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リアクション
■ アゾートの実家へ ■
里帰りに同行させて欲しいと白瀬 歩夢(しらせ・あゆむ)と白瀬 みこ(しらせ・みこ)から言われ、アゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)は、別にいいよと答えた。
「父様たちは急患が入ったら出掛けてしまうかも知れないけど」
「急患? お医者様なのかな?」
歩夢が首を傾げる。
「うんそう。うちは代々医者の家系で、父様も母様も医者なんだよ」
だからいつ出掛けてしまうかも解らないとアゾートは言った。
「お仕事なら仕方ないよ。それに……私はアゾートちゃんがいればそれで十分満足できるし」
「私もご一緒させてもらってもいいですか? アゾートさんの実家を見てみたいのです」
エリセル・アトラナート(えりせる・あとらなーと)の頼みにもアゾートはどうぞと答えた。
「アゾートさんの生まれ育った場所を見られるだなんて……ああ……」
感動しきりのエリセルの様子に、トカレヴァ・ピストレット(とかれう゛ぁ・ぴすとれっと)はアゾートをちょっとと手招きした。
「私はエリセルの後を隠れてついて行って護衛をするわ。私がそうしてること、エリセルには内緒にしてね」
何故内緒なのかとアゾートは不思議そうだったけれど、何か事情があるのだろうと頷いた。
そして里帰り当日。
スイスにあるアゾートの実家は、湖にほど近い所にあった。
季節の花々が植えられた庭の中に大きめの洋館が建っている。立派な屋敷ではあったけれど、錬金術師が住んでいるようには見えない、至極普通の建物だ。
「ここだよ」
実家に帰るのが嬉しいのだろう。いつもよりはしゃいだ様子でアゾートは家の扉を開けた。
ゆったりとした空間になっている玄関ホールでアゾートはただいまと声を掛ける。
「お帰りなさいませ、アゾートお嬢様。ご無事の到着何よりですわ」
到着を待っていたメイドが、アゾートの姿に目を細めた。アゾートより少し年上のメイドは言葉遣いこそ丁寧だけれど、態度は気安い。親しいメイドなのだろう。
「父様と母様は?」
「それが……ご一緒に夕食を召し上がるのを楽しみにしていらっしゃったのですが、先ほど電話が入りましてお2人共病院の方へ。ですが患者さんの容態が落ち着き次第、戻られるそうです」
「そう。大変だね。父様も母様も身体壊さないといいけど」
「だいじょうぶですわ。お2人共、ご自分の身体のことは二の次にしがちですけれど、お互いの身体の様子には気を付けていらっしゃいますもの。お嬢様方もまずはお部屋で疲れを癒してくださいませ」
ご案内します、とメイドは先に立って廊下を歩き出した。
「は、はい……。ここがアゾートさんの生まれ育った家……ええと、その……ああ、私がそんな所にいても良いものでしょうか。ああ、そんなっ……」
エリセルは緊張の余り、取り乱してしまっている。心臓が早打ちして息苦しいほどだ。
「……だいじょうぶ? どうかした?」
手を揉みしぼっているエリセルにアゾートは心配そうな顔を向けた。
(エリセル……あんな不審な行動を取って、アゾートに嫌われなければいいけれど……)
自分が出ていって止めようかとトカレヴァは悩んだが、その前にエリセルがはっと我に返った。
「い、いえ、何でもありません」
依然、緊張と恥ずかしさと嬉しさの狭間にはあるけれど、エリセルは何とか持ちこたえてアゾートの後ろをそろそろとついて行った。
「お連れ様はこちらとその隣の客室をお使い下さいませ。何かご入り用なものがあれば遠慮無くお申し付け下さいね」
メイドは整えられた客室の扉を開けた。
華美な装飾はないが、落ち着いた家具でまとめられた部屋だ。
「えー、女の子同士一緒の部屋で寝ようよ! 歩夢とアゾートは隣同士でねっ」
みこはそう言って、部屋に入ろうとした歩夢の腕を取って止めた。
「えっ? う、うん……女の子だし、隣でも平気だよ」
歩夢は真っ赤になって俯いた。
「隣って、ボクのベッドで?」
「うん、そう……」
「わ、私も隣で平気です!」
そこに負けじとエリセルが話に加わった。
「女の子、ですし、あの……その……」
人の話に割り込むつもりなど無かったのに、何故か黙っていられなくて口を出してしまった。
何故だか解らないけれど、他の人とアゾートが喋っている様子が少し悲しくもあり、苛立ちも覚えたからだ。どうしてこんなことをしてしまったのかと、自分の言い出したことに自分で動揺して、エリセルの声はどんどん小さくなってゆく。
「ボクのベッドは1人用だから無理だよ」
ベッドでぎゅう詰めの様子でも想像したのか、アゾートはちょっと笑った。
「客室の方がゆっくりできると思うから、夕食まで部屋で休んでて。それまでに父様と母様が戻ってくるといいんだけど。やっぱり留守にしててごめんね」
「気にしないでいいよ。……確かにお義父さんとお義母さんにご挨拶できなかったのはちょっと残念だけど」
呟いた歩夢をみこが肘でつついて囁く。
「娘さんを下さい! って言いたかったんだよね」
「そ、そんな事言わないよ」
ただアゾートと将来を共にする相手に求めるものが聞きたかっただけ、と歩夢は小声で囁き返した。
「じゃあゆっくり休んでね。そうだ。良かったらごはんが終わったらみんなで庭を散歩しない? ライトアップされて綺麗なんだよ」
「は、はい!」
うわずった返事をするエリセルにまたねと言うと、アゾートは自分の部屋がある方へと歩いていった。