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女王危篤──シャンバラの決断

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女王危篤──シャンバラの決断
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ウゲン

 同じ頃、薔薇の学舎の庭園では、ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)が幼いタシガン領主ウゲンを探していた。
 ふうふうと息を荒げながら薔薇の間を歩くブルタの肥満体は、美を追求した周囲の景色の中で、圧倒的な違和感と存在感を放っていた。
「ああ、やっと見つけた……ふう〜」
 ウゲンは今日も蟻を観察し、ほほ笑みを浮かべていた。ブルタの放つ湯気と熱気に気付いて、顔をあげる。
「あれ? また来たの?」
 ブルタはビン底眼鏡を押し上げて、ウゲンを見る。領主というのが信じられないくらい、小さく可愛らしい子供の姿だ。
「エリュシオンが『保護』してるアムリアナ女王が危篤なのは知ってるよね。
 タシガン領主の君から、女王を励ますメッセージをもらいに来たんだ」
 ブルタは使節団について、ウゲンに一通り説明する。
 ウゲンは退屈そうに、頬をふくらませる。
「アムリアナ女王なんて知らないし、適当に『お大事に』って書いとけばいいよね」
(知らない?)
 ウゲンの言葉や表情を探っていたブルタは、予想と違う言葉に少々疑問に感じる。
 と、まるでそれを読んだかのようにウゲンが言った。
「女王って蒼空学園のジーク……ジークナントカって人だったんでしょ? 他校の人の事なんか、よく知らないよ」
「君なら五千年前の女王を知ってるんじゃないかい?」
「なんで? そんな大昔の事、知ってる訳が無いじゃない。そういう事は五千年前に死んで、今さら復活してきた人にでも聞いた方がよくない?」
 ブルタは舐めるようにウゲンを見つめるが、ウゲンの言う事が本当なのか嘘なのか、彼の嘘感知技術を持ってしても分からない。
 それからウゲンは手紙を書くために、図書室へ向かった。
 ブルタは彼に注意をしておく。
「さっき適当に書くって言ったけど、当たり障りのないメッセージじゃ意味が無いと思うんだ。なんていうか、ウゲンが考える『帝国に保護されている』アムリアナ女王の必要性を説いてもらえないかな?」
「だったら君が書けばいいじゃないか」
 ウゲンはむくれた様子で、ブルタに便箋とペンを押し付けようとする。ブルタは太い腕を振って、受け取りを拒否した。
「ボクが書いても意味がないんだよ。ウゲンはまがりなりにもタシガン領主なんだからさ」
「面倒だなぁ。とっととポックリ逝ってくれれば、こんな手紙、書かないですむのに」
 およそ領主らしからぬ文句をつぶやきながら、ウゲンは便箋にメッセージを記し始める。ブルタが後ろから、ぬうっとのぞきこんでみると、言葉とは裏腹に、一応はお見舞いの文面になっている。関係の無い美辞麗句でかなり文章量を水増ししてはいるが。
 ブルタは辛抱強く、聞いてみた。
「他に、ウゲンからエリュシオンの大帝へのメッセージや手紙はないかな? あれば、その手紙と一緒に帝国に持っていってあげるよ」
「別に無いよ? わざわざ手紙を書く意味なんてあるのかなぁ」
「……どういう意味かな?」
 ブルタはビン底眼鏡をずり上げる。
「どうって、知らない人に手紙を書く必要ないでしょうって事」
 ウゲンは不思議そうな表情で、ブルタを見上げる。そして書き上げた手紙を差し出した。
「ほら、これ。ブルタが持ってくなら、切手はいらないよね。……地球は魔法技術が遅れてるから、ポストとか切手とか面倒な物が多いそうだね。
 じゃあオツトメも果たしたし、また蟻の殺し合いでも見物してこようっと」
 ウゲンはブルタの手に手紙を押し付けると、小走りに庭園へと向かってしまった。
「切手、ねぇ……」
 ブルタは汗をかきながら、無意識に渡された手紙で顔をあおいだ。
 確たる成果はなかったようだが、ウゲンからのメッセージは入手できた。
 それを知った帝国人の反応はどんなものだろう、とブルタは考えを馳せた。
 しかし実際には、知ったところで何の反応もなかった。シャンバラの領主の一人が女王にメッセージを送ったところで、あまりにも普通の事であり、辺境国の一領主の名前を知る者もまずいなかったからだ。