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【カナン再生記】すべてが砂に埋もれぬうちに

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【カナン再生記】すべてが砂に埋もれぬうちに

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 危急の知らせ
 
 
 カナンの各地では今日もコントラクターによる復興が行われていた。
 復興の現場も砂との戦いだ。
 施設を作るにもまずは積もった砂を何とかしなければならず、また作った後も管理を怠れば次第に砂に埋もれてしまう。
 細かな砂はどこからでも入り込む。衣類や靴の隙間、口の中にも侵入してじゃりじゃりした感触を残す。
 髪にも砂が絡み、復興作業後にシャワーを浴びれば足下には砂が流れた。
 それでもコントラクターたちは、カナンで苦しむ人々の為に施設を作り続ける。
 ここ南カナンでもまた、日々の作業が行われていた。
 そこに。
「誰か手を貸して!」
 急に駆け込んできた女の子に、南カナンの地で復興作業にあたっていたコントラクターたちは驚いた。
 褐色の肌に緑と青の瞳。すんなりした幼い肢体。
「イ……イナンナ?」
 彼女の顔を知る沖田 聡司(おきた・さとし)はそう呟いたが、鈴木 周(すずき・しゅう)は歓喜の声を挙げる。
「うわ、幼女登場だー! 褐色肌もいいよなー」
 将来が楽しみだと見とれかけた周だったけれど、
「女の子が砂鰐に襲われそうになってて大変なの! 誰か助けに行ってあげて!」
 イナンナの声にはっと我に返る。
「女の子がピンチだと? こうしちゃいられねぇ」
 砂地に馬は走りにくいけれど、駿馬にひらりとまたがると周はイナンナの指した方向へと全力で駆けだした。
「碧日」
 四谷 大助(しや・だいすけ)の呼びかけに、それまで周囲を飛んでいた青緑色の昆虫が大助に留まり、たちまちその身体に溶け込んでゆく。虫が身体を侵食する代わりに得た筋力で、大助は全速力でイナンナの指す方角へと急行する。
「ちょ、ちょっと大助? 待ちなさいよ!」
 それに気づいたグリムゲーテ・ブラックワンス(ぐりむげーて・ぶらっくわんす)が慌てて振り返った。
「マスター!? 七乃を忘れていませんかー?」
 魔鎧なのにすっかり忘れ去られてしまっている四谷 七乃(しや・ななの)が呼びかけたけれど、大助は止まらない。七乃とグリムゲーテは大助を追う為、待たせてあったレッサーワイバーンの元へと走った。
 
「お願い、あの子を助けてあげて!」
 イナンナは復興地を走り回っては、そこにいる皆に声をかけてゆく。
「砂鰐の動きに誘発されて、サンドワームたちも動き始めてるわ。お願い、あの子を助けるのを手伝って!」
「え? それなら弾薬とか色々取りに……」
 西表 アリカ(いりおもて・ありか)が必要なものを取りに戻ろうとしたが、その頃にはもう無限 大吾(むげん・だいご)はイナンナの指した方向へ全力疾走を開始している。
「あっ大吾、待って! やっぱりボクもすぐ行くよ!」
 イナンナの様子から見て、かなり逼迫した状況らしい。弾薬を取りに行く時間さえ惜しんで急ぐ大吾を、アリカも取る物も取りあえずに追いかけた。
「何だと! 死なせてなるか! シャンバラのヒーローの力で目にもの見せてやる!」
 即座に走り出すエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)の背を眺め、アドルフィーネ・ウインドリィ(あどるふぃーね・ういんどりぃ)がくすりと笑う。
「ふぅん……カナンに来ていきなりこんな事件なんてね。エヴァルトもやる気だし、演出のし甲斐がありそうだわ。さあローランダー、急ぐのよ」
「一般人を助けるのは何よりも優先されるでありますッ。……ですがアドルフィーネ様、自分を乗り物代わりに使うのは……」
「キミの方がブースター付きだから速いじゃない。ほら、早くしないと最初の良いシーンを撮り逃すわよ」
 合身戦車 ローランダー(がっしんせんしゃ・ろーらんだー)の反論をさらりと受け流すと、アドルフィーネはさっさとローランダーに乗った。
 どこか腑に落ちない感はあるけれど、言い争っている暇は無い。ローランダーはアドルフィーネを乗せ、一直線に疾走してゆくエヴァルトを追った。
 
「えっ、女の子が襲われそう?」
 復興地にやってきたばかりの秋月 葵(あきづき・あおい)はすぐさま空に飛び上がる。
「ここは、突撃魔法少女リリカルあおいにお任せだよ〜」
「着いた早々、事件に首を突っ込むのか……」
 無理矢理復興に連れてこられた上に、何の得にもならないことに関わるかと思うとうんざりする、とフォン・ユンツト著 『無銘祭祀書』(ゆんつとちょ・むめいさいししょ)は渋面を作った。
 けれど葵はそんなのにはお構いなし。
「いざ、突撃〜♪」
「待てと言うのに……まったくしようのない主じゃ」
 放っておく訳にもいくまいと、無銘祭祀書は飛び出して行く葵を、空飛ぶ箒にまたがって追った。
「黒子ちゃんも来てくれるの? 援護宜しくね〜」
「い、いやいや、決して主が心配な訳ではないからな……はぐれてしまうと後で捜すのが面倒なだけ……そう、仕方なくじゃ」
 懸命に言い訳しながら、無銘祭祀書はぷいと顔を横向けた。
 霧雨 透乃(きりさめ・とうの)はイナンナの呼びかけを聞いてもすぐには動かず、迷う様子を見せた。
 透乃はカナンがこんなことになっているのは、国民が恩恵に甘え過ぎてどこか怠慢になっていた、そこを突かれた結果だと思っている。
 そんな国を助けようなんて気にはならない……けれど。
 カナンの人たちに、こんな事態に立ち向かおうという意思があるのなら……。
「透乃ちゃん?」
 黙り込んで動きを止めた透乃を心配し、緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)がそっと声をかける。
 それに対して透乃は軽く首を振った。
「あっちには敵が、戦いがあるんだよね」
 自分がカナンに来たのはまさしくそれを求めていたから。そのことに間違いはない。
「何がどうだか知らないけど、戦いがあるって言うなら行こうかな」
「ええ。透乃ちゃんらしい動機だと思います」
 透乃の複雑な心中を察し、陽子は包むようにその手を握る。
「なら急ごうぜ。助けられるものは助ける、それでいいよな!」
 霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)はあっさりと結論づけた。泰宏にとっても、自分の力が生かせる機会があるのは有り難いことなのだ。
「そう、だね。うん、行こう」
 敵がそこにいるから倒す。今はそれだけでいいのだと、透乃は迷う気持ちを横に除けて皆の向かう方向へと駆けた。
 そこここで復興に携わっていた者たちがイナンナの呼びかけに応え、やりかけの作業を放り出し、一刻も早くとおっとり刀で走り出してゆく。
「へぇ、見せてもらおうじゃないか、カナンのモンスターの歯ごたえってヤツをさ」
「そうですね。ここで本来の冒険者の仕事をさせてもらうとしましょうか」
 片っ端からぶち抜いてやる、と御弾 知恵子(みたま・ちえこ)がセーラー服のスカートを翻してそちらに向かえば、パートナーの相野 シャクシャイン(あいの・しゃくしゃいん)もそれに倣う。
 騒然とする皆を尻目に見て、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)に聞く。
「……ウチらはどうしよっか?」
 行った方がいいだろうかと相談されて、ルシェイメアはそうじゃのうと考える。
「サンドワームも動き出しているとあれば、戦力は多い方がいいじゃろう。とすれば、ワシらも行った方がよくないかの?」
「ふむ……ほんじゃまあ、ウチらも行くとするか〜」
 こんな時でもマイペース。アキラたちは皆からやや遅れて出発した。
 
 
 地上にも空にもそちらに向かうコントラクターたちの姿がある。
 傾き始めた陽が砂の上に急ぐ皆の影を長く描き出す。
 そしてその先に。
 ぽつんと頼りない人影と、その前にいる大きな生き物の姿が見えてくる。
 復興していた場所からは目と鼻の先の距離だ。
「うおお、裸だと……なんつーグッドなサービス! 俺もう頑張っちゃうぜーっ!」
 周の歓喜の叫びに気づいてアキラも前方に目を凝らし。
「おおおおおおハダカだ! ハダカのねーちゃんだ!」
 大声を挙げた途端、ルシェイメアのハリセンが一閃する。
「なにしやがるルーシェ!」
「やかましい! 今のあの子にとっては貴様の視線の方が砂鰐よりも危険じゃ!」
「目がフツーじゃないモノ。見つめるだけでも犯罪よネ」
 アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)にまで言われてしまった。
 そんなパートナーたちの様子を、セレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)は微笑ましく見守ったが、当のアキラはがっくりきた。
 けれど言い返しても勝てそうもない。もうこの気分は砂鰐にぶつけるしかないと、アキラは裸の女の子から鰐へと視線を移した。
 小型飛空艇で飛ぶ間に桜葉 忍(さくらば・しのぶ)東峰院 香奈(とうほういん・かな)と打ち合わせる。
「俺は砂鰐と戦うから、香奈はあの子の壁役になる人や戦う人たちの回復支援を頼む」
 皆急いで現場に駆けつけているところだから、他のコントラクターたちが何をするかの打ち合わせはままならない。けれど恐らく、鰐と戦う者、女の子を守る為の壁となる者は出てくるだろう。それらの者たちが倒れては、女の子を守るどころの話ではない。
「うん、任せてしーちゃん」
 忍の頼みに香奈はすぐに答える。
「私は戦うのは苦手だけど、回復魔法は自信があるから任せて」
 香奈は戦闘自体には参加しないから、回復だけに専念できる。だから信じて戦ってねと香奈は忍の頼みを受けた。
 その会話を聞いていた織田 信長(おだ・のぶなが)は、小型飛空艇ヘリファルテをすいと忍のオイレの隣に近寄せる。
「忍よ、私は私で好きにやらせてもらうぞ、よいな」
 人から指示を受けて動くのは性に合わないと言う信長に、忍は相変わらずだと思いつつ頷く。
「いつも通り信長の好きにして構わないが、あの子を守ることは忘れないようにな」
「うむ、守ることを忘れたりはせぬ。忍はこちらのことは気にせず、ワニの相手に集中しておるが良い」
「ああ、分かった」
 自由を好む信長だけれど、約束したことを違えたりしないのを忍は良く知っている。どう動くかを言わなくともあの子を救う為に動いてくれるだろう。
 それは共に急ぐコントラクターもきっと同じ。
 おのおのの考えをもって動いていても、結果的にはきっとあの子を助ける方向に流れは向かう。
 そう信じて、忍は前方の砂鰐に意識を戻すのだった。