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【創世の絆】西に落ちた光

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【創世の絆】西に落ちた光

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★第一章・2「目から手羽先」★


 何か自分にできることはないか。

 基地を見回りながら考えていた及川 翠(おいかわ・みどり)に声をかけたのは、五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)だった。東雲はリキュカリア・ルノ(りきゅかりあ・るの)の発案により病院を建設しようとしていたのだが、建築知識がないため、彼女に協力を頼んだのだ。

 東雲たちが作りたい病院――『あらゆる患者に対応できる』『薔薇のような形』――について聞いた翠とミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)は、幾度も話し合って設計図を作り上げ、ジェイダスから許可をもらうと早速建設に取り掛かった。
 薔薇の形は上空から見るとそのようにみえるよう建物を配置することで実現し、かつ建物の連結や配置の利便性を考慮した作りになっており、ジェイダスから高評価を受けた。
 建物は鉄筋コンクリートの6階建てで、中央部分の中庭にはなぜか金色の拳のオブジェが置かれ、オブジェを囲むように空中庭園(3階)がある。美容院やレストラン・購買などは通常の病院より広い空間を取り、この中だけでも十分快適に過ごせるだろう。むしろ、居心地が良すぎるぐらいかもしれない。
 中に入る店の誘致は、ジェイダスがしてくれることになっている。
 そして肝心の診療科は内科、外科、整形外科、リハビリ科、麻酔科を予定しているが、増設できるようにしていた。

「頑張って病院を建設するの! きっとみんなの役に立つの」
「ええ。私も本腰を入れて協力するわ。がんばりましょう」

 黄色のヘルメットをかぶって自ら汗を流す2人の後ろでは、おなじく黄色いヘルメットをかぶった稲荷 さくら(いなり・さくら)が、手足を必死に振り回していた。

「みんな、がんばって〜、ふぁいと!」

 身体の小さなさくらは、自分に手伝えることは何か、を考えた末、応援することにしたらしい。まるで踊るように身体が動かされるたび、尻尾がもふもふと揺れ、ぶかぶかのヘルメットがぐるんぐるんと回転した。
 本人は必死なのだが、見ている側からすると大変微笑ましい。
 翠やミリア・リキュカリアなどの女性陣だけでなく、東雲や他の作業員たちもさくらを見る目が優しく、現場に和やかな風を起こしていた。

「みなさぁ〜ん、お疲れ様ですぅ。お昼の時間ですよぉ〜」

 和やかな空気を助長するのんびりした声が響いたのはその時。東雲が書類から顔をあげるとスノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)が、カートを押してきていた。カートには大きな鍋が置かれており、そこから食欲をそそる味噌の匂いがした。
「わっありがとう、スノゥちゃん! 私も配るの手伝うよ」
「すみませぇん。お願いしてもぉ、いいですかぁ?」
「もっちろんだよ」
 東雲の隣で書類を睨んでいたリキュカリアが、嬉しそうにスノゥへと駆け寄って味噌汁を器にいれていく。東雲もごはんをよそぐのを手伝うことにした。
「あ、及川さんとアンドレッティさんも、お疲れ。たくさん食べていってね……って俺が作ったわけじゃないけど」
「五百蔵さんもお疲れなの」
「書類仕事、ほとんど全部押しつけちゃって悪いわね」
 翠とミリアが申し訳なさそうな顔をするのに、東雲は首を横に振って微笑む。むしろ建築に関しては東雲に手伝えることがないのだ。謝るのは自分の方だと東雲は口を開き

「うぅ、ごめんなさい」

 自分以外の謝罪が下から聞こえて、目線を下げた。さくらが、しょぼんとうなだれている。耳がぺたんとなり、尻尾も垂れ下がっている。
「自身持って。さくらちゃんが応援してくれてたから、みんながすごく頑張って予定より進んでるんだよ」
「そうですよ。稲荷さんのおかげで俺もすごく元気出たし」
 リキュカリアと東雲の言葉に、さくらは元気が出たらしい。えへへと照れくさそうに笑った。
「よかったですねぇ、さくらさん。はい、どうぞぉ。熱いのでゆっくり食べてくださぁいね〜」
「わ、スノゥちゃん。これ、すごくおいしいの」

 病院建設は、和やかな空気を保ちつつ、順調に進んでいるようだ。



「もうちょい右じゃー……」
 カンカントントン、と軽快な音が響くその場所で、メイスン・ドットハック(めいすん・どっとはっく)は設計図片手に指示を飛ばしていた。彼女の従者である『算術士』の計算の元に設計された図面通りに資材を組み立てていくのは、同じく従者の『施工管理技士』だ。
 シンプルな設計にしたからか。作業は滞りなくはかどっている。

「ですので、採算をとろうとするには、お好み焼き一枚で最低でもこの値段で提供しなければなりません。紅茶一杯でこちら。定食になりますと、このように」
 順調に進んでいるはずの工事現場横で、厳しい顔をしているルドウィク・プリン著 『妖蛆の秘密』(るどうぃくぷりんちょ・ようしゅのひみつ)が書類を指差しながら告げると、その場から「うっ」という声が漏れ出た。

「嘘じゃろ? ちとおぬし、大げさに言っておるのではないのか?」
 顔を盛大にひきつらせて言葉を紡いだのは鵜飼 衛(うかい・まもる)。お好み焼き村を作ろうとしている。

「何これ。紅茶一杯で……ぼったくりじゃん」
「しかしそれ以上下げると営業ができませんので」
 雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)は唖然として口を開くが、どこか申し訳なさそうにルドウィクに言われてしまえば、現実なのだと思わざるを得ない。彼女は喫茶店を開こうとしていた。

「うっこれじゃ誰も買ってくれないですよね」
 がっくりとうなだれる皆川 陽(みなかわ・よう)に、誰も慰めの言葉をかけられない。そして陽はお食事処だ。

 それぞれジェイダスから許可を得、店を建てているのだが、1つ、大きな問題があった。
 現在、ニルヴァーナにおける自給率はほぼ0%だ。外から運んできたもので成り立っている。そしてニルヴァーナの土地は枯れており、道が整備されているわけがない。道中も危険な魔物がたくさん存在し、土地にしても不明な点が多い。つまり、物資を輸送するだけで大変な作業(=コストがかかる)なのだ。
 ジェイダスは建築資材を与えてくれたものの、食料や水、燃料(ガスや木炭)は店に回せるほどない、と言った。自分たちで仕入れるしかないのだが、その輸送費をルドウィクが計算したところ、とてもじゃないが採算が合わないのだ。
 店舗は作れるのに商品が作れない。
 それでも何か他に策がないか、と飲食店を作ろうと考えている者たちで集まって考えていたのだ。
「は〜い、おつかれさま。お茶をどうぞ、ご・主・人・さ・ま」
 暗く沈む彼らの後ろでは、場違いなほど明るい声がした。なぜかメイドの格好をしたユウ・アルタヴィスタ(ゆう・あるたう゛ぃすた)が、作業員にお茶を配っている。……ほんとうに、なぜ?
 だがどこから見ても可愛いメイドにしか見えないユウからお茶をもらった男たちは、顔を赤くして照れている。どうもユウの存在がやる気に一役買っているらしい。なるほど! そういう意図だったのか……ということにしておこう。
(ふっふっふ。メイド=ご主人様のため=無償の愛=究極の愛=うつくしい。カンペキじゃないですかーーー!)
 本人すごくノリノリだ。

「何やってんだ、お前ら」
 と、悩んでいる彼らの傍を通ったロア・ドゥーエ(ろあ・どぅーえ)が声をかけた。隣にはグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)もいる。戦闘準備万端な様子を見るに、調査にでも行くのだろう。
「えっと、その、実は」
 陽が恐る恐る事情を説明する。飲食店を作ろうとしているのだが、食材が手に入らないのだ、と。
 なるほど、と流通問題に気付き納得したグラキエスとは反対に、ロアは不思議そうに首をかしげた。グラキエスがロアに説明しようと口を開く前に、ロアは指をさした。
「アレ使えばいいんじゃね?」
 アレ?
 と、全員が指の先を追いかけていくとそこには……できかけのアンテナ塔へと体当たりをしている大甲殻鳥がいた。

 目からうろこ、とはこのことだろう。

 そう。外から食材を持ってこられないのならば、現地で調達すればいいのだ。作りたい料理が具体的に思い浮かんでいたため、出てこなかったようだ。
「それじゃ! メイスン、算術士を呼んできてくれ」
「まったく、人使いの荒い」
 メイスンは文句を言いながら衛の言うとおりにした。そして計算した結果、仮営業するのは問題なさそうであった。
「ねぇ、とりあえず互いに協力して仮店舗を1つ開かない?」
 リナリエッタの提案に、陽も衛も頷いた。個別に開くより、現在はその方がいい。

 仮店舗は別の場所に簡素な小屋を建てることにし、その準備は衛たちが。
 店の宣伝や狩の依頼をリナリエッタが。
 そして試作品を陽が作ることになった。

「俺たちも余ったら持ってくるよ」
「お願いします」
 狩りへと向かったロアとグラキエスを見送った後、彼らは忙しなく動き始めた。



 そして場所は再び『情報管理室』へと戻る。
「現在分かっているだけの地理と生物について、教えてくださいませ! あ、これジェイダス様からの情報の譲渡許可ですわ」
「がぉうぐぐ? ぐぁーお?」
 勢い良くドアを開け放ったのはバーソロミュー・ロバーツ(ばーそろみゅー・ろばーつ)であり、後ろにはテラー・ダイノサウラス(てらー・だいのさうらす)が首をかしげながら立っている。テラーは、現状をあまり理解していないようだ。
 2人はクロウディア・アン・ゥリアン(くろうでぃあ・あんぅりあん)の手伝いでここへとやってきた。
 そのクロウディアが何をしようとしているのか、というと、ここニルヴァーナの地に「陽竜商会・繊月の湖支店」を作る、だ。

『ニルヴァーナ復興と活性化』
『冒険者達や開拓者達の支援』

 を掲げたクロウディアの意見は通ったわけだが、流通が成り立たなければ商売はできない。クロウディアは考えた末、ルートがないのならば作ればいい、と結論した。
 要するに、街道の整備である。
 そして少しでも安全なルートを確保するため、情報を欲したのだ。

「THIS IS SPARTAAAAA!」
 そんな叫び声が響くのは、陽竜商会・繊月の湖支店の予定地である。声を発したのはレオニダス・スパルタ(れおにだす・すぱるた)なのだが、その可憐な姿とは不釣り合いな険しい声に、工事の作業員たちの背筋が伸びた。
「そう、その調子よ。がんばりなさい」
 しかし、きちんとしたがう者には寛大な一面もみせる、まさしく飴と鞭を使い分けたレオニダスの指示により店舗の建設はうまくいっていた。

「ん〜、やはりまだ情報が少ないか。仕方ない。いくつかルートを絞った後、実際に見てみるとしよう。調査員の派遣はジェイダス殿へまた要請するとして、そなた! 飲食店を経営しようとしているものがいるらしい。陽竜商会の宣伝をしてくるのだ。互いに協力し合うことでニルヴァーナを盛り上げていこう、とな」
 1人ぶつぶつと呟きながら計画書を作成していたクロウディアは、近くにいた者へ指示を出し、自分は書きあげた計画書を手に、ジェイダスの元へ向かう。その際、不思議そうなテラーの頭をやさしくなでるのを忘れない。テラーが気持ちよさそうに目を細めた。
「我輩(わたし)の商会がニルヴァーナに進出するための第一歩である! 気を抜くな。……まあ、復興も兼ねてるがな」
 毅然と顔をあげているクロウディアの目に、不安の色はなかった。


 ニルヴァーナの中継基地周辺が街として機能するにはまだまだかかるだろうが、そこには活気があふれていた。