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シャンバラ独立記念紅白歌合戦

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シャンバラ独立記念紅白歌合戦
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リアクション

 
「…………」
「…………」
 控え室に、沈黙が降る。
 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)リーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)が、紅く腫らした頬をメイクで隠している。
 
 二人がこのような状況に至ったことを説明するために、数日前まで話を戻そう。
「おい、今度の歌合戦、ミルザムとティセラねーさんがそれぞれ別ユニットで出場すんだって!
 オレたちはどっちにつく? ……つっても、オレはミルザムにつきてぇんだけどな」
「わたくしはもちろん、ティセラお姉さまですわ」
 『アキマス』の時はミルザム初お披露目ということもあり、ティセラ組する『TTS』と同タイミングの出場だったが、今回は別々の登録……というわけで、彼女たちは大いに揉めた。どのくらい揉めたかというと、三日三晩討論を重ねた挙句、お互いにクロスカウンターを放ってしばらくの間昏倒するくらいに、である。
 逆に言えば、それだけ彼女たちのティセラとミルザムへの想いの強さを表しているとも言えるが――。
 
(ててて……まだ頬がヒリヒリするぜ。まさかここまでになるとはな……)
(うぅ、まだ頬が痛いですわ……。少しばかりやり過ぎてしまいましたね)
 結局二人はその後、『ミルザムやティセラとは別枠の、二人でユニットを組んで、ミルザムとティセラ(他、リーブラのような誰かに似た姿の人向け)への応援ソングを歌う』ことで落ち着き、ギリギリのところで登録を済ませ、今に至る、という次第である。
(みんなも心配するだろうし、リーブラが落ち込むしな)
(シリウスやみんなが心配しそうですわね)
 殴り合いの喧嘩まで交わしたにも関わらず、二人の胸中は互いを想い、自分たちによくしてくれた者たちを想うところで共通していた。いやむしろ、二人が同じ胸中であるからこそ、派手な喧嘩も出来るといったところかもしれないが。
「よし、行くか!」「さあ、いきましょうか」
 二人が支度を整える頃には、頬の腫れはすっかり引いていたし、シリウスが笑って振り向くのを、リーブラが微笑んで応える、いつもの関係に戻っていた。
 
「さあ、次の歌い手は、シリウス・バイナリスタ様とリーブラ・オルタナティヴ様のユニット、『ONLY ONE』。
 曲は『ONLY ONE』、それでは、どうぞ!」

 エレンの紹介を受けて、二人がステージに上がる。
 
「曲名とユニット名が一緒なんて、焦ってたのかしら?」
「それもあるけどよ、大事なことだろ。他の誰でもない自分ってことはさ。
 それが言いたかったんだよ」

「……そうですわね」
 
 二人とも、容姿のことで色々なことがあった。だが、今は二人ともそれぞれ個を持つ一人の人として暮らしている。
 自分たちと同じような悩みを持っている人への、そして、これから出番を迎えるミルザムとティセラへの応援になればいいと願いながら、シリウスとリーブラがマイクを取り、ポップでメロディアスな曲調に乗せて歌声を響かせる――。
 
 使命感とか、期待とか、そんなものはどうでもいいんだ。
 お前の人生はお前だけのものさ、型を破って何が悪い!
 やりたいことをやれ、自分のためにやれ。
 それが人のためになったら、それは素敵な事だけど、それは結果論。
 もう一度言うぜ、大事な事。 YOU ARE ONLY ONE

 
 過去の過ちとか、それはもういい事でしょう?
 あなたの今はあなたのもの、強く自由に生きて欲しい。
 あなたが生きてくれたから、私は私になれたのだから。
 大事な事、歌わせてください。 WE ARE ONLY ONE

 
 それぞれミルザム、ティセラへの想いを込めた歌を歌い切り、向けられる拍手と歓声にシリウスとリーブラが応える。
「……応援してくれる人がいるのは、とても素敵なことですわね」
「ええ……本当に」
 そして、応援を受けたティセラとミルザムが、二人に感謝の気持ちを抱き、機は熟したとばかりにステージに立つ準備を始める。
「どちらが先に行きますか?」
「ミルザムさんがお先で構いませんわ」
「“先輩”としての余裕ですか? 私のステージの後で、同じことが言えるでしょうか」
「あら、言いますわね。たとえ誰の後であっても、わたくしたちのステージに塗り替えて差し上げますわ」
 二人の間にバチバチ、と火花が散る。だがそれは、かつて女王の地位を争いあった時の対立とは異なり、互いに全力を尽くすことを誓い合っているようにも見える。
「……不思議だよな。洗脳されてたとはいえ、つい一年くらい前まではお互いに命をかけて戦ってたんだぜ?」
 そんな二人の、ステージ前の様子を撮影し終えたトライブが、場を同じくした者たちに話しかけるように呟く。
「それが今ではこうして、歌という場で仲良く競い合ってる。そいつはきっと、シャンバラに居る色んな奴らの色んな思いが重なり合って、作り出された状況なんだろうな。
 今回のシャンバラ独立だってそうさ。一つ一つの小さな積み重ねが、今日という日を生み出した。そう思わないか?」
 その言葉に、シルヴィオとアイシスが頷く。一人一人の小さな想いが集まり、一つの奇跡を起こしたことを、二人は目の当たりにしていたから。
「では皆さん、行きましょうか。準備はいいですか?」
「はい、大丈夫です! エクスもセラフ姉さんも、行けるわよね?」
 ミルザムの声にディミーアが答え、ディミーアの声にエクスとセラフが頷いて答える。
「五千年振りに聴いて貰えるかも知れない機会だろ? 伝えたい想いを込めて、歌ってくれば良いさ。
 そうすれば、必ず届く」
「……ええ、そうね。ありがとう、行ってくるわ」
 シルヴィオに背中を押され、アイシスも一行に加わり、共にステージへ上がる――。
 
「紅白歌合戦も大詰めを迎えようとしています。
 次は、ミルザム・ツァンダ様率いるユニット、【M】シリウスのステージです! それでは、どうぞ!」

 エレンの紹介が入り、会場が湧き立つ。その中を、ミルザムとアイシス、エクス・ディミーア・セラフが進み、配置につく。
「このステージなら、混ざっちゃっても大丈夫だよね! ミア、行こっ!」
「ちょ、ちょっと待てレキ……まぁ、よいか。やるとなれば、やり切るまでよ」
 バックダンサーを務めていたレキとミアも、“大物”のステージに参戦を果たす。
「さあ、舞台も大詰めです。最後までベストを尽くしましょう」
 フランツの指揮で、バックバンドもこれまでと変わらぬ、いや、より迫力のあるサウンドを響かせる。それまでロードマネージャーとして行動していた真がドラマーとして加わったことが、大きく影響していた。
(……いいよな? 少しくらい本気になっても……)
 多分このメンバーなら、自分が少しくらい突っ走っても付いて来るだろう、そんな一種の信頼を抱いて、真がスティックを振るい、ドラムセットを操る。
 
「私たちが東京の地で感じたのは、確かにアムリアナ女王の気配でした。
 聴いてもらいましょう、私たちの歌を、そして、想いを」

「……はい……!」
 
 言葉をかけたミルザムに頷いて、アイシスがスタンドマイクの前に立つ。
 
(アムリアナ様……。憂う事も苦しい事も、沢山ありましたね。
 けれど、今は貴女への歌を歌える事が幸せです。
 女王と臣下という関係でなくても、同じ空の下を歩いてゆける。
 ……いえ、これからはもっと近くに歩み寄って、共に、生きたい……)
 
 想いを込めた歌声が、放たれる――。
 
 信じることから 始まった絆
 ここまで飛んできた 果てない空の上
 頼りない翼も 今は少し強くなった
 自由に描くため 僕たちの明日を
 
 雨 風 揺らぐ雲 迷って泣いたりもして
 それでもまだ 譲れないもの 守ってきたはず
 
 果てない夢のカケラを集めて カガヤクツバサ
 迷い 決意 喜び 怒り 全て力に
 遥かな空の地平線超えて ここまできた
 たとえ先に何があっても 僕らはまだ飛べるはず そう信じた

 
 
「……!!」
 歌を耳にした青い髪の少女が、目を開き、身体を震わせる。
 歌に込められた想いが、少女の心に響く。
 
 既に少女は、自分がシャンバラ女王、アムリアナ・シュヴァーラの転生体であることは、知らされていた。
 だが、今まではそれを信じることが出来なかった。既にアムリアナとしての記憶も力も失われ、少女自身、自分が誰なのかすら分からない中、そうだと言われても、信じることなんて出来なかった。
 
 だが、こうして歌を聴き、そこに込められた想いに触れ、少女は一つの確信を得るに至る。
 
 ――アムリアナ女王は、多くの人に慕われ、そして愛されている――。
 
 
「……流石、ですわね」
 ステージ脇でミルザムのステージを見守っていたティセラが、ようやくその言葉だけを言えたかのように、ぽつり、と呟く。
「なによ、歌う前から敗北宣言? ……って、ま、なんていうか、地力の違い? あたしたちはやっぱり付け焼き刃だしね」
「……そうね、本職は違うわね」
 セイニィとパッフェルも、こと歌の出来に関しては、ミルザムに及ばないだろうと実感していた。歌を生活の糧にしていたミルザムと比べるのは酷というものだが、実力の差は痛感せざるを得ない。
「……でも、想いなら負けない」
 しかし、リフルのその一言が、場の空気を一変させる。
 
 ティセラを始めとした十二星華は、アムリアナ女王が自らの血と力を分け与えた存在である。
 五千年の時を経、中には想いが変化し、また洗脳され、憎しみを抱くこともあった。だが根底には、アムリアナ女王への敬意と愛情が途切れることなく流れ続けていた。
 だからこそ、一度は殺し合いまでした者たちと、ユニットを組んで活動できる。五千年前に築いた信頼関係を、そのまま引き継いで今を過ごせている。
 
「ま、今の女王はアイシャだし、あたしたちは女王に仕える身だけど。やっぱ、アムリアナは特別よね」
「……そうね」
 
 そして、十二星華たちが今を過ごせているのは、他ならぬアムリアナが彼女たちを生み出したからである。
(そう、アムリアナ女王がわたくしたちを生んでくださらなければ、わたくしたちはここに存在していなかった)
 心に想うティセラ、彼女たちにとってアムリアナは『母』であり、そしてティセラたちはアムリアナの『子』である。
 
「……伝えましょう、アムリアナ女王に。
 わたくしたちは、元気で毎日を過ごしています、と」
 
 ティセラの言葉に奮い立たされるように、セイニィとパッフェルが頷いて、ステージへと向かう。
(……みんながたくさん、美味しいラーメンの店を教えてくれた。私はそれを全部食べに行く……!)
 最後、リフルが先程自身が口にした言葉に潜む感情を暴露して、一行を追ってステージへと向かう。
 だが、そんなことは瑣末な事だ。想いがこもっているかどうかが、大切なのだ。
 
「次は皆様お待ちかね、『歌って踊れる魔法少女 TTS』のステージです! それでは、どうぞ!」
 エレンの紹介が入り、再び会場が湧き立つ。その中を、ティセラ・セイニィ・パッフェル・リフルが進み、配置につく。バックダンサーとバックバンドも引き続き、彼女たちのステージを盛り上げるため、準備を済ませる。
 
 ――子が母に伝えられる最高の想いは。
 『私を生んでくれてありがとう。私は、元気でやっています』――。
 
「わたくしたちの想いを、お聴きください。
 ……『12 Stars』」

 
 ティセラの声が響き、そしてステージが幕を開ける――。
 
 咲き誇れ 十二の星の華
 確かな輝き 胸に秘めて
 
 遥かなる時を経て
 目覚めた私達
 
 待っていたのは
 非情な巡り会わせ
 
 いつかわかり合えるときを信じ
 今は信じる仲間と友に剣をとる
 
 まだつぼみの十二の星の華
 その煌めきは誰が華開かせる?

 
 ――一度は引き裂かれた華が、今再び集い、大きな花を咲かせる。
 そうすることが出来たのは、他ならぬアムリアナ女王のおかげ――。
 
 その想いが、ステージで歌うティセラたちから届き、少女は先程の確信が正しかったことを悟る。
 
「……私は、シャンバラ女王、アムリアナ・シュヴァーラの転生体」
 
 今なら、それを信じられる。
 その想いを抱いて、少女が口にする。
 
「だからこそ、私は伝えなくてはいけない。
 ……シャンバラ女王、アムリアナ・シュヴァーラは、アイシャにシャンバラの今後を託し、死んだのだと」
 
 アムリアナとアイシャ、二人の女王。
 もし、死んだはずのアムリアナの存在が知れれば、国は再び二分されてしまうだろう。
 あの大国エリュシオンですら、同じ事態が起きた際には国が二つに分かれた。それと同様のことが、シャンバラで起きないわけがない。
 
「国が分かれれば、争いが起きる。そんなことは、アムリアナ女王は絶対に望まない。
 だから、私が行く。アムリアナ女王は死んだと、私が言う」
 
 その上で、と少女は心に想う。
 『あたしは、あなたの友達だよ!』と書かれた紙を取り出し、胸に抱く。
 
「私は、アムリアナ女王ではない。
 ……そして、あなたのパートナーだったという、ジークリンデ・ウェルザングでもない。
 …………それでも、あなたが私を、友達だと言ってくれるのなら」
 
 くるり、と振り返り、少女がそれまでじっと待っていた伊織(と、伊織に呼ばれて駆けつけていたべディヴィエールとサティナ)に呼びかける。
 
「……お願いします。私を、会場まで連れて行ってくれませんか?」