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●ポートシャングリラにて――突撃! 新春初売り

 早朝、ショッピングモール『ポートシャングリラ』。
「うぅー寒い……」
 ガチガチと歯が鳴る。寒空の下、震えながら立川 るる(たちかわ・るる)はポートシャングリラのゲートが開くのを待ちわびていた。待ちに待った初売り、各店趣向を凝らした福袋の出品はもちろんのこと、限定品も大幅値下げの大放出を予定しているとあっては見逃せない。本来、受験生のるるなのだが本日は思いっきり息抜きさせてもらうつもりだ。
(「毎回同じお店じゃ、ライバルのエメネアちゃんに勝てないもんね……」)
 今日は気合いを入れて来たるるなのである。開店三時間前にはもう並んでいた。ところが世の中、上には上がいるもので、その頃にはすでに長蛇の列ができていたのだった。しかしこの程度なら、開幕ダッシュで存分挽回できることだろう。
 それにしても寒い。このまま雪だるまになってしまうのではないか……と思えたあたりで、
「コーヒーサービスでーす」
 キメキメに決めたおしゃれ人間の店員が、紙コップに入れたホットコーヒーを並ぶ客たちに配布しはじめた。ゆらゆらを白い湯気を上げるコーヒーは、生命の温かさを湛えているようにるるには思えた。
(「助かった……これがなければ死ぬところ……え?」)
 店員は、るるの前で足を止めた。
「あら、空になっちゃった。すいません入れ直してきますので……」
 そそくさと立ち去られ、もうコーヒーを受け取る気満々で手が『カップを持つカタチ』に固定されていたるるは、ずるっと滑りそうになった。これは別の店の話だが、なぜか入浴剤が配られ、今すぐ使えない歯痒さに悶えたことを思えば随分マシだが。
 そんなこんなで開店時間、
「お待たせしました開店でーす。走らないようにお願いしま〜す」
 例のおしゃれ人間店員がドアを開け放った。走らないように、と言う言葉の空しさよ。大半の客が制止を振り切り、スペインの牛祭のような猛突撃を開始したのである。漫画で表現するのなら、もうもうと土埃が立っている状態だ。
「係の人の誘導に従って……って、やってられないよ!」
 るるも駆け出していた。といっても事故らない程度に速度をセーブしている。ここで転んだら元も子もない。さっそく盛大に、つんのめって転倒する猛女の姿もあった。
 体重八十キロくらいありそうな猛女の転倒に巻き込まれぬようさっとこれを回避し、しかも抜き去り際、手を伸ばし彼女の腕を掴み立ち上がらせるという神業を見せつつ、るるはまずインテリアショップに直行した。現在、るるが大学デビューを目指し勉強中という事情は最初に書いたが、彼女が特に苦手としてる教科は家庭科だった。ゆえに、キッチン小物福袋を入手したのである。
(「お星様の形のシリコンスチーマー入ってないかなぁ」)
 開けたい気持ちはひとまず封印、キッチン福袋を入手したその足で、彼女は都会風なセレクトショップに飛び込んだ。このブランドはずっと気になっていたが、値段のせいもあって一度も服を購入したことはなかったのだ。短い時間ながら吟味して、よさげな福袋を抱き上げお買い上げ。さらに向かうは、普段から好みの森ガール系の店だ。
「あった! 福袋っ!」
 この店は三店目ということもあってか、すでに福袋は三分の二が消失していた。さすが初売りは野生の王国……もう少しのんびりしていたら危うかったかもしれない。彼女はきっちりと、お目当ての福袋を手に入れたのである。
 他にもぶらぶらと巡って買い物を充実させると、るるはカフェで休憩した。もちろん真の目的は、福袋の成果確認だ。
「やった! お星様のシリコンスチーマー! 中身も当たりが多いね」
 るるは相好を崩した。キッチン福袋はなかなかの揃い具合だ。用途不明のものもないではなかったが、安っぽいマグカップ以外はほぼ勝利といったコンテンツである。
「お洋服は……」
 都会風の袋は悲喜こもごもといったところだ。普段のるるはショートパンツを合わせたシンプルな装いを好むため、あまりにフリフリギラギラなテイストは苦手なのだ。確かに格好いいデザインのものもあったが、あきらかに鬼ハズレな甘ロリのスカートまで混ざっていたのは心苦しい。一方、森ガール系はほぼ正解、好みに合うものばかりだったものの、これでは普段の装いと変わり映えがなさすぎて、大学デビューに用いるにはやや物足りないかもしれない。
「ふーん。でも、総合で見ればかなりお買い得だったかな。今年は幸先がいいね!」
 それにハズレ服はハズレ服で使い道があるのだ。自分にとってはハズレの服も、他の誰かにとってはきっとアタリ、やはり買い物休憩と思わしき少女たちを見回し、るるは声を上げた。
「誰かー! このスパンコールのキャミソール交換しないーー?」
 ここから第二ステージなのだ。すなわち、トレード!

 ゲート開幕と同時にはじまった人の波に、八日市 あうら(ようかいち・あうら)も流されじと抗っていた。
「ふふふ、これでこそ初売り。まさしく決戦の日といっていいでしょう」
 不沈空母の如くあうらは先を急いだ。首を巡らせてパートナーに一言、
「ヴェルさんとノートルド君は安全なところまで下がっていてください。ここはもう戦場なのです」
 と告げると、押し合いへし合いを凌ぎながら目指すセレクトショップへ航路を向けた。
「あのブランドの福袋は必ずGETです」
 今、あうらは一匹の狩人(ハンター)だ。求めるものが多いゆえ、狩人の目をしていないと生き残れないのだ。
 そんな彼女に比し、ヴェル・ガーディアナ(う゛ぇる・がーでぃあな)は途方に暮れていた。
「どうしてこんなに人が集まっているんだ……本当に年明けの朝なのか。しかもなんか殺気みたいなのも感じるし……」
 安全なところにいるべしと言われたものの、それがなかなかみつからない。よく訓練された兵士のように行軍するものがあるかと思えば、縦横無尽のならず者も少なくなく、昏倒して担架で運ばれる若い女性も何度か見かけた。
「うっ……化粧やら香水やら、きつい匂いが大量に混ざって人酔いしそうだ」
 這うようにしてヴェルは喫煙コーナーに逃れた。ガラス張りの一室に籠もってライターを取り出すと、ようやく人心地付いた気がする。そこから一瞬、あうらの姿が見えた。彼女は、
「あのキャラクターグッズも忘れずに! ワンピースもスカートもハンカチも!!」
 などと言って、力強く人の濁流をかきわけていた。
 煙草をくゆらせながらヴェルは苦笑いするほかなかった。
「荷物持ちは覚悟していたがこの混雑は予想外だった。壮観だな、なあノートルド……ん?」
 ふと我に返り、ヴェルは辺りを見回した。てっきりついて来ていると思っていたノートルド・ロークロク(のーとるど・ろーくろく)の姿がなかったのだ。
「しまった! ノートルド、どこ行った!」
 煙草を大慌てで灰皿に押しつけると、ヴェルは大混雑の中に身を躍らせたのであった。
「オレとしたことが……ノートルド、迷子になって泣きべそかいてないだろうな……」
 ヴェルの懸念は正しかった。
「うっえっ……あうら〜ヴェル〜……どこ? 人いっぱいで怖いようぅ〜」
 黙っていればモデル並の美形だというのに、中身が子どもの彼はノートルド、いつの間にか同行者とはぐれて、目を涙で潤ませながらうろうろとセレクトショップの並ぶ地帯をさまよい歩いていた。五、六歳の坊やであれば警備員が保護してくれるかもしれないが、外見年齢十九歳の美青年を迷子センターに連れて行ってくれる者はないだろう。歩きながら何度か彼はあうらを見かけたのだが、
「ええい、まだ入手予定の半分もいってませんっ! 次はヴェルさんとノートルド君にお揃いのマフラーを買わなくちゃっ!」
 と、弾丸のように店を行き来する彼女があまりに殺気立っていて恐ろしく、声がかけられなかった。
「あうらはやく帰ってきて〜。うっうっ」
 ノートルドは涙で目を曇らせ、なにかほんわりしたものにぶつかった。
「あ……くまさん?」
 そこには、クマのぬいぐるみが立っていた。ぬいぐるみといっても数メートルはありそうなディスプレイ品であった。
「えっ、くまさん一緒にいてくれるの? ……ありがとう」
 クマの足を手でつかむと、彼はぬいぐるみに話しかけて心を落ち着けた。
「うん、あうらのことちゃんと待つよ。いい子にしてる」
 これが良かったのだろう、動かずにいた彼を、やがてヴェルが見つけ出してくれた。
「良かった。ノートルドそこにいたのか!」
 駆けつけたヴェルは、はーっ、と彼とクマの前で息をついた。
「おじさん心配したんだぞ……あうらが戻ってくるまで一緒に待とうな」
「うんっ」
 クマのおかげで落ち着いた彼と、しばしクマの膝元で談笑する。
「しっかし……」
 ふと思ったことをヴェルは口にした。
「これってまるで、買い物に行ってるカーチャンを待つオヤジと息子って図式だよなあ……」
 また苦笑いしてしまう。
 問題はそのカーチャンが若すぎ、息子はそのカーチャンと同い年というところだろうか。
 やがて『戦果』を手に、あうらが戻ってくるのが見えた。今日最大のお気に入りは三人お揃いのマフラーだ。
 二人とも身につけてくれるといいなぁ……と、あうらは思った。