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シャンバラ独立記念紅白歌合戦

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シャンバラ独立記念紅白歌合戦
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リアクション

 
「紅白歌合戦に出場するわよ!
 私がボーカルね! 異論はナシ!」
「ふむ、ではボクはベースに甘んじるとしようー」
「七乃、キーボードやります!」
 
 唐突に話を持って来たグリムゲーテ・ブラックワンス(ぐりむげーて・ぶらっくわんす)の言葉から、白麻 戌子(しろま・いぬこ)四谷 七乃(しや・ななの)の担当がアッサリと決まり、残るは四谷 大助(しや・だいすけ)の言葉と担当のみになった。
「オレは……ドラムか。まぁ、妥当だな」
 その時はそう呟いた大助であったが――。
 
(……オレは、こんなバンドなんか組んで遊んでる場合じゃないんじゃないか?)
 
 出番を間近にして、控え室で大助が思慮に沈む。
 
 入学してから、まだそれほど時間が経ってないにも関わらず、後悔は山のように襲いかかって来る。
 遊びにばかり興じていたこと、そのことでグリムを失いかけたこと。
 それらがまるで、自分を底へ底へと押し潰していきそうな感覚に囚われる。自分がいかに情けないかが感じられ、そこから抜けだそうと焦りばかりが募る。
 
「オレは、こんなことしてていいんだろうか。
 他に何かするべきことが有るんじゃないか……?」
 
 大助が顔を上げると、グリムゲーテが自分を見下ろしているのが見えた。
 どうやら心の声が表に出ていたらしい、それを聞いてのグリムゲーテの言葉が、大助に降る。
 
「本当にこれでよかったか、ですって? そんなこと考えたってしかたないじゃない。
 もう済んでしまったことをとやかく言ってもしかたないわ、そんなことより歌うわよ!」
 
 すっ、とグリムゲーテの手が、大助へと差し出される。
 
「大助はうじうじ悩むのが好きみたいだけど、少なくとも私は、今が悪いとは微塵も思ってないわ。
 最悪じゃなければ私たちは何度でも立ち上がれるし、たとえ立ち上がれなくても私が無理にでも引っ張り起こすから!」
 
 だけど……と大助が躊躇しているところへ、両脇から戌子と七乃の言葉が投げかけられる。
 
「グリムじゃないけど、こればっかりは考えても仕方の無いことなのだよ。
 ボクたちは入学してまだそれほど間もない。力も弱いし、出来る事なんて限られてくるさ。
 ならばやることなんて決まっているだろう? 大助、強くなりたまえー。
 制限も理不尽も、常識だって叩き潰せるくらいに強くなればいい。キミなら簡単さ。なにせ相棒のボクが言うのだからねー。
 とりあえず今日は思いっきり演奏して、明日への景気づけといこうじゃないか」
「七乃はむずかしいことは分かりませんけど、七乃はマスターについてくだけです。
 人任せですけど、それが一番だって思えるほどマスターを信頼してますから。
 間違えたって大丈夫です。そういうときのために、七乃たちはいるんですから!
 マスターもグリムさんが死にかけたときだって、七乃といっしょに必死になって助けようとしたじゃないですか!
 単純に考えましょうマスター、おもいっきり演奏すれば気も晴れるはずです!」
 
 七乃の言葉に、グリムゲーテがそうなの? という顔をする。
 沈黙が控え室に満ちていく――。
 
「ほんっっっとにお気楽だなお前は……。
 あーあ、考えるのがバカらしくなってきた」
 
 自分への後悔だとか、焦りだかとかを中から外へ吐き出すように言い放って、大助が自らの脚で立ち上がる。
「戌子、七乃。オレにそんだけ言ったからには、腑抜けた演奏なんてするなよ?」
「言ってくれるねー。もちろんそのつもりだよ」
「七乃、がんばります!」
 大助の言葉に、戌子と七乃が頷いて答える。
「ちょ、ちょっと。まだ私の問いに答えていないわよ」
 催促するグリムゲーテに、返した大助の言葉は――。
 
「お前が今もオレの傍にいることが、答えだ」
 
 くるりと背を向け、大助が部屋を出て行く。入れ違うようにスタッフが、スタンバイの旨を告げる。
(何よ、普段は無愛想なくせに、こんな時だけ――)
 心ではそう呟きつつ、顔には笑顔を浮かばせて、グリムゲーテが戌子と七乃に続いて大助の後を追う。
 
「曲は『太陽の筆』、それでは、どうぞ!」
 エレンの紹介を受け、それぞれが配置についたのを確認して、グリムゲーテがマイクを握り、会場全体へと歌に込めた想いの言葉を飛ばす。
 
「自分の道は自分自身で切り開くの。
 過去のことを気にしてたって何も得られない、だったら未来を自分勝手に描いてやるわ。
 現状が気に入らないなら思い切って全部、力づくで自分好みに描き変える気持ちでいくのよ!
 この歌みたいにね!」

 
 戌子のベース、七乃のキーボード、そして大助のドラムが起動し、響くメロディーの中、グリムゲーテの声が駆け出していく。
 
 冷たく身震いして 痛む耳を澄ませる
 雪のノイズはいつも 私ひとり閉ざす
 欠けたのはいつ?どこで? 白く塗りつぶされ
 理由(わけ)なく伸ばした手は 凍り始めている
 
 ああ 叫びより鋭く
 その感情に任せて 描きなぐった蒼のソラ
 
 Go my way!
 Break out of my fate. 熱を帯びて輝く筆の先
 鮮やかに彩る 光が紡ぐ先は 未来
 
 Don’t turn down!
 香る春風 やさしく包んで ボクの声響かせて
 
 君のもとへ走り続ける

 
 演奏を終えた大助の下へ、駆け寄ったグリムゲーテがもう一度、手を差し伸ばす。
「少しはスッキリした?」
「ああ、おかげ様でな」
 今度はしっかりとその手を取り、そんな彼らを観客の拍手と歓声が包み込んだ。
 
 涼司:9
 鋭峰:7
 コリマ:8
 アーデルハイト:8
 ハイナ:9
 静香:7
 
 合計:48
 
 
 スタッフからスタンバイを告げられる前から、高峰 結和(たかみね・ゆうわ)は舞台袖にいた。
 緊張からか顔面は蒼白、端で膝を抱え、小さく身体を震わせる。
 
 ――自衛官の両親に憧れて。
 あんな風に、強くなって、誰かを守りたくて――
 
 『守る、ってなんだろう』
 最近の結和は、そればかりを考えていた。
 ここに来る前も、歌を歌うと決めるに至った前も、やはり考えていた。
 
(パラミタに来て、イルミンスールに入学して。魔法を覚えて、学ぶようになって。
 今の私には、戦う力があります。でも……ダメですね。戦うのは、苦手です。
 敵でも猛獣でも……どんな人でも、傷つくのは嫌です)
 
 ふるふる、と結和が首を振る。
 そんな考えを抱く自分を否定するように。
 
(甘い、ですよね。それじゃあきっと、大切な人を、守れなくて。
 私はまだまだ、弱いんです……きっと)
 
 結和の意識は少し前、シャンバラの統一が果たされるかの戦い、野戦病院での活動に飛ぶ。
 
 ――傷ついた人を救うことが、守ることに繋がるんじゃないかと思って。
 ……あの戦いでは、沢山の人が傷ついて。
 頑張って治療して。
 ……助けられない人も、いて。
 元気になったあと、また戦場に戻る人もいて――。
 
 また、ふるふる、と首を振る。
 何で首を振っているのかさえ、結和には分からない。
 
 考えては結局、よく分からなくなる。
 救うことは出来ても、それは守ることじゃない。
 
 じゃあ、どうすればいいの?
 
 
 
(……誰にも傷ついて欲しくなんか無いなんてきっと、甘い願い。
 
 でも、本当に夢物語でも。
 プリーストの祈りが癒しになるように。
 ミンストレルの歌が心を動かすように。
 
 願うことはきっと、力になる)
 
 長い、長い葛藤の末に、たった一つだけ残った確かな願い。
 それを確かめるように、慈しむように、結和はそっと、口にする。
 
「みんな、一緒に、幸せに」
 
 
 ステージから拍手と歓声が聞こえ、結和はハッと我に返る。次が自分の番だと気付いて、途端に逃げ出したくなる。
(いやいやいやいけるいける、歌うって決めた!)
 目を閉じ、ぐっ、と手にしたお守りを握り締め、自分の中にどれだけあるか分からない勇気を振り絞り、結和が立ち上がる。
 
 司会の紹介も、かけられた言葉も、それに対して何を答えたのか、はっきりと覚えていない。
(私の願いが、歌に乗って。少しでも多くの人に、届きますように)
 それだけを思い、結和が大きく息を吸い、ゆっくりと歌い始める――。
 
 願いはひとつ こころにひとつ
 どうかその手に幸あれと
 
 ひとりに掌ひらいたふたつ
 結んでまわってまたひとつ
 
 願いはひとつ 世界にひとつ
 どうか真中(こころ)に幸あれと

 
 歌い終わり、深々と礼をする結和。
(……ああぁぁ、う、歌っちゃいました……)
 こみ上げてくる恥ずかしさに、赤面して早足で引っ込む結和へ、観客の温かな拍手が送られた――。
 
 涼司:7
 鋭峰:7
 コリマ:9
 アーデルハイト:8
 ハイナ:7
 静香:9
 
 合計:47