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第3章 洞窟を奔る思惑


(く〜っ……皆さん、楽しそうですねえ?
 まぁ、こっちはお仕事ですから?)
 男女混合の若者グループが、海のバカンスと混同しているのか、大きな浮き袋やビーチボールを持ち込んできゃっきゃとはしゃいでいるのを“見下ろし”、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は僻み混じりに舌打ちする。
 若者たちは、唯斗の存在に気付いてすらいないだろう。入湯を楽しむ人々の邪魔どころか視界の隅もよぎらぬよう、【隠密技巧】で姿はおろか気配まで完全に隠し、洞窟内の不規則な岩陰に潜んで素早く必要なことを調べ上げては、さっと次の場所に移動する。【縮界】を使い、多少の障害物は壁抜けして迅速に移動する。
 今もほぼ天井に近い場所から、賑わう浴場を見下ろし、人の流れと地形をチェックしている。
(くっ! 次こそは嫁さん達連れてきて楽しんでやる!)
 やけくそ気味に、すべて記録すると楽しげなリア充どもの光景から目を逸らし、駆け去った。

 一抹の虚しさを覚えつつも、しかし、依頼主である地元の有志団体のために洞窟内を調査するという仕事に忠実に、まっしぐらに走っていく唯斗である。
(洞窟内を踏破して徹底的に調べ上げてやるぜ!)



 ヌシの宝の言い伝えを聞きつけた幾人かの人々は、取り敢えずヌシがいるものとされる『広間』と呼ばれる場所を探すべく、見回り隊の人員を引き留めて情報収集をする者が多かった。見回り隊員は、袖付のスイムウェアを着て腕章を着けているのですぐに分かる。
「……なるほど、『岩の壁』に到達する前に、悪路がある可能性がある、と」
 洞窟の入り口近い浴場の横で、ヌシのお宝を目指すレナンが、そんな隊員を捕まえて説明を聞いている。隣りでエセルも耳を傾けている。
「発見者に子供が多いのは多分それでしょうね。単に温泉に浸かりたいだけの大人が敢えて行きたくなるような道ではなさそうです。
 ごく狭いとか、もしくはじめじめして綺麗に見えないとか、そんな道でしょう」
 隊員の間でも位置はしかとは分かっていないらしい。
 tだ、入り口から相当に奥まった場所にあるということしか。
「湯に水没した長い通路がある、って可能性は?」
「そんな危険な場所だと子供は通り抜けられないし、さすがに大人が止めますからねぇ」
「なるほど」
 その傍らで、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)も、話に耳を傾けていた。
「実際に見たという子供は……うーん、今日は来ているかなぁ……
 来る子は頻繁に来るけど、結局連れてくる親の都合ですからね」
 『広間』を実際に発見できた子供を捜して話を聞くのは難しそうだ。
「……でも、今日も洞窟の奥の方で探検ごっこみたいなことしているを子供を見つけられれば……
 その中の誰かが見ている可能性もあると思わない?」
 話を聞き終わったエセルとレナンが洞窟の奥へと出発し、隊員も見回りに向かった後、セレンフィリティはセレアナにこっそり耳打ちした。
「……かもしれないけど」
 そう返しながら、セレアナは、セレンフィリティの目の輝きに、不安そうに溜息をついた。

 そもそも、2人が温泉に来たのは新婚旅行のつもりだった。夏というのは温泉のシーズンとは少し離れている気がしなくもないが、洞窟内が天然のかけ流しの出湯に満たされてできたという温泉、一風変わった場所の興味が湧いて、行ってみたいという気になったのだった。
 そんなわけで、いつものようなその場のノリでやって来たところ、いろいろと変わった話を聞くことになった。
(黄金……!?)
 子供達が見たという「お湯の底が金色に輝いていた」、広間と呼ばれる場所。
 そこに行ったら、黄金とか何か財宝がゲットできたりするのだろうか……!?
 ――それって最高だったりしない?
 というわけで、自分たちもその広間を探してみようとセレアナにやや鼻息荒く提案したのだった。
 そんなに簡単にお宝なんて見つかるものかしら、とセレアナは懐疑的だったが、
「見つからなかったとしても、折角普通の温泉とは違う場所なんだし、少し探検してみない?」
 とさらに提案してみる、そのココロは。
(同じ温泉に入るにしても、ここは一汗かいた後で入った方が気持ちいいに決まってる。
 疲れた身体に温泉の痺れるような気持ちよさとともに二人でイチャラブしたらもっと気持ちいいんじゃ――)
 ……と、そこまで考えて恍惚としたにへらとした笑みを浮かべそうになるが、我に返ってすぐに表情を改める。こんなスケベオヤジみたいなことを考えていたのをセレアナに気付かれたら、みっともないしバカみたいだし。
「……」
 セレアナは何か言いたげな目をして一瞬セレンフィリティを見たが、結局何も言わなかった。
 ――彼女の考えていることなどお見通しなのである。
「……まぁ、いいわよ」
 というわけで、手始めに見回り隊員の話に耳を傾けた後、取り敢えずはやや運任せに詳しく知る子供たちとの出会いに期待をかけて、洞窟の奥部に足を進めることにする。



「洞窟さん、広いのー!」
 興奮したような及川 翠(おいかわ・みどり)の声が、如何せん洞窟の中なのでこだまして響き渡る。
 ……まぁそこかしこで親に連れられてきた子供たちがキャーキャーはしゃいであげる声が響いているので、さほど悪目立ちしなかったのは幸いだったが。
 入り口を入るとすぐに、浸かれる深さにまで湯の溜まった――ちょっと小さい子供は親御さんの支えが必要、というくらいか――浴場は広がっている。その向こう、薄暗い、先の見えない通路が奥へと伸びている。
 その「未知の領域」感が、翠の好奇心を刺激する。
「探検するの……洞窟さんなの。だから探検するのー!」
 好奇心のまま、翠は、突進するように洞窟の奥へと駆け出していく。
「だって、洞窟さんなんだもん!」
「ちょ……っと翠? どこ行くのよ!?」
 慌ててミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)が呼んだが、聞く暇もあらばこそ。
 洞窟を満たす豊富な湯量の温泉、と聞いて、ゆったりまったりのんびり湯治、のつもりだったミリアには、とんだ展開である。
「ふぇ〜……
 のんびり温泉は無理なんですねぇ〜……」
 早々に諦め顔になっているスノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)も、ミリア同様湯にゆっくり浸かりたかった組である。
 ……本心では、恋仲のミリアとのんびり温泉デート、を楽しみたかったのだが。
「まぁ、仕方が無いですよねぇ〜、翠ちゃんですしぃ〜……」
「ふぅん、温泉洞窟さんって、温泉さんと洞窟さんがあるんだね……
 ……つまり、洞窟さん探検できるの……!?」
 一方で、翠に同調してしまったのがサリア・アンドレッティ(さりあ・あんどれってぃ)
 好奇心に火がついて、翠を追って駆け出していってしまった。
「……あ〜あ〜……」
「……翠っとにかく待ちなさ〜いっ!」
 この先の展開に嫌な予感を覚えつつ、ミリアは2人を追い、スノゥもそれに従った。

 ――そして早速。
「翠ー!?」
 走っていった先で、何やらごたついているのをミリアは発見する。
 大きな岩盤の下から、翠の足だけが出てばたばた水面を打っている。サリアがその片方を握ってうんうん唸りながら引っ張っている。
「この下に穴が開いてるって、翠ちゃんが……
 潜ってって、そのまま、足しか浮いてこないの……!」
 サリアの言葉で、慌ててミリアもスノゥも駆けつけて、足引っ張りに参加する。
「翠、聞こえる!? もし何か握ってたりしたら放しなさい!」
 ミリアのその言葉が聞こえたのか、やがて、翠の体は軽くなり、引っこ抜かれる野菜のように3人の力でずずっと引っ張り出されて浮かんできた。
「大丈夫ですかぁ〜、翠ちゃん〜……」
 スノゥの言葉にもしばしの間答えられぬほど、長時間岩の下に潜りすぎた翠は、しばらく肩で大きく息をしていたが、
「――穴の向こう側! どっかに繋がってるの!!」
 開口一番、興奮してそんなことを叫んだ。
「狭いけど見えたの! だから、入り口広げて進むの。今度は大丈夫なの、上手にやるの!」
「翠、落ち着きなさい」
 ようやく口を挟んだミリアが、ふーっと、心を落ち着かせるのと諦念とを交えた息を大きく吐いた。
「……あのね。皆で行くんだから、ひとりで突っ走らないの。
 歩きにくい場所も狭い場所も、急ぎ過ぎちゃダメなのよ。皆を置いてっちゃダメ」
 ――本当はのんびりしたかったのだけど、もうこうなったら翠を止めることは不可能に近いし、放っておいたら未知の洞窟内にがむしゃらに突進していって何が起きるか分からない。
 仕方ない。皆で行くしか。
「……分かったの」
 諦めてこの振り回される状況を受け入れることにしたミリアの深々とした声に、翠はごく素直に頷いた。
 サリアも頷いて、【光術】で小さな光の玉を出し、暗い洞窟内を行くためにランタンの代わりを作る。
「あらぁ? ……何かついてますぅ〜」
 気付いたスノゥが、手を伸ばして翠の濡れた髪の上に触れた。髪の毛に絡まるようについていたのは、薄緑色の花びらのようなものだった。
「岩の苔とか何かかしら? ……って違うわね、さすがに」
「岩に引っかかってた草……とか」
 いずれにせよ、大したものではなさそうなので、それを脇の岩の上に置いておいて、ミリアは『召喚獣:リヴァイアサン』を呼び出した。
 水中での行動で先行させれば危険は減るだろう。大きさがあるのであまり狭い場所では動けなくなるかもしれないし、他の入泉客がいるところで使っては驚かせてしまうかもしれないが、こういう人気のなさそうな、先が見通せない水路を行く時には有用に思われた。翠の見つけた穴が狭くて通れなさそうなら頭で押し広げていいから、と言い含めて、岩の下に放す。
 しばらくしてリヴァイアサンは戻ってきて、岩の向こうには先があって取り敢えず危険や問題は見当たらないと知り、4人も穴を通って向こうへ進んだ。