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リアクション
【それぞれの先と、最後と、その思い】
海中遺跡ポセイドンでの調査も、進むこと六日目。
「ここは素晴らしい知識の宝庫なのだよ!」
喜色満面なリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)が、ふふふと低く笑いを浮かべていたのは、神殿の資料室だ。
龍の加護もあって、まだ崩壊の影響のないその場所は、都市の全てがあると言っても過言ではない知識の宝庫である。リリは目につく本を片っ端から棚から引き出して机に積み重ねた。あるものはこの街の創始から今に至るまでの膨大な記録であり、あるものはただの童話小説であったり雑多だが、何しろリリにはそのタイトルを読むことが出来ないのだ。選択の基準は、その装丁の豪華さや、中身を開いた時の文字の並びの様子、つまりは勘である。
「リリには読めないが、持って帰りさえすれば解読可能なのだよ」
先も、パートナーが此処にある書物を読むことが出来た。過去の知識は都市の終焉と共に消えてしまう可能性があったが、最悪でもディミトリアスやアニューリスと言う当時の生き字引がいる。特にディミトリアスはかつて各地を巡り歩いていたと言うから、この都市独自の文字もある程度読解することが出来るはずだ。一万年も前の技術や術式が果たして現代で役に立つかは不明だが、少なくとも歴史的価値は高い。
「ふっふつふっふっ。面倒でもついて来た甲斐があったのだよ!色んな意味で、大収穫なのだー!」
これで暫くは遊んで暮らせるに違いないのだ、と。
リリは落ちることの無いテンションで、いそいそと書物をかき集め続けたのだった。
「いいんですか、あれ」
下の階まで響いて来るリリの笑い声に村主 蛇々(すぐり・じゃじゃ)が思わずといった様子で伺うのに、ツライッツはいつも通りの笑みでにっこりと笑った。
「問題ありません。資料室の書物は全て目を通してありますし」
機晶姫であるツライッツが目を通した、というのは記録した、と言ったも同義だ。それでも、帝国の遺産でもあるものを、と難しい顔をする蛇々に、ツライッツは意味深に笑みを深めた。
「大丈夫ですよ。この神殿も、再現された過去の一部ですから」 その意味を悟って、今度は違う意味で心配が過ぎったが、取りあえずは自分の役目が先、と蛇々はその視線をスカーレッドに移した。見たところは怪我なんてしたのだろうか、と疑いたくなるほど、立ち振る舞いに無理は感じられず、怪我の影響があるようには見えなかった。
が、それはあくまで彼女の人並みはずれた頑丈さや、回復力の高さによるものであって、攻撃を受けて平気だったはずは無いし、実際あの時は、捕らえられる直前に随分と手荒な攻撃を受けていたのだ。やむにやまれぬ状況であったとは言え、怪我をさせた側である蛇々は、その後ろめたさから直視しづらかったが、スカーレッドの方は、記憶は残っているようだが特に気にした様子はなく、時折調査の途中で、崩れた遺跡によって軽い怪我をした調査員にヒールを使ってサポートする蛇々に「助かるわ」と笑いかけた。
「私は戦い以外、からっきしなものだから」
「い、いえっ、私の方こそ、戦いは大尉に全く及ばないですしっ」
恐縮したというより後ろめたさの方が大きい様子であわあわと首を振った蛇々に、スカーレッドは笑みを深めると、伸ばしたその手で肩をぽん、と叩いた。
「気にしなくて良くてよ。あの時……意識の主導権を保てなかったのは、私の責任なのだから」
皆を守るために派遣されていながらこの体たらくだ、と苦い顔のスカーレッドに、蛇々は再び首を振った。
「相手は邪龍です……それに抵抗できたら、凄すぎでしょ」
最後は思わずといったようすで漏れた一言に、スカーレッドは「そうね」とくすくすと笑ったので、蛇々もほっと胸を撫でると、視線をせわしなく働いている調査団の面々や、神殿で契約者たちと言葉を交わす魂たちの姿を見ながら、不意に「彼」のことを思い出した。
(……感謝の一言も、言いたいところだけど……)
戦っている間、「彼」の魂は怯みそうになる心をずっと励ましてくれていた。敵に向かっていく勇気を貰って、またひとつ成長できたのは「彼」のおかげだと判っている。けれど「彼」は彼の人生があって、恐らく最後に会いたい人のところへいるはずだ。それを邪魔するのは流石に野暮だ。
(……べ、別に会ったら最終日に別れが辛くなるとかそういうんじゃないんだからねっ!)
誰にともなく言い訳をして、蛇々はひとり腕を組んだ。だが、心の中であるとは言え、言葉にしてしまうとそれが迫ってきて、蛇々は不意に潤む目をこしこしと擦った。
思えば、切ない恋をした男だった。魂と記憶が繋がったおかげで、その記憶がまざまざと胸に迫り、まるで我がことのように祈りもした。この結末は、これもひとつの幸せといえばそうなのかもしれないが、もっと幸せになることも出来たのではないかと、今になっても思ってしまう。それほど、感情を共にした相手と、別れの時が来る。それは、どうしても蛇々の胸を痛ませるのだった。
(…………せめて、最後は幸せでいてよね)
「そろそろコーセイも……彼女の正しき墓所へ戻る頃合でしょうか」
そして、神殿のまた別の一角では、鈴がそんな呟きを漏らしていた。
「そうだね」
その言葉に、頷いた氏無の横顔は心なしか複雑なものを描いているのに首を鈴が首を傾げると、氏無は曖昧に笑って「灰は灰に、塵は塵にか」と独り言のように呟いた。
「最後ぐらい、望むところへ行けてたら良いねぇ」
かと思えば、直ぐにその表情も声も、のんびりとしたものに戻ってしまったのに、鈴は拭えない違和感を抱いたものの「そうですね」と応じる。
「街の開放を願ったその最後は……どこを選ぶんでしょうか」
「さぁ……ボク自身には、何ともいえないな」
その返答は間違いなく氏無のもので、彼の中からすっかりビディシエという存在は消えているのだと再確認し、何故かほんの少しそれを寂しいと思う自分に驚いた。もしかしたら、まだ自分の中にコーセイという存在が僅かながら残っているのかもしれない。その思いが消えるまでの最後の時間、付き合うのも悪くはないが。
そんな風に思いながら、鈴は不意に声を潜めて「ところで大尉」と氏無にだけ聞こえるように口を開いた。
「この数日間でエリュシオンへ訪問されていたと聞きましたが……タイミングが可笑しいですわね?」
その意味深な声音に、氏無が目を軽く開いたのに、逆に鈴は笑みを引いてその目を探るように見やった。帝国の治療院を借りた礼やネゴシエーションが理由であれば、時期が早すぎるし遅すぎる。その上、エリュシオン側が今回の共同調査を行っていない以上、その報告だったとしてもやはり、早すぎる。
「それに、随分頻繁に本部に戻っておられた様子ですけれども」
本人がそう口にしていたように、氏無の任務は現場の監督指揮のはずだが、それを疎かにするような行為を頻繁に繰り返すというのは、いかに面倒くさがりで普段もだらしないとはいえ、らしくない行動だ。それらを一つ一つ暗に指摘しながら、反論の返らない事で予想は当たっているらしいと理解した鈴は、言葉を選ぶようにして「聞いてよいのでしたら」と前置いてから目を細めた。
「…………早めに手伝いますけど?」
その言葉に含まれた意図は明らかで、氏無は苦笑を深めながら「参ったねぇ、どうも」と息をついて、白竜の前で漏らしたのと同じように、独り言めかしながら一通りの説明を口ににしてから、ふと目を細めた。
「キミのさっき言った通りだね。有るべき場所へ。死人は墓場へ、さ」
真意を図りかねて視線を向ける鈴に、氏無はにこりと妙に明るい笑みを浮かべた。
「女々しい奴だと思って聞いてくれるかい。ボクはねぇ、巻き込みたかったわけじゃないんだ。ルレンシア女史も、ディミトリアスくんも……キミらも」
そう語る氏無の声だけが酷く疲れた響きを持っていて、鈴が落ち着かない心地でそれを聞いている中で、氏無は続ける。
「出来ることなら、ボクら死に損ないどもの間だけで終わらせたかったけど……どうやらそうもいかないみたいだ」
本当にただの独り言のように漏らした氏無は、表情と視線を戻し、年寄りじみた仕草で腰を叩くと、その視線を鈴から離し、他の契約者たちを目を細めて眺めながら、ふ、とその顔に苦笑が浮かんだ。
「まだ詳しくは話すことは出来ないけど……その時がきたら、まぁ何か、キミらにお願いすることになるかもしれないね」
その時は頼むね、といつもの調子で笑う氏無に、鈴は「勿論ですわ」と真面目に頭を下げて見せたのだった。
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