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【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ

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【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ
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リアクション

 
 
 
 ■ 月と雪のはざま ■
 
 
 
 2017年――。
 
 新雪はすべての音を吸い込むように、すっぽりと大地を覆っていた。
 屋敷は森の奥に建っており、別荘風のその外観を照らすものはたださえざえと明るい満月のみ。
 
 ……そのはずだった。

 だが、耳をつんざくガトリングガンの音は、雪に吸われるどころか息も出来ないほど。
 燃え上がる炎は昼よりも明るく屋敷を包んで天を焦がしている。 
 
 屋敷に火を放ち、ガトリングガンで目に付くもの悉くを破壊しても、カレヴィ・キウル(かれぶぃ・きうる)の気持ちは全く満足することがなかった。
 持ってきた弾もすべて撃ち尽くしていたが、それでもそのガトリングガンを鈍器とし、がむしゃらに振り回して破壊を続ける。
 もう動くものは無い。
 迎え撃とうとした者すべて、誰彼の区別無く吹っ飛ばしたのだ。
 焼け付くような怒りのままに。
 
 許せない、許せない、許してはいけない。
 だが戻らない、戻らない、もう何をしても戻らない。
 カレヴィの大切な人、将来を約束した女性はこの屋敷をアジトとしていた犯罪組織に殺された。
 もう誰も、こんな苦しみを味わわなくて済むように、カレヴィは単身アジトに乗り込んだのだ。
 けれど組織をぶっ潰しても、すべてが元に戻ることは無い。
 失われたものの痛みをぶつけるように、カレヴィは屋敷の壁にガトリングガンを叩きつけた。
 と……。
 壁は軋んで歪んだ。
 その不自然さに見直してみれば、それは壁に見せかけた隠し扉だった。
 
 隠し扉の開け方を探す心の余裕は無く、カレヴィはがんがんと扉を蹴りつけた。
 蹴るたび扉は傾いでゆき、遂には内側にずれて通り道を開ける。
 その隙間を通り抜けるとそこには……ぽつんと立ち尽くしている少女がいた。
 
 隠し部屋に乗り込んできたカレヴィを、少女は真っ直ぐに、そして虚ろに見つめた。
 その瞳には、怒りも、憎しみも、恐れも、何もない。
 だからカレヴィは戸惑った。
 この少女は組織のメンバーではなく、浚われてきて閉じこめられているのではないか、と。
 だが、少女が身につけているのは組織が任務の際に身につける黒い服だ。手袋をはめかけたまま、時が止まってしまったように停止している。
 
「怖くないのか?」
 返答はないだろうと思いつつ尋ねると、少女はぽつりと答える。
「……分からない」
「逃げないのか?」
 重ねて問うと、少女はかすかに首を振る。
「……逃げられない」
「何故?」
「…………分からない」
 
 その答えを聞いた瞬間、カレヴィは半ば無意識に、少女の手を取っていた。理由を聞かれたらカレヴィも少女のように、分からない、と言うしかなかっただろう。
 同情したのかもしれないし、少女の視線に共感したのかもしれない。
 それとも全く別の気持ちに突き動かされたのか。
 カレヴィには自身の心に湧いた衝動に、理由をつけることが出来なかった。
 
 手を取られた少女の瞳が揺れた。
 だがカレヴィの手を振りほどこうとはせず、なすがままに任せている。
 その手を引いて、カレヴィは屋敷を脱出した。
 
 日暮れ前から降り出した雪は、今は止んでいる。
 2人は振り向くことなく、その親切に並んだ足跡を付けていった――。
 
 
 どのくらい駆け続けただろう。
 燃える炎は遙か彼方となり、2人を照らすのは月明かりだけとなった頃、カレヴィはようやく立ち止まった。
 その時になってはじめて、少女が息を切らせているのに気が付いた。
「すまない、少し休もうか」
 無理をさせてしまったかと心配しながら声をかけると、少女は軽く頷くことでそれに答えた。
 息こそ少し乱れていたけれど、ここまで来ても少女には怯えも敵意も何も見えない。
 何を聞いても分からなそうな少女に、何を聞いたら分からない以外の返事がかえってくるだろうかと考えて、カレヴィはその名を尋ねてみた。
 答えるまでに少し間はあったが、少女はやがて、
「雪、汐月……」
 と、名乗った。雪 汐月(すすぎ・しづく)というのは彼女のいくつかある名前のうちで、一番メインで使っていたものだ。
 カレヴィはその名を聞いて、周囲を見渡した。
 一面の雪、煌々と照る満月。何とも出来すぎな状況だと思いながら、カレヴィは良い名前だ、と彼女の名を褒めた。
 
 必死に歩いていた時には気付かなかったが、足を止めるとしんしんと冷気が染みこんでくる。
「寒くないか?」
「平気」
 カレヴィの問いかけに、それだけを言って汐月は黙る。
 この年頃の少女に似合わぬ寡黙に、カレヴィは汐月をこっそり観察した。
 目を離したら溶けて消えてしまいそうな、はかなさを持つ少女だ。緑の瞳には幼さが残っているが、受け答えには幼さは感じられず、どこかアンバランスな印象を受ける。
 犯罪組織に関わり合うようなタイプには見えないが、何か事情があるのだろうか。
 試しに、逃げる場所にあてがあるかと尋ねてみると、汐月はただ首を横に振った。
(あの日の僕と同じだ)
 全てを失ったあの日、あの時の自分ととカレヴィは今の汐月に過去の自分の姿を重ね見る。

「君はこれからどうしたい?」
 その質問に汐月は、少しだけ後ろを振り返った。
「もう、あの場所は無い。君を縛るものは何も無い。……君が戻る場所は……」
 言い淀んだカレヴィに汐月は、
「……大丈夫」
 と答え、振り返るのをやめた。
 
 それは自分とよく似た境遇への同情心だったのかもしれない。
 あるいは自分が今の状況を生み出したことへの責任を感じたのかもしれない。
 だがカレヴィにはそんな理由など何でも良かった。
 無表情な筈なのに、今にも壊れてしまいそうな、崩れてしまいそうな。
 そんな彼女を救いたい。
 その気持ちに突き動かされて、カレヴィは言う。
 
「君の手を引いてここまで来た。だから最後まで、君を救いたい」
 
 汐月は悩む様子で俯いた。けれどほどなく小さく頷く。
「……行くわ。一緒に」
 
 その時カレヴィは誓ったのだ。
 ――君を救えなかった代わりに、この子を救おう
 と。
 
 
 月の光に照らされた雪の大地を、カレヴィはもう一度汐月の手を取って歩き出した。
 汐月が幸せになれる場所を目指して。
 どこまでもどこまでも。