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シャンバラ独立記念紅白歌合戦

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シャンバラ独立記念紅白歌合戦
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リアクション

 
 さて、未憂たちが食していたおせちや年越し蕎麦、甘酒、オードブルやお汁粉の出所はというと――。
 
「ミリアさん、栗金団が出来上がりました」
「私の方は酢蓮が出来上がりました〜」
 
 スタジアム内で最も大きな飲食店、そのキッチンを間借りして、本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)と彼に『歌合戦で疲れている皆さんに癒しを提供しましょう』と誘いを受けたミリア・フォレスト(みりあ・ふぉれすと)が協力して、御節料理を完成させようとしていた。
 仕込みに時間がかかる食材、例えば黒豆、数の子、鶏ハムなどは既に涼介の手で事前に仕込みが行われ、今は栗金団、田作り、煮しめ、ナマス、酢蓮といったその場で調理出来るものを順々に仕上げていた。
 
「よかったらどうぞー。まだまだ作りますから気になさらず、楽しくお祝いをしましょう」
 他方、クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)はカナッペやブルスケッタ――パンやクラッカーにハムやチーズ、野菜を載せたもの――、スナック菓子、チーズに唐揚げなどをオードブルとして用意する。先程未憂の用意した炬燵の上に載っていたのも、クレアが用意したものであった。
「私だって最近は、料理も上手くなったんだよ」
 そう言いながら、クレアがブルスケッタの調理に取り掛かる。軽くトーストしたフランスパンにニンニクをこすりつけ、その上からオリーブオイルをかけた物と、フレッシュトマトソース――みじん切りにしたトマトに、にんにくとハーブとオリーブオイルを混ぜたもの――を載せた二つを、なかなか慣れた手つきで用意する。
 
「こちらでは年越し蕎麦をご用意しております。是非、ご賞味下さいませ」
 エイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)は、年越し蕎麦を観客や契約者に振る舞う。十割蕎麦……は理想だが切れやすくなるため、茹でるのに適した二八蕎麦(もちろん、八割蕎麦粉)を、注文を受けてから茹で上げ、温かい麺をかけて提供する。麺の方は力仕事になるため、主に涼介が手腕を振るっていた。
「へぇ、日本ではこういう習慣があるんだ。こういうの、いいかもね」
 それまで年越し蕎麦のことを知らなかった現地の人たちも、年越し蕎麦に興味を示したようである。
「ごちそうさま、美味しかったよ」
「ありがとうございます」
 お礼を言って去っていく人たちを見送り、エイボンがふふ、と微笑を浮かべる。
 
「涼介兄ぃ、クレア姉ぇ、エイボン姉ぇ、ただいまー」
 そこへ、ヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)がキッチンカーを転がしながら戻って来る。彼女は、会場を警備している人たち向けに、お雑煮とお汁粉を提供していた。
「お帰り。その調子だと、好評だったようだな」
「うん! 用意した分、あっという間になくなっちゃったよ。
 時間が空いたら食べに来たいって言ってたから、ここで作っていいかな?」
「ええ、どうぞ」
 エイボンとクレアが場所を空け、そこに入り込む形で、アリアが材料の確認に入る。お汁粉はちょっと厳しい――小豆を丁寧に炊いて白ザラメで甘さをつけ、隠し味に塩を一つまみいれて甘さを整えたもの、前日から仕込んでおいた――かもしれないが、お雑煮――醤油味のカツオ昆布出汁の澄まし汁に鶏肉と小松菜、焼いた角餅を具に柚子をあしらったもの――は用意できるかもしれないという結論に至り、早速調理に取り掛かる。
「ふふ、皆さんとても生き生きとしていますね。
 私までなんだか楽しくなってきますわ」
 言葉通りに楽しそうに料理をするミリアを見つめ、涼介もええ、と頷いて答える。
 彼らのおかげで、歌合戦中、そして歌合戦後に予定されているカウントダウンイベントは、暖かく過ごせそうである。
 
 
「うぅおおぉぉ、緊張する……」
 スタッフにスタンバイの旨を告げられ、舞台袖で七刀 切(しちとう・きり)が緊張でぶるぶる、と身体を震わせていた。
 
『パッフェルに気持ちを伝える』
 
 切が、紅白歌合戦に出場することに決めた理由は、ただそれだけ。
 シャンバラ統一について思うことは無かった。もしかしてよく考えれば何がしかは出てくるかもしれないが、今はそんなことを考えている余裕はなかった。
(ぐぁぁぁ……歌うことに抵抗はねぇけど、気持ちを伝えるってのは緊張する!)
 これじゃいかん、とばかりに身体をまさぐった切が、おっ、と何かに気付く。
 取り出したそれは、箱詰めのチョコレート。
 いつの間に入れたのか覚えていないが、ともかく切はチョコレートを一粒つまんで口にする。
(……あぁ、そういえばパッフェルにチョコをあげて話したりもしたなあ)
 切の脳裏に、自分が差し出したチョコレートをつまんで口にするパッフェルの姿が映し出される。その時に話したことも、しっかりと覚えていた。
 
「パッフェルはさ、何のために戦ってんの? やっぱり、仲間や友達のため?」
「そうよ」
「それなら、わいと一緒だな」
「何?」
「握手。一緒だから」
 
 パッフェルと交わした握手の感覚が、手に戻って来るようであった。
 自分は多分、“後発組”なんだろう。パッフェルには他にも多くの友達が、それこそ五千年前からの友達がいる。
 それでも、抱いた想いに優劣はない、そう思いたい。
「……うし、ちっと勇気出てきた」
 空になった箱を折り畳んでポケットに仕舞い、切はクロセルの紹介を受けてステージに上がる。
 
「歌う前に失礼します……ワイはパッフェルのことが好きです!
 こんな場所で、こんな一方的な告白ですいません!
 多分、パッフェルはワイのことをよく知らないと思います、だから返事はしなくてもいい。
 ただワイのこの気持ちを伝えたくて、今日は歌いたいと思います!」

 
 マイクを通じて響く、切のパッフェルへの告白。
 それを、舞台袖から聞くこととになったパッフェルの返答は――。
 
「……ありがとう。サバゲー友達として嬉しいわ」
「ちょ、ちょっと待って。どうしてそうなるの?」
「? 何がおかしいのかしら?」
 キョトン、と首を傾げるパッフェル。どうやら切のことはまだ『サバゲー仲間』としてしか認識していないようである。
「聞いてくれてありがとうー!」
 歌い終え、投げかけられる拍手に切が思い切り頭を下げて答える。
 
 頑張れ、切。後発組でも、君の想いはいつか届く……かもしれない。
 
 
「カミロ! お前が何故ここにいる!」
「決まっている、紅白歌合戦だからだ」
「そうか、それなら仕方ないな」
(な……!? こ、この展開は三度デジャヴを感じる……というか何故私らはここにおることになっておるのだ!?)
『アリサ・ダリン。それは大した問題ではない』
(こ、コリマ校長……そ、そういう問題でいいのですか!?)
 
 ……さあ、状況を整理してみよう。
 まず、天空寺 鬼羅(てんくうじ・きら)がステージに立っている。彼はコリマが従える数万の霊体のパートナーと合唱するつもりのようである。
 審査員をしていたコリマがステージに立つということは、代わりが必要である。そこで審査員の代わりとして秋日子かシズのどちらかが出る……はずだったのだが、何がどうしてこうなった、鬼羅は代わりとして会場近くにいたというカミロ・ベックマンを連れて来た。
 審査員に混じって座るカミロの姿を見つけ、辻永 翔(つじなが・しょう)が突っかかり、アリサ・ダリン(ありさ・だりん)がデジャヴと感じる切り返しが行われ、そして今に至る。
 状況の整理は済んだだろうか。ツッコミどころが満載なのは気にしてはいけない。
 
「なに!? くっ、頼んでしまったものは仕方がない。
 カミロ! てめぇに認められるためにオレの歌を聴いて評価しやがれ! 勝負だ!」
「鬼羅、俺も加わらせてくれ! 勝負だカミロ!」
 
 話の流れで翔も加わり、そしてオーケストラと化したバックバンドが演奏する中(フランツは今まで以上に生き生きとしていた)、オラトリオと呼ばれる形式の歌を披露する。流石、数万の霊体パートナーを従えるコリマが加わったことで、音に重みが出ている……はずである。
「す、すげぇ……俺、こんな歌聞いたことねぇぜ」
「ま、そりゃそうじゃろうな」
 審査員も、そして観客も呆然と(呆れてる人も中にはいるようだが)聞き入り、やがて曲が終わり、審査員が審査の結果を発表する。
 
 涼司:9
 鋭峰:9
 カミロ:1
 アーデルハイト:9
 ハイナ:9
 静香:9
 
 合計:46
 
「ぐぁぁぁーー!! 何故だ、一体何が足りないんだぁー!!」
 カミロに1を付けられたことで、鬼羅と翔がステージに崩れ落ちる。
「一つの見方で物を見ていては、真実に辿りつけんぞ。俺が1を付けた理由を、貴様ら自身で見つけてみるんだな」
 不敵な笑みを浮かべて、カミロが席を立ち、今度は自らの足で会場を後にする。
「カミロぉーーー!!」
 鬼羅の叫び声が、ステージに木霊する――。
 
「……待て、一つ聞かせろ。
 もしや、そなたが付けた点数、『0が最低、1が最高』とは言うまいな?」
 背後からかかるアリサの声に、背中越しにカミロが答える。
「筋はいい。だが、『0が最低、Fが最高』だ」
 
 ……数万のパートナーを持つコリマだが、その全員が歌が上手い、というわけではなかったようである。