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【ザナドゥ魔戦記】憑かれし者の末路(第1回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】憑かれし者の末路(第1回/全2回)

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 神聖都キシュ、神殿内。視察を終えたイナンナは再び神殿へと戻っていた。今はここ、新たに設置した『諜報室』の中にいた。
「東と南の解析を終えました」
 龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)が報告をした。武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)の「イルミンスールの戦いは?」の声に「既に終えています」と即答した。
「よし。各地の地形と敵軍の動きを照らしあわせてくれ、敵の情報量と取った戦略を推測したい」
「了解です」
「イナンナ」
 牙竜イナンナの前に書類の束をドンと置いた。
「これが先の戦いの基本データです。東、南、そしてイルミンスールに現れた敵の兵力とその動きをまとめたものです」
「な、なるほど」
「写真や動画も多く残っています。ライザー」
「はい」
 重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)が『メモリープロジェクター』で白幕に地図を投影した。
「残された静動画データを読み込み投影することで、『シャンバラの地図』や『カナン開拓マップ』により精巧なデータを反映させる事ができます。更なる情報とプロジェクターを増やす事で3D投影も可能になるかと」
「ス、スリィディ……?」
「立体映像のことです。あぁそれから―――」
「灯、情報が溜まってきたぞ、早く持っていかんか」
「は、はい! ただいま」
「頼んだぞ」
 牙竜が促す前にイナンナの視線は武神 雅(たけがみ・みやび)へと向いていた。
 『テクノコンピューター』を中心核として『シャンバラ電機のノートパソコン』を4台を同時に操っている。セフィロトの樹や橋頭堡から集まってくる情報をが整理・蓄積し、それをがまとめて資料の形にする。
「一人で……あれだけの機械を……」
「えぇ、全てのデータを一度ここで受け皿として集め、それを分配して分析します。各地の状況を正確に伝えて頂ければ、この部屋に居ながらに戦略を立てることが可能です」
 彼らの情報処理能力についてももちろんだが、イナンナはとにかく忙しなく止まることなく動くの手の動きに感心しているようだった。4台のパソコンを操る彼女の手は確かに少しも止まることなくキーボードを打ち、マウスを滑らせていた。
「ノートパソコンに興味がおありですか?」
「ひっ」
 物欲しそうに見ていた事がバレたと思ったのか、イナンナは体を跳ねさせて驚いていた。そんなつもりじゃなかったと、声をかけたアリス・テスタイン(ありす・てすたいん)は慌てて謝ってから改めて笑顔で言った。
「ご希望とあらば、ご用意しますよ?」
「あ、いえ、私は使えませんし。ああいったものは性に合わない気がして」
「そんな事はないですよ、武器と同じです。初めは誰だって上手く扱えなくて当然です」
「使えると便利ですよ」
 資料を直接届けにきたが笑顔で言った。「現代女性のステータスにもなってますし。私でよろしければ使い方もお教えします」
「イナンナ様がPCを習われるというのでしたら」
 休む間もなく葉月 可憐(はづき・かれん)が追い立てた。
「イナンナ様だけではなく、カナンの人々にもお教えするというのはいかがでしょう。私たちは協力しますよ」
「そうですね、我々は近代技術に関しては完全に遅れを取っていますし」
「イナンナ様。この地……キシュに学院を建てられてはいかがです?」
「学院、ですか?」
「えぇ、カナンの子供たちを育成する学院です。シャンバラの各校にも設立に協力してくれる学校はあるでしょうし、私たちもこの地で学びたいことがたくさんあります」
「そうですね、シャンバラを倣って学院を建てるのも良いかもしれませんね。前向きに検討しますわ」
 シャンバラの生徒が転校可能な学院がキシュに創られるかもしれない。戦いが終わってからか、はたまた戦いの最中に誕生するかは不明だが、それでも可憐はその期待に大いに胸躍らせたのだった。
「愚弟!!」
 牙竜を叫び呼んだ。
「マルドゥークの本隊から通信が来た! 携帯電話、データ通信も全て可能だ!!」
 カイト・ノーブル(かいと・のーぶる)がザナドゥの各地に設置した中継器と橋頭堡に設置した大型の電波送受信器が機能しだしたようだ。これでカナンとシャンバラ、そしてザナドゥの一部地域では携帯電話による通話が可能になったわけだ。
「ライザー」
「もうやっています」
 リュウライザーは早速、届けられた情報を各地の地図に照らし合わせてゆく。
 南カナン、東カナン、北カナン、西カナン、イルミンスール、そしてザナドゥの戦況をリアルタイムで確認できる時はもうすぐそこだった。各地の協力を得られるなら、という条件付きではあるのだが。



 橋頭堡から西へ10km、ずいぶんと本隊から離れてしまった。が、それもそのはず―――
「ねぇ! ねぇってば、ねえ!!」
 ドン・マルドゥーク五十嵐 理沙(いがらし・りさ)の制止も聞かずにドンドンドンドン進んでゆくのである。
「どこまで行くのよ! もう結構来てるわよ!」
「もう少しだけだ! もう少しだけ!!」
「さっきからずっとそう言ってるじゃない!!」
「もうしばしこの道を行かせてはくれぬか!」
「言い方変えてきたよ……なんて子供騙しな
―――って、あれっ!!」
 急に彼の背中が消えてなくなった。同時に土砂が崩れる音がした。
「えっ?!! ちょっ、うそっ……」
「行きましょう」
 セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)と共に慌てて駆け出した。しかし彼が消えた位置まで辿り着く前に足場が崩れて、2人ともに土砂と一緒に滑り落ちてしまっていた。
「ぅ……」
 落下の瞬間に瞳を閉じた記憶がセレスティアにはあった。
 周りが静まるのを耳で感じてから『どうなった』と瞳を開けると、そこには理沙の顔が目の前にあった。
「大丈夫?」
「あ、はい」
 背と膝が理沙の腕に掬われている。落下の中でセレスティアを抱き受けていてくれたようだ。
 ありがとう、と礼を言って地面に立った。崖崩れでも起きたのだろうか、状況を確かめる意味でもセレスティアは『デジタルビデオカメラ』を構えた。そこには―――
「おぉ〜い! 見ろ! 大物じゃ〜!!」
 マルドゥークが剣を掲げて手を振っていた。その背後には大型バス程の体をした砂海老が横たわっていた。
「ザナドゥの蟻地獄、といったところか。まぁ、手強かったな」
 そう言うマルドゥークに傷は無い。砂海老の返り血が全身に飛び散ってはいたが、衣服にも乱れは見られなかった。
「理沙」
「なぁに?」
 レンズを覗いたままにセレスティアは言った。
「これマルドゥークさんの冒険記になってしまいますね」
「あぁ……それでも良いんじゃない?」
 ガンガン進むマルドゥーク、襲い来る未知なる獣を薙ぎ倒すマルドゥーク。冒険者として英雄となった男の真骨頂を、2人と一つ眼のレンズはしかとその瞳で見確かめたのだった。
 砂海老が空けた土砂穴の壁を登り戻ってすぐに3人の元に駆け寄る者たちの姿があった。
「やっと見つけた」
「どうした、そんなに慌てて」
 ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)のあまりに余裕のない顔が、ただ事ではない事態が起こった事を物語っていた。
「今すぐ北西に向かうべきだ! 偵察隊が危ない!!」
「何があった」
「バラバラなままなんだよ!!!!」
 叫んだのはサミュエル・ユンク(さみゅえる・ゆんく)だった。北西の集落から数名の兵と共に帰還した、彼は今も集落にいるパートナーと『精神感応』でやりとりしているのだが、その内容が問題だった。
「ジバルラは今も勝手に動いてる! 偵察隊もバラバラ、どいつもこいつも勝手に動いてるんだよ!!」
 ただの観光ならばそれでも良いだろう、しかしそこは敵地の中。今のうちは職人たちに敵意は見られない、しかし武器も魔鎧もイコンもある。急に職人が牙を剥くとも限らない、集落には軍兵はまだ居るだろう。突入して、とうに一時間も過ぎている、なのに今も集落の中にいる。
「何よりも、統制が取れていない事が危険だと、オレは思う」
「マルドゥーク!!」
 真っ直ぐに2人を見つめたのち、マルドゥークは「わかった」と答えを出した。
「すぐに戻ろう、救援に向かう」
 本隊へ連絡を入れよう、と続けたマルドゥークに「すでに準備をさせておりますわ」とクリストバル ヴァリア(くりすとばる・う゛ぁりあ)が応えた。
「8割の兵を救援部隊として派遣します。橋頭堡に残るのは2割ほどになりますが、北カナン軍に応援を要請してありますので、直に到着すると思いますわ」
「ずいぶんと早いな」
「えぇ、まぁ、そうですわね」
 クリストバルの表情に「申し訳ありません」といった趣も見えて、マルドゥークは全てを察した。
「なるほど。よくやってくれた」
「ありがとうございます」
 先を見据えた迅速な指揮。これにより本隊はマルドゥークが戻り次第、すぐにペオルの集落へと出発することが出来たのだった。