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リアクション
学問所から、杖をつきながら観世院公彦が姿を見せた。
「あ、出てキタね、あのヒトが、ミスター観世院ネ?」
極端な訛をまじえつつ、雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)はうどん売りのオヤジの肩にしなだれかかっている。
学問所は闇市の片隅にあり、そして彼女は、それを一望できる位置にいた。具体的に言うと、立ち食いうどん屋台の前なのだ。なお、この屋台は『剛力公園』などという、意味のよく判らない看板を下げていた。
彼女からすると四分の三くらいの身長となる小動物のようなオヤジに、熱い吐息を吹きかけてリナリエッタは言った。
「アナタ、親切なヒトね。嬉しネ」
リナリエッタは、女性ながら180超えの身長と、染色とはいえピンクの髪の持ち主だ。戦後の日本で、『私日本人でござい』なんてとても言えたものじゃない。だからあえて外国人と名乗り、加えてひらひらの服を着て、軍人専用のコールガールという役割を自身に設定した。悪い米兵によって日本に同行させられたイタリア系アメリカ人と名乗ることにしている。
彼女は渋谷の闇市を歩き回り、このうどん屋のオヤジにたどたどしい日本語で問うたのである。「この街色んな人イル。お金持チもイルか?」と。
なんだかチワワみたいな顔をしたこのオヤジが、リナリエッタの魅力にデレデレになりつつ観世院公彦を教えてくれたというわけだ。
「サンキュー」
とオヤジの頬に軽くキスして(そして、オヤジを真っ赤にさせて)、リナリエッタは軽やかに公彦に近づいた。ある程度接近すると、黒塗りの自動車に乗り込もうとしている彼の前に「わあーっ」と涙声で駆け寄ったのである。彼の前に膝を付いて、
「ミスター観世院、あなたが慈善家だと聞きましたーっ!」
と半泣きで主張する。変な訛はすこし緩めた。
「軍人さん、日本人より私が良いって連れてこられた。けれどこの異境の地で、私、捨てられてしまったねー。……お願いです。ミスターのお屋敷で働かせてください」
観世院を守るように、屈強な運転手が立ちはだかった。
「観世院様に近づくな! そんな話は……」
ところが彼の肩に手を置いて、「まあまあ」と公彦本人が彼女の手を取った。
「お立ちなさい。ご婦人がそんなところに膝を付いてはいけないよ。働きたいという話だったね?」
「しかし」
と訝る運転手に首を振って公彦は告げた。
「話だけでも聞こうじゃないか。後から屋敷を訪ねてきなさい。それとも、いまこの車に乗るかい?」