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【選択の絆】常世の果てで咆哮せしもの

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【選択の絆】常世の果てで咆哮せしもの

リアクション


【9】



「……ったく、どいつもこいつも何であんなに好戦的なんだよ!」
 朝霧 垂(あさぎり・しづり)は慌ただしく動く前線にいた。
「いくら暴走しているからって、こっちから攻撃したら火に油注ぐようなもんだろっ!」
「ラヴィエイジャー相手に下手に突ついたら、どんな反撃が待ってるかわからないものねぇ……」
 共に前線に加わった騎沙良 詩穂(きさら・しほ)はそう言いながら肩をすくめた。
「それも問題だけど、そういう問題じゃねぇよ。もっと心の問題だ」
 波のように打ち寄せる退却中の傭兵団に逆らって、2人は涼司のほうへ向かった。
「メルヴィアの話じゃ、山葉は乗っ取られてるって話だったな……あの光ってんのが原因か!?」
「報告ではあの光が彼をそそのかしてるって聞いたよ?」
「なにぃ!?」
 シャドウレイヤーの効果で撤退の時間を稼げたものの既に、涼司はクレーターから脱出していた。
 彼の巻き起こす闘気の熱で、その足元から煙が上がり、黒い大地が顔を覗かせている。
 2人は気合いを込めて、彼と対峙する。油断していると気圧されてしまいそうだ。
「……おい、山葉! お前は何で出口……パラミタへと向かっているんだ!? 説明しろ!!」
「……花音が俺に言ったんだ。このまま振り返らず、この世界を出たらまた会えると」
「花音だ?」
 彼の背中の光に目を細めた。
「そいつが花音だっていうのか?」
「そうだ。俺の邪魔をするな。このまま行かせてくれ」
「……そういうわけにはいかねぇ」
 垂は聖槍ジャガーノートをぐるぐると回し、構えた。
「悪ぃな、今の状態のお前をこの先へと進ませる訳にはいかねぇんだ。此処で止まってもらうぜ!」
「……俺を、俺を止められると思うなぁ!!」
 涼司の目が烈火の如く燃え上がった。
 何を思ったか、彼は大地を殴りつけた。
 突き刺さった腕に力を込めると、万年氷の大地がみしみしと音を立てて持ち上がった。
 頭の上に掲げた巨大な氷の塊は全長2kmほど、それを豪快に放り投げる。
「大きいのが飛んでくるっ!」
「……ちっ! こっから後ろには通さねぇぞ。行くぞ、騎沙良!」
「うん!」
 詩穂と垂はサクロサンクトと絶対領域で防衛線を張る。
 飛んでくる氷塊を垂が打ち砕き、欠片を詩穂が弾き返し、決して後ろには攻撃を進ませない。
「皆、こっちから彼に攻撃を仕掛けないで。お願い、今は待って」
 詩穂は後ろに控える友軍に呼びかけ、それから、ノーンを探した。
「ノーンちゃん、ノーンちゃん、どこぉー?」
「あ、こ、ここにいるよ!」
 避難していたノーンは人垣の中でぴょんぴょん飛び跳ね、もぞもぞと前に出てきた。
「もう一度さっきの歌で足止めしてほしいの。出来る?」
「うん……。やってみる……!」

「山葉はん、ようやく大人しくなってきおったな……」
 大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)は細い目をより細めて、立ち尽くす涼司を見つめた。
 泰輔はパートナー達とともに前線の中核に位置し、涼司に説得の機会が生まれるのを窺っていた。
「けど、命かけてパートナーの『生』を願った者が、死して後におめおめとその助けた相手に『助け』を求めるか? パートナー同士の『気』がわからんようになったか、山葉はんは……」
 彼の背中に輝く光に疑いの目を向ける。
「花音さんのことがそれほど大きな心残りだったのでしょう……」
 レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)は言った。
「だったら尚更や。花音はんのことを一番よくわかっとるはずの山葉はんが、得体の知れんもんの囁きを花音だと思うなんてどうかしとるわ。
 山葉はんに囁いたヤツ、花音はんを“返す”理由や見返りも先に何一つ告げずに『そのために、振り返らずに、光条世界を抜けろ』と言うたヤツは、どこの悪徳商法や? 理由もなく5000万円、知事選に出るからというだけで……やなかった、蒼学の校長やっちゅうだけで『どうかお使いください』と差し出すようなモンがあってたまるかい。あるのは見返り求めの下心や」
「喪失の痛みと苦しみは……思い出しとうもない。がいつか、パートナーといえども別れは来よう。その時に己れが耐え得るかどうか……とはいえ、耐えねば仕方ないのだがな」
「顕仁……」
 ぽつりと漏らした讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)を、フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)は寂しそうな目で見返した。
 その視線に気付かぬフリをして、顕仁は遠くを見つめる。
「山葉、か。かほどに強い男であるに、パートナー1人の事で斯様に取り乱し、他の契約者たちを傷つけ、己れと同じようにパートナーロストの危険にさらすは、何とした事か……」
「……止めなくちゃならないね。彼を信じて消えた人のためにも」
「……状況は?」
 そこに、教導団のトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)大尉とその仲間が現れた。
「山葉はんの獲物をぶっ壊したところや。前線を張ってた攻撃班は後退しとる。今は朝霧はんと騎沙良はん、それからクリスタニアはんで攻撃をしのいどる状態や。山葉はんも少しは落ち着いて来たかな……」
「そう。皆が彼の力を削いでくれたおかげだね。冷静に話を聞いてくれるといいんだけど」
「カルカー中尉から連絡はあったんか?」
「ああ。さっき連絡があったよ。遺跡を発見して調査をしてるところだそうだ。残念ながら、山葉を操ってる連中にはまだ近づけていないと……連中もそう簡単には尻尾を掴ませてはくれないようだね」
「ですが、こちらには気長に待つ時間はありません」
 そう言ったミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)は戦況に目を光らせていた。
 垂と詩穂、ノーンのおかげで涼司の進行は阻止出来ているが、それほど長くは続かないだろう。
 この3人も常人を遥かに超えた力の持ち主だが、それ以上に涼司は人智を超えている。
 どちらが先に体力が尽きるか、答えは明白だ。
 魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)は、むぅ、と口髭をいじりながら呟く。
「山葉くんも何というか、直情径行な人ですねぇ。気持ちはわからないでもないですが、“なにものか”の申し出が真実かどうかはわからないじゃないですか……」
「ここは魯先生の土俵、弁舌に持ち込んで山葉のアタマをクールダウンさせるのがいいんじゃないか?」
 テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)は魯粛の肩を叩いた。
「俺達と山葉とは契約者同士の仲間であって、敵対するものではないと認識させないとな」
「ええ、対策を考えましょう」