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パラミタ・イヤー・ゼロ ~ALIVE編~(最終回)

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パラミタ・イヤー・ゼロ ~ALIVE編~(最終回)
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    アトラスの傷痕・空中


 狩生 乱世がマハカーラを操縦し、虚空樹を運んでいく。
「パラミタ大陸の幻影まであと少しだ!」
 気合を入れる乱世とは対照的に、グレアム・ギャラガーは冷静だった。すばやく残りの距離とエネルギーとの兼ね合いを計算する。
(ギリギリか……)
 ここまでのエネルギー消費は、仲間たちが周囲の敵を撃退してくれたため最低限で抑えられている。しかし、マハカーラに対するインテグラ・ドラゴンの襲撃は、大陸の幻影に近づくほど激しくなっていた。
 すでに十を超える機体を撃ち落としているものの、空中にはまだ数十の敵機が飛び交っている。
 EJ社が量産した高性能飛行ユニットの搭載された無人機――インテグラ・ドラゴン。“もどき”とはいえ、その総力で言えば本家のインテグラに引けをとらない。
 熟練のテクニックでマハカーラを操る乱世だが、全長100メートルはある虚空樹を固定し、機体制御しながら運ぶのは至難の業である。
 ついに、インテグラ・ドラゴンが乱世の行く手を塞いだ。進路を絶たれたマハカーラは、いったん空中で停止する。
 グレアムがすばやく連絡を送った。
「この技が使えるのは一回限りだ」
「ああ。わかっている」
 乱世もすぐに呼応した。緊急時のみに行なうと確認していたオペレーションを、実行する。
【行動阻害】。敵の動きを止める強力な効果を持つが、エネルギー消費が激しいという欠点がある。
 たった一度だけ許されたスキルで退路を作ると、乱世がすかさず突き進み、その隙に虚空樹から英霊――“シヴァ”を呼び出した。

「はっ! 俺を呼び出したのは、おめーらか」
 ヒンドゥー神話の破壊神・シヴァ。筋肉質のイケメンとして顕現した彼は、乱世たちのイコンを振り返って言う。
「そいつ、“マハカーラ”っていうんだろ? じゃあ俺の分身みてーなもんだ。よろしく頼むぜ」
 マハカーラは、シヴァの別名だ。その名に親近感を持った彼は得意気にインテグラ・ドラゴンを破壊していく。
 墜落していくインテグラもどきを見下ろして、シヴァは自分の強さに酔いしれたように笑っていた。
「俺様にかかればどうってことねーぜ。はっはっはー!」
「おい! あまり調子に乗るなよ!」
「……うっ」
 乱世に怒られて、シヴァは思わず身をすくめた。普段は美人だが激怒するとかなり怖い妻“パールヴァティ=カーリー”に、乱世の雰囲気が似ているようである。
 破壊神として名を馳せる英雄も、奥さんには頭が上がらない恐妻家であった。



 魂剛で空を駆ける紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が、サブパイロット席の紫月 純(しづき・じゅん)を見やる。
「純、行こう。全てに決着を着けるんだ」
 アンチビームソードでインテグラ・ホースの電子ビームをなぎ払いつつ、魂剛もまたパラミタ大陸の幻影を目指す。
 地上にいる零を殺しても、奴は別の時空からやってくる。ならば、虚空樹を大陸の幻影まで運び、永遠樹ごと対消滅するしかない。
「唯斗さん、行きます。私たちが明日に生きる為に」
 そう告げた紫月純――。彼女はかつて天殉血剣(あまのじゅんけつのつるぎ)という名であり、三種のギフトとして、零の野望に加担していた。自分の意志を奪われ、ただ零に支配されるのが喜びだと信じこまされて。
 だが、今の彼女は違う。
 唯斗に導かれ、純は自らの意志で、愛することの喜びを知った。

 魂剛の管制をまかされた純だが、その動かし方にはいささか戸惑っていた。
 鬼鎧の限界を超えた、格闘戦に特化する機体。操者と半同化し、自身の躰として“動く”ことができる。
「純。鬼鎧は初めてだろう? いざって時は呼んでくれよ」
 唯斗の声を聞いて、純は深く息を吸い込んだ。 
 愛する人がそばにいるという安心感が、彼女に冷静さを取り戻させる。
「唯斗さん……お願いします。力を貸してください」
 純が少しのあいだ目を閉じる。暗闇のなかで唯斗と見つめ合っていたいから……。
 しかし、まぶたの裏では、これまでの人生で刷り込まれてきた零の顔が、微かによみがえる。
 断たなくてはいけない。目を閉じながら、純は自分に言い聞かせた。零に囚われていた過去を、唯斗さんと断ち切ってみせる――。
「私は、私の思う路を生きます。だから……貴方との因縁は、此処で絶ちます」
 彼女が目を開いたとき、そこにはもう、唯斗の姿しか映らない。
「さぁ往くぞ、魂剛! 敵は無数の悪党共だ。遠慮容赦は一切不要! 一切合切を斬り伏せるのみ!!」
 唯斗が【ファイナルイコンソード】で、最後に残ったインテグラ・ドラゴンをぶった斬る。
 永遠樹までの道が拓けた。――零の全てを、両断するための道が。


「眠れ! 狂気の科学者よ! 人の心の輝きを安らぎとして!!」
 永遠樹に向かうベアド・ハーティオンが、その猛る想いを叫びに変えた。
 愛ゆえに神へ! 狂気の愛に安らぎを! の巻
 そんな荒々しいタイトルが、オーロラのなかに浮かんで見える。
「愛ユエニ狂気ヘ走ッタ科学者ヨ! 貴公ノ愛ガ、我輩ノ愛ノ前ニ敗レル理由ハ、タダヒトツ!」
 バグベアードが、地上にいる零へ告げた。
「貴公ハタダ“ヒトリ”デ、愛ヲ達成シヨウトシタ! 我輩ニハ“未来”ガ……ナカマ達ガイル! 真ノ愛トハ……決シテ唯ヒトリデハ、タドリ着ケヌ場所ニアルモノナノダ!!」
 これまで、力を、心を合わせて突き進んできたベアド・ハーティオン。どんな困難も、その白と黒のコントラストが輝くボディで乗り越えてきた。
 バグベアードの放った言葉は、自分の愛だけにすがって10万年も生きてきた零に、どのように響いただろうか。
「零さん! あたし達、未来に行くから!」
 ベアド・ハーティオンを必死に応援していた夢宮 未来が言う。となりにいるラブ・リトルの手をぎゅっと握って、彼女はつづけた。
「零さんが神様にならなくても、皆で力を合わせて絶対に幸せな未来に行くから! だから世界を……人々を、もう心配しなくていいんだよ!」
 
 アトラスの傷痕上空をイコンたちが駆けていく。
 定められた永遠を破壊し、“未来”をその手に掴むために――。


         ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 パラミタ大陸の幻影まで、あと少し。
 だが、皆の前にインテグラ・ドラゴンキングが立ちはだかった。人型をしたLサイズのロボット。巨大な超高周波ブレードを持つ、EJ社の最終兵器だ。
 頭部にAIが搭載されているのに気づいたハーティオンは、ドラゴンキングに告げる。
「狂気の科学者が生み落としたロボットよ……。人々が平和に向かって、力を合わせている姿に気づくのだ……!」
 ドラゴンキングにかすかな反応があった。自我が芽生えはじめている彼は、永遠樹を守るという自分の役目に戸惑いを覚えているようだが、それでも超高周波ブレードの構えは解かない。
「キングに対しては思うところも有るが……ダメだ! 時間がねぇ」
 魂剛で接近しながら、唯斗が言う。イコンたちの残りエネルギーは尽きかけている。もはや一秒の迷いも許されなかった。
 ハーティオンも止む無く同意すると、胸のクリスタルを輝かせ、インテグラ・ドラゴンキングへ必殺の一撃を放つ。
「――必殺! コスモハート・ブラスタァーッ!!」
 唯斗もまた、大太刀を超大型剣に変えて一撃勝負を繰り出す。
「喰らいやがれっ! 神武刀・布都御霊!!」


 ベアド・ハーティオン、魂剛の連携による大技スキルが決まった。
 大ダメージを与えるが、ドラゴンキングは耐え切り、なおもパラミタ大陸の幻影を守護している。
 堅牢なドラゴンキングの前に、契約者たちの攻撃は途切れたように見えた。――遠方から射撃の構えを取るHMS・ヴァリアントを除いては。
 搭乗するローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、さらに虚空樹から英雄“アルテミス”を呼び出した。神々しい光を放つ高雅な女性が現れる。
 ギリシャ神話の狩猟の神、アルテミス。その弓は百発百中だったとも讃えられる。自らもスナイパーである為、ローザマリアはアルテミスには少なからぬ崇敬の念を持っていた。
「さて、神のご加護はあるのかしらね……照準合わせ」
 ドラゴンキングに向け弓を放ったアルテミスの隣で、ヴァリアントも口から【ヴリトラ砲】を放射した。光り輝く矢と、黒いドラゴンが、ドラゴンキングを射抜いていく。

「――ふむ。これがローザの追っていた下手人どもか。宜しい。妾とこのヴァリアント、インテグラに遅れは取らぬ」
 気高い口調で告げたのはグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)だ。
「戯れもこれで終いにしてやろう。妾に力を――父王よ!」
 グロリアーナは壮麗に言い放つと、彼女もまた、虚空樹から英霊を呼び出した。
“イングランド王ヘンリー8世”。
 暴君にして覇王――。エリザベス1世の英霊たる自らの原点であり、その背中で覇道を伝えた人物である。
 ヘンリー8世に視線を送りながら、グロリアーナが告げる。
「妾に必要なのは、敵を容赦なく屠る、父王が如き冷徹さよ」
 ヴァリアントの口がふたたび開き、口腔内に装備された【艦載用大型荷電粒子砲】を盛大に吐く。ヘンリー8世もまた射撃のスコールを降らせた。
 それは栄光と繁栄の、魂の系譜だった。
 パラミタに凱歌を告げるように、爆撃を浴びせるイングランド最強の父娘が、ついにインテグラ・ドラゴンキングを粉砕した。


 パラミタ大陸の幻影までの道が拓かれた。
「永遠樹を……ぶっ壊してやるぜぇぇぇぇぇ!」
 マハカーラを操る乱世が叫ぶ。シヴァと共に虚空樹を抱え、大陸の幻影にむかって叩きつけた。
 激突するふたつの世界樹。正負の時空を司る大樹は、激しい閃光とともに、あとかたもなく消滅する。
 零が契約した永遠樹は、すべての世界から消えた。

――しかし、これで諦める零ではない。
 零は自ら根を切ると、パートナーロストから強引に逃れたのだ。さらに彼は分裂し、10体のドリアードとなって、ふたたび契約者を襲う。