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 第 3 章−調査前の雪遊び−

 鋭峰からは大雪の調査、エリザベートからは雪遊びのお誘いが同時に舞い込んだ事でどちらに参加しようか――と悩む事なく、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)はパートナーのアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)と共にシャンバラ大荒野にやってきた。
「暑い夏を乗り切るには、この季節外れの雪で遊んで乗り切るわ……じゃないと暑過ぎて死ぬ」
 さゆみは断言しつつ、一応防寒対策をして大荒野へ足を踏み入れた。
「でも、さゆみ……この雪って異常気象とも言えますわ、教導団の金団長からも調査員の募集がありましたし……そちらは、いいのかしら?」
「……調査活動は、教導団の人達に任せとけば……」
 アデリーヌの言葉に少しだけ視線を逸らせて言ってみたが、さゆみの言葉にアデリーヌは素直に頷いてあっさり遊びに行く事にしてしまった。

 アデリーヌにとって、さゆみと過ごす時間はなにものにも代えがたいものだった。生きられる時間が異なっても、さゆみが生きている間はずっと一緒に居る事が出来る――そんな満たされた思いと、1つ増える2人の思い出を綴る事に躊躇いはなかった。アデリーヌも共に遊ぶと決めた事で、さゆみは早速雪玉を作ってアデリーヌへポイポイと投げてみる。
「まずは定番の雪合戦ね! ほら、アデリーヌもどんどん投げてきていいわよ」
 雪の中で暑さから開放されたからか、はしゃぐさゆみにアデリーヌも微笑みを浮かべて投げ合い、暫し2人は雪玉で戯れていた。


 さゆみとアデリーヌが大荒野へやってきた頃と同じくして、天苗 結奈(あまなえ・ゆいな)パンドラ・コリンズ(ぱんどら・こりんず)も雪原に目を輝かせた。
「せっかく雪が降ったんだから、遊ばないともったいないよね。んー……そういえば、雪だるまの世界記録が37.21メートルって言われてるんだよね。……うん、決めたもん! 世界記録を目指して雪だるま作るよ!」
「はりきっておるのう、結奈。ならば……我も結奈と一緒に雪だるまとやらを作るのじゃ」
 早速雪玉を作ってある程度の大きさにした結奈は、根気よく雪の上を転がし始めた。
「ぱーちゃん、雪玉はこうなって転がしていくと……勝手に雪がくっついてくれるから大きくなっていくの。私達より大きくしていかないと世界記録に届かないから、頑張ろうね!」
 手袋を忘れてしまった結奈は、時折手のひらに息を吹きかけて暖めながらもくもくと転がしていった。
「ふむ……転がすだけで大きくなるのじゃな? 簡単じゃ、すぐに出来るじゃろう」
 パンドラも結奈を真似て転がしていくが、さすがに結奈も自分の身長程の雪玉になると1人で転がしていくには少々難儀し、パンドラに助けを求めて2人で1つ雪玉を転がしていた。

 事件は、その時に起こった――

「あ!」
 パンドラが躓いて転がしていた雪玉に正面から被さってしまい、そのまま結奈が転がしていくとパンドラは雪玉にくっついたまま回転し、彼女を巻き込んでいった。一生懸命な結奈はそれに気づかないまま雪玉を転がしていき、パンドラは最早雪と同化しつつある状態になっていった。

「……ねえ、さゆみ? 結奈さんと一緒にパンドラさんも雪だるまを転がしていなかったかしら……?」
「そういえば、そうよね……2人で一緒に転がしていたのを見たけれど、結奈さん1人で頑張っているわね……」
 パンドラが雪玉に巻き込まれる事件(?)を目撃してはいなかったさゆみとアデリーヌは首を傾げながらも、小さな雪だるまや雪ウサギを作っては並べたのでした。


 ◇   ◇   ◇


 雪玉から雪だるまのサイズに転がしていた結奈は、流石に素手で雪だるまを作るにはキツくなってきた。
「ふーっ、まだまだ世界記録に届かないから頑張らなきゃ……でも、手が冷たいんだよね……」
 両手のひらに息を吹きかけながらもくもくと転がし続ける結奈は、まだパンドラが居なくなっている事に気付かないままであった。当のパンドラも雪の冷たさが気に入ったらしく、まだ巻き込まれたままである。
「結奈、手が冷たいならさゆみ達や、向こうにはノーンやエセル達もおるから手袋を借りてきたらどうじゃ?」
「あ、そうだね……余分にあったら貸してもらおうかなぁ。ぱーちゃんの分も貰ってくるよ」

 ――パンドラの姿は無い、だが声は聞こえても結奈は普通に答えている光景を見たペルセポネは大雪とは別の意味の寒さを覚えていた。
「これは、もしや……真夏の定番で言う『あなたの知らない何とか』ですか……? ハデス先生ちょっと怖くなってきました……」
 まだ姿を見せない調査隊を迎え撃つべく、いつでも迎撃態勢が取れるように構えていたペルセポネは思わず呟いてしまった。

「え! 素手で雪だるまを作っていたの? 真夏の雪とはいえしもやけになったら大変よ……私の手袋、貸してあげるから素手はやめておきましょう」
 さゆみは自分の手袋を脱ぐと結奈に手渡した。
「あ、でもそれじゃあ……さゆみちゃんが」
 言い掛けた結奈の口を止めるようにさゆみが首を横に振る。
「私はアデリーヌに温めてもらうから平気よ、それより……パンドラさんと一緒に雪だるま作っていたわよね? 彼女の姿が見えないけれど……?」
 アデリーヌが予備の手袋をパンドラにと結奈に渡そうとしたところで、さゆみが訊ねた。一緒に雪だるまを転がしているものだと思っていた結奈は改めてそちらへ視線を向ける。
「……あれ?」
 そこで漸く気付いた結奈は、雪玉に巻き込まれて貼りついていたパンドラを見つけた。
「ご、ごめんね、ぱーちゃん……全然気にしなかったよ……」
「うむ、こうして貼りついているのも中々涼しかったのじゃ」
 再び世界記録の雪だるまに挑戦をする結花とパンドラであったが――またも雪玉に巻き込まれて一緒に転がされるパンドラを度々目撃するさゆみとアデリーヌであった。

 大量に作った小さな雪だるまと雪ウサギをかまくらの周りに並べ、可愛らしい雰囲気になったかまくらの中に入ってみたさゆみとアデリーヌは2人が座ると丁度良く収まるスペースであった。同じようにかまくらを作ったらしいノーンから貰ったお菓子の差し入れを2人で半分ずつに分けて食べてみた。
「……美味しいですわ、遊んだ後だからかしらね?」
「思いっきり涼む事が出来たし、アデリーヌと2人きりになれたし……こんな時間が持てた事、これも思い出よ」
 不意にアデリーヌはさゆみの手を包むように握った。
「ねえ、さゆみ……? 今だけじゃなくて、これから過ごす季節もこうやってお互いを感じ合えたらもっと幸せになれますわ」
「アデリーヌ……ええ、そうね……でも、アデリーヌの手も冷えてしまうわ」
 結奈に手袋を貸したままでいたさゆみの両手は結構冷えており、温めてくれるアデリーヌの手も冷えてしまうのではないかと引込め掛けた。しかし、そんなさゆみの行動を見透かしたかのように更にアデリーヌは握る。かまくらの外では、ノーンの【ホワイトアウト】やエセルの【氷術】で世界記録の雪だるまを手伝っていると伺える賑やかな声が聞こえてくる。かまくらの中だけが静かな時間を刻むように流れ、お互いの手を温め合うさゆみとアデリーヌは2人の大切な思い出を心に刻むのだった。


 結奈とパンドラが挑戦した世界記録雪だるま――完成という日の目を見る事が叶ったが、固まった雪だるまだけにこれだけは融けるまで時間がかかってしまい、最後まで大荒野にその雄姿を残した。