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【2020修学旅行】欧州自由気ままツアー

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【2020修学旅行】欧州自由気ままツアー

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あなたをずっと待っていた
 再びドイツ。
数人の生徒たちがまとまって、自然豊かな古い街を歩いていた。
彼らは「古城班」である。
 引率の人数に限りがあるため、引率がつかない場所へ行く場合、可能なかぎり団体行動が指示されているのだ。
 古城班は、全員の希望を出し、話し合いの末、ひとまずヴェーヴェルスブルグ城に向かうということで一致したのだった。
 ヴェーヴェルスブルクは、ナチスによる魔術の儀式が行われていた、ヒトラーが来訪していた、などと様々な言い伝えが残っているのだが、現在はインターネットに公式ホームページなどに情報が公開され、観光客を受け入れている。
「古城って、要するに古いお城でしょ。そんなの見て楽しいの?」
 パートナーに付き合って、このグループに参加しているセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)は、唇をとがらせて言った。
「まあ、少しくらい付き合ってくれてもいいじゃありませんか」
 そんなセルファをたしなめつつ、御凪 真人(みなぎ・まこと)は、知的好奇心に輝く瞳を周囲へときょろきょろ向けていた。
「んむー。せっかくならおいしいもの食べたりさぁ、遊園地の最新アトラクションで遊んだりしたほうが楽しくない?」
「古きを知り、新しきを知るというやつです。こういうところを見ておく機会も貴重なんですよ」
「あ、それ名言だね」
 すぐ後ろを歩いていた秋月 葵(あきづき・あおい)が、真人にぱちぱちと拍手した。
 その手には、『りゅりゅぶ 古城を巡る魔術ガイドブック』という怪しげな本がしっかりと握られている。
「その、古本屋で買ったというガイドブックは頼りになるのか?」
 本を覗き込みながらフォン・ユンツト著 『無銘祭祀書』(ゆんつとちょ・むめいさいししょ)が、ため息混じりに言った。
「大丈夫〜。古きを知り、新しきを知るってやつだよ。最新の本より、深いことが書いてあるってもんじゃないかな」
 さっそくの引用を混じえて、葵が応じた。
「そういえばここって、ヴァイシャリーとかの街並みとちょっと似ているね」
 葵がガイドブックから顔を上げ、周囲を改めて見回す。
「この近くで我は執筆され、出版されたのだ……その時はただの魔道書だったがな」
 葵が新鮮な表情をしているのに対し、その隣にいる無銘祭祀書の昔をなつかしむような表情が対照的だった。
(多くの仲間は燃やされてしまったが……)
 場の空気を読み、声には出さず過去を思い出す無銘祭祀書だった。
「そういえばこのあたりって、魔女の伝説があるって、この本には書いてあるよ」
 嘘か真実か、葵が持ってきた怪しげな本には、他の旅本とは少し違った記述が掲載されていた。

その昔、魔女の一族が暮らし、その魔力は、実はかなり最近まで継承されていたという。
だが、化学が発展するとともに、この地球上では魔法の需要がなくなり、逆に非科学的なものに対して否定的な時代があった。
そのため、一族は魔力を継承していることを隠し続けた。
やがて外の者との縁が血を薄め、本当に魔力は失なわれたのだという。
 今、古城班が歩いている地域はまさにその伝承がある場所で、ガイドブックのコラムは『魔女の末裔に会えたらラッキー♪』と結ばれていた。

「わー! すごい、すごいっ!」
 あまり乗り気でなかったはずのセルファが、ぴょんぴょん飛び跳ねている。
 そのきらきらした瞳には、高く大きい見事な城が映っていた。
 緑の木々から突き出すように、立派な白壁がそびえ立っている。
 古城、と呼ぶには申し訳ないほどその姿は美しい。
 屋根にゆらめく新品の旗が、そこが観光地であることを告げていた。
「素敵……」
 その美しい姿にフェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)は、両手を胸元で組み、ほうっとため息をついた。
「へぇ。立派なモンだ。デジカメくらい持ってくれば良かったかな?」
 十七夜 リオ(かなき・りお)は、出発前に迷った末「空港の荷物検査に引っかかるかもしれない」と考えてデジカメを持ってこなかったことを後悔していた。
「大丈夫……写真には残せないけれど、二人で一緒に見たこの景色は、ちゃんと思い出に残るから」
「そっか、そうだよね」
 フェルクレールトの言葉に、リオは元気よくうなずいたのだった。



 いったん所変わって、同じくドイツの古城・ノイシュヴァンシュタイン城。
 実は「古城班」とはこっそり別行動をして、古城見学を楽しんでいる者がいた。
 遠野 歌菜(とおの・かな)月崎 羽純(つきざき・はすみ)のカップルである。
 この二人、ロマンチックな古城で二人きりのデートを楽しむべく、古城班には所属せずに行動していたのだ。
 そこは引率教師も他の生徒も気をつかい、見て見ぬふりをして二人を送り出してくれたのである。
「すごいね……。真っ白なお城、きれい」
 歌菜が城の壁を見上げ、つぶやく。
「歌菜の肌みたいだよな」
 羽純が応じる。
 それを聞いた歌菜は、少し頬がほてるのを感じた。
 羽純としては、純粋に感想を述べただけなのだが、歌菜には甘美な言葉として耳と心に響いたのだ。
「本当に、夢の国に来ちゃったみたい……」
 うっとりと、城や周囲を見渡す歌菜の横顔を、羽純はじっと見つめた。
 夢の国に思いをはせ、うるんだ瞳を輝かせる横顔。
(かわいいな……)
 そう思った羽純だが、恥ずかしいので口には出さない。
 口に出せば、歌菜は喜んで、もっとかわいらしい笑顔を見せてくれることは分かっているのだが。
「お城をバックに記念写真撮りたいね! ねっ、二人で」
 歌菜はカバンからカメラを取り出し、そんなことを言い出した。
「ええ? は、恥ずかしいって!」
 ずずずっと三歩ほど後ろに下がる羽純。
「逃げちゃダメ〜」
 がしっと羽純の腕をつかんだ歌菜は、もう離すまいと力を込めた。
「ああ……わかった、わかったって」
 こうなってしまったら仕方がない。羽純は恥ずかしさを押し殺しつつ、覚悟を決めた。
「じゃ、通行人さんにシャッター頼もうよ。あ、すみませーん」
 ちょうど近くを通りかかった女性に、歌菜は声をかけた。
「ん? 何かご用?」
 相手の女性はどう見ても若いドイツ人なのだが、意外なことに日本語がうまい。
 歌菜は親近感を持った。
「記念写真を撮りたいんですけど、シャッターを押していただけますか?」
「ああ、ええよ! お安いご用やで」
 どこで日本語を学んだのか、ドイツ人女性は関西弁である。
 快くカメラを受け取った女性は、満面の笑顔をしている歌菜と、恥ずかしそうに視線をはずしている羽純を、城とともにカメラにおさめた。
 若いカップルの、愛情と照れがにじみ出る、よい写真が撮れた。
「ありがとうございました! ところで、日本語お上手だね!」
 歌菜が、カメラを受け取りながら女性に話しかけた。
「日本のアニメやマンガがめっちゃ好きやねん!」
 ドイツ人女性はエルザマリアと名乗った。エルザと呼んでほしい、と添えて。
「それにしてもその日本語……関西弁……どうやって覚えた?」
 羽純が、さっきから聞きたくてうずうずしていた質問を、ようやく投げた。
「いま、うちがめっちゃハマってるアニメで、主人公がこういう話し方してんねん」
 聞くところによるとエルザは、日本から二ヶ月遅れで衛星放送されているアニメ『たこやき街道日本一』の、日本一のたこやき職人を目指す主人公に影響されているようだ。
「それにしても素敵なお城ね。本当に、ここでお姫様が眠っていそう」
 この城は、ネズミでおなじみ世界的テーマパークのアトラクションのモデルになったとも言われている。
「ちゃうちゃう。ここで眠っているのは、魔女やで」
 エルザがさらっと、だがとんでもないことを断言した。
「魔女?」
 羽純が首をかしげた。
「そ。魔女」
 エルザはにっこり笑った。
「まぁたエルザさんってば、観光客を楽しませるのがお上手なんだから〜」
 歌菜は、それをリップサービスだと解釈した。
「じゃ、時間も限られているし、そろそろ行きますね。お会いできてよかった!」
 歌菜はエルザに別れを告げると、羽純と腕を組んだ。
「それじゃ。これからも日本を好きでいてくれな」
 羽純も、ぺこりとエルザに頭を下げると、歌菜とのデートモードに戻った。
「ねぇ、羽純くん……楽しい?」
「……ああ。来れてよかった」
 歴史ある美しい建物と、萌える緑に祝福されて、二人の甘い時間は続いていった。

「ホンマやのに。知り合いの魔女、ここでもう200年も寝てはるのになぁ」
 エルザが残念そうに唇をとがらせ、退屈しのぎのため久し振りに眠っているアイツをたたき起こそうかどうか思案していた。
「それにしてもカップル、ええなぁ。恋人同士がデートするには、理想的な場所やで、ここは。なあ、アロイス……」
 歌菜と羽純の後ろ姿を見送りながら、エルザは目を細め、ぽつりと一人の男性の名をつぶやいた。
「ん? あっちにも日本の観光客? よっしゃ行ったろ。日本人ともっと話したいからなぁ」
 見えない何かから報告を受けたような仕草をしたエルザは、くるりと後ろを振り返り、歩き出した。
 歌菜と羽純は、お互いばかりを見すぎていて、気が付かなかった。
 エルザの足が若干透けていて、向こうがわの景色も見えていたということに。
 そしてエルザは、大好きな日本人ともっと会話を楽しむため、すーっと姿を消した。