リアクション
【6】 「一面の雪原……見渡していると、懐かしい気分になる」 「呼雪が生まれたところって、冬はこんな感じなんだっけ」 早川 呼雪(はやかわ・こゆき)とヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)は静かな雪原を歩いていた。 「夏しか行った事ないんだよね。いつか一緒に見に行けたら良いなぁ……寒いの苦手だけど」 「そのうちに、な」 郷愁はひとまず心の隅に置いて、探索に集中しなくては。 「山葉の事も気掛かりだが、少し話した事がある程度の間柄では如何ともし難い。 「ま、僕たちは僕たちに出来ることをしようよ」 「その通りだな。ただ、山葉を取り巻くあの状況、まるでオルフェかイザナギの再現だ。光条世界は何故こうも回りくどいやり方をするのか……これも、ヒントのひとつなのだろうか?」 2人は雪原に暮らすという老人の家を目指していた。 深く積もった雪を、呼雪は雪使いの力で押し潰し、歩き易いよう整えながら進む。 「……ていうかさっぶ! フェンリルハイドに包まってても寒いー!」 毛皮をぎゅっと身体に巻き付けて、ガチガチとヘルは歯を鳴らす。 「こんな寒くておじいちゃん大丈夫かなぁ……」 「……その荷物はなんだ?」 「ん? ああ、これ? おじいちゃんが暖かく過ごせるように携帯コンロと鍋と防寒グッズ♪」 「喜んでくれるといいな」 「うん。あ……見て、呼雪。あのかまくら、おじいちゃんのかまくらじゃないかな?」 雪原にひとつ、ぽつんと立つかまくら。ここが老人の住居だ。 2人が訪ねると、老人は快く迎え入れてくれた。 「……ほう。老いぼれの話を聞きたいとは変わった奴じゃ。まぁ何もないがゆっくりしていくといい」 「ありがと、おじいちゃん。これお土産」 「ほう? なんじゃこれは?」 「これエコカイロ。繰り返し使えるんだよ♪ 鍋で煮るとねー……」 ヘルは楽しげに話しながら、老人の肩を揉んだり、腰を擦ったりしてあげた。 「あ、おじいちゃんは範囲外だから大丈夫だからね?」 「?」 「気にしないでくれ」 呼雪は苦笑して、持ってきた食料で鍋の調理を始めた。 豚肉に鶏団子、白身魚、しいたけ、白菜、春菊に豆腐……かまくらの中が良い匂いで満たされる。 老人が上機嫌になったのをソウルヴィジュアライズで見て、さりげなく呼雪は本題を切り出した。 「……じいさんは、自分が誰なのか、何処から来たのか思い出したくはないのか?」 「む? 今更どうしても思い出したいわけではないが……退屈を紛らわせるなら思い出したくもある」 「それなら1人で考えるより、誰かと考えたほうがいい。じいさんが思い出せるのはどんなものだ?」 「ふむ……。うっすらと覚えているのは、大きな建物にいたということだ」 「大きな建物……」 クリエイト・ザ・ワールドで焚き火の上に、建物のミニチュアを浮かべた。近代的なビルだ。 「そういうのじゃない」 「じゃあこんな感じか?」 洋風の城、和風の城、中華風の宮殿、アラビア風の宮殿……とあれこれ姿を変える。 「おお、これだ!」 「これか? しかしこれは……」 それは機動神殿群とも呼ばれる浮遊要塞『イーダフェルト』だった。 「そうそう。こんな建物じゃった。小さな連中がたくさんいてのぅ」 「……ポムクルさんのことか?」 ポムクルさんを模した人形をかまくらの中に創造すると、老人はこれだこれだと声を上げた。 「じいさん、イーダフェルトに……星辰文明にゆかりのある人間なのか?」 「イーダフェルト? 星辰文明? 聞いたことがあるような気もするが……これ以上は思い出せん」 「……ヘル」 ヘルは老人の衣服からサイコメトリで情報を得ようと試みた。 「……だめだ。ぼやけて何も見えない。おじいちゃん、ここに来てからもう大分経ってるんだ」 この老人、まだ謎が多そうだ。 「ここにいるとあらゆるものがうつろう。お前さんたちも、気を付けなされよ」 「ここが光条兵器の呼び出し元か……」 渋井 誠治(しぶい・せいじ)は雪原を彷徨っていた。 「オレが使ってる銃もここから出てくるんだよな。とにかく何か面白いもんが無いか探してみよう」 あてもなく歩いていると、トレジャーセンスに感じるものがあった。 感覚を頼りに進むと、横たわる巨大な豚と、それを取り囲む毛もじゃの集団がいた。 毛もじゃたちは大柄で、背中に見たこともないライフル銃を背負っていた。 たぶん彼らがこの豚を仕留めたのだ。彼らはナイフで、豚の皮を剥ぎ、肉を切り分け、解体している。 ――すげぇ豚。こいつからはどんな豚骨スープが作れるんだろう。 ラーメン脳の誠治は好奇心に誘われ、彼らに近付いてみた。 「……やーすごい豚だな。なんて豚なんだ?」 「知らない」 一瞥もせず、毛もじゃは答えた。 「……あ、ああ、そう。でもあんた達すごいな。こんなデカブツを倒すなんて。何者なんだ?」 「知らない」 ――警戒されてるようだ……。まぁ俺とこの人たちとじゃ随分ナリが違うもんな……。ここはひとつ、ざっくばらんに食いもんの話でもして打ち解けてみるか。 「なぁおたくら、好きな食べ物ってある? 俺はもう三度の飯よりラーメンが好きでさ。てかその三度の飯もラーメンになっちゃうくらい好きなんだ。ラーメン、知らないかな? スープに麺を入れて、具を乗せた温かい食いもんなんだ。こんな寒い日に食うラーメンは最高だぜ?」 「ふぅん」 「……つ、冷たい。ちゃんと話聞いてくれよ……」 すると毛もじゃは立ち上がって、誠治を真っ黒な眼で見つめた。 「お前はそのラーメンとかいうものが食べたいのか?」 「え? ま、まぁあるなら食べたいけど」 「ついてこい」 そう言って、毛もじゃたちは雪原に口を開けた穴に誠治を案内した。 穴の下には、アリの巣のようにトンネルで繋がった小さな部屋が幾つも。ここが毛もじゃたちの住居のようだ。 テーブルについてしばらく待っていると、毛もじゃが湯気のたつどんぶりを持ってきた。ラーメンだ。 「ま、マジかよ!」 それは見たことも食べたこともないラーメンだった。真っ黒な汁に、紫がかった獣の肉、そして怪しげな植物が浮かんでいる。危険な感じがしないでもないが、匂いはとても美味しそうだった。 「ええい、そこにラーメンがあるなら食べる!」 ぱくりとひとくち。 「う、美味い! なんだこの濃厚な旨味の出汁は。塩気もほどよくて、脂も品がある。麺もコシがしっかりして……うむむ、美味いけどなんだかわからん。正体不明だ。まさか、あんたらがこんなラーメン文化を持っていたとは見くびってすまなかった」 「ラーメン文化などない」 「え?」 「お前がラーメンを食べたいというから、さっき仕留めた獲物でそれを作ってみた」 「……え、見ず知らずの俺のために!?」 「そうだ。ラーメンという食べ物はこれであっているのか?」 「大体あってるけど……あんたたち、もしかしていい人?」 そう言うと、毛もじゃはどこかへ行こうと踵を返した。 「ちょ、ちょっと待って」 足を止め、振り返った。 「なんだ? まだ用があるのか?」 「俺は話を聞きに来たんだよ。この世界とあの柱のことで知ってることを教えて欲しいんだ」 「知らない」 「……お前らってたぶん正直でいい奴なんだろうけど、びっくりするぐらい愛想ないよな」 「知らないものは答えられない」 「う、うーん。あ、じゃあ柱に消えたっていう赤ん坊の話は? まぁ知らないと思うけど……」 「それは知ってる」 「だよな、知らない……え、知ってる?」 「あの赤ん坊は外から来たものだという。尋常ならざる力を持ち、いつかナラカを調整する役目を持ったと聞く」 「ナラカだって?」 「俺は、強大すぎる力を持つがゆえ生まれでることが難しく、何度もその母親を変えたのだと聞いた」 「光条世界の天上にいる創造主が親となったという話を、いつか聞いたことがある気がする」 別の毛もじゃたちも口々に語る。 「な、なんでお前らそんな話を知ってるんだ?」 「知らない」 「……………………」 曖昧としている。彼らは、その話をどうやって手に入れたのかはわからない。 もしかしたら、何らかの方法で自身で手に入れた情報であり、この曖昧な世界で、そのことを忘れていっているのかもしれない。 ともかく。 よくわかったのは、この毛もじゃの人たちはとても親切で、とても無愛想だということだった。 |
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