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園児と七夕

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園児と七夕

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第一章 七夕戦士

 七夕祭りで空京にある幼稚園では笹と短冊が用意されて、園内はすっかり七夕ムードになっていた。
 その中で魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)は教室の隅で鋭く眼を光らせていた。
「どこかの秘密結社が園児の七夕祭りを狙うって情報があったので警備に来ましたが……こんな場所を襲ってなんになるんでしょ?」
 魯粛がはしゃいでいる園児たちを見つめながら難しい顔をしているとトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)が短冊を持ちながらやってきた。
「まあまあ、情報がきた以上は何もなくとも警備はしないといけないんだ。それより、七夕を楽しもう」
「そういうトマスは何か願い事をしたのですか?」
 言いながらトマスが短冊を見ると、?新人募集 雷龍の紋章?と書いてあった。
「……就職の決まらない高校生と大学生に求人を送った方が早いのでは?」
「そうかな? 向こうでも同じことやってるぞ」
 トマスが指差した方角には同じ職場のカル・カルカー(かる・かるかー)ドリル・ホール(どりる・ほーる)ジョン・オーク(じょん・おーく)が短冊に?雷龍の紋章の、構成メンバーが増えますように?だの?雷竜の紋章に入って身体を鍛えよう?だのと書いてはせっせと笹に吊していた。
「うん、できるなら元気のいい、やる気に満ち溢れた将来有望な新規構成員がいいな……ん?」
 カルカーの目にある短冊が目に止まり、新人募集の作業を止めて文面を見る。
 ?世界征服ができますように?
短冊にはそれだけ書かれていた。
これに目を光らせたのはトマスだった。
「カルカー大尉、短冊の主を探せ! この筆跡は、園児じゃないぞ」
「それなら探すまでもないですよ。ほら」
 ジョンが言いながら指をさす。その指の先には――全身黒タイツの戦闘員らしき人物が園児に紛れて短冊を書いていた。
ドクター・ハデス(どくたー・はです)が使役するオリュンポス特戦隊だ。
 特戦隊は自分の存在を気取られたと知るや身を翻して子供たちを蹴らないように小走りで教室を飛び出した。
「あいつらが、世界征服の短冊の張本人のようですね」
 魯粛は特戦隊が捨てた短冊の文字と笹に飾られた短冊の文字を見比べながら呟いた。
 カルカーは逃げ出した特戦隊を見つめながらニヤリと笑みを浮かべる。
「逃げたってことは、仲間と合流する気かもな。よし、ここはひとつ……」
「後を追って一網打尽にするのですな」
 魯粛が言うと、カルカーはキョトンとした表情を見せた。
「いや? 雷龍の紋章にリクルートして人員補強しようって言おうとしたんだけど。トマスさんもそれでいいですよね?」
「うん。この筆跡は、園児じゃないぞ…途中で方向性は変わるかもだけど、世界征服と世界平和は、そんなに遠く離れたことじゃない。混沌の内に世界制服を望むわけじゃないなら、ある程度の枝打ちまでは僕達の行動とベクトルは合う筈だ! なんて間がいいんだろう!」
 言いながらトマスとカルカーはジョンとドリルを連れて、教室を出て行ってしまう。
「……再就職先を考えたほうがいいかもしれませんね」
 魯粛はボソリと呟きながら四人に続いた。
 特戦隊が逃げ込んだのは隣の教室であり、五人が乗り込むと、そこにはドクター・ハデス(どくたー・はです)がいた。
 ハデスは五人を見るなり、
「フハハハ!我が名は世界征服および天の川世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス! ククク、この幼稚園は、我らオリュンポスが征服させてもらった! さあ、天の川戦隊タナバタジャーの織姫と彦星よ、我らの野望を阻止できるかな?!」
 と、突然言い放ってきた。
 もちろん五人はタナバタジャーではない。もっというと男しかいない。
 だが、ハデスにとってそんなことは些事でしかない。彼はオリュンポスの魅力を知らしめるために幼稚園まで足を運び、こうしてやって来た人間をタナバタジャーという役に落とし込んでいるすぎない。
 すべては子供たちを将来のオリュンポス構成員にするという気の長い計画なのだ。
 が、新人が欲しいのはトマスたちも一緒だ。
「君が世界征服の願いの張本人だな? 混沌の内に世界制服を望むわけじゃないなら、ある程度の枝打ちまでは僕達の行動とベクトルは合う筈だ! なんて間がいいんだろう! 望みはね。叶えてもらうんじゃない。自分で叶えるものなんだよ。……はい、書類にサインして!」
「む……なにを訳の分からないことを……。まあいい、行け! 我が特戦隊と悪の姑よ!」
「誰が悪の姑ですか!」
 そう言ってハデスの頭を引っぱたいたのは高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)だった。
 十二単の衣装を身にまとい動きにくそうにしている。
 着慣れない服でヨタヨタと歩く姿は滑稽で、動くたびに子供たちは笑い、咲耶は顔を真っ赤にする。
 そんな妹のことなどまるで無視してハデスは目で合図を送ると、咲耶はどこからか台本を取り出して、
「織姫や!彦星と一緒に正義の味方なんてやってないで、きちんと織物の仕事をしなさい! さもないと、この年に一度しか会えなくなる呪いを解いてあげませんよ! って、なんですかこの台詞! そもそも織姫もいませんよ!」
 再びハデスの頭を叩く。
 そんな漫才をしている間にも特戦隊たちは律儀にハデスの命令を守って五人に向かっていく。
 それをジョンが相手取りながら、ショーを見守るように見つめている子供たちに言葉をかける。
「良い機会ですから、君たちに教えてあげましょう。いいですか? 夢は、誰かに叶えてもらうものではなく」
 言葉を止めてジョンは特戦隊の拳を受け止めると背負い投げの要領で外へと投げ飛ばした。
「自分でつかみ取って叶えるものです」
「そうそう。こんな具合にな」
 ドリルは言いながら残りの戦闘員の猛攻をかいくぐりハデスの元まで駆け寄った。
「あの、ハデスさん! オレ、有名人のサインを集めてるんです。よかったらここにサインください!」
 そう言いながらドリルは白い紙を渡した。
「フハハハハ! タナバタジャーめ、ついに我らオリュンポスの威光にひれ伏したか。……で、どこにサインすればいいのだ」
「ここです。ここの下の方に……」
「なるほど……これでいいのかな?」
 ハデスはサラサラとサインを書き、やり取りが気になった咲耶が横から覗き込む。
「兄さん、それなんのサインですか?」
 言われて、ハデスもハッと気づく。
 普通、サインとは色紙に書くものだが、これは何かの契約書類のような紙だった。
 上の方には?雷龍の紋章への入団誓約書?とハッキリ書かれていた。
「し、しまった! 巧妙な罠だ!」
「どこがですか! 完全に見えてたじゃないですか!」
「おのれタナバタジャー! 正義の味方のくせに、悪の金融会社のようなことを……!」
「なんとでも言え。もう契約は完了したんだ。さ、雷龍の紋章でみっちり鍛えてやる」
 ドリルが嬉しそうに近づくと、ハデスは表情を強張らせる。
「く……タナバタジャー! 覚えてろッ!」
 ハデスは戦略的撤退を用いて、急いで教室を抜け出す。
「ああ、兄さん! 置いてかないでください!」
 咲耶もおぼつかない足取りで兄の後を追う。
「新人が逃げたぞ!」
「もう契約はしたんだ! 彼を連れて帰るぞカルカー大尉!」
「了解ですトマス大佐!」
 トマスとカルカーは勢いよく教室を飛び出してハデスを追いかける。
「いいかい、子供たち。多少強引な手段を使っても夢を掴めばこっちの勝ちだからな」
「そうです。人に叶えてもらうより、行動あるのみですよ」
 ドリルとジョンも言いながら二人を追い、最後になった魯粛が、
「えー……あのお兄さんたちはああ言ったけど、君たちはちゃんと手段を選びましょう。そうしないと、さっきの悪い人たちみたいになりますからね」
 そう言って締めくくると、子供たちは元気に返事を返し、魯粛は満足げに立ち去った。
「ありがとうタナバタジャー!」
 子供たちは口々に去っていくヒーローに声をかけるが、園の先生はこの誤った知識をどう説明しようか眉間にシワを寄せていた。