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地球に帰らせていただきますっ! ~3~

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地球に帰らせていただきますっ! ~3~
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 ■ わだかまりの過去 ■
 
 
 
 鎌倉にある峰谷 恵(みねたに・けい)の実家には、今は仕事が忙しい父の峰谷 光一郎しか住んでいない。
 だから帰省した恵が真っ先にしなければならなかったのは、ろくに物も無く掃除も行き届いていない実家の大掃除だった。
 エーファ・フトゥヌシエル(えーふぁ・ふとぅぬしえる)にも手伝ってもらい、少ない物を片づけて、埃をはたき出す。
 ようやく実家がこざっぱりと片づくと、今度は兄の墓参りに出掛け、こちらも徹底的に掃除をした。
「ふぅ、やっと綺麗になった」
 これでゆっくりお参りできる。
 恵は兄の峰谷 清士郎の墓の前でそっと手を合わせた。
 
「……早いね……もう7年目なんだ……」
 7年前、兄は恵と母親と共に出かけた先で魔物と遭遇した。
「恵、逃げろ!」
 恵を逃がす為に自分の身を囮になった兄はその翌日、原形を留めない無惨な遺体となって見つかった。この時に母も同じく魔物に殺された。3人の中で助かったのは、兄が逃がしてくれた恵だけだ。
 その時兄は18歳。
 細かいことを考えない直情タイプで仲間思いの兄は、友だちからも慕われていた。
 恵のことは特に大切にしてくれていたから、虐待する母親に恵よりもストレートに憎悪をぶつけてもいた。けれど父親に対しては、仕事が大変で手を抜けないものであることも、父親が不器用なことも理解していたから、悪く言うことはなく尊敬していた。
 そんな兄は恵の拠り所であり、唯一頼れる人だった。
 兄を失ったあの日のことを恵は一生忘れることは出来ないだろう。
 
「ごめんなさい、兄さん……ちゃんとお墓参りできなくて……。エーファと一緒にシャンバラに行ってから、いろいろあったんだよ……2人も契約相手が増えたり……」
 恵はシャンバラに行ってからの報告を兄にしたが、話すうち、つい弱音がこぼれだす。
「……シャンバラが2つに分かれて最近やっと戻ったり……エリュシオンとの戦争が終わったら、今度はザナドゥなんて……。ねぇ……どうすれば、いいのかな? ……ボクは……どう、すれば……」
 最後にはすっかり涙声になってしまった恵を、エーファはなだめて先に家に帰っているようにと勧めた。
 恵は涙を拭き拭き、家へと帰ってゆく。兄の墓の隣には同じ時に死亡した母の墓があるのだが、恵はそちらには参ろうとはせずその前を素通りしていった。
 未だに母親に踏みつけられたり、自分をかばった兄が煙草の火を耳の後ろに押しつけられていたりした記憶が鮮明に残っているほど、母からの虐待は恵のトラウマになっている。こんな気持ちでお参りすることなど出来ない。
 
 恵を見送った後、エーファは清士郎の墓前にあらためてこれまでのことを報告し、恵は必ず守り通しますと誓った。
 その後、恵の母親の墓にも一応お参りをしておく。
「貴女がどんな方かはケイの話からしか聞いていませんし、正直良い感情は抱いておりません。ただ、ケイを産んでくれたこと、それだけは感謝しておきます。貴女が自分勝手な感情で、自分の子2人を虐待し続けた人だとしても」
 それだけを言うと、エーファも墓を後にした。
 
 
 お参りを終えたエーファが家に着いた頃には、恵も落ち着きを取り戻し、夜に帰ってくる父のために夕食を作っていた。
「私も手伝いますよ」
「ありがと。でもエーファは味付けはしなくていいからね。そっちの野菜を切ってくれる?」
「ケイ……どうしても私は味付けしてはいけないのですか?」
 エーファは料理が下手なわけではないけれど、味付けの感覚が人とずれている。味見役が味を調整してくれればうまく料理を作れるのだけれど、そうでないとかなり……な味付けの料理が出来上がってしまうのだ。
「うん。味付けだけは絶対にボクがするから」
 それを知っている恵は絶対にエーファに味付けだけはさせない。今日は父親も食べる料理だから尚更だ。
「花嫁修業もしないといけませんか……剣の花嫁だけに」
 自分の味覚がずれている自覚のないエーファは、そんな自虐ネタを口にしながらしょんぼりと野菜を切るのだった。
 
 恵味付けの料理は美味しく出来上がったけれど、食卓でする父親と恵との話は弾まなかった。
 シャンバラであったことを父親にも話してはいるのだけれど、恵の中には仕事にかまけて母親の虐待に気づかなかった父親へのわだかまりが今もまだある。
 恵の父は殺人事件を担当しているたたき上げの刑事だ。
 職務には誠実だけれど、仕事と家庭を両立するには光一郎は不器用すぎ、また仕事は忙しすぎた。それ故、自分に対してだけは体裁を取り繕っていた妻が、息子と娘を虐待していることに気づけなかった。何かおかしいと思っても、妻の言い訳にまるめこまれ、そういうものかと流してしまっていたことは、今も光一郎の負い目となっている。
 恵が光一郎に対してぎこちない態度しか取れないように、光一郎もまた、負い目が邪魔をして恵に対してうち解けて話すことが出来ない。お互いがそうであるから、食卓での会話はややもすると途切れ、間の悪い沈黙が生まれてしまうのだった。
 
 
 ごく短期間を実家で過ごしただけで、恵はシャンバラに戻ることにした。
 父の顔も見られたし、兄のお墓参りも出来た。帰省の目的を果たせば、もう実家に留まりたいと思う理由が無い。
 忙しい仕事の合間を見て駅に見送りに来てくれた父親に、じゃあ行ってくるねと恵は出かけの挨拶をした。
「ああ」
 短く答えた後、光一郎はぎこちなく続けた。
「俺にはうまく言えんが……清士郎が生きていたらお前にこう言うだろう。『何が正しいか迷ったら、正否をおいて自分の思うとおり突き進め。後悔も、反省も、走り疲れて倒れてからでいい』」
 それはいかにも兄が言いそうなことだった。
 仕事にかまけてはいたけれど、それでも父は兄と自分のことを見ようとはしていてくれたのだ。そう理解した恵は、自分を覆っていた暗いわだかまりが1つ消えるのを感じた。
「うん。行ってきます!」
 さっきよりも晴れた表情で、恵はシャンバラへと戻っていくのだった。