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【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(前編)

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【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(前編)

リアクション

 
プロローグ
 
 「ナラカってどんなところなのです?」
 書庫、とは名ばかりの、堆く本が積み上げられた山の乱立する部屋で、ゴーレム技師、ラウル・オリヴィエ(らうる・おりう゛ぃえ)は読み耽っていた資料から顔を上げた。
 読んでは散らかし、読んでは散らかしなので、助手の整理が追いついていない。
 暇潰しにと、同じ部屋の片隅で一冊の本を広げていたハルカが、ふとそう呟いたのだった。
「さあねえ」
 答えて、何か気になることでもあるの? と訊いてみる。
 察するに、読んでいるのはナラカに関する本だろうか。
「……ナラカは、地獄みたいなところなのです?」
「ああ、まあ、一般的にそう言われているよね」
「死んだ人はみんな、そこに行くのです?
 悪いことしてない人も?」
「うーん……」
 どう説明すべきか。
 宙を見上げたところで、ふと気がついた。
「誰か、会いたい人でもいるの」
「……悲しいお別れだったのです」

 ハルカはパートナーを失っている。
 自身も一度、死んでいた。
 周囲の者達の思いによって、奇跡が起こり、再び生きることができたのだ。
 ハルカの、最後のパートナーの記憶。
 それは、祖父によってアトラス火山のマグマに落とされる自分に向かって、届かない手を、必死に差し伸べる姿だった。
 護ってあげられなくてごめんなさい、と、深く嘆きながら。

「……もしもアナさんが、まだ心配してるなら、大丈夫だって伝えたいのです」
 うーん、と、再びオリヴィエは宙を見た。
「でもそれ、君達の場合……」
 言いかけて、ふと、何かを思い出す。
「……じゃあ、行ってみるかい、ナラカに」
「行けるのです?」
「確か、行くような話をどこかでしていたね。
 一緒に連れて行って貰えるように頼んでみるよ。
 まあ、会える可能性は低いし、例え会えても連れ帰ったりできないけれど、それでもいいならね」
 ハルカはじっと、オリヴィエを見つめる。
「ハルカのわがままで、はかせが困らないです?」
「困らないよ」
 そう言うと、ハルカはほっとしたように笑った。
「ナラカへ行きたいのです」



「よう、ナガ」
 呼びかけに、書類の束に目を通していた長曽禰少佐は顔を上げ、じろりと彼を見た。
「――都築」
「誰もいねえよ、長曽禰少佐。どうだ、調子は」
「何がだ?」
「技術畑出身が大役に抜擢されて、緊張してないかと思ったんだが」
「余計な心配だ。お前こそ」
「はは。
 誰かさんが妙なことを言い出してくれたお陰で、面倒な任務が回ってきちまったぜ」
 多分顔見せに来たのだろう、都築少佐の隣にいるその「誰かさん」に、長曽禰少佐はちらりと目を向けた。
 エリュシオン出身の元龍騎士は、そ知らぬ表情で2人の会話に口を挟まない。

 彼、テオフィロスは、かつてシャンバラとエリュシオンとの国境の砦へ襲撃を仕掛けてきた、元第七龍騎士団の者だった。
 その戦いにおいて、シャンバラ側の捕虜となったのだ。
 シャンバラとエリュシオンが和平を結び、捕虜交換が行われた際にも、それを拒否してシャンバラに留まり続けていた。
 それは、国命に背いてまで襲撃を仕掛け、その戦いで結果的に功績をあげるつもりだった彼にとって、戦績をあげられず、離反者となったまま、おめおめとエリュシオンには戻れない、という思いからだった。
 その彼が、国軍がナラカへ赴くという話を聞き、同行したいと願い出てきたのだ。
 国軍は、それを了承した。
 ただ、国軍の者と契約し、国軍の一員としてならという条件をつけて。
 そして、彼の契約者として白羽の矢が立ったのが、都築少佐なのである。

「国境防衛戦か……。
 そこで死んだ龍騎士に会いたいって?
 だが、ナラカに行くのは、地球で死んだ場合だけじゃなかったのか?」
 地球で死んだ魂が、ナラカを経てパラミタへ転生する。
 確か、逆はなかったという話だが。
 そう言うと、テオフィロスは、解っている、と口を開いた。
「……だが、地球とパラミタが繋がって以来、疑問を感じるようになった。
 ならばパラミタで死んだ魂は何処へ行くのだ?
 まっすぐ地球に下りて生まれ変わるのか、それとも」
 解明されていない、別の道があるのか。
「会えるとは思っていない。
 だが、何か解ることがあるのなら、知りたいと思う」
「カサンドロス、だったか」
「敵として戦ったお前達に言うことではないが。
 あんなところで死ぬ方ではなかったと思えてならない。
 ……もしできるなら、カサンドロス様を死なせながら尚、今もおめおめと生きていることを、お詫びしたいのだ……」

「それよりも、もう見たか」
 長曽禰少佐が見ていたのは、青葉 旭(あおば・あきら)によって作成されている、現時点での、ナラカ探索隊への志願者名簿だ。
 危険な任務になることで、内外問わず、広くつわものを募っている。それはいいのだが。
「要注意人物は何人くらいだ?」
 肩を竦めた都築少佐に、笑いごとじゃないぞ、と長曽禰少佐はたしなめる。
「お前、国境の時は、内側から切り崩されたんだろうが。相棒を殺されたのも」
「ああ……」
「管理不行き届きってやつだぜ。全く、よく降格しなかったもんだ」
 都築少佐は苦笑した。
「別に階級なんざどうでもいいが……。
 まあ、あの時はだが、それで助かった部分も確かにあったしな。
 それに、だから3号艦には斯波が乗るんだろ?」
「斯波大尉か……」

 国軍から出される飛空艦は三隻。
 1号艦には総責任者でもある長曽禰少佐が指揮官を兼ね、2号艦には都築少佐が乗る。
 そして3号艦の指揮官には、斯波大尉という人物が選出されていた。
「あいつ、揉め事大好きだからな。
 何か面倒を起こしたら、エリュシオン船までだって乗り込んで、嬉々としてナラカの底に落とすぜ」
 それはそれで、問題人物なんだがな、と、長曽禰大尉はため息を吐いた。
「……まあ、そもそも、今回の任務は危険な上に激戦が予想されているしな。
 それを踏まえての”来る者は拒まず”なわけだが」
 その言葉の意味を、都築少佐も無論解っている。
「連中の戦力に期待したいところだな」
 肩を竦めてそう言った。
 皮肉ではない。それは全くの本心だった。

「……とりあえず、この中で一番の要注意人物といえば……」
 と、都築少佐は、机に広げられた名簿の中で、1人の名前をとん、と指差した。
「まあ、俺達って言うか、多分エリュシオン側で要注意とされてると思う人物、っていうか」
 その言動によっては、現在の大帝、ひいてはエリュシオン帝国の未来をも左右するかもしれない、そう囁かれる人物。
 その少女の名が、名簿の中に記載されていた。



「おやっさん」
 弾んだ口調で声をかけられて、顔を上げた長曽禰少佐は、瞳を細く眇めた。
 そこには、国軍制服姿の長身の女性が笑っている。
「………………斯波大尉」
「何よ、そこまで嫌そうにしなくてもいいじゃない。
 技術科の若い学生達にそんな風に呼ばれて、満更でもなさそうな顔をしてたから、そう呼んであげたのに」
 おやっさんなんて言われて和んでるなんて、親父の証拠よ38歳独身。
 などと言いたい放題言う斯波大尉に憮然とする。
「お前に呼ばれるほど、年じゃないつもりなんだが」
「そうよねえ、私だってこんなに美人でピチピチなのに、きっと学生達には影でおばさんとか呼ばれてんのよ」
 じき30代に突入しようという斯波大尉は、大げさなため息をついてみせる。
「ピチピチとか言ってる時点でアウトだろう。
 死語、というやつじゃないのか」
「酷い! そんなこと言ってるからもてないのよ親父!」
「ところで用件は何だ」
「あっ、そうそう」
 もてなくて結構、仕事の方が大事だ、と面倒そうに手を振った長曽禰少佐に、斯波大尉は話を戻した。
「名簿見た?」
「勿論」
 長曽禰少佐の返答に、斯波大尉は剣呑な表情になった。
 納得できない、と顔に書いてある。
「エリュシオンの船に乗る連中は、戦力に数えないってことなの?」
「スーツやイコンは飛空艦に置いておけ、とは言ってあるが」

 エリュシオンの御座船、スキーズブラズニルでは、イコンやパワードスーツの修理も整備も出来ない。
 それを踏まえての2人の会話である。
 ナラカへの道中、恐らくあるであろう襲撃にイコンやパワードスーツを以って対応するのは、御座船に乗っていては不可能に近かった。
「それじゃ余計使えないじゃないのよ!」
 斯波大尉は呆れて声を上げ、ふっと息を吐いた。
「……全員無理やり私の艦に連れ戻してもいいかしら」
 力ずくで、と拳を包んだ斯波大尉に、長曽禰少佐はため息を吐く。
「好きにしろ。
 と、都築なら言うかもしれないがとりあえず待て。
 国軍のみで編成されているならともかく、寄せ集め部隊だからな。
 ここは、最初から強制して不和を生むよりは、まず好きにさせておく。
 スーツ要らずもいるようだし、最初の内は整備無しでも大丈夫だろう。まあすぐにボロボロになるとは思うが。
 何せ、何がどうなっているか全く解らない場所に行くわけだからな」
「様子見、ってこと」
 しょうがないわね、と渋々ながら、斯波大尉は頷く。
「エリュシオン側は何て?」
「特に何も言ってこないな。
 まあ、予測はできる」
「そうね」