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壊獣へ至る系譜:その先を夢見る者 後編

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壊獣へ至る系譜:その先を夢見る者 後編

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■ 立ち塞がる者【3】 ■



 ただ、在る。
 ということをそのままに受け入れがたい体質……考えを植えつけたのは一体誰だろうか。
 成しえた偉人のそれが罪といえば、罪になるだろうか。
 想像して、子敬は、ふむと頷く。
「『名は、体をあらわす』もしくは『名は、その本質をあらわす』
 ……私の場合「敬」であり「粛」なわけです」
「魯?」
「何、「魯(のろま)」!?
 はは、それも確かに。否定はできないですな」
 首を傾げたトマスに子敬は反応を見せるも、それも確かにと肯定し、道を塞ぐ四人に視線を向けた。
 自分は自分だと存在を主張する自分を眺め、それはそうだろうとテノーリオは理解を示した。
「「私は幸せになりたい」ってことは、今現在は幸せじゃないんだな。
 ということは、「幸せになるように行動する」ことが必要とされてるわけだ。
 「行動する」ということは、自己変革を意味するから、「私は私」ってぇのは、当たり前のテーゼだけど、「私は(今の)私では駄目」ってアンチテーゼも含まざるを得ない。結果「ちょっと前の瞬間の私」と「今の私」には差異がある。
 同一性は保持しているが、まったく違った自分……を、許容できるかどうかだな」
 その許容が、視野の広さを変え、導き出す思考の糧となり、物事を結びつかんとするのではないのだろうか。
「「あれか、これか」じゃねぇ。「あれも、これも」だ、ちぃと欲張りだがよ」
 勝ち負けの勝負も、そりゃあまあ、面白いが、世の中、そんなのばかりでもないだろうしさ。
「確かに面白いって思えば面白い敵だけど」
 呟くミカエラは、撃てば、撃ち返し、殴れば、殴り返してくるという相手に「あら痛い」と感想を漏らす。
「名人戦並みの思考が必要になってくるわね」
 殴り合うよりは、ダメージ少なくって済むように。
 考えて、そう言えば何か似たようなのが地球で在ったような……?
「あれかしら、「ユリイカ!」って先に叫べた方が、勝つわね」
 それまでは、焦らないで。事を進めるように状況を運ばなくては。
 不要な戦いは、不要なのだ。
「にしても「私」「私」!
 自分自身を客観視するための「もう一人の自分の視線」を持ちえない人が相手だとすると、ちょっと面倒くさいわね。
 相談する友達やパートナーを持ち得なかった「ぼっち」相手もだけど……、
 答えは人に聞くものじゃないわ。自分で考えるものよ」
 きっぱりと言い切ったミカエラに子敬は同意と頷いた。
「″かくある″己と、″かくありたい″己とが相反する場合であっても、どちらも自分ですから、斬って捨てる訳には行きますまい」
 戦う必要はない。
 静かに進めばいい。
 粛々と。



 手に持つ極上の花束。
 百合や薔薇その他諸々の花々。白や赤や多色の花束。
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)の目から見てその華やかさは、周囲の機晶石の輝きすら霞んでしまう程、瑞々しく美しい。
 漆黒の薔薇も交え祈れば花々は瞬く間に増殖し、行く手を塞いでいた二人の排除者を囲む。
 たっぷりと増やして鮮やかな花の垣根を拵(こしら)えたエースは難なくその場をやり過ごした。
「私が満開の百合の花達で足止めされるってどーいう事なのかね?」
 争わずして通過する。見事条件をクリアしチャンスなのでそのまま通過するがメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は釈然としない。
「意外と自分の事って判らない物だよ」
 ただ、自覚が無いだけ。
 くすっと笑って答えるエース。増殖する花々をエースが無視できないのと同じく、メシエにも百合の垣根を強引に分け入れない理由がある。百合は彼の妻を連想させ、考えている以上に、花を見ただけで反応を示すほど、大好きなのだ。
「答えになっていない」
 自信満々なエースにメシエは答えを要求するも、パートナーはただ笑ったままだった。
「道具は使用目的に沿って使われる事に歓びを見出すように『出来ている』からあまり無理は言えないだろうが」
「俺は『自らの意志』の強さを信じている」
 信じている。揺らぎないエースに、メシエは走る先を見る目を細めた。
「メシエ、中継の続きをお願いできるかな」
 エースには破名に伝えたい言葉が沢山あった。
「寝ているなら起きてもらわないと。
 孤児院の子供達はまだ全員独り立ち出来ないからね。保護者の仕事が山積みなんだ、呑気に使われてる暇ないよ」
 確かに、とエースは続ける。
「それが楽で安心するってのはあると思うけど。だからと言って、良い様に使われて、そのまま子供達の保護者役をこんな所でこんな形で勝手に降りて言い訳ないだろ」
 元より破名自身、自分で生きて行って欲しいと願うエースに同じ気持であるメシエは彼の言葉をそのままテレパシーにして破名へと送る。
 洞窟の分岐が減ってきた。そろそろ最奥に到達する頃合いだろうか。



 目の前に自分が居る。
 この状況に酒杜 陽一(さかもり・よういち)は、どうしたものかと唇を引き結んで考える。
 既に一撃二撃と攻防を繰り広げていただけに、厄介だな、と結論を出していた。だからと言って策を練るのも時間が足りず、陽一は見た目よりも遥かに重く陽一にしか扱えない剣――ソード・オブ・リコを握り直し、地面を蹴った。
 剣を振り上げ、下げる一撃ごとに洞窟内に剣戟の音が響く。
 火花が散らんばかりに激しい切り結びに自分(相手)がいよいよ集中したのを見止め、陽一はわざと刃を合わせる力比べへと誘った。十分に互いの距離を詰めて、根比べに負けたフリをして流した切っ先を相手のズボンへと、ズボンを止めるベルトへと刺し込み、ちょん、とそれを切った。
 一瞬が生死を分ける戦場で、ズボンがずり落ちる意味をお解り頂けるだろうか……。自分ならまず間違いなく、絶望する。
「!?」
 案の定、動きが鈍った。その機を作るのを狙っていた陽一の行動は速く、相手の武器を巻き上げるかのごとく奪い取ると、痛みが還ってくるのを覚悟して、沈黙させる為のシーリングランスを使用し、スキル封じと共に打ち倒し地面へと伏せさせた。
「か、は……」
 いつも敵と認識した相手に使っていた技がどういうものなのか身に受けて実感しつつ、そのまま組み敷いた排除者を拘束に全身を縛り上げる。
「仕上げだ」
 ソード・オブ・リコを振り上げ、力の限り地面に突き立てると、強引に下へと続く穴を穿ち開けた。狙ったわけではないが、そのまま下にあった空洞と直結し、落ちたらスキルでもないと元の道に戻ってこれないような落とし穴になった。
「よい、せっと」
 そのまま排除者を落とし、落とした衝撃を身に受けながら、陽一は遅れないようにとシェリー達を追いかけ始める。



 先頭を走るフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)は並走するベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)に、横目を流した。
「……マスター。えぇと……私、如何なる事態になっているのか未だに事情を把握しきれておりませんが、ここは危険な感覚しか致しませぬ」
 契約者以外の気配を感じさせない妙に静かな機晶石洞窟に、緊張の糸はピンと張り詰められ、それは警戒の注意と変わる。
「そうだな。俺達含めここに居る全ての連中がアイツらにとって活きの良い実験台なんだろう。
 ったく厄介なことで」
 対象は生きている者。
「尤もそれを知って来ちまった以上、さっさと解決しねぇといけねぇんだが……」
「はい」
 周囲に危険はないかと注意を払うベルクは、トーンの落ちたフレンディスに気づいた。
「フレイ?」
「……これは、ジブリールさんが望んだ道。私は、ただあの子の成長の為見守るしか出来ぬのが心苦しく」
 後方の彼等を気にするフレンディスに「一人で考えるな」とベルクはすぐに思い詰める恋人にどうしたものかと言葉を探した。
 見守ることの難しさは当人にしかわからない。
 気負う恋人が物事を正面から向き合い受け取るのはとても尊いものとベルクは尊重してやりたいし、そんな彼女だから支えたいと思う。
「フレイは、『俺達にしか出来ない事』を辛いと感じるのか?」
「いいえ、そんなことは!」
「なら、ちゃんと見守ってやろうぜ」
 力及ばないわけではない。
 突き放すわけでもない。
 苦しいと思うのは、フレンディスの方が長く生きて、経験があるからだ。
 それ以上に、想う気持ちがあるからだ。
 この表現するには言葉が足りないもどかしさは、大切な家族だからこそで、きっと、最後まで解消されないだろう。
「と。中々素直に通して貰えそうにない面々だな」
 行く手を塞ぐセキュリティの登場に、ベルクはこれは厄介そうだと、メンバーを眺めて思った。