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シャンバラ独立記念紅白歌合戦

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シャンバラ独立記念紅白歌合戦
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リアクション

 
「セレスティアーナ様、あたしと一緒に歌いませんか――って、ど、どうしたんですかその格好!?」
 一緒に歌おう、と誘いをかけにセレスティアーナの所へ向かった秋月 葵(あきづき・あおい)が、セレスティアーナの格好――『Textile』で魔法少女になったまま――に驚く。
「うむ! 今の私は魔法少女なのだ! 葵、お前も魔法少女をしてると聞いたのだ、一緒に魔法少女をするのだ!」
 どうやらセレスティアーナはいたく魔法少女が気に入った様子で、ステージの後もセレスティアーナを魔法少女にした張本人の豊美ちゃんに「もう少しこのままでいさせてくれ!」と頼んだり、魔法少女についてあれこれ話が弾んだようである。葵が魔法少女であることも、その流れで知ったようだ。
「……勢い任せだったけど、セレスティアーナ様がその気なら、問題ないよね?
 はい、では行きましょう、セレスティアーナ様!」
 葵に連れられ、再びセレスティアーナがステージに立つ準備へと向かっていく。
「セレスティアーナさんは人気がありますね」
「うーん、あの子の場合、誘い易いってのがあると思うんだよね。アイシャは女王って立場だし、まあ、あたしもね」
「気になさらなくてもよろしいですのに……」
「いやいや、そう言っちゃうと、気にしない人ばっかりになるから」
 ちょっぴり寂しそうな表情のアイシャと話をしつつ、理子自身も、蒼空学園一生徒だった頃に比べて、大きく立場が変わってしまったことに、戸惑いがないわけではなかった。
(……ま、あたしの生まれを考えれば、遅かれ早かれ、こうもなるのかな)
 そんなことを、ぼんやりと思っていると。
「理子殿、少々よろしいか」
「……あ、あなたは酒杜先生の……」
 フリーレ・ヴァイスリート(ふりーれ・ばいすりーと)に名を呼ばれた理子は、彼女が元蒼空学園教師で、これまでも度々お世話になっていた酒杜 陽一(さかもり・よういち)のパートナーであることに気付き、姿勢を正す。
「陽一が理子殿と話をしたいと言っておる。よければ私に付いて来てくれぬか」
 フリーレが視線で示すと、建物の影になっている場所に、僅かながら人の気配がする。多分そこに、陽一はいるのだろう。
「酒杜先生が? なんだろう……」
 呟きつつ、ともかく行ってみれば分かることと、理子が席を立つ。
「ごめんねアイシャ、しばらく一人にしちゃうけど、大丈夫?」
「ええ、お構いなく。皆さんもいらっしゃいますので」
 微笑むアイシャに告げて、理子がフリーレと共に会場を移動し、陽一の下へ向かう――。
 
「おお、それが葵の魔法少女衣装か!」
「えへへ〜、本当は曲の途中で変身するつもりだったけど、セレスティアーナ様が魔法少女の格好だから、最初からこの格好でいいかなって」
「うむ、よいではないか!」
 控え室で着替えを終えた葵の魔法少女姿を見、セレスティアーナが称賛の声を上げる。
(セレスティアーナ様……無事シャンバラが独立したから、もうロイヤルガードとして……ううん、東西分かれて生徒同士で争いもしなくて良いんだよね。
 まだまだ多くの問題も残っているけど……今は、単純に歌って盛り上がることも必要だよね)
 セレスティアーナに直接言葉にするのは憚られたので、葵が自分の内にそっと呟く。多くの問題を前にして、困ってしまうかもしれないセレスティアーナをこれまで同様お守りすることができたら、と思いながら。
 扉が叩かれ、スタッフがスタンバイの旨を告げる。
「お、出番だな! よし葵、行くのだ!」
「うん! 今日は精一杯、歌っちゃうよ☆」
 
 ――今日という日を思い出にして、また迎える明日を少しでも気持ちよく進めるように――。
 葵とセレスティアーナが、ステージへと向かう。
 
「「いっくよぉ〜みんな〜! あたし達の歌を聞けぇ☆」」
 
 二人の、マイクを通じての掛け声が響き、そしてステージが始まる――。
 
 ここで警護をすると告げたフリーレに頷いて、理子が通路を先へと進んでいく。
「理子様、わざわざご足労いただき、恐縮です」
 と、理子の前に、理子とそっくりの女性が姿を現す。陽一は『ろくりんぴっく』の際に全身に整形を施し、代王だった理子の影武者として振る舞っていた。それまでも彼は陰ながら理子を支えてきたし、理子の立場を守るために教師の職を辞し、パラ実送りにもなっている。
「どうしたんですか、酒杜先生? 後、この場なんですから、畏まらなくていいですよ」
 それを知っているからこそ、理子は今でも彼を『酒杜先生』と呼ぶし、その時の関係を今でも保っていた。
「……ああ、済まない。
 アムリアナ様が転生なされ、その際に記憶を失くされたことは、知ってるかな」
「うん、あたし会ってきた。……それでね、今日のイベントに招待状を出しているの。
 まだ来ていないけど、きっと来てくれるって、あたしは信じてる」
 理子の言葉を、陽一は素直に受け入れる。アムリアナの最も傍にいた理子が言う事を、疑うつもりはなかった。
「これまでアムリアナ様は多くの苦難に耐えていらっしゃった。せめて、これからの人生のお手伝いができれば良いのだが……」
「酒杜先生が力を貸してくれるなら、あたし、嬉しいです。ジークリンデも、心強いと思ってくれます」
 理子の言葉に、ありがとう、と告げる陽一。
「……酒杜先生?」
 そして、ふと訪れた沈黙の後、理子が首をかしげつつ陽一を呼ぶと――。
 
「……理子さん」
「!?」
 
 陽一に『さん』と呼ばれたことに驚く理子へ、続けて陽一の言葉が、想いが降る。
 
「俺自身、理子さんが名家の人間としての重圧を背負うのを決心するに至った事を望ましく思う一方で、責任の一端を感じてもいる。
 ……でも、それだけじゃない。男として理子さんを放っておきたくないんだ。
 
 だから、理子さんと呼んでもいいかな。
 もちろん、体面は大事だから大っぴらには呼べないけど……。
 
 こんなことを言うのは、節度ある大人の振る舞いではない事は分かっている。
 ……でも、言わなければ伝わらない事があるから。
 俺自身、こんな姿だし、勿論、色々と大きな問題がある事は承知している。無理ならそう言ってほしい。
 でも、もしも受け容れてくれるなら、色々な問題を前進させる為に、頑張るつもりだよ」
 
 陽一の告白(無論、ただ『理子さん』と呼ぶことを理子に求めているだけではないことは、理子にも分かっていた)を受けて、理子は大いに戸惑う。
 理子は陽一のことを、頼りになる先生と今でも思っている。が、陽一とこのような関係になることは、陽一の方から関係を求められることは、想像していなかった。
 
「あの、その……」
 
 これまで自分のことを慕ってくれた相手である以上、無下に断ったり逃げたりも出来ない。
 混乱する頭を何とか回転させて、理子が精いっぱいの言葉を紡ぎ出す。
 
「……先生の気持ちは、嬉しいです。あたしを護ってくれる先生は、とても頼りにしています。
 でも……あたし、今は、先生とその、こ、恋人同士になるなんて、考えられません。
 だから……ごめんなさいっ!」
 
 深々と頭を下げ、そのままくるりと背を向け、理子が走り去る。
 遠くなっていく足音を、陽一がただ静かに聞き入れる――。
 
 目の前を駆け去っていく理子が見え、フリーレは事の結果を概ね推測することが出来た。
(まったく、陽一の奴だいそれた真似を……これからどうなっても知らんぞ)
 心に呟き、息を吐いたフリーレが通路に出ると、歩いてきた陽一が目の前にいた。
「……あえて結果は聞かぬ。それで、これからどうするのだ?」
「……決まっている。情勢がどう変わろうと、これからも理子様を御守りするだけだ」
「……そうか」
 それだけを交わし合い、そして二人が再び、理子の警備へと戻る。
 
「お帰りなさい、理子さん。……あら、どうしました? なんだか顔が紅いですよ」
「え? ああ、うん、大丈夫」
 出迎えたアイシャに答えて、理子が席に着く。
(……ああぁぁ、ど、どうしよう……。
 私、今度酒杜先生に会ったら、なんて顔すればいいんだろう……。
 結局逃げてきちゃったし、悪く思ってないかな!? もしこっそりいなくなっちゃったりしたら……ああぁぁ……)
 心の中で、理子が頭を抱えて転げ回る。
 しばらくは、陽一のことを変に意識してドキドキしてしまう、そんな気を理子は感じていた。
 
 たとえどんなに辛くても
 新しい明日がきっと待ってるから
 笑って一歩、踏み出そうよ

 
 最後、二人でポーズを決める葵とセレスティアーナへ、会場から惜しみない拍手が届けられる。
(……うん、今は悔やんでも仕方ない!)
 今日じゃなくても、次の機会にでも会って、ちゃんと話をしよう。
 そう結論付け、理子は二人に拍手を送った――。