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リアクション
第9章
鬼崎 朔は、一人ツァンダの町の片隅で倒れていた。
「……動かない、な……何してるんだろう……私は」
朔はぼんやりと呟いた。
結局、カメリアの目を避けるために走って逃げて、八つ当たり的にビームを乱射していた朔は、情熱クリスタルの力が失われると共に、ビームの反動で動けなくなったのである。
頭を横にすると、地面が目の前に見える。
どうして。
どうして、こううまくいかないのだろう。
今日はちょっと妹の花琳に古巣を見せてあげたくて。
日頃家事で世話になってるカリンにも、たまには羽を伸ばさせてあげたくて。
いつも優しいミチルとも、これを機会にもっと仲良くなりたかったのに。
みんな、心配して探しているだろうに。
なのに結果として、朔は今、街の片隅でゴミのように転がっている。
上空から、パラミタ電気クラゲが街に降下してくるのを感じた。
いよいよクリスタルと街の電気を食い尽くすべく、クラゲ達が侵攻してきたのか。
その後どうなるのかは、まだ分からない。電気と情熱というエネルギーを食い尽くしてしまった後、クラゲ達は何を喰らうのか――。
「……どうでもいいか……もう……」
このまま目を閉じてしまえば、楽になれるのかもしれない。
もちろん、それは本心ではない。だが、失われた情熱は朔にもっとも楽な道を選ばせようとしていた。
友も、恋人も、家族も、全てをかけて誓ったはずの復讐もすべて捨てて、眠ること――。
「――?」
だが、混濁していく意識の中で、朔はふと感じたぬくもりに目を覚ました。
気付くと、いつの間にか来ていた月読 ミチルに膝枕をされた朔の身体には、白布が一枚かけられていた。
「こ……これは……私の白布じゃないか……どうして、ここに……」
それは、朔の失われた本名である、ムンタキム家の風習によって両親から幸せを願って祈りを込められた、大切な白布である。
その両親も今はない。その両親と家族を殺された復讐を誓った時――人としての当たり前の幸せと共に、その白布も流してしまったはずだった。
しかし、明らかにその白布は朔のもの。困惑する朔に、ミチルは微笑みかけた。
「不思議なことはないわ……いつだったか、あなたが不思議なお店でこれを見つけた時……あえてこれを受け取らなかったでしょう。
だから……私が代わりに受け取っておいたの。いつか……必要になると思って」
朔は、膝枕をされているミチルのぬくもりを感じていた。
寝かされている額に感じる、手のあたたかさ。
それは、今自分にかけられている白布と全く同じ物だ。
たとえば、今この白布にサイコメトリなどかければ多少のことが分かるのかもしれない。
どうして、ミチルはわざわざこの白布を取っておいたのか。
どうして、ミチルの手はこんなにあたたかいぬくもりに溢れているのか。
どうして、ミチルのまなざしはそんなに優しさに溢れているのか。
だが、あえて朔は自分の口で聞いた。自分の中に生まれた、ひとつの疑問を。
「……母さん……なのか? 前から思っていたんだ……けれど、聞けなかった……応えてくれ、ミチル!! あなたは……私の母さんなのか!?」
ミチルは魔鎧だ。死せる者の魂から悪魔によって造られた存在。ならば、そこ自分の知っている者の魂が使われている可能性も否定はできない。
震えながら問う朔に、ミチルはまっすぐな視線で応えた。
「母さんだけじゃないわ……父さんも一緒よ……私は、二つの魂を元に造られた存在だから……朔……!!」
上半身を起してミチルと対面していた朔の瞳から、涙が溢れる。
「そ……それじゃあ本当に……母さんなのか……!!」
長い間画されていた事実を確認し合った二人に、もう言葉は要らなかった。
「母さん!! 母さん!! うあああぁぁぁ……!!」
朔はミチルの胸に飛び込んで、泣いた。長い年月、押し込めてきた胸の奥の想いを溢れさせ、思い切り泣いた。
その朔をなだめながら、涙を流して微笑むミチルの顔は、間違いなく母親のものだった。
☆
「お前は……!!」
情熱クリスタルの本体近くにいたブレイズたちのところに現れたのは、フィーア・四条だった。
「ビームなんか出ないから……もう知ったこっちゃないって思ってたんだけどね……ここで帰るのも癪に障るもんでね」
言いながら、フィーアは自分の持っていた情熱クリスタルのかけらを左手の『ザ・最古の銃』の発射口に押し込んだ。
「……どうするんだ?」
ブレイズの問いに、フィーアはニヤリと笑った。魔鎧であるシュバルツ・ランプンマンテルが変身した黒マントを翻して。
「いやあ……こいつがうるさいんだよ……『最古の銃は心で撃つものだ』ってね……せっかくだから、最後に悪あがきってわけさ」
言いながらフィーアは、情熱クリスタルを詰めたままの最古の銃を、情熱クリスタル本体に向けた。
「おい……」
何かを言いかけたブレイズを無視しして、フィーアは続けた。
「エネルギーが空になってるってんなら……みんなで充填してやればいい……簡単な話だよ!!」
フィーアが左手の最古の銃から、空になったはずの情熱クリスタルを通してビームが発射される。
その一筋の光は、明りの消えたツァンダの街の暗闇を切り裂いて、巨大な情熱クリスタル本体まで届いた。
「おお!」
本体の前にいたウィンターが叫ぶ。
フィーアの最古の銃から放たれたエネルギーは、わずかながら情熱クリスタル本体に元の力を呼び戻したのだ!!
「み……みんな、もっとでスノー!! もっとエネルギーが必要でスノー!! みんなの情熱を……このクリスタル本体に!!」
ウィンターの声は、コントラクターが持つクリスタルを通じて、それぞれの耳に届いた。
情熱クリスタルは、分裂しただけでもとはひとつの存在。そのクリスタルを通じてまるでトランシーバーのように、全員の下へと声を届けたのだ。
いや、ウィンターだけではなかった。
「……聞こえますかねぇ、コントラクターの皆さん」
それは、クド・ストレイフの声だった。
いや、その声の主が誰かなど、もうどうでもいい問題だったかもしれない。
わずかにのこったクリスタルの力が、それぞれの声をコントラクター達の下へと届ける。
「日頃は皆さん……色々な事情の中で生きてるもんだとは思うんですよねぇ……。
たしかに、人種も違えば所属も違う。味方もぽいれば敵もいる。それは当たり前のことだと、まあお兄さんも分かります。
けれどね、それを理解したうえでも……ひとつ頼みがあるんでさぁ」
しばしの沈黙。
「それ……朝までちょっと忘れてください。
そして、思い出してくださいよ。ほとんどの皆さんは、地球からここに来た人だと思います。
はじめてここ――パラミタに来た時、どんな気持ちだったか?
いい想いだけじゃなかったとは思います。けれど……少しはあった筈なんです。
誰の胸にも……初めて訪れた大地への情熱……わくわくした想いってヤツが、ね。
お兄さん……これから……無駄かもしれないけれど、精一杯やってみます。もし……うまくいったら……皆さんも乗ってくださいね」
そう言うと、クドはゆっくりと立ち上がり、深呼吸した。
目をつぶり、静かに――そして力強く、情熱クリスタルを握り締めた。
「……光が……」
それを見ていたカメリアは、驚きと共に呟いた。
「いきますよ……お兄さんの全身全霊をかけた……」
クドは、大きく両手を広げて、情熱クリスタル本体へ向けて、全ての想いを解き放った!!!
「青春、ビィィィィィィムッッッ!!」
失われたはずの情熱クリスタルの光が戻り、クドの全身からクドの形をしたビームが発射され、情熱クリスタル本体へと飛んでいく!!
「いける、いけるでスノー!!」
ウィンターの叫び声に、各地のコントラクターが応え始める。
クドの呼び声をきっかけに、一度は失われた情熱が、蘇ったのだ。
「あいつ……やるじゃないか」
その様子を聞いていたレン・オズワルドは呟き、再びバイクを走らせるのだった。
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