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第2章 温泉に入る目的


「おーおー、ずいぶん奥の方まで騒がしいこった」
 探検気分で洞窟内を隅々まで見て回る若者や子供もいるとは聞いていたが、どうやら内部調査を頼まれた契約者たちも出入りしている様子で、その慌ただしさはそこはかとなく洞窟内にも漂っている。
 けれど、そんな雰囲気とは無縁の朝霧 垂(あさぎり・しづり)は、入り口からさほど遠くない、地形的に無難な入浴場の一角で、一人、楽しそうにしている。
「温泉つったらやっぱこれだろ、これ♪」
 自前で持ち込んだ酒の盃を一人、傾けながら。
 洞窟に纏わる何やかんやは小耳に挟んでいたが、温泉まで来てあくせく仕事をしようとは思わない。純粋に湯(と酒)を楽しみに、垂は来ていた。
「しかし変わった温泉だな〜」
 山の裾の入口から、地下へと進んでいく暗い洞窟が、湧いてきた温泉に満たされている。露天風呂の解放感とは程遠いが、自然が長い年月をかけて地中でひっそりと作り上げたであろう土と岩の造形が神秘的な雰囲気だ。ふ〜んこんな場所もあるんだな、と妙に感心しながら、垂はまた一杯、ぐいっと飲み干す。
 最初は入り口から浅い場所でいいか、と思いながら飲んでいたが、子供連れがあまりに騒がしかったりして艶消しなので、少し奥の方へ入った。時々、奥へ向かう湯客が通り過ぎたりはするが、基本的には落ち着いて静かな、大きな岩の連なりに抱かれたその狭間の一角だ。
 湯の熱気がややこもって、酒の余韻と共に垂の顔を火照らせる。
「――くーっ……!」
 また一杯干して、肺から大きく息を吐く。もうすでに、ほろ酔いの垂はご機嫌だ。



 地中の洞窟は、場所によっては多少の高低差もあり、源泉が滝のように大きな岩の側面を流れ落ちているような場所もある。
「……打たせ湯?」
「何だか熱そうよ。大丈夫かしら?」
 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は、ちょっと不安そうに、けれど好奇心も覗かせた目で、湯の滝を見つめている。
 こちらも、温泉に仕事をしに来たわけではない組だ。洞窟の関する曰くは聞いてはいるが、2人が温泉に求めたのは純然たる癒しだ。アイドルデュオ『シニフィアン・メイデン』としての活動、大学生としての勉学の日々と、2人の日常は多忙を極める。
 そんな中、どうにか奇跡的にゲットした休みだった。この機に2人、新婚旅行へ――と考え、たまたま話を聞いた洞窟温泉に来てみたのだった。ここはもう、余計なことは考えたくないし、疲れる仕事もしたくない。のんびりと、日々の疲れを癒したい、最愛の人と2人で。
 話に聞いた洞窟温泉は、思ったより客が多くて騒がしい場所もあるが、様々な場所を歩いて見てみると静かに過ごせそうなところもありそうだった。
「ちょっと浴びてみるわ」
「気を付けてね」
 湯の滝の下に、さゆみが入ってみた。熱さは見た目ほどではなかったが、水の勢いは結構あった。肩にずしずし当たるので、すぐに離れた。
「だいぶ血行が良くなった気はするわね」
 着用した蒼空学園の水着は、割合に肩などの露出が多いので、打たれたところが赤く上気していた。
「大丈夫……!?」
「痛くはなかったのよ。でも血の巡りが良くなって痒くなりそう」
 心配そうなアデリーヌにさゆみは笑って答えてみせた。
 滝があるー、と子供たちがきゃいきゃいはしゃいでやって来たので、騒がしくなりそうだと2人はその場を離れた。アイドル活動をしている2人としては、ゆっくりしたいこのひと時に、その顔を知っている人間に見つかるのも厄介だ。その点、洞窟内の薄暗さは2人に味方していた。
「結構いろんな場所を見て回ったけど……あんまり他の人が来ないような静かなところに落ち着きたいわね」
 さゆみの言葉にアデリーヌも頷く。ちなみに、洞窟内もアデリーヌが先に立って歩いていた。さゆみが先に歩くとどこにいるか分からなくなってあっという間に迷子になってしまう。
 どこかゆっくりできる場所はないか……アデリーヌが湯に浸かりながら辺りを見回した時、奥の方から何かが流れてきたのに気付いた。
(嫌だ……ゴミ?)
 かと思ったが、手にしてみるとそれは、薄い緑色の花びらのような、もしくはごく柔らかな新葉のような、親指くらいの大きさの薄い小さな欠片だった。それが数枚、どこからか流れてきた。
(何かしら……花? 木の葉? でも、こんな洞窟の奥に生えているはずないし)
 それは分からなかったが、ふと気付く。
(どこからか、これが流れ込んできている……ということは、流れを遡ったら、別の場所が)
 謎の薄緑の花びら(?)は湯に流し、流れてきた方を探ると、湯面の下にこちらに向かってくる流れを感じた。
「通り抜けられるかもしれないわね……行ってみる?」
「う……ん、そうね、試してみましょう」
 2人は一緒に潜って、手を握り合い、岩の間の狭い水路を流れに遡って泳いでいった。



 清泉 北都(いずみ・ほくと)は、洞窟内をマッピングしながら、気になる場所では足を止めてじっくり確認する丁寧な調査を重ねていた。
 今も、誰もいない、薄暗い一隅を『光精の指輪』で照らしながら、辺りの様子を入念に確認している。有毒ガスなどは検知されていないが、地中の洞窟のこと、何があるか分からないので一応『ポータラカマスク』も着けるなど用意周到だ。
 少し前に、子供でも足が届くような浅い湯のエリアを通ったが、そこよりここは高い場所にある。
(この辺りは湯は出てないけど、地下を源泉が通っているのかな……岩が温かい)
「岩盤浴とかできるかも」
 ずっと湯に浸った場所が続くからこそ、上がって体を乾かせる場所も必要だろうと考える。
「……でも、高い位置にある分、上がってくる熱気に注意が必要かな」
 それでも、この場所は少し開けば、下の方の浴場で遊ぶ子供を、湯に疲れて上がった親が見下ろして事故がないよう監視できるかもしれない。
 それらの考察も、観察した記録と共に書き留めておく。
(誰もが安心して楽しめる温泉施設になればいいよね)
 そう思いながら。
 この場所に関する記録を終えて、再び湯が豊富に出ている方に戻る。かなり奥になってきたが、指輪のおかげで暗さは調査の妨げにならない。
 さらに奥へ続く路は、ほぼ湯に埋まっている。潜水して向こう側に抜けたが。
(……ちょっとこれは、普通の人が通り抜けるのは危険かも)
 通路は距離と状態から、一般人が通り抜けられる時間を算出してみたが、泳ぎに長けた人なら大丈夫かもしれないが普通の人、ましてや子供は危険だという結論に達した。実際北都も泳いでみて、多少息が上がっている。湯の温度も入り口付近より体感で幾分上がっているようだ。
「ここはなるべく早急に注意を促すものを出した方がいいかも」
 事故が起こる前に。そう記憶に強く留めると、北都は辺りを見回した。
 人がなかなか通り抜けられない長い水路の向こう側だからだろう、人の姿はなく、静かだ。
 壁の向こうから、鳥の鳴き声が聞こえてきた気がした。地下洞窟の上は緑生い茂る小山だから、かなり山の表面に近い場所なのかもしれない。
 必要とあれば、浴場を整える為の設備を搬入する口を開ける場所として使えるかもしれないが。
「できればこのまま……静かに、ゆっくりできる場所に」
 温泉でのんびりして、温まったら上がって休む場所もある。心なしか、空気も籠った感じが今までよりやや薄い。やはり山肌近い場所で、換気できる空気口があるのかもしれない。
(恋人同士が、ゆっくりできそう)
 この洞窟温泉が、リストアップされた問題点をクリアしてリニューアルオープンされたら、自分も恋人と来て、温泉を楽しみ、こんな人目を離れられるゆったりした時間を味わってみたい。そんなことを考えながら、北都は、この場所の広さや天井の高さ、採光性などを調べ始めた。



 えてして、ちょっと行くのが困難そうな水没通路の先には、困難ゆえに人の姿は見えないものだ。おかげで、さゆみとアデリーヌは他の人の目を気にすることなくゆっくりできる場所を見つけた。少し水深が深目だが、時々上がって体を乾かせる緩やかな斜面もあるある。水路は通り抜けるのが苦しいほど狭くも長くもなかったが、ちょっと見つけにくい場所だった。あの変わった緑色の花弁に似たものが流れてこなかったら、2人も気付かなかったかもしれない。
「ふぅ……いい湯加減……」
 斜面に背を凭せ掛けて、さゆみはすっかり気持ちが弛緩した様子で呟く。アデリーヌが近寄ると、さゆみはちらりと目を上げて彼女を見、隣りへ誘うように目を伏せた。アデリーヌが並んで座ると、湯で少し上気したさゆみの横顔がすぐ間近にあった。
「来てよかった……疲れが抜けていくようだわ」
「そうね。それに……気分もほぐれていくし」
 普段の忙しさから離れて、ゆったりした時間が流れていくのを感じる。
 さゆみの手が、湯の中でアデリーヌのそれに触れ、自然に握り合わされる。お互いにもたれるように、肩と肩が寄せられる。温まった互いの体温が、しっとりした肌が愛おしい。
 ――この幸福が、永遠に続いたら。
 目を伏せて、アデリーヌの肌を感じて、さゆみはじっと噛みしめるように、祈るように思っている。
 アデリーヌも、さゆみの体温と共にその思いを感じて、ほんの少しだけ痛ましく思う。
 地球人と吸血鬼――寿命の果てまで愛し合って生きても、別れはやってくる。時を止めない限り永遠はない。
 そんな遥かな未来のことを考えて時折さゆみが苦悩しているのを、アデリーヌは何度も見ている。
 いつか自分を置いていく日が来るのを、避けられないということを。
 けど。
(今はそんなこと忘れて――考えなくていいの) 
 握った手に軽く力を込める。

 2人の「永遠」ならば、こうして互いを想いながら一緒に時を過ごす、この限りある時間の中に凝縮されている。
 その煌めくばかりの時を、思い出として持つことができるのなら――