメも含め、三人は確かに同じ血をひいている。
 中々に頼もしい女性陣に、地味な仕事だからと手は抜かずベストを尽くすウルスラーディは、試しにと廊下に残った足跡を触る。
 サイコメトリで映し取る映像は死人に抱えられた白装束の少女があちらと指を指す姿。
 ウルスラーディ等は知る由もないが、別棟の入口が閉じられてから現在まで内部に侵入を許したのは過去にたった一人、生き物を生き物に造り変える技術を欲し、破名とキリハの封印を解いたネクロマンサーの魔女だけであり、彼等はその少女の足取りを見ていることになる。
 不審人物がと伝えるウルスラーディは、遅れて耳に届く音声に口を噤んだ。


『最近はずっと別棟(こっち)に入り浸ってるな。研究はそんな頭を抱えるほど酷いのか?』
「そうでもないですよ」
『ふぅん?』
「悩んでいるのはむしろ人間関係ですかね」
『お前がか?』
「私はどうしてもこの研究の主導権を握りたいんですよ」
『野心家だな』
「そういう意味では……」
『で、どうやったらその主導権とやらは握れるんだ?』
「クエリに文字情報を少しわけてもらったんです。これを元に系図と生体の結びつけを強める第三の……って、まぁ、″楔″って名前だけは決めてはいるんです。これさえ成功させればってやつなんですがこれが中々……」
『失敗してるのか?』
「かれこれ52回も再構築できずに崩壊するばっかりです」
『研究ってのは大変そうだな』
「そうですね。失敗の連続は当然ですね。でもそろそろ基準をクリアしたサンプルが無くなりそうで……、
 ――しかし、あなた、本当に大きいですよね。どうですか、参加してみませんか?
 元ある情報を組み替える″系図″とは違って、元ある情報に更に追加するだけで、あなたが悪魔であることには変わりないです。魔鎧は作れますよ?」
『つまり?』
「あなたが、あなたの全てを私にくだされば、私の魂を差し上げてもいいですよ?」
『まぁ、確かにずっと欲しいとは言っていたが……俺に死ねと?』
「死にはしませんよ。全てを失って崩壊するだけです。それは、死ではないです。
 私は命を。そして、あなたは存在を。賭け事としては上々と思うのですが、いかがです?」
『レートが高いな』
「そうですね」


 それは、誰と誰の会話だろうか。
 何かの手がかりかもしれないとウルスラーディはこの内容も皆に伝えた。