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リアクション
■ 不協和音の真ん中で ■
夢野家には年1回、家族全員参加がデフォルトになっていることがある。夢野 久(ゆめの・ひさし)の双子の妹、裕美の墓参りだ。
今年は和平が叶ってパラミタも一段落。墓参りがてらゆっくりと実家で過ごすにも良いかと、久は実家に帰ってきた。
「ただいまーっと」
ガラガラと玄関の戸を開けると、真っ先に迎えに出てきたのは夢野 光だった。
17歳の女子高生。夢野家では八女にあたる。
「……お帰り兄さん」
「な? 光じゃねえか。お前が迎えに出てくるとは珍しいな」
「……何よその顔、私みたいな辛気くさいのが迎えに来たのがそんなに不快?そうよね悪かったわね暗い顔で……」
ぼそぼそと囁くように切れ目無く話す光の声は聞き取りにくい。久を見る目も淀んでいて、全身からネガティブがにじみ出ている。被害妄想が激しすぎる為、殆どの発言の意図が意味不明という光だが、久にはその解読は難しく無い。
そうしてしゃべり続けている光の声に、奥から走ってきた夢野 瞳の元気な声がかぶさる。
「おっかえりひさにい!」
瞳は夢野家の六女で17歳。けれど見事に高校受験に落ちた為、現在は女子高生ではなくコンビニで店員をしている。
「元気してたー? まだ首ついてる?」
何て口にする頃には瞳は久の首に手をかけて、ぐりぐりと揺さぶっている。
「おっおー、ついてるついてる! 相変わらず無茶ばっかりしてるみたいで皆心配してるよー。あ、そうだ日美子姉ちゃん今年は休み取れなかったってさ。言付け貰ってるよ。それから、あれれメモってどこだっけ……」
瞳がポケットに手を突っ込んだり、服をばたばた振ったりしているところに、今度は七女の夢野 聖がやってきた。
「あ、久じゃんお帰りー」
聖も同じく17歳。女子高生だというのに現在彼氏が4人いる。それだけでもびっくりなのに、内2人が貢ぐ君ともなれば、この歳から悪女系まっしぐらだ。
その間も光はと言えば、他の2人の発言などいっさい耳に入って無いトランス状態でぶつぶつと呟き続けている。
「……そんなこと言っても私だってもっと明るくなりたいわよでも仕方ないじゃない私にだって悩んでる事や考えてる事があるんだからこれでどうやって前向きになるだなんてことが出来ると言うのそもそも……」
瞳も他の2人とかぶってることなどさっぱり気にせず、マイペースに話すのをやめない。
「ごめーんひさにい、日美子姉ちゃんの言伝の内容忘れたしメモもなくしちゃった」
聖は他の2人の言葉などガン無視。ひたすらマシンガンのようにしゃべり続ける。
「あ、そうだ頼んでたお土産ちゃんと買ってきた? パラミタのタクセとコスメは人気なんだから絶対外せないからね、土産物屋の何かじゃなくてちゃんと現地の! 特に超最先端って噂のだんご! 忘れて無いでしょうね?」
「何よ、どうせお前の悩みなんて大したことないと思ってるんでしょ?」
「日美子姉ちゃん以外の他のは皆揃うけど今は私たち以外は外だよ。メモに誰が何してるか書いてあるからそれ見たら一発で分かるけど、何処に置いたか忘れた!」
「あ、それと今タケルとの別れ話拗れてるのよ、あいつバックにヤクザいるから面倒だし手伝ってよ。それから……」
不協和音もいい所な三重奏の物言いを、久は相変わらずだなと黙って聞いていたが、
「そうに決まってるわ私が大げさに言ってるだけで全然下らない事だって思……」
とマイナス思考のドツボに嵌りつつある光の頭に、思いっきり手加減した、久にとっては撫でるのと同義なくらいの軽いチョップをして、その悪循環の思考の輪を断ち切った。
チョップを受けるなり、光はぴたっと言葉を止めた。
「後で探すー。それとアンパン食べる? 期待せずに買ってきたんだけど結構このアンパンが美味くてさー。あーそれで……」
「そうそう、この間タカシのヤツが化粧にケチつけて来たんだけど最近の流行も知らないで何言ってんだって感じよね、大体……」
あとの2人はそのまま話を続け、久はその言葉が途切れるのを待った。
ようやくどちらも言いたいことを粗方言い終えたと見て、久はふむと一息吐く。
「先ず瞳、心配に関しちゃ返す言葉もねえが、取り敢えず首はついてる。日美子姉に関しちゃ了解。ま、自衛官は忙しいんだろ。他の奴についても分かった。メモは両方後で一緒に探してやる。後、食べさしのパンを人に勧めるな」
瞳に答えると、久は今度は聖の名を呼ぶ。
「聖、土産は今背負ってるリュックん中だ、後で渡す。但しだんごに関しては先ず詳しい説明をするから聞け。でないと後悔すんぞ。ヤクザの事だけは何とかしてやるから、別れ話本体に関しちゃもうちょっと自力で頑張ってみろ。で? タカシ? 初めて聞く名前だがまた彼氏増えたのか?」
速射砲な上に混ざりまくっていた話の内容を、久は全部完全に聞き取りきっている上に、テキパキとそれに答えてゆく。長年7人もの妹の世話を一手に見ていた経験の賜物である。
そうしてすべてに答えていった後、均は光の頭に載せていた手を退けた。
「で、最後に光。後で俺の部屋に来い。詳しい話はそっちでな」
「……何よ」
むすっとする光に、久はきょとんとした顔を向ける。
「何って、相談したい事があるんだろ?」
そう言うと光は暫く押し黙った後で、ふん、とだけ漏らして大人しく部屋に戻っていった。どうやら正解だったらしい。
(……うーむ、今年の里帰りも休めそうにねえなあ……)
地球でもやらなければならないことはどうやら山積みのようだ。
さてどこから手を付けようかと考え、久はまず瞳の持っているアンパンの端を千切って口に放り込んだのだった。