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リアクション
1.大量の搬入物と受取人
回廊に橋頭堡を構築する作業は着々と進められていた。
さすがは教導団と言うべきか、計画から行動まで淀みはほとんどない。人員の配置や、分担された役割をこなすことに関しては、彼らに一日の長がある。
「それはまとめて、向こうに置いてくれ」
月島 悠(つきしま・ゆう)は搬入口と名づけたスペースの中央にたって、次々と持ち込まれる資材を分別作業の真っ最中だ。
組み立て式のコンテナやら、テントやら、食料に水、他にも各自の陳情と運び込まれる資材は途切れることは殆ど無い。
「目が回りそうだな、かといって人をこちらにこれ以上は割いてはもらえないだろう」
自分でも荷物を運んだりしたりしながら、大量の荷物を捌いていく。重労働このうえない作業だ。
それでも、物資の管理は大事なことだ。それに、今はコンテナなどの大物が強敵となっているが、もう少ししてそれらの配置が終われば、今後の搬入物は少しは落ち着くだろう。
「うわ、これは大変ですね」
ふらふらとやってきた麻上 翼(まがみ・つばさ)が、大量のダンボールや資材を見て驚いたように言う。
「どうした?」
怪力を活かして、鉄骨を運んでいた悠がよく知る声に振り返る。彼女は、別の場所に配置されているはずだ。
「それ、置いてきてからでいいですよ」
「そうか、わかった。ちょっと待て」
建築資材置き場に鉄骨を配置してから、改めて悠は何の用かと尋ねる。
「食材が届いてるって聞いたので。ここにあるのがそうですか?」
翼が示したのは、人の背丈ぐらいあるダンボールの山だ。貼り付けられたタグには、食材の名前が書かれている。
「ああ、違う。それは個人陳情分の山だ」
「個人で、こんなにですか」
随分な量がある。食料のような必要物資なら、一応教導団からまとめて配給する手はずになっているはずだ。
「お菓子とかですか?」
お菓子は嗜好品に分類されるから、自主的に陳情したのだろうか。それならなんとなく納得もいくかもしれない。それでも、多すぎる。
「ラベルを見る限りは、そういうのも少なくないな。けど詳しいことは発注担当に聞いてくれ」
搬入されるものの発注については、長曽禰 広明(ながそね・ひろあき)少佐が許可を出していることになっている。お菓子のようなものも、必要なのだろう。数が多いのは、ここに居る人間の数が少なくないからだ。
「それより、翼はなにしに来たんだ? 見物じゃないだろう?」
搬入口は大変な忙しさだが、他の担当だって忙しいはずだ。
「だから、食材を回収しにきたんですよ。簡単なかまどができたので、そろそろみなさん暖かい料理も口にしたいだろうと」
「ああ、確かに戦闘食は飽きたな。ええっと、ああ、あそこだ」
すっと指差された先には、イコンが横に寝そべっているぐらいの量のダンボールがあった。悠が言うには、半分以上は保存食で、新たに発注された生鮮食材はさほど多く無いという。
悠には自分の仕事に戻ってもらい、幸いにも分けて置かれていた生鮮食材を運ぼうとした翼の背中に声がかかる。
「荷物運ぶの手伝いにきたぜ」
新谷 衛(しんたに・まもる)は手を振りながらやってきた。
「ここは何度見ても大変なことになってんな」
慌しい様子の搬入口を見ながらそう言う。施設の建設のための資材受け取りに、何度も訪れている衛には見慣れた光景なのだろう。
「手伝いですか?」
「ああ、オレの作ったかまどで料理すんだろ? 出来を確かめるために一番に食わないとなって待ってたらよ、だったら手伝えって言われちまった」
「それで荷物運びを?」
カラカラと笑う。各施設の建設作業はまだまだ始まったばかりで、そんなことをしている暇なんてないはずだが、今はこの援軍がありがたかった。野菜や、肉のような食材はまだなんとかなるが、ダンボール一杯に詰め込まれているらしい小麦粉がどうにも運ぶのが大変だなと見ていたところだ。
「よーし、こいつを持ってけばいいんだな」
衛はそのダンボールを持ちあげる前に、一度「む」と声をあげた。思っていた以上に重かったのだろう。だが、それでもすぐに持ち上げて運んでいく。それについて、急造かまどのところに戻ると、ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)が丁度かまどに火をいれているところだった。
「お待ちしておりました」
さっそく、持ってきた食材のダンボールを開けて、料理の内容を決める。まだ、献立表を作れるほど、設備も用意も進んでいない。
「あまり時間をかけるわけにもいかないですし、野菜のスープと小麦を使ってナンのようなものを作りましょう」
「いいね。最近、脂っこいものばかりでしたし」
ジーナの提案に翼が賛成する。今まで用意されてた食事は、戦闘レーションがほとんどだ。それらは戦地で食べることを前提に、カロリーが高く計算されている。作業があるので食べた分は動いているが、しかしどうも気になってしまうものだ。
「早く暖かくて、栄養をきちんと考えられた食事が行き渡るようにしたいですね」
ジーナの言葉に、その場に居た誰もが頷いた。
個人陳情分の山を相手に、瓜生 コウ(うりゅう・こう)は苦戦しながらもなんとかお目当てのものを発掘することができた。
「それで間違いないなら、受付で記録をしておいてくれ」
「わかったよ」
悠に指示された通り、受付で自分の荷物を受け取ったことを記録する。その紙面にずらりと並んだ人の名前を見て、搬入作業の大変さを感じ取った。
「あっちもこっちも大変だな」
先頭に立って作業する教導団の生徒は、目に付くほとんどが駆け足だ。対して、それ以外の学校から応援としてやってきている面子は、それぞれのペースを保っている。
もっとも、大きな作業をのほとんどを教導団が独占しているというのも大きい。
基礎的なインフラは、まとめて計算した上で作った方が効率がいいということなのだろう。もちろん、彼らを手伝って駆け足の人も少なくないが、手の回らない部分をサポートするのも大事な役割だろう。
「さっそく穴を掘ってるんだ?」
通りがかりに、スコップを持って作業をしている南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)とオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)を見かけて声をかける。
彼らは、癒しスペースとして足湯を作ろうと計画をしている。その設計図を偶然拾った時に、追いかけてきたエルザルドに対して「池を作るのか?」と尋ねた時に懇切丁寧に、足湯について説明を聞かされることになった。
あと、再三自分はドラゴニュートであって鯉ではない、とも聞かされている。
「どんな土かちゃんと見ておかないと何が必要かわからないじゃん?」
「それで試しに掘ってみたが、これだとすぐに水を吸い込んでしまうな」
水を残しておくには、木材か何かで覆う必要があるようだ。
土を手にとってみると、簡単にさらさらと潰れてしまう。そこそこ水はけはよさそうにも思うが、オットーが言うからにはそうなのだろう。根拠は無いが。
「そういや、それが頼んでもんなのかよ」
光一郎に言われて、コウは荷物のことを彼らに話していたことを思い出した。
「ああ、頼んでおいたハーブだ。今取ってきたところだぜ」
「でも匂いはしねぇな」
「そりゃ、ちゃんと密封してあるからな。これから中身を確認して、必要なら少し手を加えるんだ」
頼んで仕入れたものの中で、一番待っていたのがハーブのセットだ。
「こっちが終わったら分けてくれるんだよな?」
「そう約束しただろ。それに、まともな風呂よりはこっちが早く終わるだろうしな」
食事や入浴などで使えば、少しは僻地での生活のストレス解消になるだろう。そう思って用意してもらったものだ。彼らの足湯が完成したら、環境に悪影響を与えないよう、入浴剤のようなものではなく、ハーブを分けると約束している。
「荷物の確認があるからこれで」
「おう」
二人と別れて、荷物を確認できる適当な場所を探す。
まだ、個人のスペースが用意されてはいないのだ。
「それじゃ、引っ張るよ」
「はい、せーのでいきますよ。せーのっ!」
ルミ・クリスタリア(るみ・くりすたりあ)とユーリエ・ラタトスク(ゆーりえ・らたとすく)の二人は、仮説の救急テントの設営を行っていた。いずれはもっとマシな、屋根と床のあるコンテナに置き換わっていくことになるのだが、ひとまず治療を行える場所を用意する事に意味がある。
それに、現在の作業でも些細な怪我は無いわけではない。作業する人が、何かあった時に頼れる場所があるのとないのとでは、その差は大きいだろう。
「もう建ったのね、お疲れ様」
瀬名 千鶴(せな・ちづる)が、出来上がったテントを見て二人に笑顔を見せた。彼女は大きな荷物を運んできていて、その中身はほとんどが医療品だ。
「まだテントを張っただけだけどね」
「薬はそれで全てですか?」
「順次届く事になってるみたい。ちょっと、一度に頼みすぎちゃったみたいね」
運動会の時になど見る屋根しかないテントの下に、とりあえず荷物をまとめておく。
「机や椅子が欲しいですね」
「そうだね。このダンボールで作ってみる?」
「パイプ椅子みたいなものは搬入されてるみたい。司令室の方から順に届くって話しよ、今日中には揃うんじゃないかしら?」
「司令室といっても、適当な場所をそう呼んでる状態に過ぎませんからね。せめて、壁は欲しいところですが」
「司令室用のコンテナの材料は積んであったんだけどね、誰も取りにきてないみたい」
「早く野戦病院もプレハブを組み立てないとね」
現在、搬入口は大量に届く資材を次々とさばいている。中でも、プレハブのパーツはパーツごとに搬入されてくるので、一つの施設を組み立てるのに必要な一式が揃うにはまだまだ時間がかかるらしい。
特に司令室や、野戦病院のような大人数が入る可能性がある施設は、容積に余裕を持つ代わりに多大なパーツを要する。全てが搬入されるには、もう少しかかるだろうし、組み立てもあるためこうして仮設テントを先に立てておく運びになった。
「あれ?」
キョロキョロと周囲を見渡す千鶴。先ほどまで、ルミとユーリエと一緒に居たはずのテレジア・ユスティナ・ベルクホーフェン(てれじあゆすてぃな・べるくほーふぇん)の姿が見えなくなっていたからだ。
二人に尋ねると、すぐに教えてもらえた。治療施設の運営についての話し合いに参加しているという。
「そう、それなら、こっちの確認は私達で終わらせておこうかしら」
「はーい」
「わかりました」
さて、テレジアはというと、林田 樹(はやしだ・いつき)と緒方 章(おがた・あきら)と共に手書きをコピーした計画書とにらめっこしていた。
「プレハブが組み立てて、十全に機能するとしてどの程度の治療が可能かが問題だね」
現在、治療施設として用意したテントで可能なのは、包帯を巻いたりするような手当てと、最低限の薬を渡すことぐらいだ。備蓄はこれから溜まるだろうし、そこで行える治療もプレハブが完成する頃にはより多くなるだろう。
だが、限界がある。
「さすがに、高度な治療ができる状態にはできないだろうな」
必要なものは何でも揃えてみせると少佐は言っていた。だが、高度な医療器具を用意する余裕は無いだろう。
「治療可能の範囲を決めるわけですね」
「そういうことだね」
何があったら撤退するかも、その計画書には記されてた。未知の伝染病や、全体の六割を超える食中毒などなど、どれも起これば壊滅といっていい出来事だろう。
自分達は未知の世界に足を踏み入れたのだ。そういう事を最も意識しなければならないのは、戦闘員ではなく彼らを預かる医療関係者なのだということだろう。
最も、実際に撤退の判断を下せる人間はここに誰一人としていない。これは、そうなるとどうしようもなくなる、という事を伝える意味の方が大きいのだろう。
「この辺りはざっとだが見てきたが、食料になりそうなものは見当たらなかった。食中毒がもし発生したら、全滅もんだな」
食料になりそうなものを手に入れられればと、近くをほんの少し見て回ったが、樹は何も見つけられなかった。今後は、搬入されるもので凌ぐ必要がある。
搬入されるものに問題があれば、文字通り全滅だってありえるだろう。
「未知の生物や植物を食べるのも危険だと思うけどね」
章はそう言いながら、計画書を折りたたむ。
「僕はこれから、搬送についての手はずを整えることにするよ。テントの方は任せることになるけどいいかな?」
「はい、わかりました」
テレジアはしっかりと頷いた。
野戦病院で何ができて、どこからは無理で、何を用意しておくべきか。何が起こるかわからないなら全てに手を打ちたいところだが、さすがに今は潤沢に物を用意はできない。
「まずは、必要な薬の選別ですね」
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