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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

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 ところで、同じ孤児院の奥の部屋にいったん、話を移す。
 榊朝斗は、大わらわだった。彼ら三人は孤児といっても、特に乳児くらいの子を主として任されたのである。シスターの補助、あるいは休憩中の交替要因、ということだったのだが、それだけでももう大変な苦労だった。言って判る年代の子らとはちがい、この年代の子はまず言葉が通じない。すぐ泣くし、暴れる。小さな台風のようなものなのである。しかもそれが一人ではないのだ。
 ふええ、と一歳半の赤ん坊が泣き始めた。火が付いたように、という表現でも生やさしい。火の上で割れ鐘をガンガン叩いているようなやかましい鳴き声だ。
「あわわわっ!」
 朝斗は仰天した。あやそうと持ちあげた赤ちゃんの股から、ぽたぽたと水が零れていたからだ。……まあ、水ないことくらいわかっている。この時代には吸水性にすぐれた紙おむつなどない、それどころか布おしめもボロ布を当てただけなので、実に簡単に堤防が決壊するのである。
「ど、ど、どうしよう!?」
 主担当の老シスターはいない。ちょうど昼休憩なのだ。赤ちゃんたちも昼寝しているだけだから安心して行ってきて下さい、なんて請け負っただけに朝斗は困り果てた。赤ちゃんを両腕で支えたままオロオロする。
「大丈夫よ。こういうときは手早くおむつを交換するの!」
 大丈夫、と言いながらルシェン・グライシスもなんだかそわそわしていた。
「手伝ってよー」
 朝斗は若干泣きが入っている。
「わかってるってのー」
 そういわれてようやく、金縛りが解けたように、ルシェンはおむつの入った箱に手を伸ばした。ところが不幸は続くもので、彼女は勢い余ってこれを床に落としてしまった。
 失態だった。誰の上に落ちたわけでもないが、どすんと大きな音が立ったのだ。
 ただでさえ泣く子の声でぴりぴりしていた空気が破裂した。昼寝していた他の赤ん坊たちも一斉に泣き始めたではないか。たちまちこの部屋は、空襲警報かというほどの騒ぎになった。
「ルシェーーン!」
 朝斗も泣きたい気分だった。抱いている子がなんだか匂ってきたのである。……これは、小さいほうで終わっていない。
「それどころじゃなーーい!」
 ルシェンも涙目で声を上げた。泣いている赤ん坊は三匹、いや三人。一人をあやしても次がぐずり……エンドレスの予感がする。
 このとき、一人冷静だったのがアイビス・エメラルドである。
「落ち着いて下さい。二人とも」
 アイビスは朝斗から赤ちゃんを受け取り、ボロ布と紙を使って手際よくおむつを交換した。一切の無駄がなく、しかも手つきが優しい。
 そして彼女は、膝を曲げて座ると、子守唄を歌いながら赤ちゃんたちを順にあやしていった。おむつを変えた子を含み赤ん坊は四人、背中を軽く叩いたり、ゆっくり前後に揺らしたり……その子が喜ぶ方法をそれぞれ探しながら世話したのだった。
 わずか数分、見る間に空襲警報は収まった。
「すごい……」
 それをただ、朝斗とルシェンは呆然と見ていた。
「おむつ」
 このとき、そっとアイビスが振り向いていった。
「洗ってきて下さい」
「はい」
 なんだか、初の子育てにオロオロする若夫婦と、それを指導する姑という感じだ――朝斗はふとそんなことを思った。