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【創世の絆】もう一つの地球と歪な侵略者

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【創世の絆】もう一つの地球と歪な侵略者

リアクション


作戦開始前



 井の頭公園にはいくつかの簡素なプレハブ小屋が、周囲の景観も考えられる事なくあちこちに置かれていた。異世界から来たというコリマ・ユキガール、区別の為にアナザー・コリマと契約者達は呼んでいる彼からのSOSから今日に至るまで、何もかもが急ピッチで進められていた。
 形も大きさもバラバラのプレハブもその一つであり、シャンバラから軍需物資を用意する暇も無かったため、現地でかき集めたものだ。そのうちの一つ、臨時の司令部として使われている飾り気の無い箱の中には、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)と、メルキアデス・ベルティ(めるきあです・べるてぃ)、そしてこの作戦の指揮を執る事になった羅 英照(ろー・いんざお)などの姿があった。
「今回の任務には、不明な点や問題がいくつもあります。水原大尉」
「はい。まず一番の不明な点は、ダエーヴァという怪物についてです。自衛隊が既に交戦した、などの情報もありますが、詳しい情報については問い合わせ中ですが、まだ解答はありません」
「自衛隊には自衛隊の面子というものがありますからね。こちらについては、上の方で対処しておきます」
「そもそもさ、そのアナザー・コリマ、だっけ? 信用できる話なんですかね?」
 メルキアデスは率直な疑問を口にする。アナザー・コリマは千代田基地を守るために既にここには居らず、彼に対する噂や疑問は井の頭公園には蔓延していた。
「信用できるか否か、というのは難しい問題でしょうね。ただ、遺伝子検査の結果、コリマ・ユキガール氏と同一人物といって問題無いとの事です。いささか信じられない話ですが……」
 英照はそこで咳払いをして話題を切った。
「推測以上のことができない事案については、ここで話し合う必要は無いと判断しましょう。我々がすべきは、彼らの世界と繋ぐ道の防衛、そして、東京に残る市民の避難を進める事です。既に資料には目を通してありますね?」
 作戦会議の前配られた資料には、部隊の配置や役割などが簡易的に記されている。この中では、ゆかりは公園の防衛、メルキアデスは避難民の保護や誘導がそれぞれの任務として割り振られている。
「ダエーヴァが果たして本当に道の製造を邪魔するかどうかは不明です……ですが、今回は来るものとして行動してもらいます。部下が弛まないよう、よく目を光らせておくように、セルゲンブフトの働きには期待しています」
 そこまで言って、羅は顔をメルキアデスに向けた。
「ご存知かとは思いますが、既に東京には避難警報が出されております。その為、東京全体はほぼ無人です。ですが、インフラ整備の為に残った技術者、一部自治体の自警団、そしてこれが恐らく最大の問題となると思いますが、避難せずに残っていた一般市民が残っています。彼らをできるだけ多く、東京から避難させてください。任務を達成するには、教導団以外の多くの協力者との密な連絡が必要となるでしょう。頼みましたよ」
 声をかけられた二人はそれぞれ、敬礼をして返した。



「色々と問題はあるかと思ったが、概ね今まで通りに活動できそうだな」
 叶 白竜(よう・ぱいろん)は真面目な表情で歩を進める。その傍らには、世 羅儀(せい・らぎ)の姿もあった。
「テレパシーや魔法なんかも問題なく使えたしな」
「自前の携帯電話は使えないが、通信機などは借り受ける事もできるだろう」
「だな」
 そこで会話がぷつんと切れ、二人は黙々と歩いた。
 千代田基地の中心にある司令室に入ると、そこにはアナザー・コリマと何人かの契約者、それに千代田基地の人間であろう見知らぬ人に、傍目にはパワードスーツに見える鎧のようなものを着込んだ数人が居る。この数人の髪はどれも金や銀などで、日本人ではないようだ。
「気になるかね?」
「いえ、そういうつもりでは」
「彼らは私と共にシベリアからこの基地を守るために来た者達だ」
 パワードスーツの先頭に立っているものが、僅かに頷いた。会釈なのか、それとも何か別の意味があるのか、フルフェイスのヘルメットから読み取る事はできない。
「なるほど、だから綺麗な色の髪してるのか」
「詳しい話はいずれしよう。ともかく今は、この基地を守る事が有線だ。来て早々だが、もてなしをしてられるほどの余裕は無いのでな」
 会議というよりは、粛々とコリマが状況の確認と指示を説明する場が設けられた。既に千代田基地の面々は、状況と何をするべきかがわかっているのだろう。この場は、オリジンからやってきた契約者達に現状の説明をするためのもののようだった。
「以上だ」
 さすがというか、コリマの指示や説明は簡素で的確であり、間に口を挟む余裕はほとんど無かった。
「その話が全部本当のことだとすると、相当絶望的ね」
 十七夜 リオ(かなき・りお)は話を聞き終えて、一番にそう口にした。彼女だけでなく、契約者達は概ね似たような感想を持つ説明だったのである。
 現状の千代田基地は、完全に孤立しており、物資や人員の補給のあてが無い状態だという。
 既に都内に人がほとんど残っていない現状を鑑みれば、ここで押しつぶされるのを待つよりも、見切りをつけて撤退すべきだろう。
 そうできないでいるのは、それだけ道が重要な存在であるからだろうか。しかし、結果として援軍が来てはいるが、眉唾な異世界からの援軍というもののためだけにこの場所を守る価値が果たしてどれだけあるだろうか。
 あるいは、道だけではない重要な意味が、この土地にはあるのかもしれない。
「天使だ」
「天使……とは?」
 フェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)が突然出てきた奇妙な単語に首を傾げる。
「正体は不明だが、六枚の金属の羽を持つ天使と、銀色に輝く天使が現れ、この東京の空で激突した。この戦闘により、ダエーヴァ迎撃のために用意した陣も戦力もまとめて失われた。だが、我々だけでなく奴らも相当の被害を出していたようで、軍の進攻が鈍化した結果が現在だ」
「その天使が何者かは、わからないのよね」
「調査中と答えたいが、正直そこまで手が回ってはいない」
「ふむ、銀色の天使と、六枚の金属の羽か……」
「我々の今の戦力では持ち堪えられないってのは、そういう事なのね。あと、質問があるんだけど、そのダエーヴァってのは会話が可能なの?」
「可能な型もいる、というのが妥当な解答だろう。軍団の指揮官、及びその補佐官クラスは、我々と同じ言語を扱う事ができるようだ。我々は便宜的に、司令級と呼んでいる」
「司令級、ね」
「基地の防衛に関する事ですが、彼らが空間を飛び越えて基地内部に侵入してくるという事はあるのでしょうか?」
 フェルクトの質問に、コリマは首を振る。
「奴らにできるのは、こちらとあちら、彼らの言葉で言えばオリジンとアナザーを行き来が可能だという事で、自在に空間を操るようなわけではない。そういう問題は起きないと考えていいだろう。彼らとの戦いでそういった報告があった事は一度も無い」
「道については、一日あれば完成するという認識で問題無い、と考えてよろしいですか?」
 白竜が尋ねる。
「ああ、だがこれに関しては我々よりもそちらの問題が大きい。詳しい話はそちらの事情に関わるために伏せるように、との事だ」
「大事な事は、羅参謀長の頭の中ってわけね」
「さて、ここからは少し事務的な事を説明させてもらう。君達、オリジンの者についてだが、一時的な処置として国際連合軍の一軍という扱いにさせてもらう。いわゆる手続き的なものであまり深く考えなくていい。一応これでも、国際安全保障理事会の特別顧問として制限付きで指揮を請け負っているのでな。君達がここで活動するための処置として認識して欲しい。今は時間が惜しいため説明を控えるが、この場所は世界にとって重要な場所であり、無関係な人間が歩き回ったとなれば、私がよくとも理事達が黙っていないのでね……」
 コリマは苦笑を浮かべる。こちらのコリマは、契約者達が知る校長のコリマよりいささか人間じみているように思えた。
「さて、君達は任務に戻ってくれ」
 千代田基地の面々は、コリマに促されて司令室を出ていった。残されたのは、契約者達だけだ。
「君達に説明しなければならない事は、山ほどあるのでね。彼らを残しては時間が勿体無い、それだけの話だ。さて、まず説明しておくべき事柄は―――」



「ダエーヴァの最大の特徴は、軍団であり、戦術と戦略を持って戦争を仕掛けてきている、ですね」
「そうだ」
 羅は、生徒に接するようではなく、部下に接するように端的に答えた。既に作戦会議は終わっている。あの場には多くの協力者が居たが、今残っているのは教導団の人間だけである。
「部隊の分断、包囲殲滅ぐらいなら普通にやってくるってわけか。厄介だな」
 スティンガー・ホーク(すてぃんがー・ほーく)は資料を眺めながら、頭をかく。資料にはコリマから提供された戦闘記録があり、見る限りには軍隊と軍隊が戦った記録にしか見えない。
「人間から鹵獲したと思われる戦車やヘリなどの兵器の、問題なく運用している。現状、彼らの知性は、少なくとも戦争技術に関しては人間と同等はあると見ていいだろう」
「私たちが使える戦術は、相手も使えると考える必要があるわけですね」
 董 蓮華(ただす・れんげ)は対応すべき問題の多さに、僅かな目眩を感じた。詰まるところ、ダエーヴァが攻めてくる際、どんな手段を使ってくるかわからないという事だ。
「できる限りの事はするべきだな。頼んでおいたセンサーや風速計なんかも届いてきてるしな」
「私は指揮の関係で、あまりここを動く事ができませんし、全ての情報に目を通す余裕もないだろう。各員、各々の仕事を的確にこなす必要がある」
 羅の背後の扉がノックされ、言葉を切って「入れ」と羅は答えた。
「はっ、失礼します」
 入ってきたのは、裏椿 理王(うらつばき・りおう)だ。
「報告します。調査を行った通信施設は、ほぼ予定通りに稼動できます。こちらから手を加える必要はほとんどありませんでした」
 東京の人口は限りなく減っているが、水道電気通信などの機能は使える状態を維持している。これらは、技術者達が残っていたからこそである。
「了解した」
「それで、なのですが。監視衛星の借りる件はいかがでしたでしょうか?」
「国土防衛上の問題から、申請は却下された」
「そうですか」
 地球の周りには、いくつもの監視衛星が飛び回っている。これらを利用すれば、常に東京を俯瞰し観察でき、今回の防衛任務に役立つだろうと申請されたのだ。
 だが、そもそもの交渉時間が確保できなかった事もあり、申請は通らなかった。
「他には?」
「いえ、以上です」
「了解した。何かあったらすぐに報告するように。こちらでできる範囲で手はずします」
「はっ、では失礼します」
「参謀長、私たちも少し席を外します」
 理王は今回の作戦の通信の中枢だ。教導団だけではなく、それ以外の通信の拠点となって行動する。確認すべき事は山のようにあり、それで羅の手を煩わせるわけにはいかない。
 蓮華の発言に合わせて、他の皆もそれぞれ席を離れた。
「なんか、すごくピリピリしてたわね」
 司令室を出てしばらくして、マリエッタは喉に詰まっていたものを吐き出した。
「ここが地球だからね」
「地球とシャンバラって、やっぱり違うものなの?」
 マリエッタがゆかりを見上げる。
「どうかしらね? でも、軍隊としてきているっていうのは、色々と考える事が多いからね」
「味方でも?」
「うーん、難しいところね」
 答えに窮しながら歩く二人から、少し離れたところで桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)は小型のバンから荷物の積み下ろしを行っていた。
「よし……これもよし……よし、と。あ、あの、お手伝いありがとうございます」
「いいよ、こちらが無理言ってかき集めてもらったものなんだから……うん、じゃあこれ」
 書類に受領のサインをし、レジーヌに手渡す。レジーヌはおっかなびっくり、といった様子でその書類を受け取った。最後に、ふぅ、とため息もつく。
「大変そうだね、何か手伝おうか?」
「い、いえ。大丈夫です!」
「……そう?」
 そんな話をしているところに、司令室から出てきた理王がやってくる。
「頼んでたものは、これで全部?」
「ああ。全部揃ってるよ」
「じゃあ、さっそく車に詰め込もうか。これだけ増強すれば、急場の通信車としての仕事はできるだろう。ああ、そうだ、これ」
 理王はごつい端末をレジーヌに渡した。
「一応、通常の通信機器で事足りると思うけど、不恰好な代わりに出力が高いから他がダメだった時は試してみてくれ。保障はできないけどな」
「……あ、ありがとうございます」
 レジーヌが受け取ったを確認すると、理王はすぐに自分の作業に取り掛かった。レジーヌもぼーっとしている暇はなく、すぐに部下から呼び出しかかり急ぎ足でその場を離れた。