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シャンバラ独立記念紅白歌合戦

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シャンバラ独立記念紅白歌合戦
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リアクション

 
「今年も終わりなんだな……」
「ああ、そうだな」
 ケイサラが隣合って腰を下ろし、カウントダウンイベントの進行をぼんやりと見つめていた。
「……俺さ。みんなに最高の演奏を期待、とか言ってたけど。
 本当はさ、サラが演奏している姿を見てみたかったんだ」
「そうか。……おかしな所、なかったか?」
「全然、プロみたいだったぜ」
「……そう言ってくれると嬉しいよ、ありがとう」
 ケイの告白に、サラが微笑み、やがて表情を真剣なものにして、口を開く。
 
「ケイ、あなたも大変だとは思うが……困ったことがあったら言ってくれ。
 私に出来る事であれば、喜んで力を貸そう」
「ああ、その時は、そうさせてもらうさ」
 
 二人、視線を交わし合い、そして微笑み合う。
 新年を祝う花火が、二人を上空から華やかに照らす――。
 
 
「ごめんなさいね、二人きり、というわけにはいかないでしょうから」
「そんな、こうして会えるだけでも嬉しいです」
 
 カウントダウンイベントが進む中、環菜陽太が隣合わせに腰を下ろす。二人が見える位置にはエリシアとノーン、それにミーミルが警備という名目で付き添い、不測の事態に備えていた。
 
「まさか、あなたがステージに立って歌うなんて思わなかったわ」
「ちょっと、自分でも不思議に思ってます。どうしてあんなことが出来たのかなって」
 
 少し間を置いて、陽太が意を決するように頷いて、口を開く。
 
「俺が愛する環菜の力になりたい。
 環菜を幸せにするためなら、何だってしてあげたい。
 ……その思いがあったからだと思います」
 
 陽太の言葉を理解した環菜の表情が、途端に紅くなる。
「あなたねえ――」
 環菜が何か言おうとする前に、陽太が言葉を重ねる。
 
「どんなことでも相談してくれると嬉しいです。
 俺はその、こ、恋人として、貴女の力になりたいって想っています」
「……ありがとう。
 そう、あなたも、私がキツイことを言ったり、素っ気ない態度を取っても、ある意味で懲りずに私に構ってくれたわ」
 
 ぽつり、と呟いた環菜が、表情を引き締めて陽太を向き、告げる。
「私にはまだまだ、やるべきことがある。ルミーナも、ナラカから連れ戻さなくちゃいけない。
 ……私を殺した報いは、利子百割つけて返す。でないと私の気が済まない」
 負けず嫌いな面を覗かせて言い切った環菜が、言葉を重ねる。
「今までは、私は甘えていたのかもしれない。校長だから、私が付いて来なさいと言えば、それだけで付いて来た。
 でも、これからは違う。私はもう蒼空学園校長ではなくなった。命令するだけじゃ、人は付いて来ない。
 ……だから、はっきりと言うわ。お願い、私のすることに、力を貸してほしいの」
 
 環菜の“お願い”に、陽太は呼吸を整えて、ゆっくりと、はっきりと口にする。
 
「俺、影野陽太は、どんな時、どんな場所、どんな状況でも、変わらずに、御神楽環菜の為だけに生きる決意があります。
 だから、安心して、環菜の想いのままに、踏み出して欲しい、です」
 
 言い終えた直後、カウントダウンがゼロを告げ、夜空に花火が打ち上げられる。
 
「……新しい年が来たのね」
 視線を外して、環菜が感慨深げに呟く。
「そう、ですね。……環菜、明けまして――」
 
 陽太の言葉を遮って、環菜が自らの唇を陽太の唇に重ねる。
 
「……か、か……」
 事態を理解した陽太が、環菜、と言おうとしてうまく言葉にできずもがく。
「私の言葉を遮ったお返し。
 ……明けましておめでとう、陽太。今年も、よろしくお願いします」
 
 ぺこり、と頭を下げ、ふふ、と微笑む環菜に、陽太も頭をぶつける勢いで挨拶するのであった。
 
「へ? わたし、なんで目隠しされたの?」
「私は、合図があったらノーンさんの目を隠せと、エリシアさんから……」
(まったく……ホントにわたくしは気配り魔女ですわね)
 
 陽太と環菜がキスをした瞬間、ミーミルはノーンの、エリシアはミーミルの目を隠し、情景を直視しないようにしていた。
 事前に環菜とエリシアとのやり取りがあったらしいが、今となっては真相は定かではない。
 
(…………)
 環菜と陽太、二人を遠目に見ていた刀真が、どこか満足気にも、悲しげにも見える表情を浮かべ、やがて背を向ける。
「……よぉ」
 と、正面に立つ人物に、刀真が身構える。
「っと、こんな姿じゃ誰か分からねぇだろうな。……これでどうよ」
 外見は完全に人間の女性だったそれが、右腕を平行に掲げると、腕が瞬時に翼へと変化する。
 青みがかった黒の翼に、刀真は見覚えがありつつも確信を得ることが出来なかった。
「ま、契約者のヤツらがああだこうだ言ったおかげで、こんなカッコしてっけど、オレはニーズヘッグだ。
 さっき空飛んでんの、テメェは見たか?」
「……ああ」
 刀真が頷く、合唱の時に上空を回遊するニーズヘッグを見、刀真はこう思っていた。
 
(ニーズヘッグ、お前は何を想っていた?)
 
「なんでかよぉ、テメェの声が聞こえちまったんだよなぁ。オレもほっときゃいいのに、なにしてんだか。
 ……ま、適当にしゃべらせてもらうぜ。適当に聞いとけ」
 そう前置きして、ニーズヘッグが話し始める。
「オレがユグドラシルの根齧ってた頃は……ま、それが当たり前だって思ってたな。死を喰らうのも当たり前。独りでいるのも当たり前。
 たまには外に出てぇとも思いはしたけどよ、オレには無理だということにしてた。
 
 ……ま、どうやらそいつは、当たり前じゃあなかったらしいな。
 だからって、今の生活が当たり前とも思えねぇ。どうせ百年もすれば、今オレと契約してるヤツはたいてい死ぬ。
 そうなったらおしまいだ。
 
 だけどよぉ……このなんつうの、周りに必ず誰かがいる生活? こりゃヤベェな。
 オレは今日、コタツってのを知ったんだけどよ、あんな感じだ。一度ハマったら抜け出せねぇ。
 
 今でもオレは、元の生活に戻ることが出来ると思うぜ。もう長い間そうしてきたからな。
 それはそれでいいのかも知んねぇ。百年後にゃそうしてる可能性が高ぇ。
 
 ……ま、それまでは、今のままでいっかな。
 ちょっと、勿体ねぇ、って思ったぜ。今の生活を無くすのがな。
 イルミンスールでも、イナテミスでもこき使われてる気がすっけど、ま、それもアリだろ」
 
 ははっ、と笑って、ニーズヘッグが告げる。
 
「ま、あの街のヤツらはお人好しだしな。テメェが行っても歓迎してくれんだろ。
 オレがいる時は相手してくれよ、たまにゃ派手に動かさねぇと身体がなまんだよ」
 
 ある意味で言いたい放題言って、そして、ニーズヘッグが夜の闇に消えた――。
 
 
「……あなたは、今日のこの場に来て、歌を、想いを耳にして、何を感じましたか?」
 ザイエンデが、隣に座るニーズヘッグへ質問を投げかける。
「……まあ、何だ。テメェらがホントおかしなヤツらだ、ってのは分かったぜ。
 ああいや、おかしな、ってのはバカにしてるとかじゃなくてだな……チッ、メンドくせぇ」
 
 腕を組み、目を閉じ、言葉を考えるニーズヘッグ。
 それを、ザインが静かに見守る。
 
「……テメェらは、オレに比べたら遙かに短命で、矮小で、あっという間に死んじまう。
 それなのに、テメェらにはあれだ、その……光ってるモンがあるように見えんだよ」
「……そうですか」
 
 ニーズヘッグの言葉を、ザインが受け止め、聞き入れる。
 
「……長生きだから、強ぇから、ってのは関係ねぇんだろうな」
「……私も、そうだと思います」
 
 二人の間に、沈黙が降る。
 それは決して、心地の悪いものではなく、ゆったりとした、心地の良い時間であった――。
 
 そしてその頃、永太は――。
 
「うっうっ……最近、ザインが私に構ってくれなくなって……。
 この前なんて、珍しく携帯電話を買ってくれって頼みごとされて、もしかして最近仕事が忙しいから寂しくなって電話で私と話をしたくなったのかな? って思って嬉しかったんですけど、結局ほとんどニーズヘッグにしか電話してないみたいですし、私に電話してきた時は市場でアレを買ってきてとかお使いの指示出すだけですし……。
 今日だって、私は皆の前で歌うザインの姿を見てみたかったのに、ニーズヘッグと一緒に行くから、って……」
「はっはっは! ま、人生長く生きてりゃ、一度や二度、んな時もあるぜ!
 今日は飲め飲め! 俺らがとことんまで付き合ってやらぁ!」
 
 イナテミスの大工、ダン・ヘインの家で開かれた一派の忘年会に呼ばれ、ザインの自分への冷たさに涙しつつも、大勢の人に囲まれた年の瀬を過ごしたのであった――。