リアクション
ラジオシャンバラへ 「バイトに復帰したいですって!」 バァン! シャレード・ムーンが、持っていた台本で激しくデスクをひっぱたきました。 ひぇっと、日堂 真宵(にちどう・まよい)が変な格好で後退ります。 「ちょ、ちょっと大事な魔術の研究がいろいろごにょごにょ……」 「どんな研究だって言うのよ」 ずいと、シャレード・ムーンが日堂真宵に詰め寄りました。 「いえ、違います。世界がわたくしの魔法で蹂躙されるのを待っているだけで……」 ドン! 壁ドンされました。 「言いたいことは、それだけ……」 怖いです。 「安定していかがわしくない仕事の手伝いが他に見当らないんですぅ……」 半べそで、日堂真宵が白状しました。 「仕方ないわね。じゃあ、今日だけ、お試しということでバイトに復帰させてあげるわ。その後は、今日の働き次第よ」 「あ、ありがとうございます〜。力仕事以外はなんでもいたしますので、ひらに、ひらにぃ〜」 日堂真宵が、そのときだけは、シャレード・ムーンを拝み倒しました。本音は、DJをやりたいのですが、そのへんはおくびにも出しません。 だいたいにして、本来であれば実家から十分な仕送りができるはずなので、こんなバイトをしなくてもいいはずなのです。ところが、そんな日堂真宵の性根を見透かしてか、実家は成功報酬で仕送りしてきます。なんとずるがしこい。そのため、何らかの結果を報告しなければ、評価は0、仕送りも0のままなのでした。 「とりあえず、先輩の文美ちゃんの指示で動いてね。今日は公開放送なんで忙しいんだから」 「はい、分かりました」 バタバタと走り回っている先輩バイトの大谷文美の方を指し示されて、日堂真宵は素直に返事をしました。 「それでは、ミッドナイトシャンバラ、今年最後の放送をお送りします。今日は、空京のスタジオから公開生放送でお送りしております。いつもよりちょっと広いスタジオなので、空気がいいですねえ」 本放送が始まりました。 日堂真宵が、観客にむかって拍手をするようにオーバーアクトで合図を送ります。必死です。 観客席では、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が他の観客に混じってパチパチと拍手をしています。宝探しのときにゲットしたミッドナイトシャンバラ出演券を、パートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が使ったので、特別に招待枠で観覧に来ているのでした。 「最初のお便りは、ペンネーム、あなたの子羊さんからです。 知り合いの話なのですが、すでに二十二歳にもなるのに、未だに恋人がいません。それどころか、浮いた話一つないのです。さらに、友達すらいません。これでいいのでしょうか。 だいたいにして、好みのタイプが、生活費を出してくれる人では、男が寄ってくるはずもありません。 最近は、その反動からか、胸の大きな人やリア充のカップルを発見すると、奇声をあげて襲撃するくらいです。 この哀れな知り合いを、りっぱに更生させる方法はないものでしょうか」 「こ、このハガキは……。きっと、テスタメントよ。まったく、失礼な。わたくしだって素敵な恋の一つや二つ……そ、そのうちにね……」 投稿者をベリート・エロヒム・ザ・テスタメント(べりーとえろひむ・ざてすためんと)だと見抜いたものの、まさか放送に乱入して言い返すこともできず、日堂真宵は調整室で唸るしかありませんでした。 「これは、性根を叩き直すしかありませんね。その上で、空京で行われている合コンにでも参加させたらどうでしょう。もしかすると、いい人が見つかるかもしれません。私も、そのうちいい人が見つかるといいんですけれどもねえ」 シャレード・ムーンのアドバイスに、うーんと唸りつつも、まだシングルなら同志だと勝手に決めつける日堂真宵なのでした。 「CM入りまーす」 大谷文美が、インカムでシャレード・ムーンに告げました。 ★ ★ ★ 『加能 シズル(かのう・しずる)です』 『レティーシア・クロカス(れてぃーしあ・くろかす)です』 『マリエル・デカトリース(まりえる・でかとりーす)です』 『葦原 房姫(あしはらの・ふさひめ)です』 『安徳 天皇(あんとく・てんのう)じゃ』 『ルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)です』 『ここ一年ほど、ほとんど出番がありません。来年こそは活躍……、あっ、録音を止めないでくだ……』 ★ ★ ★ CMが流れ、その間に大谷文美がゲストをスタジオに案内して席に着かせました。 「それでは、今日は、ゲストとして、吉井真理子さんと金元 ななな(かねもと・ななな)さんに再びおいでになってもらっています。他に、以前プレゼントしました聴視者参加券で、セレアナ・ミアキスさんに参加していただいています。みなさん、楽しんでいってくださいね」 「よ、よろしくお願いします」 「どーもー」 「ど、どうも、よ、よろしく……」 シャレード・ムーンが紹介すると、長椅子に座ったゲストたちが順番にお辞儀をして挨拶しました。 「ふふふ、あんなに緊張しちゃって。無理に出演なんかするから」 セレアナ・ミアキスの様子をパチパチと携帯で撮りながら、セレンフィリティ・シャーレットがクスクスと笑いました。これは、後日、いいネタができたというものです。 「それでは、せっかくですから、ゲストのセレアナ・ミアキスさんに、ハガキを選んでお読みいただきたいと思います」 「は、はい。では、……コホン」 シャレード・ムーンにうながされて、ガチガチに緊張したセレアナ・ミアキスが、ハガキを手にとってコホンと一つ咳払いをしました。 「P.N.匿名希望 今年6月に結婚した20代女子です。実はある悩み事があります。 それは妻(いわゆる百合夫婦です)が結婚したとたんに鬼嫁に変貌してしまったことです。特にお金に関して異様なまでに厳しくなり、通帳もカードもすべて妻に握られ、月500ゴルダのお小遣いしかくれません。確かに結婚する前までは私もかなり無駄遣いした覚えがありますが、だからといってこれはあんまりです」 「それは可哀相ですね。なんだか、身につまされる気がします」 思わずもらい泣きして、吉井真理子が言いました。会場でも、クスクスと忍び笑いがもれます。 そのとき、ひきつりまくったセレンフィリティ・シャーレットと、ピクピクと頬の端を痙攣させたセレアナ・ミアキスの視線がぶつかりました。 ハガキの主はセレンフィリティ・シャーレットだったのです。もちろん、鬼嫁とは、セレアナ・ミアキスのことに他なりません。 公共の場ですから、セレアナ・ミアキスはじっと耐えているようですが、後で家に帰ったらどうなることやら……。 「これは、匿名希望さんが悪いと思います」 どよどよとした背景を背負って、セレアナ・ミアキスが言いました。 「ははは、セレアナさん、何か迫力があるよね」 金元なななが、アホ毛センサーをクルクルと回しながら言いました。何かを受信したようです。 「だって、そんな浪費家の連れ合いには、500ゴルダで十分じゃないですか」 「うん、ワンコインだよね」 セレアナ・ミアキスの断固たる主張に、金元ななながうなずきます。 「えー、でも、それじゃ、悲しいじゃないですか」 「もしかして、姉さん、まだワンコインなんですか?」 金元なななが、以前の放送を思い出して吉井真理子に言いました。 「そんなことありません。ワンコインは家の犬だけです!」 強く吉井真理子が主張しました。 それから、放送は、お昼は500ゴルダで乗り切れるのかという話題で、観客席をも巻き込んで話に花が咲いていきました。 ★ ★ ★ 「ああ、バイト代は、500ゴルダも出るのかしら……」 放送が終わって、日堂真宵がボソリとつぶやきました。 「御苦労様。それで、人事と話がついたので、文美ちゃん、来期から正式採用ということで」 「や、やっと、派遣から解放される!」 シャレード・ムーンの言葉に、大谷文美がバンザイをしました。 「えっ、わたくしは……」 なんだか、とてつもない格差を感じて、日堂真宵が愕然とつぶやきました。 「あ、そうそう、そっちもいたわね。一応、試験採用ということで。三ヶ月間は試用期間だから、その間に何かしたら本採用はなしでクビだからね」 「えっ、それって……」 一応、採用というか、採用予定というか、ひとまず就職ということになります。 「ばんざーい、ばんざーい!」 大谷文美と一緒になって、バンザイする日堂真宵でした。 「それじゃ、お先に」 そう言うと、シャレード・ムーンが、局の前に止まっていた車へといそいそとむかいました。 「ダーリン、お待たせ」 車のドアを開けてくれるイケメンの男にシャレード・ムーンが、ニコニコと声をかけます。旦那さんです。 「なんだってえ!? 裏切り者ぉ!!」 冬の夜空に勝手に叫ぶ、日堂真宵なのでした。 |
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