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リアクション
■ M76星雲へようこそ ■
空京から新幹線に乗って上野に到着したら、そこからまた新幹線に乗り換える。
発車時間ぎりぎりに駆け込んできたアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は、ふぅと汗をぬぐった。
「置いてきぼりになるかと思ったワ」
走るアキラの頭から振り落とされまいと、必死に掴まっていたアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)がほっとして腕の力を緩めた。
「どこに行ってたのかな? もう発車だよ」
金元 ななな(かねもと・ななな)が言ううちに、新幹線は動き出す。ほんとうにぎりぎりだった。
「これ買ってたんだ。みんなで食べようぜ」
アキラが袋を開けると、お菓子や飲み物、駅弁がどっさりとあらわれた。
「わぁ凄いな。遠足みたいだね」
なななは早速、お菓子を選び出す。
「腹ごしらえはすべての基本だ。宇宙怪獣に襲われた時、腹ぺこじゃ退治も出来ないからな」
「ルカもお菓子持ってきたんだよ。といっても作ったのはダリルだけどね」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)手作りのクッキーを出した。
「1個はなななのお家へのお土産。こっちの1個はみんなで食べよう」
ルカルカが開けた箱には種々様々なクッキーが綺麗に詰まっている。
「お店で売ってるクッキーみたいだね」
なななは1つ早速ぱくりと口に入れて、美味しい、とまた手を伸ばす。
「一応料理は趣味……だからな」
普段機械や薬品ばかり弄っているし、その為か有機コンピューターなどという妙な異名までついているが、ダリルとて機械ではない。自分が作ったものが口にあって、美味しいと言ってもらえれば嬉しい。
「さくさくで美味しいワ。紅茶にあいそうなクッキーネ」
アキラが買ってきた飲み物の中に紅茶はなかったかと、アリスは袋に潜り込むようにして探した。それを小さなコップに注いでもらい、クッキーをかじっては紅茶を飲む。ペットボトルのままでは身長が30cmにも満たないアリスには大きすぎるのだ。
「ワタシは人形でちっこいのに、新幹線の子供料金は取られるのネ」
「鞄の中にずっと入ってれば別だけど、外に出るならやっぱり規定料金は払うべきだからな」
パラミタの種族の場合、地球では外見年齢と実年齢のうち高い方に準じて運賃が科される。だから生まれてまもないアリスも、外見年齢に応じた子供料金が徴収されるのだ。
「カバンの中だなんて嫌ヨ。せっかくの旅行なんだからなんでもいっぱい見たいワ」
パラミタを離れての旅行というだけでアリスはうきうきと落ち着かない。
同じくアキラも楽しみで仕方がない。行き先が分からないだなんて、まるでミステリーツアーに参加しているみたいだ。
「アコはM76行くの初めてなの、どんな所かなあ」
「ルカも初めてー」
「大抵の人間が初めてだと思うが」
ルカ・アコーディング(るか・あこーでぃんぐ)とルカルカが話しているのを聞いて、ダリルは冷静にツッコミを入れる。
「なななは初めてじゃないよー」
「それも当然だろう」
実家があるという場所に行くのが初めてだったら、そちらの方が驚きだ。
「なあ、M76星雲ってどんな所なんだ?」
アキラに言われて、なななはふふふと自慢げに笑う。
「すっごく綺麗なとこなんだよ。真ん中に川が流れてて、その両側に古くからの建物が続いてる。観光客もいっぱい来て賑やかなんだよ」
「観光客? それって地球人? それともM76星雲人?」
「どっちもいるんだよ。そうそう、中には宇宙怪獣がまぎれている時もあるから気を付けないとだよ」
「そうなんだ。俺の故郷とはだいぶ違うな」
「みんなの実家はどんなとこ?」
なななに聞かれて、アキラもルカルカも日本にある故郷のことや子供の頃の思い出を話し出す。
相づちを打ちながら皆の故郷の話に耳を傾けるなななを、ダリルは興味深く観察した。
異星人は居て不思議だとは思わない。他星から見れば自分たちも異星人の立場になるのだから。
けれど、ななながそうかと言うと……どうだろう。
新幹線を降りると今度はJRに乗り換え。どうも他星に行くとも思えない道のりだが、ルカルカはなななを素直に信じているし、ルカもまたそれにシンクロしている。ななながニルヴァーナから来たと言われてもルカルカは信じるのだろうし、まあ、野暮なことは言うまい。自分は一緒に楽しむあまりに暴走したりせぬように、抑え役に回るだけだ。
「次の駅で降りるからねっ! あとは10分くらい歩けば着くよ」
いそいそとJRを降りる準備をするなななに、一体どこのM76星雲に着くものやらと、ダリルはこっそり苦笑するのだった。
駅を降りて少し歩くと、川に出た。
「おぉ、ここがM76星雲かぁ!」
「ほんとに綺麗なところネ」
川の両側には商人の町家や白壁の土蔵が建ち並び、柳並木が川面に垂れて風情を添えている。
「お、船だ!」
アキラが指したところでは、小さな船を船頭がこいでいる。
「あれは宇宙刑事のの水上訓練なんだよ。やってみる?」
「おー、ぐれいと!」
なななの答えに、ルカルカとルカの声がハモった。
船は5人乗りだと言われ、アリスは空飛ぶ箒に乗って船の上を飛ぶことにした。他の皆は船に乗って川下り。300円のお手ごろ価格で船頭さんの説明を聞きながら町並みをゆったりと観賞できる。
「あの建物、ちょっと洋風だな。なんだろう」
「あれは宇宙刑事の観光案内所だよ」
船頭が答える前にななながアキラに教えてくれた。
「ふぅん。観光案内までやるんだ。宇宙刑事って親切なんだな」
「宇宙刑事は安心親切笑顔がモットーなんだよっ」
「ルカは後であそこに行って、宇宙刑事の案内聞いてみたいな」
すっかりなななと同調しているルカに、ダリルはこっそりと呟いた。
「“止める者”が一緒に暴走してどうする」
あちらこちらを遊び回った後、なななはごはんを食べようと皆を誘った。
「そこのひやさいを入ったとこにあるお蕎麦屋さんが美味しいんだよ」
路地をすいすいと進んでなななが案内してくれたのはこぢんまりとした蕎麦屋だった。
蕎麦をすすりながら、ルカルカはなななにあれこれと聞いてみる。
「なななのご家族さんは皆宇宙刑事なの? それとも別の職業?」
「宇宙刑事の家族は常に狙われているから、教えられないんだよ」
「機密ってことね」
なななの説明にルカルカはあっさりと納得して質問を変えた。
「なななの家の中ってどんなの? やっぱり和風? アルバムなんかあったら見せてもらいたいな」
「それも機密だから実際に見せられないけど、普通の宇宙刑事の家だよ。写真は撮られると魂が吸い取られるから、あまり撮らないようにしているんだよ」
「へぇ〜。あ、このお蕎麦おいしい。ここにはよく食べにくるの?」
「うん。うちはここからすぐなんだよ」
「いいねー」
とルカルカとルカの声がまた重なった。
「なななの子供時代はどんなだったのかな? この辺りが遊び場所だったりする?」
ルカルカの質問になななは胸を張って答えた。
「子供の頃は宇宙刑事になるべく、訓練の日々だったよ」
「ルカの子供時代は傭兵たちの中で暮らしてたの。やっぱり訓練は多かったなー」
子供の外見や体躯が有利な任務もあるから、とルカルカは懐かしく思い出した。
「両親もあの世界の人だし、ルカはそれが普通だと思ってた。後悔したことはないよ」
なななはどう? とルカルカは尋ねる。
「今の自分とこれからの自分。あ、なななが教導団に来たことや宇宙刑事なことね」
「これから? もっともっと修業を積んで、一人前の宇宙刑事にならないとね! ルカルカの階級もすぐに抜いちゃうよ?」
「あはは、それはルカも油断してられないね」
ルカルカは笑ってなななのアホ毛をつんつんとつついた。
「すげぇな」
感心しながらアキラはさっきの川下りを思い出す。確かあれも訓練と言っていたから、することすべてがなななにとっては修業であり訓練なのだろう。
「訓練も苦しいばかりじゃなさそうだな。さっきの川下りは涼しくて快適だったぜ」
「ああいう訓練ならワタシも受けたいワ」
蕎麦と格闘しながら、アリスも頷いた。
腹ごしらえを終えた後も、美術館に行ったり土産屋を覗いたりして回って遊ぶ。
美術品で目を肥えさせるのも、土産物売り場の巡回も宇宙刑事にとっては大切な訓練だと、なななははりきって皆を案内した。
「おお、これいいな」
「そんなのどこにつけるのかしらネ」
アキラは怪しげな観光地のキーホルダーを買い込んでアリスに呆れられた。
川と柳、白壁の続く町。
ダリルはその風景を撮影し、記録に収めてゆく。
「折角だ。皆で1枚撮るか?」
ダリルが言うとなななは慌てる。
「写真を撮ると魂が吸い取られちゃうんだよ」
「だったらなななは入らずにおくか?」
「うーん……じゃあ魂を吸い取られないように、息を止めて写るんだよ」
「それで大丈夫なのか? 俺も息を止めてみようかな」
「息苦しくなってヘンな顔になっても知らないわヨ」
なななの真似をして息を止めるアキラを笑うと、アリスはいつもの場所……アキラの頭の上にちょこんと座った。
なななを挟んで右にルカルカとルカ。左にアキラとアリス。
そこにセルフタイマーを仕掛けてきたダリルが加わり。
――パシャリ。
古き良き時代の名残溢れる風景をバックに、皆が並んだ記念写真の出来上がり。
さんざん遊び回った後、なななは皆を宿に案内してくれた。
この時期は宿を取るのも大変だが、なななの知り合いがやっている宿だから融通をきかせてくれたらしい。
「子供の頃から知ってる宇宙刑事がやってる宿だから安心なんだよ」
「今日はありがとう。すっげー楽しかった。良かったら明日も案内してくれるかな?」
アキラが言うと、いいよとなななは請け合った。
「じゃあ明日、迎えにくるからね」
元気に手を振って身を翻すと、宇宙刑事なななは白壁の続く道を駆けていく。
謎の両親が待つ我が家へと――。