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壊獣へ至る系譜:その先を夢見る者 後編

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壊獣へ至る系譜:その先を夢見る者 後編

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■ 立ち塞がる者【2】 ■



「考えるのは大事、考えないのも大事」
 高崎 トメ(たかさき・とめ)の台詞に、高崎 朋美(たかさき・ともみ)はもう一度しっかりと目の前の、排除者を見つめた。
 幸せになりたいと語る、もう一人の自分。
「幸せかどうかウジウジ考えているより、自分にとっての幸せは何か、だけ見当つけたら、そっち向かって走って行くしかおまへんし?
 立ち止まったままで不満足な状態やったら、ずっとそのまんまですわ」
 近づいてくる自分に、トメは両腕を組んで、臨む所と相対した。
「溺れるんが嫌ならさっさと泳ぎ出す事ですわ」
 なりたいばかり言うような性格ではないのは確かだろう? と近づいてくる相手の歩みを止めて、トメはふんと鼻を鳴らす。
「それにしても、妨害相手は自分自身……難儀ななぁ」
 嗚呼、と両手を打ち鳴らす。
「こないだから、働きづめで、腰が痛おますねん。
 これがあたしだったら、このあたしに指圧・あんましたら、あたしにも指圧やあんましかえしてもらえるかねぇ?」
 それはとてもグッドアイデアではなかろうか。
 良い事を思いついたのではとセキュリティに話を持ちかけるトメに高崎 シメ(たかさき・しめ)は苦笑した。
「やなヤツだけど、あんたもあたしだからねぇ。補い合ってあうふへーべんでもせなしゃあないわな」
 アウフヘーベン。
 止揚(しよう)。
「喧嘩し合うばっかりではしんどいばっかりですわな。
 相互扶助!
 一寸痛いかな〜? と思うくらい、きつめに揉んでちょうだいな、もう一人のあたしさん」
 恐れず近づいたトメとシメはそれぞれに、セキュリティの「自分」に、自分が凝ってるところの、首や肩周りをマッサージを願い出た。
 自分自身が相手、という意味では彼女達二人にはとても良く当てはまり、それは、再現に近かった。
 勝てず、また、負けず。単純に要求を受け入れるという意味での受容でもなく。
 生み出された結果は正に、止揚。
「おばあちゃん達……」
 我が道を往く。
 幸せ(答え)とは、先にあるのではなく、行動を起こしたからこそ導き出された結果である。
 女であったこと母であったこと、激しい時代を生きていた事。考えるよりも自分を信じて進む事。その度胸に、朋美は声を漏らした。
 朋美は、パートナーのウルスラーディ・シマック(うるすらーでぃ・しまっく)に振り返って、先に進もうと頷きあった。



 敵が自分自身だと知って最初に匿名 某(とくな・なにがし)が試したのは、相手が何を使えるかどうか、だった。
 同じ姿で心の内を吐露する分身の言葉など徹底的に無視し、どれだけ再現されているのか確かめることに集中する。
 結果わかったことは全くの同一という事だった。できる事、やれる事、戦略(相手の行動に対して咄嗟に判断する内容)まで。ただ違うのは、先んじれる、という一点のみ、か。
 ポイントシフトによる追いかけっこは、某が先に誘ったので一歩分だけの勝利を収めている。
 つまり、
「一気に閉じ込めてやるッ」
 倒さずして済む。という事。
 見計らうタイミング。展開したのはアブソリュート・ゼロ。分厚い氷の壁。一枚でも、二枚でも、何枚でも。今某が使える戦略の中にはこの壁を乗り越えるものは無い。
 機晶石に映しだされたのが現在の姿だとするのなら、氷が自然に溶けるまで、もう一人の某は排除者としての資格を失ったも同然だろう。
「シェリエ」
 下手に手が出せず防戦一方になるシェリエは、名前を呼ばれるよりも先に互いの肩がぶつかった事でフェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)が自分のフォローをしていてくれたことに気づいた。
「大丈夫?」
「ええ。どうすればいいのか考えれば考える程、嫌ね、ワタシの言葉を自分で聞くのは……悪趣味よ」
「私もそう思う」
 そっくり過ぎて見るのも聞くのも耐えない。複雑さ故に、フェイは、あらゆる意味で耐えられない。
 だから、選ぶ行動はすぐに決まった。
「ねぇ、シェリエ。考えがあるからシェリエの分身を任せてくれないかな。
 ……その、できるだけ痛くないようにするし」
 任せるとはつまりそういう事だ。生殺与奪権を渡すのに等しい。
 真摯な眼差しで見つめられ、シェリエはしばし考え込み、頷いた。
「わかったわ。フェイに任せる。でも、悪戯はしないでね」
「しないよ。でも、痛かったら叫んで」
 果敢に二人の分身に近づき二人の腕を掴むとそのまま強引に他の契約者達から見られない場所まで移動すると、フェイは自分の分身にシェリエの分身を押し付けた。
 ただそれだけの事で、自分の分身が優しくシェリエの分身を受け止めたことに、フェイはやはり複雑さを募らせた。
 だから、掴んだままの手に力が入る。自分の感情が左腕の痛みとして現れていた。
「いいか、一度しか言わない……」
 押し殺す声が掠れる。睨むように見据える自分の顔。
「私にとっての幸せは、その子と添い遂げる事。だから、何があってもその子は絶対に離すな!」
 声は、誓いにも、似て。
 後はもうその場を離れ、某を呼びつけ、
 指をさし、その一角も氷の障壁で閉じ込めろと強めた語調で言い放つ。
「なんで?」
「いいからちゃっちゃとやれ、ぶちのめすぞ」
 パートナーは、それでもいつもフェイの望むようにできることはしてくれる。
 封じられた場所を名残惜しげに一度だけ振り返り、障害が無くなった道をフェイはシェリエと共に行く。



「君が僕なら、理解してると思うけど」
 相対せしは、己自身。
 語りかける言葉は、唯一無二の真実。
 天音だからこそ、伝えられる声。
 届かないはずが無い。
 本当に幸せになりたいのか?
 障害になる必要があるのか?
 自分が先に進む事を阻む理由があるのだろうかと、天音はたったの一言に疑問を込める。
 幸せになりたいのかと聞かれた時に、確かに答えた。
 知り得ないことを知る得る。
 それを糧としていれば、
 満ち足りた瞬間こそ、『探求の終わり』であり、より『死』は近い。
 結論としては、歓迎する気分には、まだ成れない。
 だから、遠慮という形で、否定した。
 目の前の人が自分と言うのなら、
 先に出した答えが此処に繋がると言うのなら、
 ″天音″自身に″本質″を″問われる″と言うのなら、
 もう一人の自分が己を阻む理由は、何処に在るのだろう。