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【2020修学旅行】欧州自由気ままツアー

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【2020修学旅行】欧州自由気ままツアー

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世界最小国家
 今回の修学旅行で選べる行き先は「四カ国」とされているが、正確には「五カ国」といえるかもしれない。
 イタリア・ローマ市内にあるバチカン市国。
 ローマ市内であることから、今回はここも行き先とすることが可能だったのだ。
 市内におさまる大きさのバチカンは、世界最小の国家である。
 大きさとしては、先に出てきたシーランド公国のほうが小さいが、シーランド公国は国家として認められていないため、このバチカンが世界最小国家の肩書きを有している。
「おお……おお! あれぞまさしくサン=ピエトロ寺院!」
 感極まる、といった感じのロドリーゴ・ボルジア(ろどりーご・ぼるじあ)が、瞳と頭部をきらきらさせている。
 ロドリーゴ・ボルジアの別名は、アレクサンデル6世。
 ローマ教皇だった彼にとって、里帰りなのである。
「まずは、素晴らしき美術品の数々を見ねばならぬ!」
 ぐっと拳をみぎりしめるロドリーゴの後ろを、てくてくとミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)アマーリエ・ホーエンハイム(あまーりえ・ほーえんはいむ)、そしてイル・プリンチペ(いる・ぷりんちぺ)が付き従っていた。黙々と。
「すみませんね、ちょっと熱いのが一緒で……」
 アマーリエが申し訳なさそうに、他の同行者たちに謝る。
 このバチカン班も、引率がつけられないことから、団体行動が指示されていた。
 ロドリーゴが「我が引率でよいであろう!」と主張したのだが、当然認められなかった。
「いや、気にしないで。たぶん世界一詳しいガイドが案内してくれるんだから、贅沢じゃん」
 バチカン班として同行している茅野 茉莉(ちの・まつり)が笑顔で返した。
 実は茉莉、少し深い話をするためにローマ教皇に会いたいと思ってバチカンにやって来たのだ。
 それを同じ班となったミヒャエルたちに話したところ「会わずともここにおる!」と、ロドリーゴが身の上を語り始めたのだ。
 ロドリーゴがローマ教皇だったことは事実だが、彼に人生相談をする気にはなれず(チャンスがあったら現役さんを探すか)と思っているところだった。
「早く行こう。時間の限りバチカンを見て回りたいのだよ」
 レオナルド・ダヴィンチ(れおなるど・だう゛ぃんち)が茉莉を急かす。
 彼もまた英霊であり、ここバチカン市国には彼の作品が収蔵されている。
「じゃ、ま、行くとしようか」
 ダミアン・バスカヴィル(だみあん・ばすかう゛ぃる)が熱すぎるロドリーゴを刺激しないように、皆を寺院の中へと誘導した。



 ピエタはその日も変わらず、やわらかく切ない表情を浮かべ、見る者を魅了した。
 ミケランジェロの傑作といわれるピエタ像。
 これをひと目見ることを望んで、バチカンを訪れる者も多い。
「おお、これがかの有名なピエタ」
 ミヒャエルは、ロドリーゴに聞こえるようにピエタを褒め称えた。
 だが、その声から感情が感じられないのは気のせいだろうか。
「そう、素晴らしいであろう! ミケランジェロのピエタ!」
 ロドリーゴの熱は冷めない。
「ミケランジェロは、生涯4作品のピエタを作っているが、完成しているのはここサン=ピエトロにあるピエタだけ! 詳しくはこのガイドブックを見るといい」
 しっかりと、市販のガイドブックも用意しているロドリーゴ。
 ガイドブックを受け取ったイルが、大聖堂のくだりをなんとなく音読した。
「んー、なになに。大聖堂は1500年聖年の、巡礼たちの寄進を元手にユリウス2世が建立を命じた……」
 ぎらり。
 その部分を聞いたロドリーゴの目が光った。
「ちがーーーう! 建立を建議したのは余であるぞ! このガイドブックの執筆者は誰であるか、責任者出てこーい!」
 呼んで出てくるはずもなく、ロドリーゴの声だけがむなしく聖堂に響く。
 それを見かねた係員が「お静かに!」と注意しに来た。
「余に向かって静かにせよとは何事だ」
 そんな反論が通じるわけがなかった。
 一行は「うるさくってすみませ〜ん」と周囲に謝りつつ、わめくおっさん一人を引きずって外に出た。



 続いて、バチカン美術館に向かった一行。
 レオナルドの足取りは軽く、もしかしたら数センチほど浮いているのかもしれないと思わせるほどだった。
 そんなレオナルドの気持ちを汲んで、一行は『聖ヒエロニムス』の前にまっすぐやって来た。
「懐かしい……」
 レオナルドの瞳が少しうるんでいる。
 この作品を作った当時のことを思い出しているのだろうか。
「これ描いたんだ……。けっこうやるじゃん」
 天才レオナルド・ダヴィンチの作品と本人を前に「けっこうやるじゃん」のひとことで片付けてみせた茉莉だった。
 ほかにも、この美術館には多数の作品が展示されている。
「建物も、その中も、全てが芸術で溢れているであろう!」
 ロドリーゴがまたしてもお国自慢を始める。彼は胸を張りすぎて、後ろにひっくり返りそうだ。
「そうですねぇ。聖堂自体が美術品の塊である上に、これだけの芸術作品の集積ともなれば、相当な物入りだったでしょうな。で、その収入源はいかがなされたので?」
 ミヒャエルがロドリーゴに笑顔で問いかけた。
 表情こそやわらかい笑顔だが、言葉にはずいぶん毒が含まれている。
「余の才が分かるか。聖年を100年おきから50年、25年おきと短縮、ロマーニャの領地代官を整理し、免罪符も各地で売り……」
 横で聞いていた茉莉は思った。
(このおっさん、お金大好きなんじゃん)
 ミヒャエルは笑顔を崩さない。
「はて、免罪符、ねぇ……。そのせいでマルティン・ルターとかサッコ・ディ・ローマとか」
「おお、あっちの作品は何であったかな」
 ロドリーゴは、とてもうまいとは言えない方法で話題を転じた。
「……やれやれ」
 ミヒャエルは相変わらず笑顔だが、さっきより人の悪そうな笑顔に見えた。
 だが、それでも懲りないロドリーゴのお国自慢はまだまだ続く。
 その大部分は寺院や美術館の素晴らしさをうたったものだ。
「……ですが聖下」
 今度はアマーリエの瞳に、いじわるな光が宿った。
「……なのになんで聖下がそんなに自慢気なのか、それが聞きたいですわ」
 さっきからロドリーゴは「余が!」と主張し続けているのだが、いずれの文献にも、寺院も美術館もユリウス2世らの手によると記されている。
「それは後世の歴史家が間違えちゃったのだ」
 ロドリーゴはそう言い返したが、暑くもないのに頭部に汗をかいていることを一同は見逃さなかった。
「聖下ももうちょっと長生きしてれば建立者として名前が残せたのにねぇ」
 なまじ事実を見続けてきたイルの言葉は、トドメとしてロドリーゴに突き刺さった。