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【魔法少女スピンオフ】魔法少女クロエ!

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【魔法少女スピンオフ】魔法少女クロエ!

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幕間3 その頃の紡界さん。


 紡界 紺侍(つむがい・こんじ)には決めていることがある。
 それは、週に一度は何も予定を入れず、ヴァイシャリーにある養護施設に顔を出すことだ。
「つーワケで、オレはここに居るんスけど」
「なるほど。義理堅いんですねぇ、見た目に依らず」
 ヴァイシャリーの大通りにて。
 偶然ばったり出くわした神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)に説明すると、くすりと笑われた。
「見た目は関係ねェでしょ」
「判断材料のひとつですよ」
「そりゃそォだけど」
 ツッコミをのらりくらりと受け流されて、紺侍は小さく苦笑した。
「で? 翡翠さんは?」
 何をしにここに、と問い掛ける。
「自分ですか? 欲しい本を探していたら、ここまで来てしまいました」
「随分な遠出で」
「そうですねえ。暑いですし、気をつけないと」
 どこか観点のずれた会話に、ですよねェと頷いておく。そういえば、あまり顔色がよくないような気もする。炎天下のもと長時間外出していたからだろうか?
「少し休憩します? あっちすぐ公園あるし、自販機もありますし。なンなら飲み物買ってきましょっか」
 喫茶店に入るほど時間に余裕はないけれど、公園で少し喋るくらいならできる。
「そうですねえ。では、そうしましょうか」
「はィな。ンじゃ行きましょ」
 翡翠の隣に並んで、公園を目指す。


「次は……」
「待て。まだ買うのか?」
「はい。夏物、色々欲しいですし。ですから荷物持ちをお願いしたのですよ?」
「だからって何もこのくそ暑い中出掛けなくてもいいだろうが……」
 疲れた声で抗議するレイス・アデレイド(れいす・あでれいど)に、柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)は悠然と微笑んだ。
「だって、せっかくの良い天気ですもの。夏を満喫しなくては四季に失礼ですわ」
 だから、というわけではないけれど今日は浴衣姿である。涼しげな水色に、黄色い帯がよく映えた。さながら太陽と向日葵のように。
 さて、次はどこに向かおうか。あたりを見回していると、
「あら?」
 知った顔を見つけた。翡翠と紺侍だ。
「あらあら。良い雰囲気のようですわね」
「えっ。ちょっと待て、俺あいつのこと知らないぞ」
 身を乗り出したレイスに、美鈴は「しっ」と人差し指を突きつけた。
「あまり声を大きくなさらないで。気付かれてしまいます。お邪魔してはいけませんしね?」
 つまり、ばれないようにこっそり成り行きを見守りたいのだけれど。
「ちょ、おいぃ……」
 さすがにレイスは渋い顔だ。デバガメを嫌がるというよりは、翡翠と誰かが仲良くしているのを見ているのが辛いのだろう。
 でも、美鈴としてはあっちの二人の行方が気になるので。
「我慢してくださいね?」
 にこり、微笑む。
「あ〜もう。解ってるさ」
 諦めたようにレイスが言った。了承も得たし、少し離れたところから翡翠らを見る。
「俺なんて手を出すのも控えてるのにさー……」
 ぶつくさ文句は聞こえない振り。


 公園のベンチに座り、買った缶のプルタブを引く。ぷしゅ、という音で、妙に夏を感じた。
「顔色、悪いスねェ」
 紺侍に言われて、翡翠は自分の頬に手を伸ばす。
「そうですか? わかりませんけど」
「そりゃそうでしょ。触って顔色わかるはずがねェ」
 でも、言われてみればふらふらするような気がする。ということは、体調が悪いのだろうか。そういえば昨日、寝ていない。
 たぶんそれが原因だろう、と分析しながら渡された缶ジュースに口をつけた。甘い。
「体調不良をおしてまでここまで来るに値する猫の写真集ってどんなんなんスか?」
「!?」
 思わずジュースを吹き出しそうになった。
「なっ、んっ」
 どうして、猫の写真集を買ったことがばれている?
 恥ずかしくて、顔を俯けた。頭上から紺侍が笑みを含んだ声で、
「だってそれ、白いじゃないスか」
 簡潔に指摘したのは、買った本を包んだ白い紙袋。
「こンだけ天気よきゃ、透けて見えるっスよ」
 盲点だった。隠すように紙袋を抱きかかえる。
「別に猫好きなこと隠さなくてもいいじゃないスか。猫可愛いし」
「……猫、好きですか?」
「好きっスよ。犬派っスけど」
 付け足された言葉に、なんだか裏切られた気がしたので軽く叩いておく。再び紺侍が声を上げて笑った。
「……おい」
 と、ほぼ同時。
 低い声がした。聞き覚えがある声に顔を上げる。
「レイス?」
 彼はいつの間にここに居たのだろう? 大量の荷物を持ったレイスは、睨むように紺侍を見ている。
「どうしましたか? 知り合いですか?」
 紺侍とレイスに向けて問いかけた。が、問いに対して紺侍は「あらま、イイ男ォ」と口笛を吹いているし、レイスは押し黙っているからその線は薄そうである。
「ふ〜ん……」
 レイスが紺侍をまじまじと見る。それこそつま先からてっぺんまで値踏みするように、じーっと。
 会話もないし、どうしたものかと翡翠が考えていると、
「そんなに見たら失礼ですわよ、レイス」
 美鈴の声がした。
「こんにちは、お二方」
「買い物ですか。二人で?」
「はい。夏服を買いに」
 あれ、とレイスが持っている荷物を指さして美鈴が言う。あの大量の荷物は全て美鈴のものだったらしい。それにしても多いし、レイスは大変だったのだろなと苦笑が漏れた。
「翡翠さんのパートナーさんが来たし、もう大丈夫っスかね」
 レイスに見られながら、紺侍がベンチから立ち上がる。
「オレ行きますね」
 じゃ、と軽く手を振って離れていく。
「おい」
 と、レイスがそれを追った。何か耳打ちするように紺侍に話しかけ、聞いた側の紺侍は困ったように笑っていた。それを見ていた美鈴が、「ですから申しましたのに」と扇子で口元を覆いながら笑う。
「? 何がです?」
「マスターには、内緒です」
「??」
 美鈴は説明してくれないようなので、紺侍とレイスの会話を聞こうと耳をそばだててみた。
「お前は俺のライバルだ」
 という、レイスの宣言だけは聞こえたけれど。
 やっぱりなんのことか、わからなかった。


*...***...*


 学校もないし、遊ぶ予定も入れてない。
 そんな、これぞ休日とでもいうような日は惰眠を貪るに限る。
「と、いうわけでお兄さんはまだ寝たいんですけど」
 三度寝からハンニバル・バルカ(はんにばる・ばるか)のキックで過激に叩き起こされたクド・ストレイフ(くど・すとれいふ)は、蹴られた鼻を撫でながら呟いた。よかった鼻血は出ていない。シーツを汚したら洗濯だのなんだのとやることが増えてしまう。
「遊びに行くのだ」
「そうですか。いってらっしゃい、お兄さんは寝ます。四度寝の旅に出ます。探さないでください」
 枕に顔を埋めた。あと三秒で眠れる気がした。のに、今度は後頭部を踏まれた。痛いより以前に枕に顔が押し付けられて呼吸が出来ない。
「コンきちのところに行きたいのだ。でもボクはコンきちの家も連絡先も居そうなところも知らないからな! クド公、案内させてやるから支度しろなのだ」
 支度しろと言われても。
「むぐ、むぐっ」
「寝息か? ひどい寝姿なのだ」
 ――いや、息がですね? 気付いてないんですか? ナチュラルサディスト? ハンニバルさん恐ろしい子!
 ――恐ろしい、……。
 ちなみに、ハンニバルはクドの手足が痙攣するまで気付いてくれなかった。
 お花畑が見えたり、いろんな人がこっちへおいでと手を振っていたがそれはまあ余談である。


 クドが携帯で連絡を取ったところ、紺侍はヴァイシャリーに居るという。
「遠いのだ」
「遠いですね」
「疲れるのだ」
「遠いですから」
「だから背負えなのだ」
 ほら、とクドのシャツを引っ張って、ハンニバルは急かす。
「まだほとんど歩いてもいないでしょ」
「ボクはコンきちと遊ぶために余力を残しておかなければならないのだ」
 シャツを引っ張ってもしゃがまないので、膝かっくんで攻めてみた。おぉぅ、と間抜けな声を発しながらかくんと膝を抜かしたクドの背に飛び移る。
「もー。仕方ないですね、ハンニバルさんは」
 やれやれ、とクドがハンニバルを背負おうと手を伸ばしてきた。その手をぺしんと払い、ハンニバルはクドの背をよじ登った。
「肩車ですか」
「うむ。こっちのが方が目線が高いのだっ」
 いつもよりずっと広がる視界に、思わず声を弾ませる。普段見えない場所が見えるのは面白い。
「ハンニバルさんが楽しそうで何よりです」
「? クド公は楽しくないのか?」
「いえいえ。お兄さんだって楽しいですよ。キツネくんと遊べるわけですし」
 忘れがちだが、クドと紺侍は友達なのだ。だからハンニバルは紺侍と知り合えたわけで。
「それに今日は良い天気で絶好のセクハラ日和ですし」
 不穏な発言に脚をぎゅっと閉じた。肩車中なのでこうするとしっかり極まってきっちり絞まる。早々にクドがハンニバルの腿を叩いてギブアップ宣言したので緩めてやる。朝のように痙攣されても困るし。
「いいから行くのだ」
 びしりと前を指差して、改めて出発。


 適当に待ち合わせた場所で。
「クドさん。いくら女性の素肌に触れたいからってハンニバルさんを肩車するのは倫理的にどうっスかね?」
 会うや否や、紺侍は神妙な顔をしてクドに言った。クドが空笑う。
「キツネくん。久しぶりに会った友達への第一声がそれっていうのは人道的にどうでしょう」
「クドさんですから」
「うむ、クド公だからな! さすがコンきち、わかっているのだ」
「まァ、それなりの付き合いっスからー」
「それなりの付き合いならもう少し労わってください」
 ぐすん、と泣き真似をするクドは放置で。
 ちなみに、クドがハンニバルに対して興奮しないことくらいは知っている。パートナーは家族と認識しているから、そういう目では見ないそうだ。最初それを聞いた時、クドにも良識が備わっていたのだなぁとひどく感心した記憶がある。
 ともあれクドをからかうのも面白いし、ハンニバルも反応するし。
「一石二鳥っスよね」
「なんのことなのだ?」
「いえいえ。ハンニバルさんが楽しそうで何よりっスねって話」
「あ。それさっきクド公にも言われたのだ。やっぱり友人だと似るものなのか?」
 前にもこんなことがあったなァ、と思い出しつつ、「いえ、似るにしてもクドさんには及びませんので。主に変態具合が」と同じような答えで返す。
 ふと放置中のクドを見ると、道行くお姉さんのショートパンツから伸びた素足を嘗め回すような目で凝視していた。
「クドさーん」
 声をかけても気付かないので観察してみる。
 生脚お姉さんが通り過ぎると、また別の人を見つめる。今度はクドより二回りくらい年上の、気品あふるる熟女だ。さらには可愛らしい少女に目移りし、ぷっくりとした頬に釘付けになっている。
「眼福眼福」
 嬉しそうに独り言を呟いているし、いろいろ危うい。
 どうします、これ。
 ハンニバルに視線で問うと、
「ていっ」
「ふおぉっ!!?」
 一瞬の躊躇もなく、ハンニバルがクドの目を突いた。
「目がっ目がぁぁっ!」
「ははは。クドさんどこかの大佐みてェっスよ」
「バルスっ! バルスでこの痛みを吹き飛ばしてください!」
 回復魔法じゃないから無理っスよー、と笑いながらハンニバルとハイタッチ。
「さすがっス」
「うむ、悪は滅びた」
 容赦ないハンニバルのツッコミもさすがだけれど、悶えながらもハンニバルが肩車から落ちたりしないようにしているクドもさすがだと思う。伝える気はないが。
「ところでコンきちはどうしてヴァイシャリーに来たのだ?」
「オレ? 養護施設に遊びに来たんスよ」
 そして何事もなく会話続行。クドが、「お兄さんの眼福タイムはそっとしておいてくれても良かったんですよ……!」と言っていた。放っておいたら放っておいたで構えといろいろしてくるくせに。
「む? また何かやるのか? ボクも手伝ってやってもいいぞ」
 クドの発言を受け流し、ハンニバルが紺侍に問う。そういえば、今日は人手が欲しいとか言われたっけと思い出し、
「魔法少女って知ってます?」
 訊いてみた。
「ぬ? 魔法少女?」
「え、魔法少女ですか? 可愛いですよね」
 ハンニバルとクドの反応はかなり淡白なもので、興味のなさが窺えた。
「すまん、ボクはどっちかっていうと仮面なんとかに憧れる人なのだ」
「非常にハンニバルさんらしいっスね」
 なびくマフラーもそれっぽいし。
「まあ何もなくても行ってますけど、今日はなにやらヒロインショーをやるそうで」
 ついでだから手伝って行けと言われたので、いつもより早め、昼前から行動しているわけで。
「ふむ。魔法少女に興味はないが、コンきちが手伝うというならボクも手伝ってやるのだ」
「いいんスか? だってせっかくのお休みなんでしょう?」
 わざわざ興味のないことに付き合わせるのは悪いと思って言ったけれど。
 ふるふる、ハンニバルが首を横に振った。
「だってボクはコンきちと遊びに来たのだ。だからむしろ付き合えなのだ」
「あらま。クドさんは? それでいいんスか?」
「ハンニバルさん、朝からキツネくんと遊ぶんだって言ってましたし。まあ付き合ってやってくれませんかね」
 クドもこう言っていることだし。
 手伝ってくれる人が多いなら助かるだろうし。
「じゃ、お言葉に甘えて。みんなで行きましょっか」
 仲良く並んで歩き出す。
「それに魔法少女なら可愛い子が揃っているはず! 眼福し放題!」
 クドの発言に、ハンニバルと同時に目突きした。さすがに二度目はうずくまり、ハンニバルも地面に着地。
「仕方ないのだ。コンきち、肩車」
「オレがっスか。まァいいスけど」
 目がぁ目がぁと騒ぐクドは置き去りに、いざ向かう。