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【創世の絆】もう一つの地球と歪な侵略者

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【創世の絆】もう一つの地球と歪な侵略者

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アナザーの戦い 5



 攻撃ヘリの大量撃墜という多大な犠牲を払いながらも、ダエーヴァの軍勢は千代田基地に輸送ヘリを送り届けた。ビルの六階か七階ぐらいの高さで静止した輸送ヘリから、左右から一本ずつ縄が降ろされる。
 ゴブリン達は片手でロープを伝って次々と地上に降りていく。効果の途中、ゴブリンは何かが瞬いたのに気づきそちらに視線を向けた。次の瞬間、ゴブリンは衝撃に手を離してしまい、地面に叩きつけられる。
「間に合わないでふ」
 軍神のライフルで、降下していく敵を狙うリイム・クローバー(りいむ・くろーばー)は、僅かに銃口の向きを調節すると次のゴブリンを吹き飛ばした。
 ライフルの一撃は間違いなく敵を貫いていく。だが、狙撃では圧倒的な数を制するのは難しい。まして、仲間が打ち落とされた事に何の危機感も抱いていないような相手では、なお更だ。
 狙撃は弾丸で相手に与える直接の損害よりも、狙撃手に狙われているという状況によって、部隊の士気を下げたり、正確な判断を見失わせる事の方が大きい。実際に、これまでのダエーヴァとの戦いでは、狙撃のそうした効果は遺憾なく発揮され、いくつかの部隊を一発の銃弾で撤退に追い込んでいた。
 だが、今は空気が違う。ダエーヴァの軍勢は数と勢いを武器に、ひたすら千代田基地へと殺到していた。それはさながら、バーゲンセールの籠に殺到する主婦のようで、そこに正確な判断や思考が存在するようには、リイムには見えなかった。

 横に並びながら進む戦車の群れは、多少の段差を無限軌道で平らにしながら、止まる事なく突き進んでいた。
 その中の一台が、突如衝撃と共に停止する。戦車の上には、十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)が神狩りの剣を真っ直ぐに突き立てていた。
 空中から、戦車の死角であり弱点の上部を貫かれ、戦車は完全停止する。怪物化した戦車は、もともとの駆動系や電子器官に依存しており、実際の戦車を破壊するように破壊する事が可能なのだ。
 別の戦車が、取り付けられた機銃で宵一を狙う。すぐに剣を引き抜き回避を試みるが、片腕が不自然に後方へ跳ねた。小銃の弾丸より強力な弾がかすっていったのだ。
「お兄ちゃん!」
 倒した戦車の陰に転がり込んだ宵一を追って、コアトー・アリティーヌ(こあとー・ありてぃーぬ)も影に飛び込む。
「みゅ〜?」
 ヒールで治療しながら、心配そうに宵一を見上げるコアトーに、
「大丈夫だ。危険だから少し離れていろ」
 と答え、治療を受けた手を握り、力の入り具合を確かめる。これならいけると判断した宵一は、戦車のキャタピラを掴むと、それを力任せに引っこ抜いた。
 空中で二回回転した戦車は、隣の戦車を飛び越えて、その次の戦車の上部にたたきつけられた。戦車に乗っかられた戦車は、砲塔が折れ曲がり、なんとかそこから脱出しようとするが、キャタピラは地面を削るだけで前に進めない。
 当然他の戦車は黙ってはいない。機銃で蹴散らそうとするが、周囲を突然猛吹雪が飲み込んだ。雪が光を乱反射させ、戦車達の視界を奪う。
「ヨルディアだな」
 この吹雪は、ヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)のホワイトアウトによるものだ。だが、戦車達もすぐにセンサーを切り替えて、対応を試みる。切り替えられたセンサーが、いくつもの人影を映し出し、戦車は慌てたように機銃を撃ちはじめた。
 宵一から見れば、その光景は奇妙なものに映った。どの戦車も好き勝手な方向に機銃を撃ち、連携など取れていないし、そもそも何を狙っているかさえわからない。
 しかし戦車達には、肉薄するヨルディアの姿が見えていたのだ。それが分身だともわからずに必死に迎撃しているのである。
 吹雪が途切れたところに、天のいかずちが来襲する。
 回避運動をしようとした結果、車体がぶつかった戦車にいかづちが降り注ぎ、二台まとめて沈黙した。
「素直でかわいらしいですわね」
「一人や二人相手なら、かわいらしくも思えるがな」

 急増された土嚢の陣地に身を隠しながら、ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)は周囲の兵士に命のうねりによる治療を施していた。彼の頭上では、銃弾や手斧やグレネードが飛び交っている。
「気力との勝負だな、こりゃ」
 あまりにも敵が多すぎて、絶え間なく攻め寄せるためにこちらの千代田基地の兵士達は次々と倒れていく。それを命のうねりで持ち堪えさせてなんとかこの防衛ラインを保っていた。
「退路を封鎖されないうちに、下がった方がいいですね」
 リオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)がソーマと同じ土嚢に滑り込む。
「まだ俺は戦えるぜ」
「包囲されてしまえば終わりですよ。仕掛けておいたトラップはどうなりましたか?」
 攻撃が始まる前に、ソーマは防衛用にインビジブルトラップを仕掛けておいた。それらは現在は残っていない。
 敵が感づき回避したわけでも、解除されたのでもない。彼らはトラップを踏んで罠を発動させた。それで彼らは立ち止まる事なく、罠によって倒れた仲間を踏み越えて前進しているのだ。
「人であろうと同じ事です」
「わかったよ」
 ソーマは渋々納得する。
「けど、撤退ってもどこに行くんだ? そんなに背中に余裕はねぇぜ」
「北都が、周囲の地形から遅滞戦闘に利用できそうな場所をいくつかピックアップしてます。ここほど準備は整ってませんが、下がりながら時間を稼ぎましょう」
「わかったよ」
 ソーマは自分達だけでなく、周囲の兵士にもダークビジョンを施した。この辺りは炎などで明るいが、用心のためである。
「では、急ぎますよ」
 遮蔽物から身を乗り出し、リオンが我は射す光の閃刃で攻め寄せていたゴブリンの集団を吹き飛ばす。
(お願いしますよ)
 リオンのテレパシーを受け取ったクナイ・アヤシ(くない・あやし)は空中で翼を大きく広げた。その姿を怪物に見せ付けてから、急降下する。
 クナイに向かって、ゴブリンの持つ銃弾が飛来するが、龍鱗化によってそれらを弾き飛ばし、滑空の勢いを乗せた魔剣ディルヴィングのすさまじい一撃で地面にまで剣の痕を残した。
 そのまま勢いを殺さず再び宙に舞ったクナイは、剣を構えてみせる。
「ここから先は通行止めでございます」
 ゴブリン達は顔をあげてクナイを見る。
 自分に向かってる視線の多さに、クナイは目眩を感じそうになった。それぐらい、敵の軍勢はひしめいている。
 のんびり空中を漂っていられるような余裕はなく、クナイを狙って次々と弾丸が放たれた。弾丸を掻い潜り、再びクナイはゴブリンの群れを急降下していく。
 一度目より二度目、二度目より三度目になればなるほど、一撃でなぎ払えるゴブリンの数が減っていく。敵が減っているのではなく、味方の亡骸を盾にするなどして対応しているのだ。
「これは、少々厄介な事になってしまいましたね」
 ふと、小さな欠片のようなものがクナイの肩に当たる。武器や魔法の類ではなく、コンクリートの欠片だった。
「これはこれは」
 こちらに向かって斜めに傾いていたビルが、覆いかぶさるように倒れ掛かってきていた。クナイは素早くその場を離脱し、怪物達も慌てて動き出す。だが、数が多い怪物は味方が味方の邪魔となって、多くが逃げ切れずにビルの下敷きになった。
 舞い上がる破片と埃の中から、クナイはすぐに清泉 北都(いずみ・ほくと)の影を見つけると、抱きかかえて埃の中から救い出した。
「げほ、げほ」
「随分と無茶をなさりましたね」
 戦闘の影響で勝手にビルが倒れたのではない。北都が、倒したのだ。
「最初見た時にさ、これならいざという時崩せるんじゃなかなぁ、って目をつけておいたんだよねぇ」
「それはわかりましたが、しかし、どうやって崩したのですか?」
「百獣拳で、殴った」
「はい?」
「殴って壊れそうなぐらい、壊れかけてたんだよ」



 司令部の中心に大きく広げられた、戦略地図には飛び交う報告が次々と書き足され、一瞥しただけではもはや何がどうなっているのかわからない状態になっていた。
 だが、最初からこの司令部に篭り、この地図とにらみ合っていたジャンヌ・ド・ヴァロア(じゃんぬ・どばろあ)には、そこにある情報を正確に読み取る事ができた。
「ヘリ部隊は帰還したようだ。損害は与えたはずだが、奴らの総力から鑑みれば、恐らく微々たるものだろうな」
 コリマは自らの部下に、前線の指揮を任せて司令部に戻ってきていた。コリマ直属の魔法を扱える部隊、これは兵化人間と呼ばれるそうだが、これについての情報はあまり共有されておらず、驚いた仲間も大勢いたようだ。
「……やはり、期待できるほどの戦果はあげられませんでしたね」
「我々にとっては、ダエーヴァに対抗しうる数少ない手段なのだが、契約者とは比べるのには厳しいか」
 兵化人間部隊の魔法は、契約者の扱う物と同一の分類ではあるが、遠い過去にシャンバラと交流していた過去の遺物であり、シャンバラとの交流により進化してきたオリジンの魔法よりも数段劣るものであった。
 千代田基地に居る彼らは、幾度の戦いを潜り抜けた精鋭と言えば聞こえもいいだろうが、実態は度重なる戦闘により、磨り減り磨耗した中の生き残りだ。その性能を万全に発揮できているかといえば、怪しいものがある。
「戦況はやはり厳しいか」
「各地に配置した契約者の部隊は善戦してますが、空挺部隊でいくつかの隊が孤立しております……救出に部隊を回そうにも、戦車に足止めを受けている部隊が多く」
「ここまで物量を導入された作戦は始めてだな……なんとか時間まで持ち堪える方策を練ろう」
「道が完成すれば、この状況が変わるというのは本当でしょうか?」
「変わる。彼らが損害を惜しまないのは、道がそれだけ重要だからだ。本来の彼らは、もう少し慎重で、そして狡猾だ」
「私達はダエーヴァとは今回が初めての戦い。その言葉を信じるしかないのでありましょう」
 話をしている間にも、次々と報告が入り、地図に新しい文字や図形が書き足されていく。それらの報告はどれも、撤退や壊滅などの耳に優しくない言葉ばかりだ。
 動ける部隊に救出や援護を頼みつつ、この状況を凌ぐ方策に考えをめぐらしてみるものの、コリマもジャンヌも、他にここに詰めている多くの人も劇的な策が浮かんだりはしなかった。
「大変だ」
 司令部の扉を叩きつけるように開けて、ピエール・アンドレ・ド・シュフラン(ぴえーるあんどれ・どしゅふらん)が飛び込んできた。ピエールは、すぐ外で黒豹大隊が遭遇したという金色の怪物の警戒を行っていたのである。
「ついに指揮官があらわれたか?」
「いや、違う。ある意味もっと厄介かもしれない」
「どうしたというのだ?」
「天使だ。東京を壊滅させたという天使が現れた」

 戦闘区域から離れたダエーヴァの本拠地近く、首の無い騎士の操る馬にまたがった愛々は、空を見上げて目を輝かせた。
「天使様だ」