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リアクション
第5章 宝を巡る思惑
洞窟内通路は、入り口から入っていくと幾つもの分岐に分かれつつ奥へと続いていく。道によっては、奥に行くにつれて湯量の少なくなるルートもあり、湯量はそこそこだが空気の蒸すような暑さが非情なまでに増していくルートもあり(多分格段に通気の悪い地形なのだろう)、また、湯量も深さも増していくルートもある。
この3つ目のルートを現在辿っていたのが、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)たち一行である。
「こんな深い場所まで、小さい子供が子供たちだけで来てたとしたら……ちょっと危ないんじゃないかな」
自分の胸の辺りの高さまで来ている湯に、ルカルカはちょっと不安そうにそんなことを呟く。
見回り隊員から聞きこんだ話から、『広間』に行くには湯量の豊富な方へと進むのが正解ではないかと推測し、この通路を進んでいるのだが、ここいらはもう温泉というよりはもう『温水プール』という感じで、あまり小さな子には危険な道に思えるのだ。同時に、本当にここを渡れたのだろうかと思うと、目指す『広間』への道が本当にこちらかも怪しくなってくる。
「あの辺りの岩伝いにだったら、水に入らずに奥まで行けたんじゃないか」
ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、湯の辺に沿うように並ぶごつごつした大岩の連なりを指差した。その上を伝って行ったとしたら、それはそれで別の危険があると思うが。
「ニンジャ予備軍か?」
カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が、その岩の様子を見て、そこを這うように進んでいく子供の姿を想像したのかそんなことを呟いた。
「まぁ、子供って何かに興味を持つと、周りが見えなくなるから、見てて危ないことも平気でやっちゃったりするよね時々。
大人がついてて見てればいいんだけど――」
ルカルカは苦笑する。それからカルキノスを見て、
「なんだか、落ち着かなそうだね」
とさらに苦笑した。
今日のカルキノスは、【シェイプチェンジ】で人の青年の姿になっている。佇まいがどこか慣れない感じに見えるのでそう言うと、
「いや、小回りが利くのはいいんだがよ。
服を着なきゃなんねぇのが気持ち悪いぜ」
そう言って、疎ましそうに自分の着用した『男性用水着』を見ているのが、何となくおかしくて、ルカルカはこっそり笑った。
「少し危険だということが伝わったほうが、面白半分に奥へと進む考えなしは減りそうなものだがな」
そもそもよく分かっていない子供はともかくとして、と、2人のやり取りをよそにダリルがひとりごちた。来る途中で、小耳にはさんだ程度で面白半分に「蛇が黄金溜めてるんだってよ、見つけたらラッキー♪」というノリで奥まで進もうとしていた、一般人らしき若者グループを見かけたので、それを思い出して改めて呆れているのかもしれない。
「まぁ、あんなのが広間を見つけ出せるとは思えんが……
万が一盗掘を企てようもんなら、安心しろ、俺が消し去ってやる」
カルキノスも思い出して、苛立ちを抑えたような声で吐き捨てる。
そもそも彼が来たのは、ヌシなる大蛇と人間が殺しあうのを回避する為である。
パラミタリンドヴルムは竜族ではないが、大蛇の中でも竜に通じるような身体的特徴を持つ、竜に連なるかと思われる種族だ。無駄な血は流させたくねぇ、というのがカルキノスの思いだ。
そのヌシが宝を溜めこんでいるのなら、それを勝手に持ち出そうとする不届き者は許せない。
その点は、ルカルカも思いが一致している。
(本当にお宝があって、それを奪ったりしたら、ヌシが可哀想)
この温泉を、訪れる客が楽しく安全に使えるようにいろいろと工夫して整えたい。
しかし、ヌシの方が先に棲んでいたのだから、人間の楽しみのために追い出すというのは道理に合わないとも思う。
幸い、パラミタリンドヴルムは積極的に人を襲うような獰猛な種ではないという。何とか妥協点を見いだせれば。ルカルカはそう考えていた。
温かな湯は、微かに流れを感じさせ、その遡る先に何かあるのではという思いを抱かせる。
さて、その「不届きな」ことを思いっきり考えている人間が、今、ここに。
「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス!」
……ククク、洞窟の奥に隠された、ヌシの秘宝……。
それを手に入れ、我ら秘密結社オリュンポスの活動資金にするのだっ!」
――最近、秘密結社は金欠気味だ。
要するに、そのためにたまたま聞きつけた洞窟温泉のヌシの黄金の噂で一攫千金を狙い、活動資金を潤沢なものとしようと目論んでいるドクター・ハデス(どくたー・はです)なのであった。
「というわけで、戦闘員およびペルセポネよ! 洞窟の探索に向かうぞ!」
ペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)と『オリュンポス特戦隊』を引き連れ、意気揚々と洞窟温泉に向かったハデスは――
「ふむ、この先が怪しいな――」
洞窟の奥まった場所で、先の見通しのきかない分岐点を見つけて立ち止まっていた。
「何やら異様な空気……何だ、このじわじわ迫るようなプレッシャーは……
怪しい、間違いなくこの先に何かある……!」
――しかしながらこの場合、“異様な空気”に思えたのは正しくは“強すぎる熱気”であった。
足を止めたのが、通気の悪い熱だまりのあるルートの前だったことを、ハデスは知らない。
「よし、調査だ!」
ビシッ、と指を宙に突き射し、ハデスは号令した。
「戦闘員Aよ、様子を見てくるのだ!
……ぬっ、横穴の水路があるだと?
ならば戦闘員Bは、水路の奥へ行くのだ!」
【優れた指揮官】を発揮し、指示を次々と飛ばすハデスに従い、戦闘員たちは迅速に動き、それぞれ言われた場所へと散っていく。
「さてと、報告を待つか」
この場所は、他の浴場に比べて天井が高いため、洞窟内にしては解放感がある。ちょうど他より少し高くなった場所があり、壇上のようにも見える。湯の成分で少し足元がぬるぬるするが、他より一段高いところに立つのが大幹部らしい、と、滑る岩肌に苦労しながらよじ登った。
「素晴らしいです、ハデス先生!」
ハデスのてきぱきした指揮ぶりにうっとり見惚れるペルセポネ。当然だ、と言わんばかりの強気な笑みを浮かべ、ハデスは指で眼鏡を押し上げてみせた。
「見回りさん、こっちです」
と、そこに、何人かの人間がやってきた。見回り隊員数人と、一般の温泉客と思しき若い女性たちだった。
「むっ、なんだなんだ」
「ここで何をやってるんですか?」
腕章を付けた見回り隊員が、高い場所にいるハデスに質問してくる。
「我々は何の変哲もないただの温泉客である。何か不審な点でも?」
「……いや、その格好が不審というか」
「どこがだっ!? 水着着用が必須と聞いて、ほれ、ちゃんと着てきているだろうが!」
確かに、ハデスは水着を着てはいる。
だが、その上に白衣を纏っているがために、如何せん変○者くささが醸し出されざるをえない。
その上、今は各所に散っているが、戦闘員たちは海パンに覆面姿である。
――問答無用に怪しい集団である。
「たっ、大変ですハデス先生っ!!」
そんな中、ペルセポネの叫びが響き渡る。
どうしたのかと目をやれば、先程戦闘員たちが消えていったはずの通路のところにその戦闘員が2人、折り重なるように倒れているのだ。
「ど、どうしたのだ!?
まさか、ヌシにやられたか!!」
「熱中症です、先生!!」
彼らの傍らに駆け寄って様子を見たペルセポネが告げると、動いたのはハデスではなく見回り隊員たちだった。
「これはいかん!」
不審者の誰何もするが、彼らの優先事項はまさかの事故での人命救助である。すぐに倒れた戦闘員たちのもとに走るとハデスが何か言い添える暇もなく、覆面男たちをバタバタと運んで行ってしまった。温泉客たちもつられるようについて行ってしまったので、結果としてはハデスは助かった格好だが。
「あぁっ!」
またもペルセポネの叫びが上がった。今度は何かと見てみると、また新たに2人、同じところに戦闘員がぐったり倒れている。さっきの2人と違うのは、全身びっしょり濡れていて、明らかに水から上がったところだという点だ。
「今度は何だ!?」
「! 先生、人がっ」
ペルセポネの言葉が終わらぬうちに、ひょいっと出てきたのは唯斗だった。しかも、肩にもう1人、意識がないらしい戦闘員を担いでいる。
「!?」
「あのなぁ、何やってるか知らねえけどな」
その1人を肩から下ろすと、唯斗は、何が起こったのか分からない様子のハデスに向かって言い放った。
「こいつら皆、俺が調査してた水没通路の途中で引っかかって溺れかけてたぞ。邪魔だから返品しに来てやった」
「何!?」
放っておいてもよかったのだけど(むしろその覆面海パンという風貌から確実に関わりたくなかったのだが)。
さすがに溺れる寸前の人間を見捨ててはいけない、何だかんだでお人よしの唯斗であった。
「後な、さっき、この先の通路から、ふらふらしながらこっちへ向かってる海パン覆面見かけたけど、奴らもお仲間だろ?
蒸し風呂状態の岩場で脱水状態になりかけてると見たから、さっさと迎えに行って引き取って方がいいぜ。
さすがに俺も、こいつ抱えた状態でそいつらまでは引き取れなかったからよ。
暑さでフラフラの状態で、せめて覆面は脱いだ方がいいんじゃねーのと思ったけど。律儀だな」
じゃ、俺まだ調査があるから、と言い残して、唯斗は掻き消えるようにこの場を去った。
「……」
不首尾のあまりに、ハデスはわなわなと震えていた。
「あ、そうだ」
と、いきなり、戻ってきたらしく唯斗の姿がひょっこり現れた。
「言い忘れたけど、お前のいるところ」
ゴゴゴッゴゴッゴゴゴゴゴ(地響き)
「間欠泉がでるz」
「ギャーッッッ」
地響きが止んで1拍おいて、ハデスのいた一段高い場所から湯が吹き出した。危機一髪、ハデスは地に転がって湯の直撃を避けたが、今度こそ唯斗の姿はなくなっていた。
「くっ、……なんて凶悪なトラップが仕掛けられた洞窟だ……。
我が戦闘員部隊が全滅とは……さすがは、ヌシが守っているだけのことはある。
だが! まだペルセポネが残っている!
今こそ行くのだ! ペルセポネ!!」
「分かりました、ハデス先生!
――機晶変身っ!」
ハデスの号令に応じ、ペルセポネは『ブレスレット』から『パワードスーツ』を装着した。
「気密性が保たれたこのパワードスーツなら、完全水没した水路の中でも溺れる心配はありませんっ!
探索はお任せ下さいっ!」
ペルセポネは勇んで出陣する。
「きゃーっ」
ずささささっと音を立てて、セレンフィリティは斜面を、滑り台の要領で滑り落ちていく。斜面には湯が流れているので、摩擦は軽減される。
そのまま、下の湯にぼちゃっと落ちる。
「セレン、大丈夫?」
セレアナが、後を追って滑り降りてくる。同じように滑ってきたのだが、セレンフィリティのように勢い任せに突進してきたわけではないので、水面に落ちる時も穏やかだった。
「えぇ。でも、びっくりしたわ。こんなに急な坂になってるなんて」
――奥部で遊んでいる子供たちの中に、広間を直接知っている子はいないか。そこに照準を合わせて奥に進み、実際遊んでいる子供たちを捕まえて訊いたのだが、広間を見たという子はいなかった。ただ、「友達が見たって言ってた」という男の子を見つけることができた。
(「この奥に、上からお湯が落ちてくる場所があって、そこの岩の上から壁の穴をくぐった向こうに行ったら、見つけたって」)
詳しく知っていたわけでないが、取り敢えずそのような話は聞けたので、その言葉を頼りに奥へと歩を進めると、本当に天井から湯が落ちている場所があった。滝のように纏まって落ちてくるのではなく、岩の隙間から漏れ落ちているのか、横何メートルかに渡って湯が出ているのだ。水勢はあまり強くはない。その、落ちていく天井のすぐ下に、穴が開いていた。横幅あるが天井近くて縦には狭い穴だ。岩場を登ってそこまで行き、湯を浴びながら向こう側に、這って潜るように穴を潜っていく格好になる。足場が落ちてくる湯の成分でぬるぬるして危ない岩場を、2人で協力して穴のあるところまで上り、潜ると――反対側は土で出来た坂になっていた。そのまま滑り落ちて、下に溜まっていた湯に落ちたわけだ。
「帰る時が大変そうだわ。別の道を見つけられるといいけど」
マッピング担当のセレアナは、落ちてくる湯で濡れている斜面を見てため息を吐く。
「でも、ちょっと楽しかったけどね」
滑り落ちた瞬間を思い出して、セレンフィリティはくっくっと小さく笑った。それから思い出したように、「やだ、ずれてないかしら」と、着用している某水着ブランドのビキニの具合を気にする。
「それにしても、少しは広間に近付いてるのかしらね」
「ねぇ、セレン」
黄金の広間を思い描いているだろうセレンフィリティに、セレアナは釘をさす。
「実物を見るまでは分からないけど、黄金イコール財宝とは限らないから。
もしかしたら、ヌシかもしれないわよ」
「……そうかなぁ……。
でも、ま、実際見てみれば分かることだしねっ」
能天気に笑うセレンフィリティに、セレアナはふっと遠い目をする。やはりここは自分が気を引き締めていかねばなるまい、と思いながら。
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