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もしも、あなたの性別が逆だったら!?

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もしも、あなたの性別が逆だったら!?

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もしも、放課後もこんな感じだったら


「はい、HR終わりです」
 佐野 和輝(さの・かずき)がそう言うと、放課後のチャイムが鳴り響いた。「よっしゃー!」と叫んで遠野 歌菜(とおの・かな)がダッシュで教室を飛び出る。
「お姉ちゃん!」
 アニス・パラス(あにす・ぱらす)がすぐさま和輝の元へ。
「アニス、黒板、消しておいて」
 和輝が連絡事項などが書かれた黒板を指差すと、アニスは「うん!」と頷いて、黒板消しを手にする。
 アニスが鼻歌混じりに黒板を消していると、同じく黒板消しを持ったアルトリア・セイバー(あるとりあ・せいばー)が隣に立つ。
「こっちは俺が消すから」
「ア、アルトリア! いいよ、俺が全部やるから!」
 アニスは突然のライバル(?)登場に驚くが、「いいって」と言って右側に書かれた文字を消そうと手を伸ばす。しかし、アニスもその文字を消そうとして手を伸ばし、二つの黒板消しがぶつかった。
「こっちは俺がやるって言ってるだろう……」
「だからいいって言ってるだろう……」
 二人して肩をぶつけ合って手を伸ばす。「ぐぬぬ」と言いながら、黒板消しをぶつけ合う。
「こら。黒板消しで遊ばないの。二人で仲良く消しなさい」
「むー。お姉ちゃんがそう言うなら」
「センセがそう言うなら」
 和輝の言葉に、二人は素直に頷いて、半分ずつ陣地を取り合う。和輝が息を吐くと、
「大変だな、先生、モテモテで」
 佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)が和輝に声をかける。
「モテモテもなにも、アニスは弟なんですからね」
 和輝が息を吐いて言う。ルーシェリアは「ははは」と笑い、
「弟に好かれるほどなんだから、事実的にモテモテでしょうよ」
「それはどうも」
 和輝は少し肩をすくめて言う。
「つーか、先生、彼氏とかいなかったのか。教育学部だったんだろ?」
 ルーシェリアがそんなことを聞くが、
「あのね。先生になるのって大変なのよ? 勉強勉強で、そんな余裕ありません」
 和輝は息を吐いて言った。
「そうだぞ。姉ちゃんは、家でも頑張って勉強しているんだからな」
 アニスが振り返って言う。
「てか、こっちが黒板消してるんだからルーシェリアもなんか手伝えよ! 教室の掃除だってあるだろ!」
 姉に一方的に話しかけられているのが気に入らないのか、そんなことを言う。
「残念だったな。僕は昨日掃除当番だったんだよん」
 ふふんとルーシェリアは胸を張って答える。
「というわけで、先生は独占中だよ。悪いね」
「くっそ、こうなったら一気に終わらせてやる!」
 アニスは両手に黒板消しを持って、ぶんぶんと勢いよく振りまわし始める。
「おいこら、振り回すな……」
 アルトリアが言うが、すでに遅い。黒板消しの一つが彼の手から離れ、
「うぼっ」
 近くにいた雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)の顔面を直撃した。
「おいこら、なにをしている男子!」
 想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)がやってきてリアトリスたちをにらみつけた。
「雅羅、怪我はないか?」
 夢悠はハンカチを取り出して彼の白くなった顔を拭き取る。「ありがとう大丈夫」と雅羅はけほけほ言いながら答えた。
「もー、せんせー、弟だからって甘やかしすぎー」
 大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)も近くにやってきて言う。
「ほら、アニスのせいで私が怒られちゃった」
 和輝はめっ、とアニスの頭を軽く叩く。
 アニスは小さく「ごめんなさい」と言い、大人しく黒板を消す。もう、アルトリアが半分以上まで手を伸ばしても、なにも言わなかった。
「弟さんなんだってね。珍しいこともあるんだね」
 転校生、下川 忍(しもかわ・しのぶ)は、周りにいる女子に向かって言う。
「そうなんですよ。でも、丈二さんの言う通り。甘やかしすぎです」
 三つ編み姿の女子生徒、千返 ナオ(ちがえ・なお)が人差し指を立てて言う。
「ね」
 丈二も戻ってきて、ナオと一緒に頷きあった。
「でも、和輝先生みたいな綺麗なお姉さんがいたら、やっぱりあんなふうになるのかな?」
 ノーン・ノート(のーん・のーと)は言うが、
「それにしたってシスコン過ぎ。正直、あの面子を見ていると不安になるわよ」
 丈二は言って、教卓の前の四人を指差す。
「みんなは、誰がどうなると思う?」
 夢悠が近くまで来てそう尋ねた。彼女の後ろでは雅羅が今も白くなった顔をハンカチで拭っている。
「私はねえ、ルーシェリアくんがすっと手を出しそうな気がする」
 ノーンは言う。「あー、わかるー」とナオも頷いた。
「アルトリアじゃなくて?」
 松本 恵(まつもと・めぐむ)は聞くが、
「そう見せかけておいて、横からすっと。やだー、友情の危機?」
 ノーンが言うと、抑えた笑い声が女子たちから聞こえてきた。
「あり得るかも。ふふふ、ドラマみたいな展開で面白そう」
 夢悠は言うが、
「昼ドラじゃん」
 雅羅は言う。「だからいいのよ」と、夢悠とノーンはうんうんと頷きあった。
「そういうもんかな……あ、ごめん」
 雅羅がハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)とぶつかり、互いに転びそうになる。ハイコドは転びそうになったことよりも、なぜかスカートを両手でぎゅっと掴んでいた。
「えっと、ハイコドさん、怪我はない?」
「だ、大丈夫です……ボクのほうこそ、ごめんなさい」
 か細い声で言う。そのままぺこりと頭を下げると、少し早足で教室から飛び出して言った。
「あの人は?」
 忍が聞くと、
「ハイコド・ジーバルスちゃん。見ての通り、すっごく可愛い女の子」
 丈二が答える。
「あまりの可愛さに言い寄る男子も多いけど……どうも、男が苦手というか、避けている感じがあるのよね」
 夢悠も言葉を続ける。
「その割には、一部先輩と親しいという噂もあるんですよね」
 そして、ナオがさらに付け加える。
「うーん、あんな可憐な子が一部先輩と、ねえ。どことなく犯罪臭がするな」
 恵もそう言う。
 そうやって、ハイコドが去った先を皆で眺めていると、
「あ、いた」
 教室に一人の男子生徒が入ってきた。
「げ、兄さん……」
 夢悠は言う。彼の義理の兄である想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)が、遊びに来ていたところだった。
「雅羅。オレと一緒に帰ろうぜ」
 三年生である瑠兎子は、なぜか頻繁に教室を訪れ、雅羅に積極的に声をかけているという、不思議な男子生徒だ。
「瑠兎子先輩……いつもいつも一年の教室に来ないでください」
 雅羅が言う。瑠兎子は「いいじゃないか」と雅羅の肩に手を回し、
「雅羅に会うためなら、教室だろうが体育館だろうが便所だろうがついていくさ」
 と言葉を続ける。「いや普通にキモいんですけど」と雅羅は逃げようとするが、がっちりと肩を掴まれて動けない。
「兄さん! 雅羅と接するにしても、もっと節度を守ってよ!」
 そんな瑠兎子の手を夢悠が振り下ろす。
「こら夢悠、嫉妬は見苦しいぞ」
「っ、誰が嫉妬ですか! もう、いい加減にしてください!」
 そのやりとりもクラスメイトの間では見慣れたもので、最初こそ困惑していたが、今となっては突っ込みを入れるものもいない。ああまた始まったかもうそんな時間かと、誰もが見なかった振りをして日常に戻る。
「あー、いけない。そろそろ部活いかないと」
 少しの間を置いて、丈二も時計を見て言った。
「忍さんは、どこの部活入るの? ……って、聞くまでもないか」
 ナオがそう言う。
「実は、もう入部届けもあるんだよ」
 忍は『剣道部』と書かれた入部届けを掲げて見せる。
「さすがだな忍。これで、小学校以来の一緒の練習だな」
 恵は言う。
「そうだね。あー、でも、ホント恵がいて嬉しかったよー。同じクラスになれるとは思わなかったから」
「……まったく。ウチの学校に転校してくる予定なら、連絡をくれればよかったものを」
「驚かせようと思ってね。へへ、これからもよろしくねー、恵!」
 忍はそう言って、恵の体に飛びついた。
「ひぁ……ちょ、どこを触っている!」
 恵は真っ赤な顔をして忍を引き剥がそうとする。
「おー? こっちも成長してますなあ」
 忍の手は偶然かあるいは狙ったのか、恵の両胸を包み込んでいた。
「ノーンさん、あれが幼馴染スキンシップだそうですよ」
「幼馴染はチチ揉んでも許されるそうで」
「恵、チチ周りデカイもんねー」
 ナオ、ノーン、丈二はこそこそとそう言っていた。「誰か助けろ!」と恵は叫ぶが、女子たちは目を逸らす。近くにいた雅羅にも視線が行ったが、状況が状況だけに、男子が手を出せる状態ではなく。
 結局、忍が満足するまで、彼女が解放されることはなかった。





 部活めぐりをすることに決めたミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)と付き添いの影月 銀(かげつき・しろがね)は、まず、最初の見学先としてサッカー部に来ていた。
「ようこそ、サッカー部へ!」
 ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)は練習の和から外れて駆け寄ってくる。ちょうどゲーム形式の練習が行われるところらしく、チームに振り分けられているところのようだ。
「シュート練習とか基礎練習もいいけど、やっぱりまず、サッカーの楽しさを知ってもらわないと。さ、さっそく一緒にやろうぜ!」
 ヒルダは親指を立てて言う。「うん!」とミシェルも頷き、近くにいるメンバーに挨拶をしながら輪に入って行く。銀も「ども」と小さく挨拶した。
「始めるぞー!」
 先輩と思わしき人物が笛をくわえる。そして、笛の音が響き、試合が始まった。
 キックオフと同時、チームメイトから早速ミシェルにパスが来る。
「よーし、これをドリブルしていって、ゴールまで持っていけば」


「うおおおおおおっっっっ!」


 雄たけびと共にやってきた相手チームに、あっという間にミシェルはボールを取られる。
「きゅう……」
 そして相手チームが去ったあとは、目を回して倒れこむミシェルの姿があった。
「うわあ、ミシェル!」
 銀が駆け寄って、引っ張り起こす。
「大丈夫か、ミシェル」
 ヒルダも近づいてきた。ボールをドリブルしながら、器用に話しかけてくる。
「な、なんかずいぶんとハードだな」
 銀が素直な感想を言うと、
「当たり前だろ。サッカーって言うのは……戦場みたいなもんだ」
 き、っと鋭い視線でそう言い、ヒルダはドリブルで駆け上がって、敵陣深くまで切り込んで言った。そして、右サイドに広がると、ディフェンスを交わしながら味方へ大きくパス。味方は頭で合わせるが、惜しくもシュートは相手キーパーに抑えられた。


「もう一本行くぞーっ!」


「おーっ!」



 男たちの雄たけびが上がる。
 ヒルダの言うとおり、戦場という表現がふさわしいハードな現場では、結局ミシェルはそれほど思うように動けず。ちょっと味方にパスを出すくらいで、大きな活躍は出来なかった。



「あっはっはっは、やっぱいきなりはキツかったかな」
 ヒルダは首にタオルを巻いて豪快に笑う。
「キツいどころの話じゃない……ミシェルは死にかけてるぞ」
 銀が答えてミシェルを見た。体当たりされボールを奪われつぶされで、ミシェルは再び目を回している。
「ごめんなー。フルメンバーでの試合、久しぶりだったからみんな熱くなって」
 ヒルダは言う。そのあとミシェルと敵対していたチームのメンバー数人が謝りに来たりした。試合が終われば、彼らも笑顔に戻る。
「まあでも、そういう雰囲気は味わえたから、面白かったよ」
 ミシェルは素直にそう言って、「また来てくれよなー」と手を振るヒルダたちサッカー部の面々に手を振り返した。
「……見てたわよ」
 そんな二人に、話しかける人影。振り返ってみると、クラスメイトの大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)が腕を組んで立っていた。
「ミシェル、あんた初めてにしてはそれなりによかったじゃない! パスは出せてたし、得点の起点にもなってたわよ」
「そ、そうかな……」
 丈二の手放しの褒めように、素直にミシェルは喜ぶ。
「どう、もう一度やってみない……サッカー!」
 丈二はそう言って、少し離れたところにあるもう一つのサッカーコートを指差した。
「あれは……」
 銀もコートを眺める。そこには荒くれどもはいなく、なんというか、花のあるような光景でもあり、そんな中でも、真剣に練習を行っている、女の子たちの姿がある。
「女子サッカー部?」
「そうよ!」
 丈二は目を輝かせて言った。
「こっちもあと一人だけ足りないのよ。入ってくれれば、5対5で練習が出来る!」
 丈二は目をきらきらさせて言う。つまり、ゲームがしたいらしい。
「うん、いいよ」
 銀はなんとなく、ミシェルがそう答えることは予想していた。
「ホントーっ!? ありがとー!」
 丈二はミシェルの手を取って喜びを表現し、「話してくる!」と言って走ってゆく。
「てへへ……」
 手を握られてちょっと照れてしまったのか、少し顔を赤くしてミシェルは笑う。
「一人足りない、って言ってたか。じゃ、オレは今度は見てるよ」
 銀はそう言って、近くの芝に座った。
「うん、ちょっと行ってくるね!」
 ミシェルは手招きする丈二の元へ。話はすぐさま通ったらしく、すぐに試合が始まった。
 試合は男子ほどではないがそれなりにハードで、ミシェルも倒されたり、ボールを取られたりと散々だった。それでも、パスはしっかりと通るようになり、得点にも絡み、勢いで打ったシュートがぎりぎり外れたときは、とても悔しそうにしていた。
 楽しそうだ。あんなふうに笑って部活をやれるなら、この場所は、ミシェルにぴったりの場所なのかもしれない。
 ミシェルはオレが見ていないとすぐに階段から落ちかけるわ、なにもないところで転びかけるわで散々だ。でもこの場でなら、彼の運動音痴を直す、いい機会になるかもしれない。
 銀はそう思った。思ったのだが、
「入部できないんだよな」
「そうなんだよね」
 試合を終えて戻ってきたミシェルと言い合う。
 ここは『女子』サッカー部だ。マネージャーならまだしも、ちゃんとした入部は出来ない。
 結局、「また来てねー」とみんなに見送られ、ミシェルたちはその場を去った。
「でも、時々遊びに来たいな」
 ミシェルは言う。「そうだな」と銀も頷いた。






「ふう……」
 月崎 羽純(つきざき・はすみ)は読んでいた文庫本を閉じた。そして、机の上に置いてある、手紙を手にする。


『センパイ、今日も図書館ですよね? 帰りにちょっとだけでいいんで、屋上に来てください! 歌菜』


 手紙はそんな、簡潔なものだった。
 また告白だろうか。そう考えると、ちょっとだけ気が重い。
 それでも、来いといわれた以上は無碍にすることは出来ず、羽純は仕方なく、屋上へと向こうことを決めた。
 図書室を去ろうとすると、クラスメイトで、図書委員長のニーナ・ジーバルス(にーな・じーばるす)と目が合う。
「羽純、今日は早いね、もう帰るのかい?」
 ニーナは言う。「うん」と小さく羽純が答えると、ニーナは鍵を持って立ち上がった。
「なら、早めに締めようかな。他に人もいないみたいだし」
 ニーナと羽純のほかに、いるのはニーナの弟、ソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)のみだ。身内なら、まあ締めてもいいんだろうな、と、羽純は考え、「それじゃあ」と小さく挨拶して図書室を出る。
 出たところで、ちょうど他の女子生徒と鉢合わせになった。ぶつかりそうになり、羽純は避ける。
「大丈夫?」
「は、はい、ごめんなさい」
 小さな女子生徒はぺこりとお辞儀をして、図書室に入ってゆく。「遅かったね、ハコちゃん」とニーナが話しかけているのが聞こえてきた。
 振り返ると、ちょうどニーナが『閉館』の札をドアに下げているところだった。目が合い、ニーナは小さく笑みを浮かべる。そして、静かに図書館の扉を閉めた。
 知り合いか。なら問題ないだろうな。羽純はそう思って、歩いていった。



「い、言われた通り今日一日下着つけないで過ごしました……」
 図書館では問題が大アリだった。自らスカートを捲り上げているハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)には、他に、肌を隠す布地はない。
「よし。偉いぞハコ」
「んっ……」
 ソランは彼女の太ももを大きく撫でて、そのまま、少し強引に腰を抱き寄せる。そして、ひとつの椅子に座らせ、その隣にあった椅子を可能な限り近づけ、自分もそこに座った。
「さて……昨日の続きだね。ちゃんと復習はしてきた?」
 ソランはハイコドの耳元に口を近づけ、ささやくように口にする。「はいぃ」と小さく口を開いて、ハイコドはノートを広げた。
 ソランは彼女のスカートの中に手を入れ、なぞるように彼女の足を撫で回しながらノートを眺める。最初は普通に眺めていたのだが、ある一箇所、どう見ても単純なミスで計算違いをしている問題を見つけると、
「ほらここ間違ってる、お仕置きだ」
 と言って、ゆっくりと彼女の耳元に口を近づけ、耳たぶを軽く噛んだ。
「わぅぅ……」
 ハイコドはびくりと体を反応させる。
「こんなミス、するような子じゃないだろ、ハコは。わざとかい?」
 スカートの中に入れた手がさわさわと動く。びくびくと体を反応させながら、ハイコドは小さくこくりと頷いた。
「悪い子だね、ハコは」
 そして、ハイコドがわずかに首を動かし、潤んだ瞳をソランに向ける。ソランはその潤んだ瞳を見つめながら、ゆっくりと、顔を近づけた。
「図書館、もう閉館したんですか?」
 そこにいきなり声が響いて、佐野 和輝(さの・かずき)が扉を開けて入ってきた。
「や、和輝先生。ちょうど誰もいないので、掃除でもしようと思ってましてね」
 ニーナが和輝の元へ行って応対する。
 和輝が視線を向けると、近くのテーブルに二人の生徒がいて、ノートを広げている。どうやら、勉強を教えているようだ。
「放課後も勉強なんて、感心ですね」
 和輝は言う。
「あ、先生……はい、恋人が赤点取って留年なんて、洒落に成りませんからね。先生もいい人見つけてくださいよー」
 ソランは振り返って言った。「大きなお世話ですよ」と言い、図書館の奥へ入っていこうとする。
「あ、先生が探してた本、これですよね? 取りに来ると思っておいて置きましたよ」
 奥に行こうとする和輝をニーナが制して、一冊の本を見せる。
「あら、ありがとう、ニーナくん。名前とか、書いたほうがいいかしら?」
「先生は特別枠だからね。こっちで処理しておくから、大丈夫」
 ニーナは言う。
「勉強がある程度まとまったら、掃除して帰りますので」
 そして、締めくくりにそう言った。
「そうですか。それでは、戸締りなどはお願いしますね」
 和輝はいい、そのまま図書室を出る。ニーナが廊下の先を眺め、和輝が見えなくなると、静かにソランたちの元へと近づいた。
「危なかったね。先生に気づかれたら、どうなっていたことか」
 ふふ、とニーナは言って、ハイコドの肩に手を置いた。
「ほんとほんと。ちょっとばかり心臓に悪いかな」
 ソランは言いつつ、ハイコドの胸元に手をやった。ハイコドは嫌がるどころか、胸元のソランの手に自分の手を重ねる。トクトク、と、ハイコドの鼓動が聞こえてきた。
「先輩……ちゅー、してください」
 そして、小さな声でそうねだる。ソランはもう片方の手でハイコドの髪を軽くすいてから、もう一度、ハイコドの顔に自分の顔を近づけた。
 ニーナはそんな二人の様子を見ながら、静かに図書館の奥へと入っていった。




 次にミシェルたちが来たのは水泳部だ。
「俺は男子水泳部部長のフィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)だ。見学希望だって?」
 フィリシアが水泳帽を脱いでミシェルたちに挨拶する。
「お願いします!」
 ミシェルが頭を下げると、「ああ、気兼ねなく見ていってくれ」とフィリシアは頷いた。
「銀、あの部長さん、すごい筋肉だったね!」
「水泳の選手だからなあ。肩幅がすごい」
 二人はそう言って、プールに飛び込むフィリシアのことを見る。彼は見事なクロールであっという間に50Mを泳ぎ、優雅なターンでまた戻ってくる。そのフォームの美しさに、「おお」と思わず銀も声を出した。
「だーりーるー! 今日こそは水泳部に入ってもらうからな!」
 そんなプールサイドに、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)を引っ張って入ってきた。
「なにごとですか?」
 ミシェルが聞くと、
「三年生の先輩だよ。ちょっと、対抗意識を持っていてね」
 上がってきたフィリシアが答えた。
「だから、私は水泳部には入らないって言っているだろう」
 引っ張られているダリルは困った顔で言うが、
「お前、女子水泳部の誰のタイムよりも早いんだからな。お前がリレーに参加してくれれば、全国大会も夢じゃなくなるんだよ!」
 ルカルカはそう言って、ダリルを女子部長、ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)の元へ。
「ほら、ジェイコブも頼め」
「えっと、ダリル先輩。確かに、先輩が参加していただければ、私たちが全国へ行ける可能性が出てきます。その、出来れば前向きに考えていただけないでしょうか」
 ジェイコブは言う。ダリルは困った顔をして息を吐き、
「って言われても……タイムが早いからって、最後の大会だけ出るようなら、他の部員にも悪いじゃないか」
 そう言う。
「あー、もう、回りくどい!」
 ルカルカは我慢できなくなったのかそう叫び、
「ダリル、俺と勝負しろ!」
 びしっと指をさして言った。
「は、はあ?」
 ダリルはたじろぐ。
「俺と50、自由形、一本勝負だ! 俺が勝ったら入部してもらう!」
「あ、あのな……」
 ダリルは指をさすルカルカに向かって、
「男と女じゃあそもそもタイムが違うだろう。私のほうが不利じゃないか」
 そのように指摘する。だが、ルカルカはその言葉は予想していたようで、すぐさま言葉を返した。
「それは、並みの女生徒に言う台詞だよ。今の水泳部に、お前に敵う部員が居るかどうかもわからないんだ。それでも俺は勝つ。勝って部活に引き込むっ!」
「勝手なことを……」
 敵う部員云々のくだりにちょっと罪悪感を感じたのか、ジェイコブが「ごめんなさい」と小さく口にした。
「それともダリル、てめえ、勝つ自身がないのか?」
「なに?」
 ルカルカはダリルをにらみつけて言う。その言葉が、彼女の心を動かすのに十二分に効果があるとわかっていたのか、案の定ダリルは少し鋭い視線をルカルカに返した。
「聞き捨てならないな……いくら男だとはいえ、私が負けるなどありえん」
「ほほお言ったなダリル。だったら勝負してくれるよなあ?」
「いいだろう。私に負けて恥をかくがいい」
「恥をかくのはてめえのほうだ! 俺が勝ったら、ちゃんと入部してもらうからな!」
 そんな風に言い合って、二人して更衣室へと向かう。そして、水着に着替えて出てきた二人は、もう一度互いをにらみつけ、並んでスターティングブロックの上に立つ。
「ジェイコブ、タイムの測定! フィリシア、ゴール地点チェックと映像!」
「「は、はい!」」
 矢継ぎ早に出る二つの指示に、ジェイコブたちはそれぞれ用意をする。準備はすぐさま終わり、プールに入っていた他の部員たちもプールから上がった。
「銀、面白くなってきたね!」
 ミシェルも楽しそうに言う。銀も「そうだな……」と返し、スタートに指を添える二人を、じっと見つめた。
「セット」
 ジェイコブの声が響く。そして、スタートを知らせる電子音が聞こえ、ルカルカとダリルは同時に、スタートを蹴った。
「ルカせんぱーい!」
「ダリルさーん!」
 互いを応援する声援が、鳴り響く。ほんの少しだけ出遅れたルカルカがダリルを追いかける形だ。
 負けるか、水の中から、そんな声が響いた気がした。手のひらくらいあったダリルのリードが、ぐんぐんと縮まってゆく。
「先輩、もう少しだ!」
「ダリルさーん、ラストスパート!」
 声が響く。「いっけーっ!」と、ミシェルも叫んだ。


 そして、ゴール。全員の視線が、ゴール付近にある電子掲示板へと向けられる。結果は……



「百分の一秒差で……ダリル先輩の勝ちです!


 フィリシアが結果を読み上げると、ため息と歓声が同時に響く。
「くっそーっ!」
 ルカルカは水を叩きつけた。
「ふう……ふう……見たか。私が負けるはずがない」
 ダリルは肩で大きく息をしていた。
「ああ……悔しいが俺の負けだ。フィリシア! 録画してたな! フォームを見直す!」
 それに比べてルカルカはまだ体力には余裕があるようだ。すぐさま水から上がって、フィリシアの元へ向かう。
「100なら確実に……負けていた、か」
 ダリルは誰にも聞こえないような小さな声で、そう口にした。そして笑う。大きく息を吐いてから水から上がり、近くにいたジェイコブの元へ。
「あの……」
「なにも言うな。どうせ、ルカがすぐ引き下がるとは思えないからな」
 ジェイコブの言葉を制し、振り返る。ルカルカは「やっぱスタートかあ。だいぶ遅れてんなー」と、映像を確認しながら口にしていた。
「また遊びに来るさ。それでいいだろう?」
 そして、ジェイコブからタオルを受け取って言う。それだけで十分だったのか、ジェイコブは嬉しそうに、「はいっ!」と頷いた。


「銀、すごかったね! 僅差の勝負、すごい盛り上がったよ!」
 ミシェルはきらきらした目で言う。
「水泳、とっても楽しそう。百分の一秒の争い、どっちに傾くかわからない勝利の女神!」
 よほど二人の勝負が気に入ったようだ。両手で拳を作り、そんなことを口にしている。
「でもさ、ミシェル。見ていてひとつ、思い出したことがあったんだ」
「うん。ボクもひとつ、肝心なことを忘れてたんだよ」
 二人はトーンを下げて言い合う。ほんの少しだけ間を置いて、銀は改めてミシェルに聞いた。
「お前、泳げないよな」
「うんっ!」
 必要以上に元気にミシェルは答えた。結局、水泳部の入部もなしになった。





 そのあと、ミシェルたちは校庭から少し歩いた先にある、武道場に足を向ける。
「あれ、恵さんじゃない?」
「本当だ。転校生もいるな」
 ミシェルと銀は、防具を身にまとって向かい合っている二人の人物を見て口にする。クラスメイト二人が、今から試合をするところのようだ。
 正座のままお辞儀をし、横に置いてあった竹刀を握る。そしてすっと立ち上がると、審判と思われる一人の生徒が「始め!」と叫んだ。
「………………」
「………………」
 恵と忍はしばらく、中心から円を描くようにゆっくりと歩く。対角線上にある相手の顔を見ているのか、あるいは、握った竹刀を見ているのか。
「ごくり」
「………………」
 周りのメンバーは、一言もしゃべらない。それどころか、呼吸音ですら、出さないようにしているようにも感じられる。ミシェルも銀も、できるだけ物音を出さないよう、静かに、そのにらみ合いを見守っていた。
「めぇーんっ!」
 動いたのは恵だ。後ろに下がるような足捌きから、一気に前へ。そして大きく振るわれた竹刀が、忍の眼前へと迫る。
 忍は握っている竹刀をわずかに動かして恵の竹刀にかすめる。それだけでコースがずれ、竹刀は顔にも肩にも当たらずに逸れる。恵はすぐさま跳ねるように後ろへ。
 その下がった瞬間、忍が前に出る。すっと音も立てずに近づいた忍が、静かに竹刀を振り上げた。
「くっ……」
 面が来ると思ったのか、恵は竹刀を横にも出来るように、わずかに動かす。
 ほんの一瞬。手首が、空いた。
「小手ぇーっ!」
 恵も少し動かした竹刀に目を取られたことに気づき、腕を引く。が、忍が竹刀を下ろすのが、ほんの一瞬、早かった。
「一本!」
 審判をしていた生徒が言う。周りから大きな息が漏れた。
「へへ、やりー!」
「忍……腕を上げたな」
 二人は面を外して、笑い合う。周りの部員たちも集まってきて、凄腕の転校生を褒め、二人の健闘を称える。
「ふむ……恵と同等の実力の持ち主とは……」
 試合を見ていたミシェルと銀の後ろからそんな声が聞こえ、二人は振り返る。そこには柔道着に身を包んだ、衣草 玲央那(きぬぐさ・れおな)が腕を組んでいた。
「ええと……?」
「ああ、すまない。オレもここの部員でな」
 ミシェルの問いに、玲央那は答える。が、彼女が着ているのは明らかに空手着だ。銀が訝しげな視線を向けていると、
「掛け持ちだよ。ここと、柔道、空手部にも顔を出している」
「なるほど。あんたが噂の玲央那先輩か」
 銀は言う。あらゆる格闘技に精通した玲央那のことは、学校内でも知らない人間はいない。
「キミたちは見学希望だったな。ふむ。剣道の面白さは伝わったかな」
「はい!」
 玲央那の言葉に、ミシェルは素直に頷く。
「ついでだから、柔道部と空手部も見ていってくれ」
 そう言って玲央那は手を振って歩き出す。ミシェルが「いいよね?」といった感じで銀を見上げ、二人はそのまま、隣の空手部へとお邪魔する。剣道部とはまた違う殺伐とした空気の中、一対一でのトレーニングが行われていた。
「ねえ銀、これって」
 ミシェルがその部屋の隅になにかを見つける。四角い板のようなそれは、
「瓦割りの瓦だよ」
 近くにいた玲央那が解説する。そういえば、新入生への部活紹介のとき、玲央那が何枚か割っていたような。
「硬ぇ……こんなのどうやって割るんだ」
 銀はこんこんと瓦を叩いて言う。
「持っていろ。しっかりとな」
 玲央那がそう言って、ミシェルに一枚の瓦を持たせた。そして、大きく息を吐いて足を広げ、
「ふっ!」
 一息に体を回転させる。そしてミシェルの眼前近くまでまっすぐ伸びた玲央那の足が、見事に瓦を半分にしていた。
「す、すげえ……」
 その見事な蹴りを、素直に銀は賞賛した。
「やってみるか?」
 玲央那はミシェルに向かって言うが、
「むむむむ、無理ですよー!」
 ミシェルは手をぶんぶんと振って言った。はっはっは、と玲央那は笑って、練習へと戻っていった。




 次に体育館にミシェルたちが向かおうとすると、聞いたことのあるフレーズが耳に入ってくる。そして、聞き覚えのある声。
 なんとなく気になって、ミシェルたちは階段を上る。
 軽音楽部の部室となっている空き教室では、遠野 歌菜(とおの・かな)のバンドが練習をしていた。一年生の四人で構成されたバンドで、歌菜はボーカルだ。
「なあ、ギター、もっと強くできねえ?」
 正面でギターを握っていたアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)がギターの人物に意見する。
「ドラムにもベースにも負けてて、あんまりインパクトないんだよ。もっと音量なりをあげたほうがいいと思うぜ」
 言うと、隣にいた綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)も「確かに」と頷く。
「さゆみセンパイ、俺はどうです?」
 歌菜が尋ねる。
「いいんじゃねえ? ただ、練習にしちゃ声を張りすぎだ。本番前にダメになるぞ」
 さゆみが答える。
「大体まとまってきたな。うっし、じゃあ空けろ。次は俺たちがやる」
 アデリーヌが言い、歌菜たち一年のバンドは道具を置く。代わって、さゆみたち二年生のバンドが入った。
 チューニングの段階から、ギターの激しい音が響く。アデリーヌは荒々しく攻撃的な性格を反映したような超絶テクの持ち主で、ただの単音を出している時点で、弦が切れそうになるような甲高い音が響く。
 そうして準備をしている間、歌菜たちは先ほど言われたギターの件で相談していた。しかし、歌菜はどうも、外の景色――特に、ちょうど窓から見える屋上の様子が気になるようで、ちらちらと定期的に外を見ている。
「あー、わり、ずれた」
 演奏が始まってすぐ、アデリーヌがそう言って演奏をやめた。「最初っからやるぞ」とさゆみが言って最初から演奏を始めるが、「ちげえ、またずれてる」とアデリーヌが演奏を止める。
「どうしたんだよ」
 さゆみが聞くと、
「伴奏の四小節目の最初の音が合わねえ。おいカズ、ちょっとテンポずれてねえか?」
 後ろのドラムを蹴り上げて、ドラムのメンバーに対してそう言葉を飛ばす。
「おい、やめろよ!」
 さゆみが制止に入る。
「またものを壊して謹慎処分になりてえのか?」
「うっせ。いつまでも昔のことばっか言ってんじゃねえよ」
 そうして、さゆみとアデリーヌが向かい合って一触即発の雰囲気に。
「わー、センパイ! やめてくださいよ!」
 歌菜も慌てて二人の間に入ろうとするが、
「はい、スクープゲット」
 ぱしゃり、と音がして二人は音のほうへと向いた。クラスメイトの写真部部員、土井竜平がカメラを掲げて立っている。
「綾原さゆみ、アデリーヌ・シャントルイユの不仲説を決定付けるいい写真ね。売れるかどうかはわからないけど、新聞部にはネタ提供になるかしら」
「竜平、てめ、また余計なことしやがって」
 さゆみが竜平に詰め寄るが、
「ライブ来週でしょ? そんなくだらない言い合いしてないで練習したら? ケンカなんて、ライブのあとでも出来るわよ」
 カメラを掲げて言う。
「別に、くだらなくなんてねえよ」
 アデリーヌが言うが、
「男のケンカなんてみんなくだらないわよ。音がずれてるなら、どっちかが合わせればいいだけでしょ?」
 竜平は続ける。「ちっ……」とアデリーヌは舌打ちし、
「しゃーね。カズはそのままでいいわ。俺のほうから合わせる」
 そう言って、ギターを構えなおした。さゆみが息を吐く。
 再開した演奏ではアデリーヌがほんのわずかに音をずらしてなんとか演奏を終える。聞いていたミシェルたちや竜平にはわからない違いだったが、歌菜にはわかった。ほんのわずかな音のズレと、それに合わせて少しだけ音の出るタイミングをずらしている、アデリーヌの臨機応変さ。
 自然と、歌菜はさゆみが歌うフレーズに声を合わせていた。自分も、こんな風に、心を動かす演奏がしたい、そう思った。
「軽音楽部って、かっこいいけどやっぱりちょっと、怖いかな」
 ミシェルは言う。
「確かにそんな印象があるな」
 銀もそう言って頷き、二人はしばらく、さゆみたちの演奏を聞いていた。









 そして、体育館。
 ちょうど、男子バスケ部が試合をしていたところだった。
 その中に一人、背の低い生徒がいる。周りと比べても一回りくらい小さな彼は、明らかに、バスケ部の中でも異質に見える。が、
「マリエッタ!」
 パスを受け、その男子生徒は一瞬でトップスピードに。一人を追い抜き、もう一人と並んでゴール下へ。ボールを一度抱えて右手に持ち、身を低くする。
 レイアップシュート。誰もがそう思った。並んで走っている相手の選手もそう思い、大きく跳んでゴールへのコースを潰そうとする。
 が、マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)は飛ばず、そのまま体を回転させた。右の手のひらだけでボールを回し、相手のマークを完全に外す。がら空きの状態で靴をキュっと鳴らし、まっすぐジャンプ。
 そして放たれたシュートは、リングに一切触れず、綺麗にゴールへと入り込んだ。
 歓声が響き、そして、試合終了のブザー。最後の最後の大逆転勝利に、チームメイトが彼をもみくちゃにする。
「ナイシュー!」
「マリエッタ、最後に全部持ってきやがって!」
 身長差のある生徒たちからもみくちゃにされても、マリエッタは嬉しそうだ。
「さすがだマリー。時間がない状況だと、普通は無理してでも撃つところなんだけどね」
 そんな中、制服の生徒が前に出る。
「ゆかり先輩!」
 マリエッタは笑顔を浮かべ、現れた水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)に駆け寄る。
「冷静に切り返して正確無比なシュート。素晴らしかったよ」
「へへ……先輩のおかげっすよ」
 マリエッタは言う。
「俺、背がこれだから。身長だけで勝負したら、惨敗っすから。先輩に教えてもらった、動き方やシュート、そいつのおかげなんす!」
「それを開花させたのはキミ自身だ。僕は助言したに過ぎないよ」
 ゆかりはぽん、と彼の肩を叩いた。
「期待しているよ。バスケ部部長」
「うっす!」
 ゆかりの言葉に、マリエッタは頷いた。
「あれだけ背が低くても、頑張ればあんなに活躍できるんだね」 
 ミシェルもうんうんと頷く。
「お前も背が低いほうだからな」
 銀も答えるが、
「こらそこの見学二人ー! 背が低い背が低い連呼するなー!」
 マリエッタがこちらに向かって言う。周りからは笑い声が響いた。ゆかりには褒められたようだが、身長はやはり、コンプレックスに変わりないようで。
「頑張って背ぇ伸ばしてみせるからな! 見てろ!」
 そう、笑っているメンバーに宣言する。笑い声に、「頑張れよー」との励ましの声。ゆかりも、ふふ、と笑みを浮かべていた。



 バスケ部の練習の後、近くで演劇部が稽古をしていて、ミシェルが気になったらしく顔を出す。
「うわ、あの人かっこいい……」
「二年のリアトリス先輩か。王子とか呼ばれてる先輩だな」
 二人は新入生歓迎公演を見ていなかったが、噂はよく流れてきていた。華麗に王子の役を演じたリアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)のおかげで、一年女子の部員は非常に多いとか。
 そんなリアトリスは今、武士のような格好をしている。帯剣はしていないが、眼帯をつけて頭を上のほうで一本にまとめているその姿は、非常にサマになっていた。
「それじゃあ殺陣シーンの練習、始めますよー」
 そして、それに対峙するのは多くの女子生徒。こちらは着替えていないので雰囲気は出ていないが、丸めた新聞のようなものを手にしているので、こちらも剣士なのだろう。
「死ねやーっ」
 そんな生徒のうち一人が、新聞を振るってリアトリスへと向かう。リアトリスは振り下ろされた剣をわずかに体を動かして避け、足を引っ掛けて女子生徒を転ばせる。「うわー」と声を上げ、後ろに引いてあるマットの上に女子生徒は転がった。
 それからも迫ってくる女子生徒を、リアトリスはときに足で払い、ときに腕を持ってくるりと空中で一回転させ、投げ飛ばす。
 そうやって、見事に六人の刺客を、優雅な動きで追い払っていた。
「ねえ、そこの見学くん、どうだったかな?」
 一連の動きを終え、リアトリスはミシェルに話しかけた。ミシェルは「え」と驚くが、
「えっと……かっこよかったです!」
 少し言葉を選んで、叫ぶ。
「そっちは?」
 続いて、銀にリアトリスの視線が向く。リアトリスが心の中で「うわイケメン」とちょっとだけときめいた。
「わざとらしい」
 そんなリアトリスに銀は素直に言う。
「あはは、まだ流れの把握だけだからね」
 リアトリスは笑って、倒れこんだままの女子生徒を引っ張って起こしてあげた。
「じゃ、次はちょっと本格的にやってみよっか?」
 そして、刺客たちに言う。「はい!」と言ってリアトリスの前に立った刺客たちは、少しだけ表情が変わったような気がした。
「死ねやーっ!」
 そして、改めて同じシーン。先ほどとは違い、剣を振る動きも、非常に早い。リアトリスも表情を変え、振るわれた剣を少し大きな動きで避ける。そして、彼女の足を払ってマットの上へ。
 本気の演技というのは、こうも生えるものだろうか。本当に、刺客に襲われている武人……ミシェルたちには、そんな風に感じられた。
「わっと」
「あー、ごめんなさーい!」
 が、動きが早くなった分、難易度も増したようで。三人目まではよかったものの、四人目と戦った際に足が引っかかり、リアトリスが倒れこんでしまった。
「リアー、イケメンがいるからって張り切らないのー」
「張り切ってないよ!?」
 道具の後ろにいた女子から声が響く。なぜかいくつかの視線が銀のほうへと向けられ、銀は「?」と首を傾げた。




「で、どうだった?」
 校舎から外に出て、銀はミシェルにそう尋ねる。
「面白かったよ……いろんな部活があるんだね」
 夕焼けに照らされた赤い顔を輝かせ、ミシェルは明るい声で言う。
「サッカーも楽しいし、泳げるようにもなりたいし、瓦も割ってみたいし。小さくても活躍できるってわかったし、殺陣は迫力あったし!」
 そして、見て回った部活の感想をひとつずつ口にしてゆく。その、拙いながらも一生懸命に伝えようとしているその様子に、銀は思わず、頬を緩めていた。
「……ね、銀。もうひとつ、寄っていいかな?」
 銀が向くと、ミシェルはどこか、遠くを見ていた。なにかと思ってミシェルの視線を追うと、
「……陸上?」
 グラウンドを何週もしている集団が見受けられる。ミシェルはこくりと頷いて、
「実は、最初は陸上にしようかと思ったんだけど、他のも見てみよかなって思っちゃって」
 ミシェルはそう言って笑う。「なるほど」と銀は頷き、
「んじゃ、せっかくだから寄っていこうぜ」
 そう言って、軽くミシェルの背を叩く。「うん!」と、嬉しそうにミシェルは笑った。
 サッカーをやって、いろいろ見学して。相当、疲労しているはずだった。
 それなのに、陸上部と並んで走っているミシェルの呼吸はそれほど乱れていなくて、数週しただけでダウンして休んでいる銀は、少し驚く。
(あいつ、やっぱすげえわ)
 素直にそう思える。ドジでもチビでも、一生懸命に努力する。そして、どんどんと進んでいく。
 いつも自分が前を走っているような気がしていたが……もう自分は、追い越されているんじゃないだろうか。
 そう考えると、嬉しさと同時に寂しさもこみ上げる。それはそうだとわかってはいる。それでも、理解は出来ても、認めたくない。
 いつか学校は卒業してしまうし、友人とも離れてしまう。小学校でも、中学校でもそうだった。
 でも……ずっと一緒にいたミシェルとは、これからもずっと一緒にいる気がしていた。
 でもそんなことはない。あいつとの別れだって、いつか訪れる。
 そのとき、あいつはなんて言うだろう。不安がるか、強がるか。
「はっ、はっ、はっ……」
 きっと、どちらでもない。走っているあいつを見ると、そう思ってしまう。
 胸を張れよ、ミシェル。
 そんな風に感傷的になるなんて、よほど疲れてるんだな、と、銀は、夕焼けを眺めて息を吐いた。



 そんな夕暮れ時の屋上に、二人の影が伸びていた。
「羽純センパイ、これ、受け取ってください!」
 そのうちの一人、月崎 羽純(つきざき・はすみ)は受け取ったそれがラブレターかと思ったが、そうではなかった。
 横長の、一枚の紙。そこには日時とライブハウスの場所が書いてあって、参加するバンドの名前がいくつか書いてある。
「ライブのチケット?」
「うん!」
 聞くと、もう一人、遠野 歌菜(とおの・かな)は元気よく答える。
「俺、歌うから……センパイ、観に来てよ。気が向いたら、でいいからさ」
 彼は胸元に手をやって、ひとつひとつの言葉を選んでそう絞り出す。
「聞いてほしいんだ、俺、センパイに。センパイに、俺の歌のファンになって欲しい!」
 拳を握り締め、続ける。入学式からいろいろと話をしたりしていたが、その言葉は初めて聞いたものだった。
「………………」
 本当に、変な人。
 羽純は思う。
 なんども言い寄って来る男がいないわけじゃなかったが、大抵が、一度目と二度目との違いが、さっぱりわからない人ばかりだった。
 でも、彼は羽純がどんなに冷たい態度を取っても、太陽のような明るさで距離を縮めてくる。
 少しずつ、少しずつ。そのたびに自分は彼のことを知って、彼の明るい笑顔にはそのたびに、ひとつ、色が加わるのだ。
 本当に……不思議な人。
「わかった」
 だから、羽純は断らなかった。彼の歌、新しい彼の色がどんなものなのか、少しだけ、気になってしまったから。
「特に用があるわけじゃないから。気が変わらなければ、行くよ」
「本当!? やったー!」
 歌菜は全身で喜びを表現する。飛び跳ねて、ガッツポーズを作り、なんども拳を振り上げる。
 そんな、一見すると子供のような振る舞いを見せたかと思えば、正面に立って姿勢を正し、
「センパイ、大好きだ」
 そんな、恥ずかしいことを真顔で言う。
「ば、いきなりそういうことを言うな!」
「へへへ……じゃあセンパイ。ライブ、楽しみにしてて!」
 鼻の下を軽く指でこすって、歌菜は手を振って屋上から跳ねるように出て行った。やっぱり、変な人だ。
「……ふう」
 実を言うと、羽純は恋愛をしたことがない。本音を言えば、男性とどうやってそういう風になればいいのかという、根本的なことがわからなかった。
 人への憧れ。芸能人や、アイドルへの思いともまた違う。好きになる、ということ。
 それがどういうことか、わからない。それが、言い寄る男はいても好意を受け取ることはなかった、羽純の理由でもある。
 でも、だったら。
 この、ほんの少しだけ鼓動が早くなった心臓は――なんなのだろうか。
 羽純は、今まで感じたことのない不思議な感覚をごまかすように、もうすぐ山に隠れて見えなくなる、真っ赤な太陽を眺める。
 ライブ、楽しみだな。
 羽純はチケットを眺め、そう小さく口にした。夕焼けが反射する彼女の顔は、微笑んでいた。