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そして、物語は終焉を迎える

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そして、物語は終焉を迎える

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「それで、エロスさん、彼女の目的というのは、なんなのでしょう」
 龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)がそのように言った。土井竜平は小さく息を吐いて、
「それもわからないんだ。黒魔術に興味があるということは屋敷の件でわかったが、なにせ、関係者を皆殺しにするくらいだからな。なにかを隠している、というのはわかるが」
 竜平は肩をすくめた。
「しいて言えば、劇場での件で明らかになったのは、『賢者の邪石』だな」
 竜平の言葉に、皆は劇場の事件を思い出す。
「なあ、アゾート。例の、『賢者の邪石』について、なんかわからないのか?」
 アゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)に向け、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)がそのように尋ねた。
「そもそも、『賢者の邪石』って、なんなの?」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は腕を組んで言う。
「簡単に言うと、前回ラボを襲われた教授の理論は、錬金術に必要なものが、道具や技術ではなく、エネルギーだという考えから来ている。そのために、『賢者の石』には膨大なエネルギーが秘められているはずだ、というのが持論だよ」
 アゾートはそこまで言うと周りを見回す。
「ダイアモンドみたいなものか。膨大な圧力の中で、物質が変化すると」
 竜平の例えに、アゾートも頷いた。
「そのエネルギーは錬金術以外にも転用できるんじゃないか――それが、教授の考えだ。例えば街の発電のためとか、飛行艇やイコンの燃料、それと……小型の爆弾にも、転用できる、ってね。教授は、それを『賢者の邪石』……本来の目的外に使える、特別な力の集合体ということで、そういう名目上の名前をつけた、ってことなんだ」
「なにそれ……そんなものが、本当に作れるものなの?」
 マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)がそのように尋ねる。アゾートは「わからないよ」と首を振った。
「少なくとも、それが本当に存在していて、それこそ爆弾かなにかに転用できるというのなら、いろいろな場所で話題になるはず。そんなもの、ボクは聞いたことがないよ」
 続けて言う。
「まあ確かにそうだな。仮にそういうものがあったとしても、爆発騒ぎがあれば、オレたちの耳に入らないはずはない」
 ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)はそう言ってうんうんと頷く。
「だとしたら、そんな未確定な技術をどうして欲しがると言うの?」
 ルナ・リベルタス(るな・りべるたす)が言う。
「そうだよねぇ。完成したから奪う、とかじゃなくて、あくまでも資料だけをわざわざ盗むなんて」
 ヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)も首を傾げてそう言った。
「実はその件に関しては、俺がひとつ、仮説がある」
 土井竜平が口にし、視線が彼に向いた。
「彼女が『テロリスト』だからだ」
「……どういうこと?」
 セレンが聞き返す。竜平は答えず、アゾートを見た。
 アゾートは仕方ないなあ、といった感じで息を吐き、
「教授の理論なんだ。莫大なエネルギーから石を作るために必要なのは、それこそ、爆発なんだよ。しかも、大規模なね」
 アゾートの言葉に、周囲がざわつく。
「ねえ、それって、爆弾を作るために爆発が必要ってこと?」
 なんかよくわからないよ、とジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)は続ける。
「小型の爆弾を作るため、といった感じかな……だからさ、教授は言ってるんだよ……必要なものは爆弾……例えば、核爆弾とかね」
「か、核だとっ!?」
 ジェイコブが身を乗り出した。
「うん……考えても見てよ。原子力や核爆弾の規模のエネルギーを持つ、手のひらサイズの石をさ。『邪石』なんて名前をつけるのも、わかるんじゃないかな」
「おいおい、それは冗談なんていうレベルじゃないだろう!」
 ダリルは言うが、
「もちろん、あくまでも一説だよ。本当にそんなエネルギーをひとつの石に収縮できるのかは、教授にだってわからないんだ」
 アゾートは少し焦ったように言う。
「だから、ひとりの研究者に出来るレベルの話じゃないんだよ、『邪石』の製作はさ。大規模な爆発を起こし、そのエネルギーを漏らさずに石に吸収させる。場所と予算と、周囲の環境調査――考えただけで頭が痛くなるよ」
「彼女はそれが出来ると思った。そう考えると、一応はつじつまが合うだろう」
 土井竜平がアゾートに続けて言う。
「問題は『なぜ邪石を作ろうとしているか』だ。錬金術に興味があるとも思えないしな」
 竜平が言う。
「それに、ただその邪石とやらを作りたいだけなら、いくらでも方法はあるでしょ。彼女の、会った人すべてを殺すようなやり方は、異常としか言えないわよ」
 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が言うと、数人が頷いた。
「あくまで名目上は『テロリスト』。目的、思想、あるいはなんらかの理想がある、と考えるのが自然じゃろうな」
 ファラ・リベルタス(ふぁら・りべるたす)が口にする。それにも、賛同するいくつかの声が響いた。



4、彼らの進む世界




 一瞬だけ、ジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)の表情が消えた気がした。
 手にしている【小太刀・煉獄】は、安楽の剣とも呼ばれ、魂の浄化がされるのか、幸せな幻を見ながら安らかに息を引き取ると言われている剣だ。
 ジブリールはフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)と不殺の誓いを立てている。だからこそフレンディスは、この剣を託した。
 もう死んでいる彼らを、『救う』ために。
 表情が消えたのは一瞬だ。目の前に対峙していた、巨大な四足獣を斬り刻んで、振り返ったジブリールは、優しく笑みを浮かべている。その表情を見て、フレンディスも安心して息を吐いた。
「【フールパペット】は効くかい!?」
 ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)はそんなジブリールを補佐するように動いている。相手がすでに死んでいる相手ということで、魂を操る彼の術はほとんど効果がなかったが、その場その場で臨機応変に力を使って、相手の足止めなどを行っていた。
「私は私に出来る事をやるだけ故……妨害するモノは如何なるモノでも容赦できませぬ」
 フレンディスも【忍刀・雲煙過眼】をかざし、向かってきたアンデッドモンスターに視線を向けた。 



「はあっ!」
 【ソニックブレード】。その強力なウィル・クリストファー(うぃる・くりすとふぁー)の一撃に、死した怪物が耐えられることはなかった。体の機能を失い、そのまま消滅する。
 攻撃を防ぎつつ、回転するように【覇者の剣】を振るう。右へ、左へ。多くの怪物の攻撃を防ぎつつ攻撃をするウィルは、まるで踊っているようにも見える。
 だが、そんな戦いをすれば必ず発生する死角が存在する。背だ。しかし、彼の背には、もうひとつの影があった。
「やあっ!」
 ファラ・リベルタス(ふぁら・りべるたす)だ。
 彼女も【ブーストソード】を手に、ぴったりとウィルの背に寄り添い、眼前の敵を倒している。
 【勇士の剣技】、そして【歴戦の武術】の力を使い、複数のアンデッドモンスターを、次々と葬ってゆく。
 背中はウィルが守ってくれている。ファラにとってその事実が、なによりも安心して戦える、最大の要因だ。例え真っ暗な洞窟で、目の前にいるのが、死してなおも動き続けるものであっても。
「もう少しじゃぞ、ウィル!」
「わかってる。ファラさん、最後まで気を抜かず!」
「もちろんじゃ!」
 言って、笑う。笑いながら、戦える。
 背中に温かさを感じながら、ファラは目の前に存在する最後の敵に、剣を振り下ろした。



「てやっ!」
 陽一はスキル、【プロボーク】により、集中砲火を浴びている。その状況でも光剣の大きさを調整した【ソード・オブ・リコ】を上手いこと使い、相手に一定の距離以上を近づけさせない状況を維持していた。
 しかし、数が多くそれも限界だと感じたのか、後ろの一体に【ソード・オブ・リコ】を投げつけて跳躍。剣の刺さった場所の横に立ち、先ほど受け取った、【終焉剣アプソリュート】を取り出す。
「答えろ、【アブソリュート】!」
 そして、それを地面に突き立てる。刺さった場所から氷が走り、地面ごと、迫り来る怪物たちの体が凍りついた。
「よしっ!」
 再び【ソード・オブ・リコ】を陽一が手にしたが、ひゅ、っと、彼の横に風が吹いたような気がした。見ると、凍った怪物たちが、まるで溶けるように消滅してゆく。
 陽一が振り返ると……そこにはルナ・リベルタス(るな・りべるたす)が【ヒートマチェット】を手に構えている。
「速さには自信があるのよ、私」
 ルナがそう言うと、陽一は小さく肩をすくめて【ソード・オブ・リコ】を引き抜いた。





「ドクター・ハデスの戦闘員が現れたそうだよ」
 通信を受け、長曽禰 ジェライザ・ローズ(ながそね・じぇらいざろーず)が声を上げる。
「懲りないなあ……またなにかしてくるなんて」
 ヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)はため息混じりに言う。
「数が来たら厄介だな。陽一さんたちが、早く来てくれればいいんだけど……」
 涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)は周りを気にしながら言う。
「襲われたら俺たちだけで戦う他ないな。任せろ。俺は『瞬速(バースト)』の名を告ぐものだからな」
 土井竜平――バーストエロスは言う。
「なんなんですか、その、『バースト』っていうのは」
 【バラミタドーベルマン】を数匹引き連れて歩いている、酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)が振り返って尋ねた。
「圧倒的なスピード……特に瞬間的なスピードに特化した能力の持ち主のみ、語ることが許される称号だ」
「ちょっと待ってそれ初耳なんだけど」
 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)が口を挟む。
「俺は瞬間的な速さ……特に、盗撮がばれた際の逃げ足という点で誇れる速さを持っているからな」
「どうしてその能力を他のことに使わないのですか」
 アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は息を吐いて言った。
「そうです。先輩は実はすごい人なんですよ」
 なぜか皆口虎之助が胸を張る。
「とてもすごいとは思えないけど……」
 涼介は笑いながら言った。
「キミは? ハイパーっていうのにはなんの意味があるの?」
 アリアクルスイドは虎之助に聞く。
「僕のは語呂のいいただのパクリです。特に意味はありません」
 虎之助は即答した。
「意味ないのね」
 美由子が笑って言う。
「ですけど、ほら、」
 虎之助は竜平の肩を叩いた。


「俺の名は土井竜平(どい りゅうへい)。またの名を、瞬速の性的衝動(バースト・エロス)」


「僕の名は皆口虎之助(みなぐち とらのすけ)。またの名を絶大なる性的欲求(ハイパー・エロス)!」


「「いいじゃない」」
「なにが……?」
 涼介は首を傾げた。
「むしろ、バーストにそんな意味があったのに驚きよ……」
 さゆみも息を吐く。
「ふふふ。とても緊迫している状況には思えないね」
 ロゼは笑っていた。



「そうですね。とても……袋のねずみには見えませんね」
 声が聞こえ、涼介と竜平は前へと出た。
「ドクター・ハデス!」
 涼介が叫ぶ。
 そこに立っていたのは、ドクター・ハデス(どくたー・はです)、そして、ペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)だ。
「その通り。僕の名は天才科学者、ドクター・ハデス。わかりますよ。名乗りは大事ですよね」
 ハデスは言う。対峙している涼介たち、そして、ペルセポネも気づいていないが、中身は天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)だ。
「しかし、先ほどの話……おかしいですね。戦闘員は、まだ動かしていないはずですが」
 十六凪はあごに手をやって言う。
「ハデス! どうしてアーシャル・ハンターズの味方をするんだ!」
 ロゼは叫ぶ。
「もちろん、オリュンポスのためですよ。世界征服と契約者の抹殺。目的は違えど、共闘は出来ると思いませんか?」
「思わないね。どっちも現実味の欠片もない、歪んでいる!」
 涼介が叫んだ。
「ふふ……なんとでも言ってください。どちらにせよ、あなたたちをこれ以上進ませるわけには行きません。行きなさい、ペルセポネ君。戦闘員たち!」
「了解しました、ハデス先生っ! 機晶変身っ!」
 ペルセポネは【ブレスレット】から【パワードスーツ】を装着し、飛び出してきた。その後ろに、五人の【特戦隊】も続く。
「く、仕方ない!」
 涼介と竜平が前に出て、杖と槍でペルセポネの攻撃を防いだ。
「【アブソリュート・ゼロ】!」
 飛び出してきた【特戦隊】には、ロゼが氷の壁を作り出して攻撃を防ぐ。そして、その氷の横から飛び出したさゆみ、アデリーヌが、
「【雷術】!」「【光術】!」
 見事な連携攻撃で【特戦隊】にダメージを与えていた。
「はあっ!」
 竜平の『瞬速』の名は彼の言った通りなのか、ペルセポネの攻撃を涼介との連携で抑えつつも、壁を蹴って方向を変え、さゆみやロゼたちに向かおうとする【特戦隊】のメンバーを長槍でけん制していた。
「【バラミタドーベルマン】、いっけーっ!」
 竜平が前に出たことで足が止まった【特戦隊】に、美由子が犬をけしかける。【特戦隊】もその犬の勢いに、下がる他なかった。
「よっと!」
 アリアクルスイドは【二丁拳銃】で、涼介の動きと連動してペルセポネ、【特戦隊】をけん制する。そして、ここぞという一瞬で【シャープシューター】を使い、確実に相手にダメージを与えていた。
「やりますね……」
 その状況に、ハデス……十六凪は素直に感心する。人数も少なく、明確な前衛アタッカータイプの人間がいないと思っていたが、こうまで連動して動けるとは。
 そうやって感心しているうちに、【特戦隊】はすでに戦闘不能となっている。戦えるのは、ペルセポネだけだ。
「仕方ないですね」
 十六凪はそう言って、ぱちんと指を鳴らす。


『パワードスーツ、リミッターが解除されました』


 電子音が、ペルセポネのスーツから聞こえた。
「って、ハデス先生っ?! リ、リミッター解除はダメですっ!」
 ペルセポネは叫ぶが、スーツは光を放つ。リミッターが解除されたことでペルセポネはあらゆる能力が上昇した。
「うわあぁん、こんなところでーっ!」
 ペルセポネは叫ぶが、口調に反して動きはとてつもない。一瞬で涼介の眼前に飛ぶと、大きくブレードを横凪ぎに振るう。涼介はすんでで止めたが、衝撃で弾き飛ばされる。
「く……」
 竜平は壁を蹴ってペルセポネの背を取ろうとするが、瞬時に振り返って放ったペルセポネの蹴りが竜平の腹部をえぐった。そのまま、壁に叩きつけられる。
「く、【グラビティコントロール】!」
 ロゼが重力を操作しペルセポネの体に負荷をかけるが、【ペルセポネ専用高機動ユニット】が光を放ち、【グラビティコントロール】を振り払い、ロゼに突進をかました。
「ロゼさん!」
 飛ばされたロゼをさゆみが受け止める。そこに、ペルセポネがブレードを構え、迫った。
「……っ!」
 その前を、一対の風が走る。ペルセポネの放ったブレードは、ルナ・リベルタス(るな・りべるたす)の放った一撃に跳ね返されていた。
「みなさん、お待たせしました!」
 そして声が響き、ウィル・クリストファー(うぃる・くりすとふぁー)ファラ・リベルタス(ふぁら・りべるたす)がロゼたちの前に立つ。
「涼介、大丈夫か!?」
「お兄ちゃん!」
 酒杜 陽一(さかもり・よういち)は涼介の近くへと立つ。美由子が嬉しそうに声を上げると、【バラミタドーベルマン】たちも声を上げた。
「っ」
 ルナはペルセポネに向かい、【ヒートマチェット】を振るう。ペルセポネは軽々とそれを避けるが、
「まだだ!」
「逃がさぬぞ!」
 ウィルとファラが、続けて攻撃を放つ。さすがに三重に、しかも、息のあった攻撃を振るわれ、ペルセポネも防御と回避に専念する他ない。
「やっ、やだっ! 稼働時間がっ!」
 そうやって回避に専念していると、ペルセポネは声を上げた。ペルセポネを包んでいた光が急速に失われ、彼女のパワードスーツは消滅。そして、
「いやあああぁぁぁぁぁ!」
 ペルセポネは素っ裸になっていた。
「あ……?」
「う、ウィル! 見るでない!」
 目の前の少女が裸になり、ウィルが驚く。すぐさまファラが目を塞いだ。
「なんとかなったようだね……」
 ロゼはよろよろと立ち上がって言った。
「陽一さん、助かりました」
 アデリーヌが礼を言うと、
「間に合ってよかったよ。さて、あとはハデスさんだけだな」
 陽一が息を吐いて言った。




「すでにアーシャルさんが賢者の邪石を持っていると危険ですね……万一に備え、保険をかけておきましょう」
 言い、十六凪は【召喚】を行う。
「んー?」
 ぽん、っと現れたのはパジャマ姿でせんべいを口に含んだデメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)だ。
「なんだよう、せっかくいいところだったのにぃ」
 彼女の手にはリモコンが握られている。テレビでも見ていたのだろうか。
「まったく……デメテール、やってもらいたいことがあります。いいですか」
「えー、働きたくなー、……それはなに?」
 デメテールは十六凪が持っているチケットのようなものを見て言う。
「チョコパフェの無料券です」
「任せてよ! このデメテールちゃんがどんな仕事もさらりと仕上げて見せるよ!」
 デメテールは立ち上がった。
 十六凪は予想通りと苦笑いしながらも、状況を説明していった。
「もし、アーシャルさんが、おかしな行動を取るようなら、死角から襲いかかり、背中から心臓を貫くのです。そして、彼女が持っている『賢者の邪石』を奪いなさい」
「りょうかーい。そのオバサンの動きを警戒してればいいんだねー。警戒なら、自宅警備員のデメテールにまかせてっ!」
 十六凪がこんなこともあろうかと用意しておいた服に着替え、デメテールは胸を叩いた。そして、【千里走りの術】さらには【疾風迅雷】を使い、その場から走り去る。
「これでよし、と。……さて、そろそろリミッターが切れるころでしょうか」
 十六凪は後ろを気にして言う。「いやあああぁぁぁぁぁ」という悲鳴が、ちょうど聞こえてきた。
「退きましょうか。さすがに、この状況は不利ですね」
 言い、十六凪は歩き出そうとするが、
「いや……悪いけどな、そういうわけにはいかねえ」
 声が聞こえ、十六凪は振り返った。
「ドクター・ハデスさん! どうして、てろりすとさんたちに加担するのですか!」
 そこにいたのは、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)、そして、ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)だった。
「別働隊がいたのですか。特戦た……」
 十六凪は下げておいた特戦隊を再び出そうとするが、
「動かないほうがいいよ」
 ジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)が彼の背から、のど元に剣を突きつけていた。
「残念だったな。こっちには、仲間が大勢いるんだ」
 ベルクが言う。それに答えるように、陽一を先頭に、先ほどまで戦っていたメンバーが彼の元へ。ペルセポネも、ウィルの服を借りて体を隠し、半泣きで十六凪を見ていた。
「ドクター・ハデス。もう逃げられないぞ」
 陽一が言う。十六凪が全員の顔を見て、
「そのようですね……」
 そう、静かに呟いた、そのときだった。
 突然の地震に、全員がバランスを崩した。
「わあ……」
 十六凪の後ろに回っていたジブリールが、倒れこんできたハデスの体を支えきれずに共に倒れる。ジブリールはしりもちをついただけだが、がつんとかなり大きな音が、ハデスの体から響いた。
「は、ハデス!?」
 ロゼが驚きの声を上げる。
 ハデスの体は少しの間、頭を打った衝撃で硬直していたのだが、やがてむくりと立ち上がり、


「フハハハ、我が名は天才科学者、ドクター・ハデス!」


 ずれたメガネを治し、高らかにそう名乗った。
「やっと自由を取り戻した……む、ずいぶんと見知った顔が多いな」
 ハデスの突然の変わりように、皆がぽかんと口を開ける。
「む、ペルセポネ。こんなところでリミッターを解除したのか。あれをすると痛い目にあうから、極力避けろと言ったのに」
「ハデス先生……?」
 ペルセポネもぽかんとしている。
「ちょうどいいところに服が落ちているな。パジャマか? 見覚えがあるような気もするが、まあいい、ペルセポネ、これを着るといい」
 そう言って、ハデスは落ちていたデメテールが脱ぎ捨てていったパジャマを拾ってペルセポネに投げた。
「おい……どういうことだ、ドクター・ハデス」
 ベルクが頭を抱えて言う。
「状況はある程度把握している。アーシャル・ハンターズを捕らえに行くのだろう。フ、奴は我がオリュンポスをも標的としている不届き者だ。不本意ではあるが、貴様らに同行してやろう!」
「いや、ハデスさんは協力してたんじゃあ……」
 さゆみが言うが、
「協力? なにを言っている。前回踊らされて協力は懲りたのだよ。それに、目的がわかった以上、協力することは断じて出来ん! オリュンポスの世界征服の障害は、取り除かなければいけないのだからな!」
 フハハハハ、と笑い声を上げ、ハデスは奥へと歩き出す。
「あ、待ってくださいハデス先生〜っ!」
 ペルセポネはパジャマを着て、ぺたぺたと走り出した。
「なんだったの……」
「さあ……」
 アリアクルスイドと涼介が言った。
「先輩、しっかりしてー!」
「少女の蹴り……悪くない……ガクリ」
「先輩! ペルセポネさんのヌード写真を撮りました! しっかりー!」
「写真……俺はまだ、倒れるわけには……」
 竜平は目を回していた。


 ちなみにペルセポネさんのヌード写真は、アデリーヌさんがしっかり消しておきました。






「でえい!」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は回し蹴りで戦闘員を蹴り飛ばす。
 もう一体近づいてきた戦闘員は、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が鞭で叩き飛ばした。
「この戦闘員たち……動きが違う!」
 リネン・ロスヴァイセ(りねん・ろすヴぁいせ)も戦闘員と戦いながら、叫ぶ。
「ハデスさんも、修行とかしてるのかしら!」
 ソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)は戦闘員たちの攻撃を避けつつ叫んだ。
「く、キリがない!」
 ニーナ・ジーバルス(にーな・じーばるす)も応戦している。
 ファンドラ・ヴァンデス(ふぁんどら・う゛ぁんです)の放った【月の棺の戦闘員】は、彼らにはドクター・ハデス(どくたー・はです)の差し金だと思われていた。が、彼らのものとは、また動きが違う。彼らは確実に、自分たちを『殺そうと』している。その動きに、ためらいはない。
 数でも向こうが上、精度も高く、また、場所が狭いため、上手い具合に反撃が出来ない。
 ルカルカたちは、ピンチに陥っていた。
 だが、
「え?」
 銃弾が走った。リネンはミュート・エルゥ(みゅーと・えるぅ)を見るが、彼はまだ本調子ではないハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)の援護に回っていて、狙撃はしていない。
「あ、あのダンボールは……」
 ダリルが口にした。少し離れた場所に、ひとつのダンボールが落ちている。そして……そのわずかに開いた穴から、【機昌スナイパーライフル】が顔を覗かせていた。
「ふふ」
 ダンボール箱は笑い声を上げ、戦闘員たちを【スナイプ】。戦闘員たちは狭い中でも器用に体を回転させたりバック転したりして攻撃をかわし、洞窟の奥へと消えていった。
「ふう、すばしっこいでありますね」
 ダンボールを頭に乗せたまま、その人物は立ち上がる。ダンボール箱を外すと、そこにいたのは、
「吹雪!」
 ルカルカが叫んだ。
 葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が、ライフルを肩にかけてとんとん、と叩いて笑みを浮かべる。
「ちょっと騒がしかったからこっちに来たでありますよ。せっちゃんやハチころを見かけたからあとを追ったのですが……まかれたみたいでありますね」
 少しだけ悔しそうに言う。
「助けに来てくれただけでもありがたい」
 ダリルが言う。「ふふん、感謝するであります」と吹雪は弾む声で言った。
「みんな無事!?」
 そこにセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)、それに、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)も駆けつける。後ろには水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)もいた。
「ついでだから呼んだであります。このあたりにまだ、戦闘員が潜んでいることも考えられるでありますからね」
 言って、吹雪は視線をめぐらす。少し離れた場所からこちらを伺っていた戦闘員が、身を隠した。
「合流できたようだな」
 少し遅れて月崎 羽純(つきざき・はすみ)がやってくる。遠野 歌菜(とおの・かな)衣草 玲央那(きぬぐさ・れおな)も一緒だ。
「もうちょっと行ったら、玉座よ。すごく広いわ。見たら驚くくらい」
 玲央那は言う。
「いつの間にか、そんな奥まで来ていたのね」
 ニーナは息を吐いて、言った。
「ハコ、平気?」
「大丈夫だ。回復もしてもらったからな」
 ハイコドは立ち上がる。ソランはまだ心配そうに、すぐ隣に寄り添う。
「毒、残ってない? 残ってるなら言って、吸い出すから」
「残ってない……つかどこから吸い出すつもりだ」
 ハイコドは太もも辺りをさわさわ撫で回していたソランの手を握る。
「みんな、無事のようですね」
 ゆかりが集まったメンバーを見て言う。その場にいた全員は、こくりと頷いた。
「なら行きましょう。最深部はもうすぐそこです」
 ゆかりは言い、羽純が先頭となって歩き出す。
 ほんの少しだけ、空気の流れが違う気がした。洞窟の、下のほうにたまっていく空気が、まるで風でも吹いているかのように流れている。
 皆はその風を受け、最深部は――終焉はすぐそこに迫っていると、そう、感じていた。