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夏最後の一日

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夏最後の一日

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 昼、空京。

「折角ですからみんなでホラーハウスを訪れてみましょうか」
 夏最後をどこで過ごすか決まらぬまま御神楽 陽太(みかぐら・ようた)は家族と共に来ていた。
「この子を会わせたいし」
 御神楽 環菜(みかぐら・かんな)は愛娘の陽菜を抱っこしていた。以前会ったのはハロウィンでその時はまだ娘はお腹の中だったので出産報告も兼ねて。
「そうですね」
「行こう、行こう」
 御神楽 舞花(みかぐら・まいか)と好奇心旺盛なノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)も賛成し、五人はホラーハウスの経営者がよくたむろっている食堂に向かった。

 ホラーハウス、食堂。

 ハウスの経営者ユルナ・キサラと彼女の兄である多角経営の会社の社長のヤエト・キサラが何やら話を終えた所であった。
「あ、舞花ちゃん、ユルナちゃんとヤエトちゃんがいるよ」
「是非、挨拶をしに行きましょう」
 一番に気付いたノーンと舞花が挨拶に行き、御神楽夫妻が続いた。

「ユルナちゃん、ヤエトちゃん、こんにちは! みんなで遊びに来たよ」
 ノーンは手を振って元気に挨拶し
「お久しぶりです」
 舞花は親しげに挨拶をした。
「久しぶり! 元気そうだね」
「……あぁ」
 顔見知りのユルナとヤエトはそれぞれ挨拶を返した。
「二人で何お話してたの?」
 好奇心旺盛なノーンはユルナ達の話が気になり訊ねた。
「次のハロウィンの事をね。前回よりも面白い物をと思うんだけど、なかなか話が進まなくて、この面白味のない兄のせいでね」
「……いいや、実現を考えぬ脳内花畑の奴のせいだ」
「誰が脳内花畑よ」
 ユルナとヤエトは馴染みの嫌味の言い合いをした。以前に比べたら多少の親しみはあるような無いような。
 このまま放置しては長くなるだろうと誰もが思った時
「二人共、仲良しだね!」
 ノーンの言葉が兄妹の間に入り
「……」
 口喧嘩を終わらせた。
 そこで
「お久しぶりです。ハロウィンの際はお世話になりました」
「娘も無事に生まれ、陽菜と言って、もう七ヶ月なの」
 陽太が挨拶をし、環菜が抱き抱えている小さな娘を紹介した。
「陽菜ちゃん、お座りも出来るようになったんだよ♪」
 ノーンが陽菜の成長を楽しそうに報告。
「……おめでとう。ハロウィンって事は、こっち側の人?」
 ユルナはまじまじと御神楽夫妻を見た。御神楽夫妻が何事かを言う前に
「はい、こちらの世界です」
 舞花が答えた。
「……舞花」
「……こちらというのは」
 陽太と環菜は顔に疑問符を浮かべるばかり。
「後で話すからね! とっても面白いよ」
 ノーンはウキウキと言った。
 挨拶と話が一段落した所で
「……後の予定が立て込んでいるので悪いが退席させて貰う」
 ヤエトがいつもの調子でこの場を離れた。
「どうぞどうぞ」
 ユルナはぞんざいに兄を見送った。

 ヤエトが去った後。
 五人は席に着くなり
「早速、定番のデカ盛りパフェ、お願い♪」
「では、私はコーヒーゼリーを」
 ノーンと舞花がすぐに注文。
「陽菜のためにプリンとか何か注文したいわね」
「プリンですか。興味を示しそうですね」
 環菜と陽太は真ん中に座らせた陽菜に持参した離乳食以外の物を食べさせてあげたいと思い、
「陽菜のためにマンゴープリンをお願いしたいのですが、添加物の有無の確認は可能ですか」
 陽太が気に掛かる点についてユルナに返答を求めた。
「……添加物? それは大丈夫だよ」
 ユルナは即答した。料理専門ではないが、大事な事は知っている。
 それを聞くやいなや
「それなら頼みましょう」
 陽太は注文した。
 御神楽夫妻の質問は注文した料理が手元に揃ってからという事になった。

 外見ホラーな料理が揃った後。
「ふふ、やっぱり興味津々ね」
「美味しそうに食べますね」
 環菜と陽太は協力して陽菜にスプーンですくってプリンをゆっくりと食べさせていた。興味津々と言った感じで心無しか離乳食より美味しそうに食べているようであった。
 その隣では
「ここに来たらやっぱり名物のデカ盛りパフェだよね」
 ノーンが手を休める事無くパフェを頬張っていた。
 そして
「それで舞花、先程の事ですが」
 陽太は改めて再会時のユルナの反応の理由を舞花達に訊ねた。
「実は平行世界の陽太様と環菜様とノーン様をこちらにお連れした事があるんです」
「その時、わたしもいたんだよ」
 舞花とノーンが簡単に打ち明けた。
「どんな感じだったの?」
 環菜が興味津々という感じで訊ねると
「おにーちゃん達こっちと同じで仲良しだったよ。わたしも同じでパフェを食べてホラーハウスを見て回ってとっても楽しかった」
 ノーンが平行世界の三人を思い出しながら楽しそうに答えた。
「それは楽しかったですね。それと平行世界でも環菜の隣にいるのが俺だと知って幸せです」
 ノーンの報告に陽太は表情をゆるめ娘を挟んで隣にいる妻を愛おしそうに見た。
「……陽太とは別世界でも縁があるのね」
 陽太の視線に顔を赤くして照れてしまうも環菜は嬉しそうであった。
「違う事と言えば子育て中のこちらとは違い、陽菜様を身ごもっていて名前を教えますと素敵な名前だと自分の事のように喜んでくれました」
 舞花は向こうとの違いを教えた。
「それは嬉しいけど何か変な感じですね」
「自分に自分を褒められているものね。でも嬉しいわね」
 陽太と環菜は不思議な感じを得ずにはいられなかったが、嬉しさの方が強かった。
 ここで
「それでこれまで偶々機会がなかったのですが、平行世界のお二人にメッセージを貰いましたのでどうぞ」
 舞花はノマド・タブレットに記録した平行世界の御神楽夫妻のメッセージを再生した。
「……」
 御神楽夫妻は平行世界の自分達からの温かなメッセージに耳を傾けた。
 聞いた後は
「嬉しいですが、自分から貰うメッセージとは不思議な感じです」
「えぇ、私達も頑張らないといけないわね」
 陽太と環菜は不思議な面持ちでありながら随分励まされていた。
「でも、大丈夫だよ。前に五年後の未来を想像しながら手紙を書いてね。その時におにーちゃん達や陽菜ちゃんが出て来たけど、おにーちゃん達は今と変わらないし……」
 ノーンが未来の自分への手紙書きに参加した事を話した。5年後の御神楽夫妻と陽菜を想像した事を。
「陽菜ちゃん、とっても賢くて優しかったよ! それと、家では甘えんぼさんみたいだよ!」
 ノーンはにこにことまだまだ小さい陽菜を見ながら言った。
「この子がねぇ」
「ノーンが話してくれたような素敵な子に育って欲しいですね」
 環菜と陽太は愛おしそうに我が子を愛でつつノーンが話してくれた未来を想像していた。母親似の金髪碧眼で父親似の目元をした愛くるしい5歳の姿の娘を。ほんの少し親馬鹿であるが。
「その時には鉄道の方も夢で見たように完成させたいですね。そして、完成した鉄道にこの子を乗せて色んな景色を見せて」
「えぇ、私達が成した仕事だって胸を張って」
 御神楽夫妻は夢札で見た夢を思い出し5歳の娘と鉄道旅行をする光景を想像する。
「夢で? どんな話?」
 事情を知らぬノーンが好奇心に輝く目を御神楽夫妻に向けた。
「それは……」
 舞花が詳細を話した。
「へぇ、二人が出て来たなんて素敵な夢だね♪」
 ノーンは夢の住人とはいえ顔見知りの幽霊の老夫婦の事を思い出し笑った。
「はい。でもこうして今日も皆さんと楽しく過ごせて嬉しいです。七夕でしたお願い事が叶いました」
 舞花は皆の顔を改めて見回して思わず笑みを洩らした。舞花が七夕祭りで短冊に書いたのは“皆が笑顔で過ごせる日々が続きますように”というもので今まさにその通りになっている。
 その発言で
「七夕って、確かメールで光が空に昇っていく風景を送ってくれましたね」
「あれは綺麗だったわ」
 御神楽夫妻は舞花に送信してくれた海に流された笹が光の粒子になり天に昇っていく様を撮った画像を思い出し表情を和ませた。
「はい。あの時は屋台を出店して色々と忙しくしましたが、とても楽しくて……」
 舞花は流れで七夕祭りで屋台を出店した事を話した。
 この後、和気藹々と過ごした。

 注文した物を皆が食べ終わった所で
「完食したから今度はホラーハウスに挑戦するよ!」
 デカ盛りパフェを余裕で平らげたノーンが席から立ち上がりホラーハウス挑戦を宣言。
「そうですか。俺達はここで……」
 陽太はのんびりとノーンを見送ろうとしたが環菜の挑戦したらという視線に
「やっぱり、折角ですから俺も一緒に行きます」
 思い直した。
 その決断に
「大丈夫、おにーちゃん?」
 ノーンが心配そうに訊ねた。なぜなら陽太は怖いのが苦手なので。
 そのため
「……大丈夫……だと思います。初心者なのでフォローをお願いします」
 陽太は大丈夫と言い切る事は出来ず、どこか頼りなかった。
「うん、わたしにまかせておにーちゃん♪」
 陽太とは反対にノーンはドンと胸を叩いた。
 ノーンを先頭にして二人はホラーハウスに挑戦しに行った。

 陽太達が行った後。
「環菜様にとって陽太様はどのような存在なんですか?」
 舞花は環菜に陽太の前では聞き難い陽太の評価を求めた。
「何かと思えば……そうねぇ、何よりも大切な存在ね。昔も今も変わらず優しくて愛してくれて、言葉にしても足りないくらい幸せ過ぎていつか罰が当たるんじゃないかって……私は相手が陽太以外じゃきっと幸せにはなれなかったはず」
 舞花の問い掛けに一瞬戸惑うも環菜は恥ずかしさと幸せ混じりに自身の気持ちを語る。時々自分達の命を継いだ我が子を愛おしげに見ながら。
「そうですか。本当に嬉しいです」
 環菜の答えは舞花を大変喜ばせた。陽太と環菜の子孫として二人が仲睦まじいのは嬉しい。
 一転して
「それにすごく縁があるんだなぁとも思うわ。平行世界でも一緒だから」
 環菜は悪戯げな笑みと口調で言ってから
「……舞花、この話は陽太には内緒よ。恥ずかしいから」
 散々恥ずかしい事を言った事に気付いた環菜は急いで舞花に口止めをしようとすると
「はい。でも内緒にしても意味無いと思いますよ。陽太様も同じ事を思っているはずですから」
 舞花は親しみあるちょっぴり意地悪な事を言った。御神楽夫妻の絆の深さはよく知っているから。
「……もう、舞花まで」
 舞花の意地悪な物言いに軽く口を尖らせるが、心の隅では舞花の言う通りだと思っていたり。
 それから何やかんやと他愛の無い会話で盛り上がり、のんびりと三人は陽太達の帰還を待った。

 一方。
 ノーンと陽太は地下道の扉を開けるために幾つかの部屋に隠された家族写真の切れ端集めをしていた。当然ホラーハウスなので恐怖現象と和洋折衷のバラエティに富んだ幽霊や化け物が挑戦者を驚かせる。
「うわぁ、前よりずっと凄くなってる……おにーちゃん大丈夫?」
 ノーンは前回来た時よりもずっと恐ろしげな方向にバージョンアップしている事に楽しんだり同行者の陽太を心配したり。
「……な、何とか。もしもの時はこれを……押しますから」
 陽太はリタイアボタンをいつでも押す事が出来るように手放さないようしっかりと握り締めていた。先程から驚かされてばかりで戦々恐々としている。
「おにーちゃん、きっとこっちに写真の切れ端があるよ!」
 慣れているノーンは驚かせられる事も仕掛けられた異常現象も面白い物として楽しみ、せっせと写真の切れ端を探しては見付けては陽太をリードしていた。
「……本当ですか」
 陽太は恐々とノーンの後ろについて行動する。
 しかも
「!!」
 驚き役も陽太の様子を見るやますます驚かせてやろうと意気込んでるためノーンよりも陽太を狙い撃ちするためますます陽太は大変であった。
 しかし、頼りになり過ぎるノーンのおかげで陽太はホラー苦手ながらも何とかクリアをする事が出来た。

 夕方、舞花達が他愛の無い会話で盛り上がる中
「……ただいま」
「ただいま♪」
 ぐったりとした陽太と元気なノーンが帰還。
「随分ぐったりしているわね」
 環菜は陽太の体たらくに面白げにカラカラと笑い
「お疲れ様です」
 舞花も二人を労った。
「ノーンのおかげで何とかリタイアボタンを押さずに済みましたが……」
 陽太は座って娘の相手をして癒されながら恐怖体験を語った。
「前よりも妖怪やお化けの種類が増えていてとても楽しかったよ」
 陽太とは違いノーンは弾んだ調子で体験を語った。
 近くにいたユルナが話を聞きつけ
「ありがとう。みんな気合い入りまくりで……アタシはついて行けなくて……ホラーとか苦手で」
 参加した。しかもユルナもホラーが苦手なため陽太に同情をしていた。
「……分かります。その気持ち。俺もですから……真に迫る怖さと迫力があって……」
 陽太も激しくホラー苦手の同志に頷きながらもホラーハウスの事細かに報告した。
 その後は、皆でのんびりと雑談をして夏最後の一日を過ごした。