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【2020修学旅行】欧州自由気ままツアー

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【2020修学旅行】欧州自由気ままツアー

リアクション


ボンジョルノ
 幸いにも、雲ひとつない青空に恵まれた。
 真っ青の空に、グリーンのカーペットをしきつめたような芝生の道。
 その色鮮やかな青と緑に囲まれるように存在する、朽ちかけた灰色の建物たちは、奇妙に溶け込んで見えた。
 ここはポンペイの遺跡。
 自然の驚異により、時間を止められてしまった都市。
 李 梅琳(り・めいりん)を先頭に、ポンペイ見学班は遺跡の奥へと進んでいった。
「すごい……。男女別の温泉にサウナ、水風呂まであったなんて……」
 引率で来ている梅琳ですら、ポンペイの文化レベルに驚きっぱなしだ。
 先ほど、入場口付近でつみ取った月桂樹の葉を、指先につまんでいることすら忘れてしまっているようだ。
「ここが火山の噴火で滅んだのは、79年だってさ」
 梅琳の横に並んで歩いていた橘 カオル(たちばな・かおる)が、事前に得た知識を恋人に披露した。
「ということは、中国だと三国時代よりも前に、こんなに発展した文化が……」
 入浴施設だけではなく、神話を思わせる神殿や劇場、酒場までもが、美しく区画整理された街に整然と並んでいた様子が、今もはっきりと残っていた。
「コチラですヨー」
 入場口から案内を続けてくれているガイドが、長いこと立ち止まってしまっていた梅琳たちを促した。
 遺跡に入場するときに、窓口で「遺跡の地下にあるという噂の迷宮を探したい」と伝えたところ、このいかにも陽気なイタリア人、といったような口ひげの似合うガイドが紹介されたのだった。
「だいぶ歩いたな。もうポンペイの遺跡を出てしまうのではないか?」
 周囲を見ながら神代 正義(かみしろ・まさよし)がガイドに言った。
 ポンペイの中心地だったと思われる場所は既に通り過ぎ、建物の数もまばらになってきていた。
 たくさん歩いたぶん、ポンペイの遺跡観光は充分にできたのでそれぞれ一応は満足しているのだが、彼らの目的は地下迷宮なのだ。
「もうチョっと。ホラ、あそこが迷宮の入り口なんですヨー」
 ガイドは、一軒の崩れかけた建物を指さした。
「入ってもいいのか?」
 正義が一応、ガイドに聞いた。何せここは遺跡である。歴史的価値を知らずに破壊してしまっては取り返しがつかない。
 ガイドがうなずくのを確認してから、彼らは建物の中に入った。
「殺風景ね……」
「まあ、遺跡だからね」
 梅琳の言葉に、くすりと笑ってカオルが応じた。
「あそこが、地下迷宮の入り口といわれていマス」
 ガイドが指さしたところ。
 建物のど真ん中に、円柱状のものがにょきっと伸びている。
 まるで煙突か土管のようで、人一人が通れるくらいの幅がある。
「ここから地下に降りられる、っていうことであるな」
 言うが早いか、天霊院 華嵐(てんりょういん・からん)は降りる準備を始めた。
「ご丁寧にはしごが取り付けられているな。……うん。充分使えそうである」
 とはいえ、ここは遺跡。そんなもの、いつ崩れてしまうか分からない。
 カオルは、持ってきていたロープを準備した。
「ここ、ゴハン屋さんなさそうだね……」
 華嵐のパートナー・オルキス・アダマース(おるきす・あだまーす)は、しょぼんとしてつぶやいた。
 オルキスは華嵐に「ポンペイの遺跡の奥には伝説の飯屋がある」と言われてついてきたのだ。
 むろん、伝説の飯屋などないのだが。
「いくぞ、オルキス、豹華!」
 もはや華嵐を止めることはできないようだ。
 オルキスはあきらめ半分でうなずいた。
「フフン、貴重な文化遺産ってヤツを壊すんじゃねーよ」
 と言いつつも、元から設置されている手すりをしっかり使って天霊院 豹華(てんりょういん・ひょうか)も続いた。
「行きましょう」
 梅琳、カオル、そして正義もロープを利用して、地下へと降りていった。
 最後尾からガイドもついてくる。



「な、なんだここは!」
 一番最初に地下に降り立った華嵐は、後続全員が揃うまでの間、一歩も動けずにいた。
「洞窟……にしては広すぎるね……」
 オルキスの声も、広い浴場にいるかのようにエコーがかかる。
 そこは、広い広い空洞になっていた。
 地上から繋がっていた場所は天井が低いが、一歩進むと、高い天井と、そこから伸びる鍾乳洞にまず驚かされる。
 それよりも彼らをびっくりさせたものがあった……。

「ブロックが……浮いている……」

 空中に、いくつかのブロックが浮いているように見えるのだ。
「魔法……?」
 追いついてきたカオルたちが、おそるおそるブロックに近付いてみた。
「あぶない! 罠かもしれない!」
 急いでカオルを押しのけると、正義は浮いているブロックに対して、攻撃態勢を取った!
「お、おい! ここはポンペイであるぞ! 遺跡を損傷しないよう、慎重に……」
 華嵐の言葉は正義の耳に届かず、下からのアッパーパンチをブロックにぶちかました!
 ガラッ。
「あれ?」
 ブロックはあっさりと崩れ去った。
 崩れたあとのブロックから、チャリーンと一枚の金のコインが落ちてきた。
「なんだ? まあ一応拾っておくか」
 豹華が代表して、そのコインを預かることになった。
「とにかく、進まないことには探索もできないでしょう」
 梅琳を先頭に、彼らは奥へと進むことにした。

「ここにも浮いているブロックが……」
 梅琳が立ち止まった。また浮いているブロックがあったのだ。
「これは魔法の力が働いている遺跡なのかもしれない。ビデオカメラで記録をとるか」
 華嵐がオルキスに命じてカメラを用意させると、それをガイドが止めた。
「このエリアは撮影禁止ですヨ」
「え? でもここの謎を解き明かした方がいいんじゃない?」
「国からの命令ですノデ」
 国……イタリアからの命令ということであれば仕方がない。
 そもそも、自分たちは観光客なのだ。
 オルキスはおとなしくカメラを片付けた。
「それにしてもこのブロックはまた不思議だな」
 今度のブロックは、なにやら文字か記号のようなものが書かれている。
 「?」というかたちに似ている。
「今度こそ罠か!」
 再び正義が、そのブロックにパンチをぶちかました。
 止めても無駄だと悟った周囲の人々は、一歩下がってそれを見守った。
 にょきっ。
 なんと、ブロックからキノコが一本出てきた!
 深緑の、毒々しい色をしている。
「……これは絶対にやめておいたほうがいいな」
 全員、そーっとそのキノコを避けて、さらに奥へと進んだのだった。

 その先も苦難の連続だった。
 何の動力で動いているのか不明なリフトが上下していたり、どこからともなく火の玉が飛んできたり、人の身の丈ほどもある巨大な亀に襲われたり。
 彼らも戦闘に関しては素人ではないので、全てうまく切り抜けた。
 そんな彼らを驚かせたのは、ガイドの活躍だった。
 ガイドは身軽にジャンプすると、亀の頭を踏みつけ、甲羅を蹴飛ばした。
 ペコッと音をたてて、甲羅はいずこかに飛んでいった。

「きゃあああぁぁ!」
「梅琳っ!」
 他のメンバーが亀と戦っている間、足下の落とし穴に気がつかなかった梅琳が落ちてしまった!
 助けようとしたカオルも一緒に落下。
「い、いたたた……。でも、意外と浅いな」
 落とし穴は、思っていた以上に浅く、ケガをすることもなかった。
「なんだか、人工物みたいだけど……」
 梅琳は、落とし穴の壁を調べながら、考え込んでいる。
 そんな梅琳の後ろ姿を見つめながら、カオルは別のことを考えていた。
(い、今なら後ろから抱きしめても……)
 梅琳もその雰囲気に気がつき、カオルの方に向き直った。
 カオルと梅琳との距離があと3センチほどになった、その時!
「助けにきたぞー!」
 新たなロープを用意して、正義と華嵐が穴の中に降りてきた。
「そんなに寄り添い合って。不安だったのであろう」
 そう二人を気遣う華嵐だが、口元がにやけていたところを見ると、状況を察していたのかもしれない。

 そんなトラブルに見舞われつつも、彼らはゴールにたどり着いた。
 そう、「ゴール」が存在したのだ。

 彼らは最後、入ってきた時と似たような筒状の出口にたどり着いた。
 そこは入り口とは異なり、新品のしっかりしたはしごが設置されている。
 不思議に思いつつもそのはしごを上って地上に出て、再び青空を見上げる。
 そこには「ゴール」と書かれた一本の旗がゆらめいていた。
「イヤッハー! おめでとうございます! なかなかのクリアタイムでしたヨ」
 呆然とする梅琳たちに、ガイドが声をかけた。
「事情を……説明してくれる?」
 梅琳が促すと、ガイドはえっへんと胸を張って、この迷宮についての解説を始めた。
 この迷宮は、イタリアが国で企画したテーマパークだったのだ。
 2015年を過ぎた頃から、ポンペイの遺跡へやってくる観光客の数がゆるやかに減り始めた。
 この状況を打破するため、遺跡の隣にテーマパークを設置することにしたのだった。
 正義が「遺跡を通り過ぎてしまったのではないか」と不安になるほど歩かされたのは、遺跡観光をしてもらいつつ、遺跡の敷地外へと誘導されていたからだったのだ。
 ところが、集客のためそれっぽいインターネットサイトを作ったところ、本当に迷宮があると思ってやってくる観光客が多いのだという。
 そして梅琳たちも、そんな観光客だったのだ。
「今はこのステージしかありませんケド、将来的には8面まで作る予定ですノデ、ぜひまた来てくださいネー」
 ちなみに、途中で豹華が拾ったコインは、100枚集めるとガイドを模したぬいぐるみ一体と交換できるのだという。
「ガイドさん……あんた一体何者でありますか?」
 華嵐が尋ねると、ガイドはぱんぱんっと着ていたツナギのほこりを払い、帽子をかぶり直して言った。
「ワタシはこの迷宮の建設を引き受けている、建築家のルイージといいマス!」
 ずどん、ずどんと、青空に音花火が打ち上げられた。
 その音は、お客さんがゴールにたどり着いたという合図を、受付に知らせるものだという。
 梅琳たちは、遺跡の方から吹いてくる心地よい風に髪の毛をゆらし、まあ楽しかったなと笑いあったのだった。