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地球に帰らせていただきますっ! ~3~

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地球に帰らせていただきますっ! ~3~
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 ■ 血塗られた成人の儀 ■
 
 
 
 今年の夏期休暇にも武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)と一緒に孤児院シャングリラに里帰りしていた。
 いつ帰るのかどのくらい滞在するのかと如月正悟が尋ねていたから、もしかしたら来ているのかと思ったが、それらしき姿はないし、神父からも知り合いが来たという話はない。何だったのだろうと思いながらも、牙竜はパラミタでの近状を報告したり、子供たちと一緒に食事を取ったりと、シャングリラにしては平和な時を過ごした。
 
 その夜――。
 にじり寄る殺気に気づいて、牙竜は瞬時に覚醒し、身構えた。
 窓からの月明かりに浮かび上がるのは……鋭く尖った耳、歯、爪。独特な風貌とその放つ不気味な威圧感。
 そこには……!
「なんだジジィかよ」
 シャングリラの神父が牙竜を見下ろしていた。が、それだけでは安心できない。
「今確実に殺す気だっただろ?」
「チィ、寝てる時が一番油断するのだがよくぞ気が付いた。貴様もようやく一人前……」
 だが、と神父はぐっと牙竜に顔を近づけた。
「大人になるためにあるものを受け継いでもらわねばならん。貴様ももうすぐ二十歳。この町にある伝説の聖書の秘密を知らせても良い頃合いだ」
「なんだそりゃ?」
「いいから付いてこい……シスターにばれないようにな」
 ひどく緊張した様子で囁くと、神父は先に立って歩いていった。
 どこに行くのだろうと思いながら付いていくと、神父は足音をしのばせて地下へと進み……地下礼拝堂の扉を開けて牙竜をいざなった。
「地下礼拝堂っつか……モスクが混ざってるし、十字架には大仏が磔になってるし……熱心な信者には見せられない場所だな。こんな場所に伝説の聖書があるのか?」
「なんと……! この地下礼拝堂はご町内でも知っているのは成人男子のみ。夜な夜なここに集まり、聖書のありがたい教えて見つめ合う神聖な場所なのだぞ!」
 それを愚弄するかとわなわなと神父はわなわなと怒りに震えるが、牙竜の中では期待度だだ下がりだ。
「これが…………伝説の聖書だ!」
 しかしその期待度は、長いためを入れて神父が出してくれた聖書を見た途端――地に落ちた。
「ただのエロ本じゃねーか!」
「貴様の目は節穴か! これはただのエロ本ではない。数多のエロ本からベストショットを切り抜き、会議に会議を重ねて作り上げたスクラップ帳なのだ。まさしくこれが『聖書』=『俺達の女』だ。ちなみに年代ごと、ジャンルごとに完璧に整理されておるから、好みのものを探すのにも便利だ」
「なに、この無駄な整理整頓! ジジィ、何が聖書だ! 町内会レベルでエロ本の回し読みしてるのかよ、この町の大人は! やることが中学生レベルじゃねーかよ!」
「バチあたりなことを言うな。これからは貴様もこの町の成人男子として、この聖書を受け継ぎ、より発展させてゆくのが定め。それこそがこの町の成人の儀式なのだ」
「この町の伝統行事はこんなのしかないのかよ! この町には駄目な大人しかいないんかよ!」
 しかしよくシスターに隠しきれたものだと、牙竜は呆れ顔でそのスクラップ帳、もとい、聖書をぱらぱらとめくった。
 
 
 その頃。
「なるほど。地下礼拝堂ですか」
 牙竜のストーカーを名乗る灯がこんな機会を逃すはずはない。夜中に部屋を抜け出した牙竜を追跡しようとしてシスターと会い、共に地下礼拝堂までやってきた。
「しかしここは、町内の男どもが秘蔵のエログッズを隠す為に作った……のはいいのですが、すぐに奥方様に発見された場所」
「くくく……町内の男ども、ママさんネットワークを甘く見るんじゃないわ。下は赤ちゃんの世話から上は年金問題まで、この町内で語られない情報はないわ。母親は思春期の息子が隠したエロ本を、机の上に整頓しておくスキル持ち。旦那程度の隠し場所など、既に把握しているわ!」
 しかし発見はされたものの、この場所は奥方によって放置すると決まった。潰さなかったのは、『浮気されて余所で女作るくらいなら、エロ本は見逃そう』という理由から。
「男どものスケベ心は押さえつけるだけでは暴走する。適度にはけ口を与えるのも、旦那コントロールには必要だと決めたのだわ」
「私も母からは聞かされていましたが、あれはシスターが決めたのですか……知りませんでした」
 隠れてやっているつもりでも、所詮は奥方の手のひらの上でころころ転がされているにすぎない。
 地下礼拝堂には奥方がのぞき見するのに丁度良い覗き穴まで設置されている。
 そこから生あたたかく、『成人の儀式』を見守っていたのだが……。
 
「これ、ジジィとシスターの婚姻届じゃねぇか? 随分前のだけど……大丈夫か?」
 スクラップ帳の間から出てきた紙切れを牙竜が見せると、神父の顔から見る間に血の気が引いてゆく。
「うむ……30年以上も前に出したと思っていたが……やばいな」
「役所に出さなかったのかよ……ばれたら殺されないか?」
 昔、神父が浮気したときには、シスターはその腹いせにどこかの政府非合法組織を壊滅したとか聞いたことがある。本当なのかと聞けばシスターは、ムシャクシャしたのでやった、反省はしていないと言い切った。
「役所の受付は深夜でもやってるから直ぐに出して来いよ!」
「あ、ああそうする……」
 顔面蒼白で神父は婚姻届を握りしめた……が。
 
 バーン!
 勢いよく開けられた扉の蝶番が外れてガタンと傾いた。
「出たー! シスター!」
 赤く光る瞳、立ち上る威圧のオーラ。
 怒りの大シスターと化したシスターは、もう誰にも止められない。
 世にも恐ろしく悲痛な神父の叫びが地下礼拝堂にこだまする。
「ジジィ……ヒデェ、ミンチか……こりゃ生き返るのに3分はかかるな。しかもこれだけの惨状でありながら、婚姻届には血痕1滴つけないという匠の技。すげぇ……」
 シスターの怒りに蹂躙される神父を、他人事のように眺めていた牙竜だったけれど……ふと、こちらを睨みつけている灯の目に気づく。すたすたと近づいてきた灯は、牙竜が開いたままだったエロ本に目を落とすと……牙竜に蹴りを入れた。
「え、俺は無実……」
「私がシスターに味方するのは、は女性の正当な怒りに対してであり、決して、さっきまで牙竜がさりげなく凝視していたエロ本の女性が私と全く別タイプなのにむかついている所為ではないのです」
「灯、それって……あぎゃー!」
 神父のしかばねの上に倒れつつも、牙竜の手にはしっかりとエロ本が握られたままだった――あっぱれ。