校長室
【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ
リアクション公開中!
■ はじまりの別れ ■ 瀬乃 和深(せの・かずみ)という人間は、元々はごく普通の家庭に生まれ、なんの特徴も無いどこにでもいるような一般人だった。 否、そうあれと育てられた、と言うべきかも知れない。 和深の両親はやたらと目立つことを嫌い、日常に埋没することを是とした。 人様に指さされるようなことはするな、目立たないのが一番良いことなのだと。 そう教えられて成長してきた和深だが、ある日近所に住む自由奔放な青年と出会い、世の中は窮屈なところではなく、広くて自由で楽しいところなのだと知った。 それ以来、小さな箱庭である自分の家を飛び出し、広い世界を見てみたいというのが和深の願いとなったのだった。 それでも、育ててくれた両親の思いを裏切ることは出来ず、和深はその新たに生まれた願いを奥深くに押し込んで隠し、ただつまらない日常を送っていた。 毎日がただ同じ繰り返しのうちに過ぎてゆく。 定型文のような会話、決まり切った笑顔。 ずっとこうして生きていくのだろうと、和深が自由を忘れかけていたそんな時……。 両親が不慮の事故で死んだ。 実感のないほど、あっけなく。 家に残されたのは和深と妹の瀬乃 月琥(せの・つきこ)だけ。 和深は家長として、しばらくの間、葬式やら何やらに忙殺されることとなった。 それも落ち着いたある日のこと。 これからどうしよう。 改めて考えた和深はふと、これまで心の奥底にしまい込んできた、自分のやりたかったことを思い出した。 広い広い空の下へ、自由な世界へ、自分はずっと行きたかったのだと。 ずっと両親の願いに束縛され、諦めきっていたけれど……今はもう和深を縛るものはない。 気付いた途端、見知らぬ世界への憧憬が溢れた。 もう一刻も待ってはいられない。 和深は己の心に急き立てられるようにして、旅立ちの準備を整えた。 『世界を見てくる ――和深 』 そんな短い書き置きを残して、和深はまだ日も明けぬうちにこっそりと家を出ようとした。 けれどその目の前に、妹の月琥がすっと立った。 何を言われるか、と身構えたけど月琥は何も言わない。ただじっと和深の顔を見つめているばかりだ。 「……悪い」 それだけを和深がやっと口にすると、月琥はにこりともせずに言った。 「悪いと思うのなら、出ていかないでください……と言いますよ」 「それは……」 出来ない、と和深が続ける前に、月琥は微笑んだ。 「だから、悪いと思わずに出ていってください――いってらっしゃい」 「あ、ありがとな」 引き留められなかったことに驚きと安堵を感じつつ、和深は外の世界へと旅立って行った。 ……そうして和深の姿が見えなくなると、月琥はぺたんと玄関に座り込んだ。 ずっと知っていた。兄がつまらなそうに毎日を送っていることを。やりたいことに踏ん切りをつけられずにいることも。 けれど月琥はそんなつまらない毎日が大好きだった。いつも変わらず皆が穏やかに過ごしていける、何の変哲もない日々を愛していた。 だから両親が死んだことを知った時には、死んだことよりもこの日常が崩れることに恐怖した。両親がいて、兄がいて、自分がやる気のない兄の世話をする、そんな日が無くなることに動揺した。 その所為だろう。兄の異変に気付いたのは。 あぁ、兄は今まで見ていた夢を叶えようとしているのだ、と。 両親がいなくなり、そしてまた兄までいなくなる。 そんなことは嫌だ――けれど。 兄が自分の夢を叶えるために歩き出すのなら……それを自分が止められないのなら、胸を張って旅立って欲しかった。 ちゃんと笑顔が出来ていただろうか。 この押しつぶされそうな哀しみを隠せていただろうか。 たった独り残された家の中で、月琥は静かに涙を流すのだった――。 ■ 新たな世界のはじまり ■ 家を出て以来、和深は世界中を旅して回った。 出来るだけ色々な場所に行き、世界を見たい。 地球上ならば何とかなるが、和深はより未知なる世界、パラミタへも行きたいと願っていた。 この空の向こうにパラミタがある……そこには地球とは違う世界が広がっていることだろう。 和深はいつかパラミタに行けることを願いながら、海岸沿いを歩いていた。 「あれは……?」 ふと砂浜に何かあるのに気付いて、和深は目を凝らした。それが倒れている人なのだと気付いた途端、和深は急いで駆け寄った。 それは、思わずドキリとするほど美しく儚げな少女だった。 砂の上に長い黒髪が広がり、白い頬に血の気はない。 一瞬見とれかけた深月だったが、そんな場合ではないと少女の上にかがみ込んだ。 弱いけれど息はある。助けを呼ばなければ。 と、その時、少女の口唇が小さく動いた。 「パラミタへ……帰らなければ……」 「パラミタ? あんた、パラミタから来たのか?」 聞き返したけれど、朦朧としている少女の返事は無かった。 もしこの少女がパラミタの種族なのだとしたら……契約すれば自分はパラミタに行けるようになる。 その考えに至った和深は、他の人の助けを呼ばず、自分だけでその少女を助けることにした。 ――それは遠い記憶か、それともただの幻か。 夢の中で私は何かと戦っていた。 刀をふるい、何かを護るように……。 目を覚ますと、見知らぬ男性が心配そうに見つめていた。 「よっ、気が付いたか?」 その男性は子供のような笑顔で、気軽に声をかけてきた。 「はい……私、一体……」 起きあがると身体が痛む。けれど体調は悪くなかった。 「あんなところに倒れているから驚いたぜ。なぁ、キミはパラミタの住人?」 どこか嬉しそうに尋ねてくる男性に答えようと、記憶を探る。 パラミタ……どこかで聞いた名前。多分自分の故郷なのだろうけれど……うまく思い出せない。 私はどこに住んでいて……ううん、それよりも私は一体……。 そこまで考えて、私は過去の記憶がないことに気が付いた。何も分からない。 「……どうかしたのか?」 私の様子がおかしいからか、男性は心配そうな顔になった。 「すみません……何もかもおぼろげにしか思い出せなくて……」 そう言うと、男性は悲しそうな顔をした。 貴方にはそのような顔は似合わない。 初めて出逢ったばかりの人なのに、そんなことを思ってしまう。 そんな自分の心の動きに戸惑っていると。 「俺が連れてってやるよ」 男性はこちらに手を差しのばした。 「え……?」 「俺がパラミタに連れてってやる。そういえば自己紹介がまだだったな。俺は瀬乃和深だ」 「私は……上守、そう呼ばれていた気がします……」 「上守か。名前は?」 聞かれて考えたが、肝心の名前が思い出せない。 「分かりません……」 「だったらつけてやるよ。そうだな、海から流れてきたから『流』で」 上守 流(かみもり・ながれ)……彼がつけてくれた名前は、不思議としっくり来た。 「んじゃ、これからよろしく、流!」 その笑顔に引き寄せられて、流は和深と名乗った彼の手を取った。 ――それがはじまり。 すべてのはじまりだった――。